「またトレーナーさんの方が早起きしてる~……」 URAが終わり季節が一巡して数か月、タンホイザと告白し合って一緒に同棲し始めてからというもの 毎朝、最初に聞く彼女の声はそんな感じだった。 「おはよう、タンホイザ。朝ごはんできてるから顔洗ってきて」 毎日、一言一句同じことを言うんだなと心の中で感心しながら朝食のお皿をテーブルに並べて エプロンをほどいて冷蔵庫横のフックに掛けてから椅子に座る。 ほどなくして顔を洗ったタンホイザが寝癖が付いたままの栗色の髪を揺らしながら慌てて台所に戻ってきた。 「ごめんねぇ。トレーナさん。告白した時に『毎日私の方が先に起きて朝ごはん用意してトレーナーさん起こすからね!』って宣言したのに…」 椅子に腰かけてテーブルとの位置を調整しながらタンホイザは申し訳なさそうに謝ってきた。 「いやあ。ちゃんと目覚ましも掛けてるんだけどね?それもね。なんと5個!どうして起きられないのかなぁ…」 「うん。5個はやりすぎだと思うな」 その目覚まし5個のベルの大合唱のおかげで自分は早起きになってしまっているのだが。 まあこっそり気持ちよさそうに寝入っているタンホイザのほっぺを優しくつねる仕返しと タンホイザの寝顔が見れるので当分はこのままでいいかと放置しているのが現状である。 「しょうがないよ。タンホイザはあれだけ一生懸命に練習して、帰ってきても自分で付けてるメモをまとめたりしてるんだから」 疲れて起きれないのも当然だって。そう言ってフォローしたつもりだったがどうにもタンホイザの顔は浮かないようだ。 「タンホイザ?どうした?」 「トレーナーさん。実はその……。私……。たるんでじゃってるんじゃないかって」 そんな浮かない彼女から出てきた言葉は自分が緩んでるとのことだった。 …正直なところタンホイザの空気感は常に優しく4月の春の昼の陽気のごとくゆるゆるに緩み切ってるので それが本当に原因だとしても今更な感じがするのだが。 「あのね。この前トレーナーさんより早起きできなくて、朝ごはんきちんと用意して起こしに行って寝顔撮ったりして もしかしたら以前見た漫画みたいに寝ぼけたトレーナーさんにベットの中に引きずりこまれたり…ってできないのかなぁ。 ってネイチャに相談したんだけど…。 『まあ最近のマチタンは以前にも増して雰囲気ゆるゆるですからなぁ』って言われちゃって…」 なるほど。と思いつつ心の中でタンホイザの惚気を聞かされたナイスネイチャに謝る。 タンホイザは深刻そうなままで沈みながら続ける。 「あのね。トレーナーさんと出会ってからすっごい幸せで。本当にこのまま幸せのままたるんじゃっていいのかなって。 どんどん自分がゆるゆるになって約束したこともできないままじゃトレーナーさんに嫌われちゃうんじゃないかって。不安なんだ」 なるほどなるほど。だからここ最近どことなくテンションが低かったのか。 しかし、それは杞憂というもので…。と、言ったところでタンホイザは納得しないだろう。 なので思ったことをそのまま言う事にした。 「じゃあ同棲止めちゃう?」 ぽかんと口を開けたタンホイザがようやく言葉の意味の飲み込むまで少し時間がかかった。 「ええーっ!それは嫌だよ!」 椅子から跳ね上がってタンホイザが大声で宣言する。 「俺も嫌だ。でもタンホイザがどんどん自分がダメになっちゃうのが嫌ならその原因である同棲止めちゃうのも手かなーって」 タンホイザはヘロヘロと力が抜けたように椅子に座り込んでしまった。 「じゃあさ、たるんじゃっていいんじゃない?」 「へっ?」 二度目のぽかんとした表情のタンホイザ。本当にこの子と一緒にいると楽しいと心から思う。 「今のとこ朝に俺より早く起きれないだけでそんな深刻に考えないでいいんだ。それにタンホイザがダメだなーってなったところを 俺が助けてるんだから。俺がダメだなーってなったところをタンホイザが助けてくれればいいんじゃないかな」 「それにまだ一緒に生活し始めて数か月しか経ってないんだ。ずっと生活してたらタンホイザが俺より先に起きれる日だって絶対に来ると思う。 だから結論を出すのは早いと思うけどね」 そう言い切ると牛乳を飲んで息を整える。少し冷えてぬるくなったようで。これじゃタンホイザのお腹によくない。 温め直さないとなとか考えながらタンホイザの反応を待つ。 「そっか!そうだねぇ!私もトレーナーさんがダメなとこがあったら手助けすればいいんだ。じゃあ改めて私も頑張るぞー!むん!」 どうやら納得してくれたようだ。声にも元気が戻る。 「おーよしよし。じゃあ悩みが吹っ切れたところで」 「あっ。