玄関の扉が開く音に、少しだけ耳をそばだてる。けれどずっとそれを待っていたと思われるのは少しだけ恥ずかしくて、出迎えることはしなかった。 子供のような意地の張り方だと思うけれど、もっと子供らしくて純粋な彼女にはこのくらいがいいのだと、妙な言い訳で自分を納得させる。そうやって彼女に気取られまいと、今読んでいる本の中身が入ってこないくらいに考えを巡らせている時点で、結局は彼女の虜になってしまっているのだけれど。 数歩分の短い足音の後を追って、居間のドアが開く音がした。まるで今気づいたかのように白々しく顔を上げると、いつものように微笑む彼女が立っていた。 「おかえり、シービー」 返事はなかった。彼女はその微笑みを崩さないまま、手を後ろにやって部屋の中をゆったりと歩き回っている。 妙な意地を張ったつけだろうか。返事がないことがやけに不安に思えるけれど、彼女は相も変わらず楽しそうに笑いながら、ソファーの裏へと回っていった。 彼女は機嫌を損ねているのではない。むしろひどく愉快な気分で、何かをするつもりなのだと、気づいたときにはもう遅かった。 彼女の細くしなやかな両腕が、するりと首に巻き付いた。 彼女の奔放に跳ねた髪。しなやかで柔らかい身体の感触。くすくすと笑う、ひどく可愛らしくてこの上なく妖艶な吐息。 首筋と背中だけで感じるには贅沢に過ぎるそれは、こちらがとうに両手を挙げていても容赦なく心を鷲掴みにしてくる。 長い髪と春の初めの風の匂いが、頬を優しく擽った。その爽やかな空気に包まれると、気怠い昼下がりに窓を開けたときのような心地良さを覚える。 「ただいま。 外の風のおすそ分けだよ」 彼女はどこに行って何を見てきたのだろうと、その旅路に自然と想いを馳せてしまう。だが、頭の半分はその光景でいっぱいだったというのに、もう半分はすぐに別のことで上書きされてしまった。 頬に走った甘い感触は、それが何かわかったと同時に、名残惜しくなるくらいにそっと離れていった。 「…じゃあ、今のは?」 触れるだけのくちづけが済んでしまえば、後に残るのは火照るような恥じらいと、どうしようもない切なさだけだ。それをなんとか覆い隠すように憎まれ口を叩いてみるのが、今の自分にできるたったひとつの抵抗だった。 そんなものが彼女に通じるわけはないと、わかってはいるのだけれど。 「アタシがしたかったから」 さっきよりもずっと眩しい笑顔でそう返されると、そのささやかな抵抗さえもできなくなるのが少し口惜しい。きっとそんな恥じらいもすぐに、彼女が好きという想いで塗りつぶされてしまうのだろうけれど。 「なんでそんなにキスしたいの」 膝の上に回った彼女に真正面から抱きしめられて、愉快そうなその鼻唄を聞きながら思う様触れられている合間に、茶々を入れるように呟く。 その言葉を聞いて、彼女の手が止まった。顔を上げると、彼女は手持ち無沙汰を紛らわすように指だけを動かして、首を傾げて思案している。 暫くそうしていた彼女がもう一度微笑むと、凭れかかってきたその重みが胸板で感じられた。もう一度五感が彼女でいっぱいになると、耳元に添えられた唇がそっと囁く。 「教えない。 自分で見つけてみてよ。教わるよりさ」 もう一度背中に回された手に応えるように彼女を抱き返している間も、愉しげに鼻を鳴らす彼女のその言葉が、頭の中で反響していた。 その日から、彼女は毎日のようにキスをしてくるようになった。 必ず一日一回。いつ、どこでするかは完全に彼女の気分次第だ。 朝目覚めたベッドの中で、頬に触れるやわらかな感触。トレーナー室に漂う昼下がりのもったりした空気を破るような首筋へのくちづけ。眠る前の心地よい身体の重さに添えられた、鼻先に感じた唇の温もり。 慈しむような優しいくちづけも、捕まえられて服をはだけてする情欲に溢れたキスも、全て覚えさせられた。その度に彼女のことしか考えられなくなって、心臓がうるさいくらいに早鐘を打った。