小さい頃から体が弱く不自由ばかりしていました。 私にとって小さな一部屋だけが世界のすべてで、窓の外は空想の一歩先。 「ぼさっとしないで!ちこくしてしまいますわ!」 「お嬢様、お持ちになる鞄が違います」 身内のあんなにほほえましい一幕も、私からすれば文字通り演劇の一幕のようなもので。 こほこほと内側から潰れそうな弱々しい咳を自分で聞いてどうしようもなく悔しくなるのもいつものことでした。 清潔な世界に居るのは時々来るおばあさまとお医者様、それと身の回りの世話をするお付きの人たち。 皆さん女性で、大切にされているのは分かるけれど、だからこそ男の人なんて物語から出てこない空想の産物でした。 全員私の為に心を砕いているのは知っていたから言い出すこともできず、そのままずるずると十年ぐらいが過ぎました。 「おばあさま、わたしはいつになったら、あのこのようにはしれますか?」 そう問いかけた時に、おばあさまがした顔を私は二度と見ていません。 数年して、ようやく屋敷の中を歩き回れるようになった頃におばあさまがあの人を連れてきました。 「今日からこの人があなたに付きっきりでお世話をします。仲良くしてあげて下さいね」 男の人でした。執事服の似合うすらりとした人。王子様のような華やかさは無かったけれど、当時から私は彼に興味深々でした。 いっぱいお話してもらったり、べたべたとはしたなくはしゃいだり、調子に乗って寝込んだり。 熱が出た程度なら、彼が手際よく寝床を整えて適切な薬を出してくれます。 すごいですね、と褒めると、医者のなりそこないです、だなんて頬を掻きながら謙遜するのが可愛い人でした。 「トレーナーライセンスも持っていますから、トレセンに進学したときもご一緒させていただきます」 その言葉を聞いて、私はとても興奮してしまいました。私も皆さんと同じようにトレセン学園に進学できるという事実がとっても嬉しかったんです。 「アルダンお嬢様の体調は徐々に良くなってますから。もう少し慣らせば夢ではありませんよ」 それではしゃいで、また熱を出してしまいました。こんな調子で大丈夫か、なんて弱音を吐いてしまって、彼は優しく手を握ってくれました。 「……様。アルダンお嬢様」 「ん……、寝ていましたか」 「そろそろ時間です。お帰りの準備を」 懐かしい夢を見ていたようです。トレーニング後疲れて眠って、いつの間にか日が暮れてしまっています。 タオルケットを彼に返却して、立ち上がろうとしたときに 「あっ……」 「おっと」 目が眩んで、彼にもたれかかる。その時でした。 ジャージから柔軟剤の匂いに混じって、なにか香ばしいものが鼻をくすぐります。 それは何だか心地よくて、胸の内から熱くなるような…… 「……私、臭いますかね」 「あっ、すみません!そういうことでは……!」 思わず鼻を鳴らしてしまったようで、平静を装う彼の顔には心の傷が透けて見えます。 その日は特に弁解の余地もなく、気まずいまま本邸に帰宅しました。シャワールームの光は夜遅くまで灯ったままでした。 その日から私の調子はおかしくなりました。病気とは違った不調です。 いつもよりも熱っぽい感じが続いて、そのくせ体は良く動きます。 なんだか落ち着かなくなって、座学の途中でも走り出したくなるようなふわふわした心地が止まりません。 それに、不調はそれだけでは無く…… 「お嬢様?」 「アルダンお嬢様」 「アルダンお嬢様!」 彼の一言一言がよく頭に残って、ふとした瞬間に目線を取られてしまいます。 近くに来るたびに鼻を済ませたくなって、ぎりぎりで踏みとどまりはするのですが…… 一体私はどうしてしまったのでしょう……? 「……あー」 夜、彼に自分の不調を打ち明けると、彼らしからぬ気の抜けた声の後に眉間に深くしわを刻んでしまいました。 「そ、そんなに深刻な状態なんですか!?」 「命に別状はありません……それにそれは、不調では無く……」 「は、はっきり言って下さい!どんな病気でも、覚悟はっ、出来てますから……」 小さい頃から私は体が弱い。 だからトレセン学園に入学して何度かレースで勝てたのは一瞬の夢で、その終わりが来たのだけなのだと思っていた。 「……です」 「なんて……」 「フケです。発情期」 「…………」 「~~~~~~~~っ!?!?!?」 発情期。話には聞いています。 ウマ娘が春先に罹ることがある、男の人を求めてやまなくなる興奮状態。 薬で抑えるのが一般的ではあるが、副作用が重たくレースでのパフォーマンスに支障をきたすため一部ウマ娘からはあまり好まれない。 ウマ娘の名門メジロ家も同様で、独自の対処法を──────── 「……」 「……!……っ」 彼と一瞬だけ目が合って、真っ赤になってすぐ直視が出来なくなりました。 つまり昼間のアレは、無意識に彼を求めているが故ということになって……恥ずかしい…… 知らなかったとはいえ、なんともはしたない真似をしてしまったことに後悔していた時に彼は言いました。 「その…”処置”しますか……?」 ……もし頼むのなら彼以外に候補は無いです。名も知らない男に許せるほど軽くは思ってはいません。