朝ごはん食べないとね!」 「ちょっと待って。牛乳が少しぬるくなってるから温め直すよ。待って」 二つのマグカップを取って席を立ち冷蔵庫の横にある棚に置かれた電子レンジの中に置いて温める。 後ろには元気が完全に戻ったのか目を細めて鼻歌を歌っているタンホイザがいる。 「あとね」 電子レンジが軽快な音を立てて止まった。 「どうしたの?トレーナー――」 「どんなことがあってもダメダメになっても俺はずっと君が好きだよ。タンホイザ」 完全に固まったタンホイザの前に温め直した牛乳のマグカップを置いた。 そして両手を合わせると 「それじゃあ」 「さん……えっ。……あ……。えっと……。ひゃい……」 示し合わせるように 確認するように 二人の声が重なって いただきます――。 今日も一日が始まった。 おまけ 「行ってきますのチュー?」 「一回やってみたかったんだよねぇ」 タンホイザと準備を終えて玄関で靴を互いに履きながら彼女が提案してきた。 玄関のドアを開けつつ少し考える。 外はもう夏の日差しだ。今日も暑くなる。タンホイザの体調管理を一層気を付けないと。 あとキスはほっぺたがいいと思う。 「じゃあ失礼して」 タンホイザのほっぺたに触れるようなキスをした。 「あ…。うーん。その。えっと。そうじゃなくて――」 嬉し気ながらも不満そうなタンホイザの両手が自分の頭を掴むと自分の顔の位置まで降ろして 彼女が目を細め始める前。顔の全景が見えなくなるほんの一瞬だけだったけど。 女の顔が見えた気がした。 ―――― 「お……。おお……」 「えへへ。それじゃトレーナーさん。先に下で待ってるね!」 トレセン学園の白と青が混ざった制服を着たタンホイザが楽しそうにアパートの廊下を駆けて振り向かずに階段をリズムを刻むように降りていく。 収まりが悪そうに少し熱くなった顔で欄干の先を向くと真っ青な湿った空と雄大な入道雲がすべてを見てるかのように何も言わずにそこにあった。 おまけ その2 「夏休みどこか行きたい場所?」 二人羽織のような状態でタンホイザを抱きしめてテレビで観光地のニュースを見ながらそう彼女に尋ねた。 「そうそう。タンホイザはどこか行きたい場所とかない?」 タンホイザと一緒に生活し始めて初の夏休み期間。夏合宿を境に前後で5日間ほどまとまったお休みがある。 せっかくの夏なんだからどうせならどこかでのんびりと過ごすのも悪くないかもしれない。 「うーん……そうだねぇ。海!は毎年行ってるねぇ……」 過酷な夏合宿の遠泳トレーニングを思い出してるのかタンホイザの顔は少ししょんぼりとしている。 「じゃあ山とかにする?」 「山!なるほど山登りも悪くないかも……。あっ」 何か思いついたのかタンホイザが両腕を押しのけてすっと立ち上がる。 「どうかした?」 いきなり立ち上がったタンホイザに驚いた。 当のタンホイザはこっちを見降ろして得意げな顔で正座して目の前に座った。 「問題だよっ!私は今トレーナーさんとどこにいきたいでしょうか!」 「……温泉?」 「それはURA終わって行ったよ~」 考えてみるが山も海もすでに出ている。温泉でもないなら遊園地だろうか? 「うー…ん。降参」 このまま考えたところで埒が明かないと思ったので大人しく白旗を揚げた。 「ええー。早くないかなぁ」 少し残念そうなタンホイザはこちらに腕だけを動かして近寄ってもたれると小声で 「トレーナーさんの部屋でのんびりが正解」 とだけ耳元に囁いた。 「海は毎年行ってるけどプール行くのは久しぶりだねっ!」 水着に着替えたタンホイザは目の前のプールを前に張り切って準備運動をしていた。 せっかくの夏休みだからとトレセン学園から電車で少し離れたレジャープールに来ている。 合宿所にはない水のアスレチックやプールサイドでしか食べられないスイーツを取り扱った飲食店など タンホイザにとってももちろん自分にとっても気分転換になる場所だと思う。 ただ出発前、体調を崩しやすい分かき氷やアイスは食べ過ぎない様に来る前に釘を刺して あとプールに入りすぎて身体が冷えて気分が悪くなったり太陽に当たりすぎてめまいがしたらすぐ呼んで欲しいと注意している。 新調した水着をいつも使っているスポーツバックに入れながらタンホイザの返答は 「心配性だねぇトレーナーさん。でも無理はしないし、気分悪くなったらちゃんと頼るから安心して欲しいな」 と言いつつ最後に「ありがとうトレーナーさん。えへへ……」とだけ付け足してくれた。本当にいい子だと思う。 自分にはもったないと思ってしまうぐらいに。 「あのね。