ズゴゴゴゴゴ! ドゴゴゴゴゴゴ! カンカンカンカンカンカン! 「「「ネギトロ・ポンの大、オマチ!」」」 客を追い立てるようなファスト・チューンの中、3つのドンブリがそれぞれ男たちの前に置かれた。 カウンターに座る3人の男たちは、同型のショーギ・サイボーグのようにツケモノを少しドンブリの縁に盛ると、無言のまま箸を手に取りドンブリへと突き刺す。 マグロ。コメ。ショーユ。マグロ。マグロ。コメ。 そしてミソ・スープをわずかに啜り、最も奥まった位置に座る男が視線を合わせずに声を出した。 「実際助かったぜ。着の身着のまま逃げ出したもんだから、俺は一文無しでな。  アンタらに拾われなきゃ、ケチなリスクを冒さなきゃならんかった」 「それだ」 マグロ。コメ。ツケモノ。マグロ。そして真ん中に座る男が、箸で先ほどの男を指す。 「そこに至るまでの経緯が知りてえ。俺の第六感がそこにスクープがあると囁いてる。ドーモ、ゴダイヴァです」 「俺にはそこまでの確信は無いがね」 コメ。マグロ。イクラとケミカルタマゴ・ソースの山を崩す。セルフサービス式のチャ。 「だがその……アンタもニンジャだろう? それが這々の体になる状況には興味がある。ドーモ、ラストニュースです」 「ナンテコッタ」 男は一様に箸を動かしたまま、逡巡するように眉を顰めた。 「スクープ? アンタら記者だったのか。それなら……いや、それでもヤクザに捕まるよりはマシか、ううむ……」 ドンブリ・ポンの狭いカウンターは、本来女子高生めいてペチャクチャとおしゃべりが許される場ではない。 悩むのはオキアミ・バーを噛み砕き飲み込むまでの間。そして、決める。 「分かった、このネギトロ・ポンの分くらいは話す。ドーモ、ホーグ・フーガです」 ――― 「……いいか?マジな話、この世にはニンジャの秘密結社がある。俺はそこに捕まって奴隷労働をさせられていた」 「「ナンテコッタ!」」 「シーッ! 声が大きい! まあこの店内で聞こえもしないだろうが……箸は休めずに聞け」 「その秘密結社……名前は言わない。IRCにも書かない……アンタらも書くなよ、コレはマジの助言だ。  なんてったってそのIRCで奴隷めいてGREPする作業をひたすらやらされてたんだからな。実務経験がある」 実務経験。その重い言葉の響きの前に、二人のジャーナリストニンジャは震えた。 読者の皆さんも身に覚えがあるであろう……年齢、あるいは役職がそう変わらない筈の人間が纏う、比類なきソンケイ…… それこそが実務経験! ニンジャのカラテだ! 「とにかく、俺はしばらくそこで奴隷ハッカーをやってて、ようやく逃げ出してきたのさ。混乱に乗じてな」 「混乱?」 「奴らのシマに、侵入者が現れたらしい。堂々と、たった一人でだ。そいつを囲んでボーで叩こうとして、次々と返り討ちにあった」 「ナンテコッタ」 ゴダイヴァとラストニュースには、未だニンジャ同士のイクサの経験はない。 ナムサン。しかしそれでもミヤモト・マサシの言葉くらいは諳んじることが出来る……。 ニンジャが囲んでボーで叩く。それを破った? たった一人で? 「その組織にはどのくらい居たんだ?」 「二十……いや、もうちょいかな。俺の顔なんか知りもしない奴も居ただろうし。  しかも本拠地じゃないって感じだったぜ。アイツら、多分元はキョートだ」 「キョート」 「ニンジャの秘密結社はキョートにあるのか」 「いや、多分ネオサイタマにもある。2つか3つ……抗争してる風だったからな。敵対組織らしきニンジャのGREPも何回かしたぜ。実務経験があるんだ」 「ウウム」 ラストニュース――ゴグチ・マサレキは、実のところ相方が気づいたというニンジャ真実には懐疑的であった。 しかしこの男、ホーグ・フーガの真に迫った語り……何より実務経験! 「とにかく、どんどん死んだらしい。憎たらしい上司も、俺を見下してた奴も、多少マシだった奴も……  酷い嵐のようだった。俺はその隙をついて、どうにかヌケニンしたってワケさ」 ニンジャ第六感が、フリークアウトした陰謀論者が見る歪んだ真実では無いと告げる。 つまり存在するのだ。ニンジャの秘密組織も……それを一息で食い破る竜の顎も! 「ネオサイタマの死神……」 ゴダイヴァ――ダゲ・トシフネが、思わず口から漏れたように呟いた。 「一度だけ小耳に挟んだことがある。とある伝説的ジャーナリストが、ネオサイタマの死神を飼いならしていると」 「ナンテコッタ! きっとまさにそいつだぜ。NSという謎めいたワードをGREPさせられた事があるんだ。実務経験だ!」 ホーグ・フーガはそれに応える。彼らの主観において、今まさにニンジャ真実の一端が眼の前で揺れていた。 ゴトン。時を同じくして、わずかにコメ粒のついたドンブリが3つカウンターの上に並べられる。 立ち上がり、店を出るわずかな間……男たちはどこか憔悴した様子で、視線を絡ませあった。 「アンタ達はこれからどうするんだ」 「俺は……真実を追い求める。ニンジャとして、ニンジャがどこまで世の中に入り込んでいるのか、見極めたい」 「俺は正直、ゴダイヴァの言う事には懐疑的だったが……アンタの話を聞いて、まるきり嘘じゃないのかもと思えてきたよ。こうなったらとことん付き合うさ」 「ナンテコッタ。まるでサムライ探偵サイゴだな」 「アンタは」 「悪いが、俺はしばらくニンジャだなんだってのは懲り懲りだ。ケチなハッキングでもして慎ましやかに暮らすさ」 「勿体ないな。ニンジャならもう少し楽に生きることもできそうなのに」 「そして、いつか竜の尾を踏む……ゴメンだぜ。アンタ達も気をつけろよ。わざわざドラゴンに近づくなら尚更な」 艶やかなネオン電灯の下で、3つの影が分かれる。 影はそれぞれの蛇の尾めいてしばらく揺れた後……やがて、闇に飲み込まれるように消えた。 ドンブリ・ポンの裏路地では、野良犬がマグロの首を毟るように齧りついていた。