そのくらい、彼女はいつでもどこでも、思い付くままにどこにでもくちづけをしてきた。 ただひとつ、唇のキスだけを除いて。 「昨日帰るときに、すごく古風で雰囲気のいい洋食屋があったんだ。 思い込みかもしれないけどさ、ああいう店ってそれだけで美味しそうに見えるんだよなぁ」 「いいじゃん。そういう直感って信じてみていいと思うよ。 今度行ってみようよ。一緒にさ」 そんな日々を過ごしながらも、彼女と語らう時間が幸せであることに変わりはなかった。むしろその試みを始めてから、彼女の喜びそうなことを自分から探して話すようになったとも思う。それが何のためかは、まだ素直に話せていないのだけれど。 また、彼女と一緒にいる時間を作ることができた。そうしたいと素直に言えばいいものを、彼女に望まれる形でそれを叶えたくて口にできないでいる。 そんなことを思っていると、不意に彼女がくすくすと微笑んだ。 「どうした?」 「なんでもないよ。こういうの、いいなぁって思っただけ。 きみの口から、そういう楽しそうなことが聞けるって。それだけアタシと一緒にいて、楽しいことを覚えてきたってことでしょう?」 四つんばいになって目を輝かせながら顔を近づける彼女は、まるで構って欲しがりの猫のようだった。楽しそうに揺れる尻尾を目で追っていると、余計にそう見える。 けれど少し視線を動かせば、タンクトップ姿のラフな格好から覗く肌に目をやってしまって、邪な感情が湧き上がってきそうになる。それを押し留めるためにさっきの彼女の言葉を思い出しても、やはり嬉しくて彼女のことばかり想ってしまう。 そんな彼女の仕草が、優しい言葉が、少しずつ心を溶かしてゆく。少し待ってほしいくらいなのに、当の彼女は一向にこちらに詰めてくる手を緩めてはくれない。 頬に手を添えられて、今日はどこにキスをされるのかなと自然に考えてしまう自分が少し悔しい。それだけ彼女に愛されることを、期待してしまっているということなのだから。 「…今日はだめ」 そっぽを向けて出てきた言葉は、それが限界だった。悔し紛れの照れ隠しに気を悪くする様子もなく、彼女は相変わらず微笑んでいる。 「なんで?」 彼女はそう問うことさえ楽しんでいるようで、こちらのささやかな意地など意に介していないどころか、それをどう崩そうかと面白がっている節さえあった。 「なんでも。 …可愛いことしても今日はだめ」 言い訳にすらなっていない屁理屈だけれど、どんな小綺麗な理由を並び立てたとしても、結果は何一つ変わらないだろう。 この試みが始まったときもそうだった。自分の小さな抵抗など、彼女にとってはなんの意味も為さない。 だからきっと、今日も彼女のくちづけはいともたやすく、身体も心も蕩かしてしまうのだろうと、そう思っていた。 そう、思っていたのに。 「ふーん。 素直になってきてくれたと思ったんだけどな」 そう口にして、彼女はすっと膝の上から離れていった。自分にできたことといえば、そのまま何事もなかったようにソファーに腰掛けて本に視線を落とす彼女を、ただ見つめることだけだった。 その視線はきっと、ひどく未練がましいものだったのだろう。少しだけ本から顔を上げた彼女は、揶揄うようにもう一度笑った。 「今日はだめ、なんでしょ?」 ああ。本当に情けない。 自分で言ったくせに、いざ本当に彼女の唇が離れてしまうと寂しくて仕方なくなる、その堪え性のなさが。 その日から、彼女はキスをしなくなった。 わだかまりができたわけではない。トレーニングの様子も、話す言葉も、散歩の行き先も何一つ変わらなかった。以前ならきっと唇を重ねられていたであろう雰囲気にも幾度となくなった。ただ、キスの習慣だけが綺麗に消えたのだ。 毎日欠かさずにくちづけをされていた今までが異常だったと言われれば、ただそれだけのことなのだろう。 