「霧沼貴緒…私は君を許せない」 「いや…変態が物を言うのはどうかと思うんだけど……源浩一郎」  夜、高層ビルの屋上、男女が並んでいる。  風が吹いていた、身に染みる夜風が服で隠せない肌を切る。男が女を睨んでいる。女が男を呆れた顔で見ている。リアルワールドに置いて2人の接点など存在しない、それがあるとすればここではないどこかデジタルワールドと言う領域だ。 「君は私を変態と謗るが、性犯罪者がそれを言えるのかね」  その言葉に女、貴緒が少しばかり言葉に詰まる。どこで知ったのだろうかと苦虫を噛み潰した顔をしつつも言われっぱなしは癪だから少しばかり語気を荒くして言い返す。 「ま、確かにいい返す言葉もないけど、そっちだって性倫理も身についてない子供にヤらしいことをさせようとするってどうなのさ」 「馬鹿め……私は少しばかりイヤラしい雰囲気を作ってるだけだ、選択は彼らがする」  相変わらず狂ってるな、と貴緒は思う。浩一郎は真っ当にいいことをしているつもりらしいが、普通に考えて所業はクズだ、それに選択は彼らがするなどと嘯いているがそれに耐えきれるかもわからない年頃の2人を閉じ込めれば流されるに決まっているだろう。そもそも、その際に起きるリスクと言うものも考慮していない。記録に残る妊娠年齢は5歳と言う速さ、大概デジタルワールドにいる少年少女たちはそれを超えている。確かにそれは普通のことではないかもしれないが、デジタルワールドの極限状態で子孫残そうと本能の部分で肉体が変位する可能性だってある。その先で起こることなど1つしかない。そもそも選択と言うのは複数のなかから選ぶものであり、強制された1つを選ばされるのは既に言い分として破綻しているのだ。 「ま……あんたがどれだけ狂ってようと関係ないけどね、それを他人にするのはやめたら」 「……ほう殊勝なことを言ってくれる、流石手を出した人間は言う事が違う」  その言葉にグッっと呻いてしまう。そう、それだけはどうしてもつつかれれば黙るしかない。どう言いつくろっても自分がやってしまったことは世間から見てよいとは言えないことであるという事実が尾を引く。本来はこんなことを言える身分ではないと心の片隅でわかっているのだ。 「そんなこと……わかってる」 「だったら君が行くべきは警察じゃないかな?私はいい警察官を知っている」  苛立ちまぎれに浩一郎が鼻を鳴らしていた、貴緒は浩一郎が嫌いだ、だがそれは向こうも同じなのだろう。互いに心理的に相いれない部分が強い。 「……まぁいいさ……それでそんな嫌味を言うような私を呼び出したんだ、何か用なんでしょ?」 「ああ、業腹ではあるがね」  そう言って浩一郎が1枚の写真を差しだしてくる。 「写真?」 「ああ……見ればわかる」  そう言われ、見る。写真には女が写っている。明るい茶系の髪色、ダウナーな視線、瞳はカラコンかやや紫に見える、服は小さく谷間が見えているすこしだけ露出の多い意匠。 「なに?とうとうあんたも女に興味でも出た?あれかな、アプローチの援護でもしろって?」 「馬鹿言うな、そんなことより尊い目的がある」 「あんたのそれのどこが尊いかはいいけど……で、結局この写真は?」 「名前は赤目みえり、今デジタルワールドで暗躍している女だ……鮎川を覚えているか?」 「ちっ……やな名前……とっつかまえ損ねて今どこにいるか……まさか」 「ああ、同類だ…まったく世の中には破滅願望を持った人間が多すぎる」  それには貴緒も同意する。  覚えている。あの肺にまとわりつくコールタールのような感触、出会った鮎川には言われた、 『あら…あなたはまだ希望を見てるの?』  確かそんなことを言われた気がする。あの女が口から吐き出した言葉はどれもこれも聞くに堪えない。甘い言葉を使い引きずり落そうとするような錯覚を覚えさせる。時々そう言った手合いはいる、男女問わずに。あの女も破滅願望を持っていた。 「頭痛いね…まさか同類が出てくるとはね」 「ああ…まったくくだ、どうして世界は清く正しく荒れないのか…私は理解に苦しむね」 「あんたのそれは気良くも正しくもないって自覚しなよ……ったく」  しかし、と言った、 「なんで私?それこそ警察のねーさんでもいいでしょ、すみれさんだっけ?」 「真っ当な人間に汚れたことをさせるつもりか?」 「ちぇっ……薄汚れてるってか、ま、自覚はしてるけど……」 「話が早い…私は君が嫌いだ」 「同じだね、わかるよ」 「だからこそ君は巻き込んでも心が痛まない、それに未来ある少年少女の手助けになれば罪滅ぼしにもなるだろう?」 「うわ、あんたが言うとマジで最悪……とは言え」  一つだけ溜息を吐く。最高に嫌ではあるが、浩一郎の言い分には理がある。腐った手合いは薄汚れた大人がすればいい、彼らはもっと真っ当に世界を救えばいいのだ。  そのうえで、 「んで、浩一郎…それはいいけどそっちに手助けするってなれば仕事もできない……その分は?」 「ああ……ただとは言わないさ、それが大人の在り方だ」  そう言って厚めの袋を手渡してくる。 「中は100万ある、名目は業務委託」 「まったく…卒がないね、普通にしてればモテるだろうに」 「うるさいぞ、俺は……私は未来を見てるんだ」 その未来の在り方があまりにもあんまりなのが悪いと理解してないんだろう。 「ま、いい…お互い仕事以外でこうして居るのは癪だろう、私は帰らせてもらう」  そう言って浩一郎は屋上から去っていく。  貴緒はただそれを見送った。  扉を閉めて浩一郎の姿が消え去る。  再度屋上から空を見る。星空が見える、あまりにもまぶしく綺麗で、陽の光でもないというのに目を焼きそうで。  少しばかり口寂しくなる。  ポケットを弄った、くしゃくしゃのソフトパッケージが自分の心を映しているようだった。1本取り出す、あれほどまでに体に悪いと思っていた煙草、それが今ではすっかりと身に染みる。咥えて、火をつける。ゆったりと紫煙を吸い、そして吐き出した。