トレーナーさん」 準備運動を終えたタンホイザがこちらに寄ってきた。 「どうかな水着。おかしくないかな?」 暖色系で明るめのビギニに身体を冷やしてはいけないからと渡したタンホイザの髪色とお揃いの栗色の水着用パーカーを羽織って いるタンホイザは普段夏合宿で着ている学園が指定したスクール水着を見慣れていると嫌でも華やかに感じてしまう。 「その……。すごく似合ってる」 タンホイザの体型は正直なところ平均値辺りだと思ってる。 大きすぎず。かと言って小さくもない。女性の体型として主張すべきところはきちんと主張している、そんな感じ。 でもそれがタンホイザに似合ってるとしか言いようがない。普通だからこそ間違いなく催してしまうものはある。 「えっ!本当~?えへへっ。よかったぁ。頑張って選んだ甲斐があったなぁ」 嬉しそうに笑うタンホイザの肩を掴んでじっと見つめる。 「うん。すっごい似合ってる。なんだろうな。他の人に見せたくない」 「ト……トレーナーさん……ちょ、ちょっと?」 「タンホイザ今帰ろう。すぐに帰ろう。その水着は俺の部屋の中だけで着て」 「トレーナーさん!落ち着いてよ~!まだ来たばっかりだから!」 タンホイザの勧めでシャワールームで頭を冷やして合流した後 一緒に一通りプールで泳ぎ、少し休憩しようという事でタンホイザをプール際のパラソルのついたテーブル席で休ませて 自分は一人、屋台でラムネと一緒に食べれるかき氷を買っている。 時刻は正午をようやく回った頃だろうか、お休みという事もあってすでに人で込み合っている。 プールは波面よりも人、人、人。人と……所々ウマ娘で埋め尽くされている。 子連れも多く、これじゃ迷子も多いだろうなとぼんやり考えつつタンホイザの休んでいるパラソルの元に戻ろうとした時。 『○○町よりお越しの○○君の保護者様~』 と迷子用のアナウンスが流れた。うんうん。やっぱりはぐれた子が出てくるよね。 そして続けてアナウンスが響く。 『○○市よりお越しのマチカネタンホイザ様のお連れ様~』 おかしいなあ。タンホイザはパラソルの下で休んでいるはずだけどなあ。 と考えながら待ち合わせのパラソルの元までやってきたが……タンホイザがいない。 見本にしたくなるほどの奇麗な二度見をしたのち、 頭を振るとかき氷が零れないように、あとプールで走らないように急いで迷子センターまで向かった。 迷子センターに着くと小学生ぐらいの男の子だろうかタンホイザと一緒にしょんぼりと俯いてベンチで座っている。 「あっ!トレーナーさん!」 タンホイザがこちらに気が付いた。パッと顔が明るくなって座ったまま自分に向けて大きく手を振っている。 「どうしたんだタンホイザ。大丈夫?」 近寄ってきたプール施設の職員さんにお礼を言いつつ、タンホイザにラムネを渡して事情を聴いてみる。 「いやそのぉ……。実はね……」 「あっ、お姉ちゃん。お兄ちゃん来たんだ。よかったね」 タンホイザと一緒にしょんぼりとしてた男の子が言う。 話を聞くとどうやら休んでいたら男の子がお母さんとはぐれて泣きそうになりながら歩いていたのを放って置けずに 一緒に周りを歩いて声を掛けつつ探してから迷子センターに向かっていたらしいのだが……。 「でも、迷子センター探してたらお姉ちゃんも一緒に迷子になっちゃって」 「うぐっ」 「結局さ、途中からボクがお姉ちゃん引っ張ってここまで来ることになってね」 「はうっ」 「お姉ちゃん。次からはボクがいなくてもしっかりしてね」 「ううっ……。ごめんねぇ……」 しっかり者のお姉ちゃんとして振舞おうとして見事失敗しメンタルにダメージを受けたタンホイザの頭を優しく撫でつつ、 男の子にお礼として自分用に買っていたラムネを渡す。 喉が渇いていたのだろうか。タンホイザとラムネを美味しそうに飲んでいる男の子を横目で見つつ センターの出入り口付近を見回す。タンホイザは待ち人と巡り合えたがどうも男の子の待ち人はまだ訪れそうにはない。 せっかくなので男の子のお母さんが来るまで待っていることにした。 タンホイザは結構子供に好かれる。穏やかで緩やかなところが好かれるのだろうか。 ただかなり抜けているところが多いタンホイザなので、 遠慮がない子供に直球ストレートでダメなとこを射抜かれるのもいつものことだった。 それでもそんなタンホイザは子供が好きだし、子供もタンホイザを見て懐くのだろう。 だからこうして迷子が中々来ないお母さんを待って泣きそうになっても そっと肩を抱いて一緒に揺れて落ち着かせて励ましたり、 迷子たちと歌を歌って上手く打ち解けていけるのだと思う。 