だというのに、ただ見つめ合って言葉を交わすだけでは、とうに満足できなくなってしまっている自分がいた。 身に余るほどの幸せを享受しているはずなのに、その先を知ってしまえばもはやそれなしでは満たされない。彼女と目が合って、その表情が悪戯っぽい微笑みで彩られる度に、瑞々しい唇から目が離せなくなる。 なんと浅ましいのだろう。 自分で拒んでおきながら、もう一度彼女が求めてくれることを、いつまでも待っているなんて。 そうして暫くが過ぎた、休日の夜のことだった。 いつものように彼女に食事を振る舞って、他愛もない話に花が咲く、幸せな時間が過ぎてゆく。けれど、ひとしきり笑った彼女が、寝る前に風呂に入ると言って席を外してから暫く経つと、幸せでもやはり物足りないと思ってしまっている自分に気づく。 風呂に入る前に有無を言わさず彼女の唇が触れて、悶々とした想いを抱いたまましばし独りの時間を過ごすのも悪くない。そう本気で考えてしまうくらいには、彼女と愛し合うことに飢えていた。 「んっ…はぁ。 ありがとう。お風呂上がりはやっぱりこれだね」 「どういたしまして。気に入ってくれてよかった」 手作りのレモネードを気分よく飲み干す彼女を見ても、ただ自分が作ったものを気に入ってくれたという喜びだけで満足することができない。飲み込む度に上下する白い喉に、どうしても目が行ってしまう。 「うん。美味しかったよ。 甘くて、酸っぱくて。きみといる時間って、こういう味なのかも」 そんな今の自分には、唇に指を当てた彼女の笑顔があのときのように近づいてくるのは、どうしようもなく目に毒だったのだ。 彼女に他意はない。わかっているのに、そのなにもかもに惹かれてしまう。 それと同時に、自分の中に全く新しい感情が湧き起こっていることに気づいた。 あの唇に吸い付いたら、どんなに心地いいだろうかと。 「えっ?」 自分が彼女を抱き締めていたことに気づいたのは、少しだけ驚いたような彼女の声を聞いたからだった。 自分がどれだけ大それた行動をしているかということは認識していた。けれど、それよりももっと大きくて、魅力的な情報で脳が埋め尽くされてしまって、彼女を離すという選択肢は頭から消え失せていた。 温かくて、柔らかくて、心地いい。彼女と愛し合うようになってから幾度となく味わってきたはずの感触が、今日はいっそう愛おしく思える。 もう一度、彼女の顔を見る。もう困惑の表情はなかった。いつものように眩しい、けれど少しだけ切なそうな笑顔がそこにあった。 その頬がいつもよりも少し赤くなっているように見えたのは、気のせいだろうか。 見惚れて何もできなくなってしまいそうで、ずっと見ていたい気持ちを抑えるためにあえて目を閉じる。今からやろうとしていることは、目を開けたままするにはあまりにも大胆に過ぎた。 狙いはつけない。どこにしていいか考え始めると、いつまでも踏み出せない気がしたからだ。どこでもいい。今はただ、彼女に愛を伝えたかった。 距離にしてみれば20センチもなかったはずなのに、その僅かな距離を詰めるまでの時間が永劫に感じられる。彼女のぬくもりが、吐息が近づいてくる感触まではっきりと味わった、その末に── 唇に、彼女が触れた。 「ん…んっ…!」 押せばふんわりと受け止めてくれる滑らかな感触。喉の奥から響く悩ましげな吐息。それでも離れることなく、唇に押し当てられる温かさ。 その何もかもが、愛するひとのものだという実感。 その全てが、心をどろどろに蕩かしてゆく。さっきまであんなに臆病だったのが嘘のように、彼女を求め続ける。始めは放心したようにされるがままだった彼女が、続きをねだるようにゆったりと抱き締めてくれると、幸せでいっぱいになる。 人間の触覚が一番鋭敏なのは、唇なのだと聞いたことがある。 だから、こんなに溺れてしまうのだろう。 一番敏感な場所で、大好きなひとを感じられるのだから。 息が続かなくなるまで、唇を話す気は起きなかった。