のっそりと、地を這うように進む、ボロ布ひとつ。  ウマ目を避けるようにして、ずり、ずりと進む見窄らしい塊は、やがて小さな穴蔵にその身をくぐらせた。  ここは中央トレセン学園、ウマ娘の園。隅っこの方にたぬきが住んでる学舎である。 「ただいま帰ったし……」 「おおっし……随分ボロボロになってるし……」  旅行してくると書き残して、姿を消した一匹のションボリたぬき。  姿をくらます前日は、ションボリとしながらも元気があったというのに。今やくたびれた老人のように、腰まで曲がっている。  ボロ布の下に着ている勝負服も、随分穴開きになっている。 「一体何があったんだし……?」 「これが、買いたかったんだし……」 「ナニコレー」  ボロボロのたぬきが懐からニュッと引っ張り出したのは、ちょうどパック売り弁当のような、不透明の容れ物だった。  プラスチックめいた触感で、しかしプラにありがちなツヤがない。ひどく冷えていて、直前まで冷蔵されていたのかと想像させる。  見つめるションボリたぬきも、触った二冠たぬきも、首を傾げる。これは一体何なのか。 「合成食料定食Aだし……」 「ゴウセイショクリョウテイショクA……とは何だし……?」 「言葉の通りだし……聞き慣れない言葉だろうから、今書くし……」  文字に起こされると同時に、容器が開かれる。内容物は白味の強い桃色、同様に黄色、そして青色の何か……固形物が詰まっていた。  あとは匙が一本。ションボリたぬきはこれを見た事はないが、知っている。  今やレトロフューチャーと化した、想像上の近未来において、大抵は生産性を追求して作られる、栄養だけは含まれている人工食料だ。 「大変だったし……自分が食べるついでに、皆のお土産にしようと思ってたら、硫酸並みの酸性雨に降られたし……」 「それで服がボロボロだったのかし……」 「ワッスゴイ! コノマント、ツヤツヤシテルー」 「耐雨コーティングも、大分剥げたし……」  服が溶ける程の酸性雨が降る地域など、今人類が生活する区域には無い筈だが。  たぬきにそんな事を言ってもしょうがなかった。たぬき達は、人間やウマ娘とは違う常識と法則に則って生きている。  未知の土地、いやさ未知の世界にだって、行こうと思ったら行けるのだ。ただし殆どの場合再現性がない。 「マント、カッコイーネ!」 「欲しかったらあげるし……私には良い思い出のないものだし……」 「アリガトーカイチョー!」  バサリとマントを羽織り、高笑いする二冠たぬきの声を背に、追加で引っ張り出された定食の箱は、1ダース程あった。  たぬきの友達の他、仲が良いウマ娘にも配るつもりの代物だ。  真近のションボリたぬきと、二冠たぬきにも。 「食べてみてもいいし……?」 「どうぞだし……」 「いただきますし……ングェ」  これはたぬきの里でも中々味わえないブツ。甘く、噛むとシャキシャキしてるのに、次第にもったりとした舌触りへ変わり、口の中にへばりついてくる。  ションボリとした顔を一際皺くちゃにしたが、食べられないレベルではない。そんな感じ。 「ソンナニオイシクナイノ……?」 「二冠も一口食べてみるし……」 「イタダキマース……オングッ」 「これは美味しくない事に価値があると思うし……私も苦労して完食したものだし……」 「ウグッグ……一発ネタとしては、アリだと思うし……」  たぬき達は、顔をしかめながら、何とか完食した……  ……  その後合成食料定食Aは、ウマ娘達にも配られたのだが。  見た目はそれなりにウケたものの、試食でギブアップする者が続出した。  新ガジェット好きのウマ娘が、一口食べて口をゆすぎに行ったとか、なんとか。  本当に申し訳ないけれどと前置きされた上で、気持ちだけ受け取られたお土産は、今も買ってきたたぬきの部屋に積まれている。  常温保存で、およそ100年は保つ。  振り返ると合成食料定食Aが積んである生活……ションボリたぬきは一匹で、密かに微笑んだ。 「ここまで受け付けないとは思わなかったし……でも、これがあると家がディストピアな感じで、ちょっと楽しいし……」  人生万事塞翁がウマとは良く言ったもので。たぬきは今を楽しんでいた……