この日の迷子たちは泣きべそをかくこともなく 去り際にみんなタンホイザに向かって手を振ってから帰っていた。 「いやあ。すごいですね。彼女さん」 何人目かの迷子とさよならをしているタンホイザを見たセンター職員の人が自分に話しかけてくる。 「どうでしょう?夏の間だけでもここで働いてもらえるように提案してもらえませんか」 「いやあ、まだ彼女、現役ウマ娘なのでちょっと……」 「そうですか……。惜しいなぁ。ここまで迷子と打ち解けられる人も珍しいですから」 昼下がり、ようやく男の子のお母さんがやってきた。 どうやら入れ違いで迷子センターに来てしまって 今までプールの外まで探していたようだった。 最初に来た時、電話番号を教えていたはずだったが、焦っていて番号をミスって伝えてしまったようで 何回も申し訳なさそうにセンター職員に謝っていた。 「本当にありがとうございました。ほら、お兄さんとお姉さんにお礼して」 「うん。ありがとうございました。お姉ちゃんとラムネのお兄ちゃん。次はお姉ちゃんも迷子にならないでよ」 生意気そうに答える男の子にまったくと呆れながらもお礼を言うお母さんに 「いえ、ほとんどタンホイザ……。彼女のおかげですから」 と言ってタンホイザに目を遣る。本日の主役はよかったねぇと言って男の子の頭を撫でていた。 「本当にご迷惑をおかけしました……。奥様に大変お世話になったみたいで……」 一瞬。タンホイザが完全に固まった。 「お……。奥様……奥様……。へへへ……」 「タンホイザ!?タンホイザ大丈夫?」 最後に上の空になったタンホイザを残してこうして夏休みの一日は終わった。 窓から見えるアスファルトの道路がオレンジに染まって、空は青が薄まって白と橙が混ざる夕方。 ガタンゴトンと列車がゆっくりと揺れる音だけが響く。 朝ははしゃぎながら窓の外を見ていたタンホイザだが、今は自分の肩に頭を乗せて気持ちよさそうに寝息を立てて寝入っていた。 朝は泳いで、昼からは子供たちと遊んで疲れたのだろう。 今日は半分ぐらいプールではなく、迷子センターで過ごしたようなものだったが、 帰り際、タンホイザは「今日は本当に楽しかった~!」と言ってくれた。 彼女が楽しかったならよかったとタンホイザの少し湿っている栗色の髪を撫でながらつくづく思う。 タンホイザが寝ているから自分はちゃんと起きておかないとなとあくびを噛み殺して横目で車窓を眺める。 どうやら列車は海岸線にさしかかったようだ。 夏合宿までは時間はまだまだある。 今度はタンホイザとどこに行こうかと考えながら二人だけの車両で静かに肩から聞こえる寝息と寝言をのんびりと聴いていた。 「えへへ……。奥さん……。トレーナーさんの……。」 おまけ ※微エロ有り まだ人が混んでいない朝のプール 建屋の隙間の物陰にタンホイザと密着して向かい合っている。 「苦しそうだねトレーナーさんの水着の中……」 タンホイザの水着を見てからどうしても収まりが付かない自分を 見つけたタンホイザが慌てるように自分の手を掴むと連れてきたのがこの隙間だった。 何とか二人分が向かい合う空間があるぐらいで互いの息が嫌でも身体に当たってしまう 「うーん。どうかな?」 水着の上からタンホイザの手が形に添うように優しく上下に撫でられる 少しずつ手の速度が速くなって比例するように水着のズボンのシミがちょっとずつ広がる。 視線を自分の下半身からタンホイザの顔に移すとこっちを見上げる ストロークで気持ちよくしてる得意げな表情と 子供をあやすような優しげな表情がミックスされたタンホイザの顔が見えたところで限界が来た。 勢いよく水着のズボンの中に噴き出す。ズボンのシミが大きくどんどん広がって、出し終わってから気が付くと優しく触れているだけだったタンホイザ の手が竿を握るように掴んでいた。 タンホイザ?と俯いている彼女に声を掛けると 「あっ……ちょっと待ってねっ……トレー……ナーさん……っ」 小さく震えているようだった。太股がいつの間にかこすり合わせるように閉じられて内股になって 股の付け根と水着の間から盛大に漏らしたかのように液体が伝って膝まで流れて地面に垂れると 陰になっているアスファルトの上に点を作っていた。 恐る恐るタンホイザの身体を抱きしめる。 溶けるような声で「あっ……っん……」と聞こえた後 タンホイザは力が抜けたのかこちらに身体を預けてもたれかかってきた。 少しの間、お互い無言で吐息と心音だけを聴くように抱きしめ合っていた。 「あっ。これは大事なこと言うの忘れてた!」 物陰から出た後に、くるりと半回転して手を後ろで組んでタンホイザがイタズラっ子のようにクスリと笑う。 