身体は酸素を求めていたけれど、心は彼女と離れたくないと訴えていた。このまま窒息してしまってもいいと思ってしまうくらいに。 完全に息が切れて、ようやく未練がましく唇を離す。ずっとそばにあった温もりが離れてゆくのは名残惜しいけれど、それと同時に少しだけ冷静さも戻って来る。 今まで自分はどこに触れていたのだろう。嬉しくて、心地良くて、その感触を味わうことに夢中になっていたけれど、さっきは目を瞑ったまま、どこかもわからないままキスをしていたのだった。 十分に離れたところで、ゆっくりと薄目を開けてみる。 眼の前には、瞳を少しとろりと蕩けさせて、それでも微笑みを崩さない彼女の表情が。 そして、細い銀の糸で自分のそれと繋がった、彼女の瑞々しい唇があった。 「ん…んっ…!」 ちゅ、ちゅ、と水音が身体の中に響く。荒い吐息と高鳴り続ける彼の心臓の鼓動を、抱きしめられながら直に感じる。そんなものを味わい続けていれば我慢なんてすぐにできなくなって、アタシも彼を強く抱きしめた。 止まないくちづけの雨を浴びながら、彼の顔を瞼の裏に思い浮かべる。不意打ちのようにキスをした後の、困惑と羞恥の中に名残惜しさが交じる表情を。それを不意にやめた後の、何かを期待していながら何も言えないもどかしさに震える瞳を。 そして、アタシの唇を奪ったときの、愛欲に衝き動かされたどこまでも切なそうな表情を。 長い長いくちづけの後に、彼の唇が離れてゆく。うっすらと開いた彼の瞳が、アタシの顔をじっと見ている。 それだけのことがひどく嬉しくて、つい顔が綻んでしまう。アタシの心の中で幸せがいっぱいになって、今は些細なことでも溢れ出してしまうんだ。 だから、そんな可愛い顔をされたら我慢できないよ。何をしたのか今更になって気づいて、女の子みたいに恥ずかしがるなんて。 「ふふふっ。顔、すごい赤いね」 「…ごめん。やっぱり恥ずかしくて。 唇にしてるなんて思ってなかったからさ」 揶揄うつもりで言った言葉が予想外の反応で返ってきて、アタシの方が黙ってしまった。そんなアタシを見て、彼は申し訳なさと恥ずかしさが半々で混ざったような顔をした。 「どこにしようかって考えてたら、そのうちに怖気づいちゃうんじゃないかって思って。目を瞑ってそのまましたんだ。 それがこんなことになるなんて…本当にごめん」 始めは呆気にとられていたけれど、腕の中でしょんぼりとしている彼を見ると、もっと別の感情が湧き上がってくる。 「…ふふっ、あはははっ」 「あっ、シービー!」 するりと彼の腕から抜け出して、わざとらしく小走りで逃げ回る。彼が追いかけてくれていることを確かめて、ドアを開けて彼の寝室に身を隠す。 必死にアタシを探す彼を見ていると、さっき湧き上がった感情がもっと強くなるのがわかる。 どこまでも一途で、優しくて、でも少しだけおっちょこちょいで。そんなきみだから、ちょっといじわるしたくなっちゃうんだよ。 おしおきはもう少しだけ続けよう。そしてそれが終わったら、抱えきれないくらい愛してあげよう。 そんなきみが、大好きだから。 かちゃり、と遠慮がちにドアが開いて、心配そうな彼の顔が見える。 「おーい、シービー」 電気をつけようとする彼を、不意にぎゅっと抱きついて止めた。 「え…ん…!」 振り向いたその唇も、何も言わないうちに奪った。 首筋にすっと手を回してベッドに引き込んで、逃がさないように彼の頭をそっと撫でる。突然のことで慌てている彼の舌を、アタシのそれで絡め取って容赦なく貪る。 きみの優しいところが好きだ。常識をしっかり持ち合わせているのに、アタシの非常識にどこまでも寄り添ってくれるところが。 でも、アタシはきみより優しくないんだ。欲しいと思ったら、我慢なんてできない。 だから、きみをどこまでも愛したい。アタシと愛し合いたいって心の底から思ってくれるように、きみのことを夢中にさせたい。 