「む」「アッ」 ザイバツ・シャドーギルド ネオサイタマ派遣部隊は混成軍だ。異なる派閥同士のアデプトやアプレンティス…キョートから弾き出された面々が集い、共に戦っている。だからこそ当然、その中には気が合うものも反目するものもあり── 「ドーモ、マッドラット=サン」 「ど、ドーモ、カマクビ=サン」 この2人は特に気が合わなかった。 「相変わらず辛気臭い顔をしているな、ネズミ。ここが貴様の住処だと思いこんで醜い顔を隠すことを忘れたか? ん?」不仲の理由はごくシンプルである。カマクビは純粋(すぎるほど)なザイバツ信奉者にして格差社会を良しとするもの。下賎なるマッドラットを他のギルドのニンジャよりも、より激しく嫌っているのだ。……と、マッドラットは考えていた。 「は、はは。これはシツレイいたしました」 屈辱を覚えながらも、メンポを装着して顔を隠し俯いてカマクビに阿る。進駐組としての単純なネンコの順もそうであるが、カマクビは英雄ランチハンドの直弟子にしてムチ・ドーのタツジン。逆らえばどんな目に遭うかわかったものではなかった。 「フン。大人しく己の領域に篭っておればいいのだ、貴様のようなものは」カマクビは苛立ちを隠さない。 「で? トレーニング場に何の用だ?」「そのう…リリーブースター=サンと稽古の約束が…」「ハーッ! またか! また我が妹弟子にちょっかいをかけに来たのか?」「そ、そのようなつもりは決して…」 カマクビは実に嫌そうな顔をしている。リリーブースター絡みの話題になるとこの男はいつもこうだった。彼女の保護者でも何でもなかろうに。 「リリーブースター=サンはマスター位階への精進を目指しチャのマナーを学んでおる最中よ! いかな約束といえ、実際延長も大いにありうる事! 故に……」7フィート近い巨体でマッドラットを上から指差す「今貴様に構う時間なし! ワカッタカ!」「う……」その迫力に鼻じらむ。口答えすればニンジャスラングが飛びかねない。すごすごと去るしかないと思われたその時である。 「ドーモ、カマクビ=サン、マッドラット=サン。珍しいね、2人で話してるなんて」「! ドーモ」「ド、ドーモ」リリーブースターである。修行を終え戻ってきたようだ。玉肌には僅かに汗が滲み、健康的な美を称えていた。 「リリーブースター=サン……どうであった?」 「ハイ。ご指導の通り、うまくやれたと思います。メンターのワイルドハント=サンが安心されておいででしたから間違いないかと」「はは。それならば確かだな。あの方は心配性だ……流石だぞ! 」 打って変わって穏やかな調子で、カマクビがリリーブースターと話し始める。この男、こういう二面性がある。 マッドラットがカマクビを白眼視しても、カマクビは気にせずリリーブースターを称えている。そしていきなりマッドラットの方へ向き直る。「マッドラット=サン、近いうちにお前達を率いる新たなマスターが生まれるかもしれないぞ」いやに爽やかで優しい声なのだ。 「エッ? アッハイ」「そんな。身に余ります」呆けた返事をするマッドラットと奥ゆかしく謙遜するリリーブースター。「まぁそう言わず」「勿体ないお言葉です」固辞。マッドラットは首を傾げる。「ブッダも怒るぞ」「それならば……ふふ」「ははは! エド様式も完璧だなリリーブースター=サン!」どうやら作法の話らしい。 「兄弟子として鼻が高いぞ」カマクビはそう言うと、軽く手を合わせる。「ではオタッシャデー、リリーブースター=サン、マッドラット=サン」「「オタッシャデー」」先程までの不機嫌が嘘のように、楽しげにカマクビは去っていく。リリーブースターはその様を見て僅かに苦笑。「すまないね。兄弟子=サンが少し……キミを悪く言ってなかったか?」「ウン。まぁそれはいつものことだから良いのだ。だが…あれは少し露骨にすぎる」 「気分を悪くしないでくれ。あれで結構キミの事は買っているんだと思うよ」「エエ?」つい聞き返す。あれでか。「本当なら気に入らない相手とは話さない人だから。実際アデプトにいるのも対人関係の理由らしい」妙に納得いってしまう話だった。だからこそマッドラットとしては「買っている」の意味がよくわからなかった。 「ナンデおれを? 」「ウーン……そこまでは。けど」リリーブースターは顎に軽く指を当て、天井を見上げる。 「キミのカトンはすごいだろ? カラテも頑張ってる」「それは……そうだが」ザイバツニンジャなら当然だ。「カマクビ=サンはランチハンド=サンに憧れて師事を頼み込んだくらい熱心な人で、ワイルドハント=サンにも色々教えてもらってるらしいから……」ぴん。ときたようで指を鳴らす。「重ねてるんじゃないか?キミの努力家なところとかを、自分と」 「ハッ」「あ。笑わなくていいでしょ」 リリーブースターは時々、浮世離れしたというか、天然というか。なんとも言えない答えを返すことをマッドラットはよく知っていたが、今回のは流石に失笑だった。 あの傲岸なるカマクビが己を買っていて、重ねている?それこそあり得ない話である。 「ヘンなこと言ってないでトレーニングしよう、リリーブースター=サン」「ムゥーッ…そんなに誤ってはないと思うのだけれど……まぁいい。遅れたぶん激しくやろう」2人でカラテ・トレーニングに移る。貸し出しの時間もある。延長料金はごめんだ。 「今日は負けんぞ」「今日も勝たせてもらう」 互いにキアイが満ち、カラテの気配が周囲を包む。 心地よい気配に、少し離れたところでカマクビが口角を上げ、意気揚々とモータルハントへ向かう。 2人のザイバツアデプトと、それを陰ながら見守る先輩ニンジャの、在りし日の一幕であった。 ──────── 「ラクシャージ・テンプルに襲撃者……!?ドラゴン・ドージョーめついに来おったか! すぐに向かう!」 「ええい退かぬか藁人形風情が! …グワーッ!」 「クッ……ネズミは……マッドラット=サンは何をしておる! 早く出ろ、出てくれ! 」 「ワイルドハント=サン!! バカナー!?」 「おお、おお…!! 何故だ……何故……リリーブースター=サン……!!」 「……シテンノ、までも……」 「……もはや退路はない」 男は「身勝手」のハチマキを結び、師より賜ったムチとアンバサダーの遺産を手に取る。 「待っておれ。リリーブースター=サン。マッドラット=サン。奴らの大切なものを、おれが奪ってやる」 昏く宣誓し、蛇めいたメンポを装着する。 「アノヨでカラテ・トレーニングの具に使うがいい」 黒く澱んで濁る目に、ニンジャソウルの闇に満ちる。 「必ずや、奴らに報いを」 憎悪が鎌首をもたげ、執念の蛇が放たれる。 ────────