「プール入る前にもう一回ちゃんとシャワー浴びようねトレーナーさん❤」 「『催涙雨』かぁ…」 年に一度、星空を舞台にしたラブロマンスの天体ショーが見れる七夕の日。 しかし、残念ながら今年の日本列島は全国的に曇り。ところによっては雨の予想だった。 マチカネタンホイザはベランダの窓の側で精肉店で買って来たコロッケを頬張りながら泣き出しそうな曇り空を眺めている。 (トレーナーさんも今日は一日中忙しそうにしてたし……) もちろんトレーニングはしっかりと見てくれたし、私の体調管理も変わらずに完璧にこなしてくれている。 でもトレーナー室に戻ってからと言うものパソコンとにらめっこしたり、 私ではなくアヤベさんと何やらこっそりと話し込んだり 帰りも用事があるからと買い込んだコロッケを渡すしてどこかへ行ってしまった。 私を一人だけ先に帰らせていったいどこに行ったんだろう? かぼちゃコロッケを食べつつ考えていると、ただいまーと玄関から聞きなれた声が聞こえた。 振り返ると少し大きめの段ボール箱を抱えながらこちらに歩み寄ってくるトレーナーさんが見える。 「タンホイザ。お待たせ」 「あっ。おかえり~。トレーナーさん。んっ?あれ?どこ行ってたの?」と尋ねる。 でも私の質問に答えずに、トレーナーさんは 「お待たせついでで悪いんだけど……追加でちょっと待っててね」とだけ答えた。 「ええーっ……。トレーナーさん、まだ待つの……今日なんだか冷たいよ~……」 ガッカリした私を残して段ボールと一緒に慌ただしく和室の中に入り、荷物を畳に置くと 「入ってきちゃダメだからね。絶対ダメ!」 とだけ言い残して静かに襖を閉めて何かガサゴソと作業をし始めた。 (今日は彦星と織姫の日で鶴の恩返しじゃないんだけどなぁ) そう思いながら私はテーブルに山盛りになっているコロッケの皿に手を伸ばした。 かぼちゃコロッケの次はカニクリームコロッケみたい。美味しい……。 半刻が過ぎたぐらいだろうか何かに苦戦しつつ試行錯誤している声が止むと、 襖から首だけ出したトレーナーさんが、きょろきょろと辺りを見回してから ちゃんと居間で待っていた私を呼ぶ。 「今度こそお待たせしました。入ってきて」 放置されて正直落ち込んでいた私を置いて何を準備していたのかな。 少し眉を下げて頬を膨らませつつ和室の畳に足を入れる。入った途端、 いきなりトレーナーさんが電気を消した。すると―― 「わあっ……。星空……」 和室の真ん中に設置されたプラネタリウムから光と星が零れて溢れる。 いつの間にか私とトレーナーさんは天の川の真ん中に立っていた。 「ごめんねタンホイザ。今日は天の川見れないって天気予報が言うから、アヤベさんに相談して急いで用意したんだ」 「どうしても今年だけは。いや、そのトレーナーとしての付き合いは長いけど……。 男女として付き合って初めての年だから一緒に星空が見たかったんで……。よかった。喜んでくれて」 私は嬉しさをこらえきれず照れたように頭の後ろを撫でているトレーナーさんに駆け寄ると 「うわぁ!ううっ!トレーナーさん!ありがと!嬉しいよぉ!」 と思い切り空に跳ねて抱き着く。 トレーナーさんは咄嗟に私を抱きしめると体勢を崩して大きく尻もちを付いてしまった。 あの時はすごく嬉しくて思わずトレーナーさんに抱き着いちゃったけど……。 後々考えると下の人に迷惑だったと思った。 次の日、下の階に住んでいる奥さんに会った時に騒がしくしてごめんなさいと謝ると どうやら家族で外食に行っていたみたいで。おお!セーフ! でも、もしかしてお楽しみ中だったの?だと勘違いされたみたいで。アウトでした。 ……その……い、今はまだってことで……アウト。 中腰で折り重なった私をひとまず抱きしめてから持ち上げて横に寝そべらせると、 トレーナーさんも同じように隣に寝そべってプラネタリウムの天の川を眺める。 お互い手を握って何も言わずに星空を眺めていると、 「あのね、タンホイザ」 トレーナーさんがまっすぐ天井を見ながら話し始める。 「アヤベさんが言っていたんだけど。お話だと彦星と織姫は七夕の日に雨が降ると来年まで逢えないのかと言うとそうじゃなくて、 実は、雨で氾濫する天の川にカササギたちの群れが鳥の橋を架けて、二人は曇り空の上で逢えるんだって」 「何があってもちゃんと最後は逢える。そうアヤベさんは言ってた」 「だからね。俺もどんなに忙しくても……最後はちゃんとタンホイザの元に帰ってくる……から。 そんな寂しそうな顔しないで……欲し……い」 トレーナーさんの声が段々と小さくなっていく。 