窒息してしまうくらい、激しいくちづけがようやく終わった。唇を離したあとの彼は、アタシをベッドに組み敷いている格好になっていることさえ指摘できないくらいに、とろとろになって放心していた。 「ひどいなぁ。事故だったなんて。 アタシの唇、あんなにいっぱい吸われちゃったのにね」 ようやく目の焦点が合い始めた彼は、揶揄うように言ったその言葉にも、また申し訳なさそうな顔をした。 「それは…本当にごめん。 でも、俺はシービーのこと、好きだよ。遊びなんかじゃない。それは誓って本当だよ」 ああ、どうしてきみはこんなにかわいいんだろう。 きみがアタシのことを好きだなんて、疑ったことさえないというのに。 「じゃあ、もういっかいしてよ。 そしたら許してあげる」 もう一度、今度は彼の唇がアタシのそれに触れた。さっきとは違う、優しくてゆったりとしたキスだったけれど、そういう穏やかな心地良さも悪くないと思う。 ゆっくりと唇を離した後の、紅みが差した彼の顔を見て、そっと静かに問いかける。 「キスしたい理由、わかった?」 キスをして、キスされて。それがどんな意味を持つのか、彼にも答えが見つかっただろうか。 「好きなひとのことを、一番よく感じられるから、かな」 「ふふふっ。正解」 その答えが聞けたことが嬉しくて、ベッドに横たえたきみの身体にぴったりとくっつく。 音で。匂いで。肌で。唇で。 アタシのぜんぶを使って、彼のぜんぶを感じられる。彼も同じように、アタシのことを感じてる。 そのことがひどくうれしい。アタシときみの間の距離が、何よりも近くなっていく、そんな時間があることが。 アタシの想いに彼が辿り着いてくれたことを実感すると、際限なく彼に甘えたくなってしまう。そのくらい、いつの間にか彼の存在は、アタシの中で大きくなっていた。 だからこそ、最後の一線は彼から越えて欲しかったのだ。少しハプニングもあったけれど、スパイスと思えばそれも悪くない。 「ねぇ。 キスするの、好き?」 「…恥ずかしいんだけど。答えるの」 そう言ったきり顔を赤らめて黙ってしまった彼に、思わず笑みが漏れてしまう。拗ねたようにそっぽを向くのも愛おしいけれど、続きを聞きたくて促すように続けた。 「あははっ。 じゃあ、アタシとするときだけでいいよ」 「…シービーとしかしないよ」 赤くなった顔を見られるのが恥ずかしくて耳元に顔を埋めてそっと囁くきみも、アタシは好きだけど。 「じゃあ、いっぱいしようよ。 アタシは好きだもん。きみとキスするの」 やっぱり好きって言うなら、アタシはきみの顔を見て言いたい。 「そんなに好きなのか?」 今までの仕返しのように、少し揶揄うようにきみが問うてくる。 でも、アタシは堂々と言える。きみとするキスは、何よりも心地いいんだって。 「うん。 だってさ。きみがアタシのこと好きでいてくれてるって、すごくよくわかるんだもん」 きみの心の温度が、唇から伝わってくるような気がするから。 「いろんなきみを見てきたけどさ。 アタシが好きって伝えてくれるときのきみが、アタシはいちばん好きなんだよ」 アタシの真ん中にいつまでも残り続ける、たくさんの眩しい言葉たちを。違う場所から同じものを見ているってわかる、何気ない偶然と言う名の奇跡を。 アタシはずっと待っている。きみの心に近づきたくて。 その心に、辿り着きたくて。 「だから、きみとキスしたい。 きみに、いっぱいキスしてほしい」 だから、きみも来てよ。 駆け出したアタシの心を、抱きしめてほしいから。 もう、アタシからでもきみからでもない。 ふたり一緒に近づいて、引かれ合うように唇が重なる。 でも、ひとつだけ困っちゃうんだ。 好きって言葉はたくさんあるのに、出口が塞がって言えないんだもの。 だから、もっとキスして。 アタシの心から溢れた気持ちが、きみの心まで届くように。 きみの好きと、アタシの好き。 ふたつ混ざって、幸せに変わるといいな。