でも、でもぉ…… 「お、お願いします……」 「……はい」 寝るにはまだ早い時間。早めの湯あみ、早めのベッドメイクを経て私はベッドの上に這いつくばります。 そして、部屋着のワンピースのすそを捲ってソコを彼に曝します。 「これは……」 私が今履いているのはドロワーズです。ただ、その下に付けるべき下着はありません。 股間周りだけがぱっくりと開いて、必要最低限の露出で済むようになっています。いますけど、これはただ脱ぐよりも恥ずかしいのでは……? 「失礼します」 ドロワーズ越しに彼の手がお尻に触れて、ゴム手袋が剥き出しのあそこに慎重に触れてきます。そして つぷ…… 「ひぅっ……!」 ローションで滑りが良くなっているとはいえ、初めて異物が私の中に入ってくる感覚は、なんというか怖いです。 指の先っぽが浅く入り口を往復して、私の様子を探ります。 壁側を撫でるように優しく摺り続けられるとだんだん慣れて来て、そうしたらまた間接一つ分指が深く沈み込みます。 「ううぅ……っ!」 「痛かったら言って下さい。そうでなければ止めませんから」 指が沈んでいくたびにぞわぞわと寒気が走って、でも返って体の奥の熱は増していく心地です。 体に力が入って、せっかく敷いたシーツをぐしゃぐしゃに握ってしまって、何がなんだか分からないくらいに頭が真っ白になっていました。 じっくり慣らした甲斐あってか、もう指一本はすっぽり飲み込むくらいになりました。 中で指がぐっと曲がると変なところに当たって思わず声が漏れてしまいます。 それがなんとも素っ頓狂で、自分からこんな声が出るのかと赤い顔が更に赤くなります。 無駄に優秀な聴覚も、弄られてる所から漏れだす粘った水音を余さずキャッチして、とにかく恥ずかしい…… いつの間にか吐息も熱っぽくなって、お尻も意思に反してかくかくと、彼を求めるように動いてしまいます。 つうと股から糸を引くのを感じたのを最後に、彼の手が私のお尻から離れました。 甘ったるい余韻に浸っていると今度は両側からお尻を押さえられて、股に熱い何かがあてがわれて、 「お嬢様、失礼いたします」 「あっ、あっ、あぁ……っ」 それがすぶりと私を芯まで貫きました。 視界がちかちかして、おへその下までなにかぎっちりと詰まっているのが分かります。 開きっぱなしの口が必死に酸素をかき集めても、私の脳ではこの感覚を処理しきれないようです。 ぴったり腰を押し付けられて、かすかに漏れる息の音が彼と繋がっている事実を浮き彫りにして、お腹の奥が熱くなります。 彼が動き始めてからはもっと凄いです。 大きなものが抜けていく安心感と、それが再びお腹の中に戻ってくる異物感が交互にやってきて、彼が私の中をかき回すたび一緒に頭の中まで混ぜられているみたいです。 先っぽはわずかに幅があって、それがごりごりと壁を押し広げます。 押し広げられた端から戻ろうとして、でもすぐに押し広げられて、それが何度も何度も繰り返されて…… 「はぁっ……あうううぅん❤」 大きな波が来て私の意識を押し流しました。たまらず腕から力が抜けて、乱れたシーツに頭から崩れ落ちます。 なんどか激しく粗相をしたのを感じた後、おへその奥がじんわり温かくなるのを感じながら目を閉じました。 「アルダンお嬢様。朝でございます」 「んう……あっ!」 がばりと跳ね起きて、傍らの彼の方を勢いよく振り向きます。 いつも通りの彼が、いつも通りの格好で、いつも通り朝食を準備してベッド端で待機していました。 ベッドも、私の格好もいつも通り。あたかもまるで、昨夜のことが夢であったかのよう…… 「……あ、あの、昨日の夜は……」 「お加減はどうでしょうか。”処置”がきちんとできていれば良いのですが」 「気分……あっ」 なんとは無しに体を撫でまわして、昨日のような無意味な高揚感がすっきりと抜けているのを感じます。 それと同時に、昨夜の行為が夢でないことを彼から突き付けられてしまって、 「ひゃ、ひゃあ……」 へなへなとへたり込んでしまうのでした。 「今日のスケジュールは授業が終わったのちにライアン様との併走が……お嬢様?アルダンお嬢様!」 「ひゃ、ひゃいい!なんでしょうか!」 朝から行為のことで頭がいっぱいで、行きの車の中でも気もそぞろで、彼の話を聞いていなかったようです。 「今日のスケジュールですね!え、えっと……」 「授業後にライアン様との併走があります。その後そのまま坂路トレーニングに移行します。よろしいですか?」 「も、問題ありません……」 私にとってはあんなに衝撃的な出来事だったのに、彼はいたって普段通りです。 乙女の純潔を散らしたというのに、感慨も無しではあまりにやり切れません。少し、意地悪をしたくなりました。 運転席の彼の邪魔にならない程度に腕を回して、耳元でささやきかけます。 (私のこと、どう思ってますか) チヨノオーさんが言っていたのだとこれでいいはず…ですが、彼は一切動じませんでした。 「アルダンお嬢様は私の主人で、あなたの幸せが私の幸せでございます」 少しは動揺して欲しいのですが……なんて、落胆して堰に座りなおそうとしたときに 「こっちがおかしくなりそうだ……」 ぼそりと、彼がつぶやいたのは聞き逃しませんでした。