どうしたのか気になった私が顔を横に向けると、よっぽど疲れていたのかトレーナーさんが寝息を立て始めていた。 「……お疲れ様。ありがとう……」 もう寝てしまって聞こえてはないだろうけど、トレーナーさんの耳に囁く。 「でもアヤベさんと仲良さそうなのはよくないよ~!えい!」 と軽くほっぺたを引っ張った。暗くてあんまり見えないけど、心なしか寝ているトレーナーさんの表情が困った顔をしたような気がする。 「でも……えへへ。私、本当に大事に思われてるんだなぁ。うんうん」 つねったほっぺたを痛みが引くように優しく撫でてから、仰向けになって人工の星空を眺める。 「来年も再来年もずっとずっと天の川見よう。 あんまり会えない一日でも、星が見えなくて雨が降っても、こうして最後は天の川を作って。もちろん今度は一緒に。私も頑張るぞ~……」 満足するほどトレーナーさんが作ってくれた星を眺めた後、すぐそばで私の方に横向けで寝ているトレーナーさんに身体を動かして近づく。 「おやすみ~……」 完全に寝入った彼の胸に頭を当てると私も静かに寝息を立て始めるのでした。 ふと目が覚めて視界が晴れる。 どうやら自分はバスの中で寝てしまっていたみたいだった。 外は一面奇麗な淡い青草の草原しか見えない。空は真っ青な快晴で一つ大きな入道雲が聳え立っている。 バスは草原の一本道を走っている。 車内を見るとすぐ隣に栗色の髪をした女の子が座っている。 自分よりもやや年下ぐらいだろうか。中学生か高校生ぐらいだろう。 ぼーっとしながらその子を眺めていると 「ふわわぁ……。あっ!おはよう!よく寝たね!むん!」 女の子が起きる。どうやらこの子とは知り合いのようだ。 ……知り合いと言うよりもっと大事な人のような気がする。 「えへへ……。長い旅だったけどそろそろ目的地に着くねぇ。次の牧場が目的地だからね!はりきって行こう!おー!」 しばらくしてバスがバス停の前で止まった。 バス停のすぐ前に大きな牧場が建っている。 牧場の名前はと確認するがどうにも読めない。 漢字・カタカナ・ひらがな・英語・その他言語ですらない。こんな文字は見たことがない。 慌ててバス停に戻って看板を見るが時刻表であろう場所に記載されている文字もわからない。 一緒に降りた彼女になんて読むのか聞こうとしたら、いつの間にかいなくなっている。 きょろきょろと辺りを見回すと、牧場の入り口でこちらに大きく手を振っている彼女が見えた。 遅れないように、見失わない様に急いで彼女の後を追いかけて牧場に入る。 どうやらカウンターのスタッフと和やかにお話しているようだ。 終わったのか二人分の『見学者用』と書かれたネックストラップを持って自分の元に駆け寄ってきた。 「はい!入場許可証だよ~。ちゃんと付けてね」 「よし!じゃあ会いに行こう!」 そう言うと彼女は自分の手を引っ張ってロビーを通って そのまま厩舎の方へと向かう。 乾いた草と動物の匂いが強くなる。中で作業をしている人が穏やかにこちらを見て挨拶をする。 挨拶をし返すと、自分たちはさらに厩舎を通り抜け、青草香る原っぱに出た。 目に付くのはある程度の広さの空間を木の柵で囲っているスペースが何個も設置されていることと、 その中に初めて見る動物が数多くいることだ。 彼女はその中の牧柵の一つに駆け寄る。 「あっ。ほら!この子だね!この子!テレビで特集されてた子!」 そこには4つある脚の先にスリッパか下駄のようなのを履いた四足歩行の大柄な生き物がいた 人が一人から二人ぐらい乗れる背中に箒のようにふさふさの尻尾。 首から顔は少し細長く、上部分に人間で言う髪の毛に相当するのだろうか毛が首筋に沿って生えている。 ピンと空に張った二本の長い耳が付いた頭は縦に長く、顔の先にある大きな鼻に向けて少し曲がって白の模様が一本走っている。 こちらに気が付いたのか、地面に生えている草を食べるのをいったん止めて、上げた顔の端に付いている黒い両目を自分たちに向けた。 初めて見る謎の生き物。 >ば【馬】 >[音]バ(漢)メ(呉)マ(唐)[訓]うま ま >[学習漢字]2年 >[一]〈バ〉 脳裏に辞書の一節が浮かんでは消える。何故か自分はこの謎の生き物を馬と認識できている。 あれ……?ウマってこんな生き物だったっけ……? >うま【馬】 >《「馬」の字音「マ」から変化したものという。平安時代以降「むま」と表記されることが多い》 >1 奇蹄(きてい)目ウマ科の哺乳類。体は一般に大形で、顔が長く、たてがみがあり、長い毛の尾がある。力強く、走ることが速い。 >古くから家畜とされ、農耕・運送・乗用・競馬などに用いられ、肉は食用。 >東洋種の蒙古馬(もうこうま)・朝鮮馬、日本在来種の木曽馬・北海道和種、西洋種のアラブ(アラビア馬)・サラブレッド・ペルシュロンなどがある。 >こま。 >[補説] 作品名別項。→馬 ウマってもっと人間に近かったような……? ……自分は何か忘れてないだろうか。 ……そういえばタンホイザはどこに行ったんだろう? ……ん?タンホイザって誰だ? ――タンホイザ? 思わず浮かんだ単語が口に出てしまう。 「えっ?私?私はタンホイザじゃないよ~。もー。寝ぼけてるのかなぁ」 少し怒ったように彼女は顔を突き出して自分の顔を下から覗き込む。 「ほら。タンホイザって言うのはこの子!マチカネタンホイザ!」 と言った彼女がじゃじゃーんと言いながら両手を広げて牧柵の側で草を食む馬を見せる。 「かわいいね~。でも私、競馬とかよくわからないんだ。おじいちゃんは競馬のためのお馬さんを持っていたらしいんだけど。 この子はすごい?お馬さんだったんでしょ?テレビで特集されるぐらいだもんねぇ。よしよし」 近寄ってきたマチカネタンホイザ号の頭を撫でて嬉しそうに彼女は話し続ける。 「でもびっくりしたなあ。いきなり君がテレビを一緒に見てこの子が映ったらすっと立って会いに行きたいって言うんだもん」 その時のことを思い出しているのだろうか。彼女は目を瞑ってしみじみと話している。 再び彼女が目を開けて自分を見つめる。……?彼女の目の色ってさっきまで黄色だったっけ……? 「えへへ。でもいいんだ。私もどうしてもこの子に会いに行きたいって思ってたから。でも不思議だよね……。 なんでだろう初めて会った気がしないなぁ。うんうん」 何かがおかしい。 何を忘れてるんだろうか。 「うん?ちょっと待ってね。この子何か言いたいみたい」 彼女と一緒に馬を見ていると 『トレーナーさん?』 馬がしゃべったような気がした。 そんなバカな。馬が人語を話せるわけがない。いや話せる?いいや違う。ウマは話せて、馬は話せない。 じゃあ目の前で言葉を発したのは誰だ。彼女か?違う!違う?でも声は間違いなく彼女の声だったはず。 鋭い頭痛にこめかみを手を遣って抑えながら頭を振る。視線を感じて目線を上げると馬も彼女もまっすぐこちらを見ている。 表情も変えずにただただこっちをじっと見ている。 『トレーナーさん?』 彼女と馬の言葉が重なる。 やめて。 やめてくれ。 自分は誰なんだ。 ここはいったい……。 誰か。誰か。 意識が落ちていく。 ……。 ……。 タンホイザ……。 『トレーナーさん!」 急に目の前が暗転したと思うと意識がはっきりとして現実に戻ってくる。 「トレーナーさん!大丈夫?よかったぁ……」 再び目を開けてまばたきをする。どうやらここはトレーナー室のようで ソファーに横になって一休みしていたらうっかり寝ていたようだ。 ゆっくりと身体を起こして周りを見渡す。 スリープ状態になったノートパソコン。 夏風に揺れるカーテン。 タンホイザが持ち込んだアサガオ。 タンホイザとお揃いのコーヒーが入っていたマグカップ。 そして―― マチカネタンホイザ? 「えっ。うん。そうだけど……。珍しいねぇ、トレーナーさん。寝言でもタンホイザって言うのにねっ」 ソファーのすぐ横起きた自分と目線を同じくしてそばにしゃがんでいる子。 青と白を基調にしたトレセン学園の制服を着て前髪に右側に大きく曲がった白のメッシュが一線入った 奇麗な栗色の髪に頭には大きな二本の耳が伸びてこれまた右側に二つのボールのような髪飾り。 どこか抜けたような優しそうな表情を心配そうにこちらを黄色の両目で見つめているウマ娘。 自分の担当ウマ娘で。自分が一番大切な人がそこにいた。 間髪入れずにタンホイザを抱きしめる。 「ほわぁ!もっ、も~。どうしたのトレーナーさん?うなされてたけど、怖い夢でも見たのかな……?よしよし。へいきへいき……」 自分の頭を優しそうにあやすように撫でて、抱き着かれたことに嬉しそうに照れているタンホイザの声を聴きながら。 しばらくの間タンホイザを抱きしめ続けていた。 おまけ ※微エロ有り 「でもねぇトレーナーさん。いくら怖い夢見たからってトイレまで付いてこないで欲しいんだけどなぁ……」 昼間、よほど怖い夢を見たのかトレーナーさんは帰る間も帰ってもずっと私が立ってると裾を掴んだり座ると抱き着いてきたりしていた。 お風呂はもう何回か一緒に入っているから気にはならなかったけど。 ……トイレはやっぱり恥ずかしいわけで、なんとか説得してドアのすぐそばにいることで妥協してもらえた。 (とは言っても音は聞こえちゃうもんねぇ……。耳閉じてるといいなぁ……) と思いながら早く済ませようとパジャマのズボンと下着を一気に降ろして便座に座る。 準備は出来て座っているがどうしてもドアの向こうを意識して緊張しているのか。中々おしっこが出ない。 数回大きく深呼吸をして息を吐く。緩んだのか尿道から黄色い液体が少しずつ漏れ始める。 ちょっとした流れが段々と大きくなって白い陶器に小さな放物線を描いて当たり。 黄色い液体が縁に沿って流れ出すと便器の水面に落ちて水音が広がる。 (あっ……♡外のトレーナーさんに聞こえてると思うとなんか……なんだろうムズムズする……♡) 最後の数滴を出し切って、小さく震える。 「ふぅっ……♡」 おしっこは出し終えたが、何となく収まりが悪いタンホイザは片手の指を眺めると人差し指と中指をまとめて秘所の中に当ててみる。 (だいたいこれぐらいだっけ……♡) 以前、URA優勝後にトレーナーさんと一緒に行った温泉旅行でエッチした時に挿入されたトレーナーさんのサイズを思い出して中で指を広げてみる。 くちゅくちゅと今度はおしっことは別の水音が響き始める。 (あー……今日、ダメダメだなぁ私……♡) ドアをちらりと見て、舌を少し出して微笑むと濡れぼそった秘所から指を抜き、トイレットペーパーを巻いて股を拭いてから一緒に流す。 どうせすぐ全部脱ぐことになるのになと思いながら下着とパジャマを履き直して、トイレ内にある流し台で手を洗って恐る恐るドアを開けると、 トイレの電気に照らされてすぐそばの壁で体育座りしていたトレーナーさんが不安そうにこちらを見上げてくる。 その表情を見て余計にタンホイザの火がついて止まらなくなる。 「トレーナーさん。もちろん一緒に寝るよね……?ならお願いがあるんだけど、いいかな……っ♡」 今日は数か月振り久々のうまぴょいだねっ! 「うええ……暑い……暑い……」 今年一番の熱気に包まれるトレセン学園でソファーに座りうちわで自分を扇ぎ、タンホイザが弱々しく嘆く。 タンホイザは実のところ暑い夏が苦手だ。そして残念なことに日本の夏の救世主のクーラーも身体を崩しやすく苦手だ。 最初の夏に自分に気を使ったのか頑張って我慢して酷く体調を崩してから、 毎年の夏の自分のトレーナールームはクーラーを止めて、代わりの精いっぱいの納涼を心掛けている。 今年も部屋にある計4台ある扇風機の内、3台をタンホイザ囲みながら全力で稼働させて 水と氷で一杯に満たした大きいアルミ桶にタンホイザの脚を沈めて冷やしている。 もちろん窓は全面開けっ放しだ。ドアも半開きのままにしてなるべく夏風が通りやすい状態にしている。 風に煽られた風鈴が優しい音を立てて揺れる。 「ごめんねぇ。トレーナーさんは私より暑いのに……」 ぐったりとソファーの背にもたれて、首だけ動かしてタンホイザはこちらを向く。 自分は扇風機1台をお供にしてノートパソコンを画面をせわしなく動かしつつ 担当してる複数名のウマ娘たちの今後レーススケジュールの調整と タンホイザのトレーニング内容の確認をしていた。 気にしないで、とタンホイザに返すと横で首を緩やかに振っている扇風機に目線を合わせる。 本当は4台ある扇風機をすべてタンホイザに渡したかったが、 「ダメだよ!トレーナーさんも身体壊すのはダメ!絶対一つは使ってもらうからねっ!」と 猛反対されてから1台だけ拝借して椅子の横に置いて使っている。 視線をパソコンに戻すといつの間にかタンホイザが目の前に移動してた。 タンホイザ?どうかしたの?、と彼女の顔を眺める。 「あっ……。ううんっ!なんでもない!……ただ何してるのかな?って思って」 そう言いながらタンホイザが机を回って扇風機を少しスライドさせて動かすと、自分の真横に立った。 パソコンのモニターをタンホイザが見やすいように動かして、 タンホイザを含めた他の子のスケジュールとかタンホイザのトレーニングの改善点を洗っていると説明する。 ジャパンカップやURAファイナルズでタンホイザが活躍してから、 専属トレーナーが付いていない何人のウマ娘から自分に少しでいいからトレーニングを見て欲しいと頼まれるようになった。 そして、タンホイザがまだ実績を残してくれる前から顔を合わせているウマ娘からも。 改めて自分が作ってるやけにマチカネと付いた子が多いスケジュール表を見返す。 タンホイザと親子のように親しい秋川理事長からも、 この人数ならそろそろチームを作ってはどうだろうかと打診されている。 こうやって自分のトレーナー業を振り返るとずいぶんタンホイザに助けられていた。 以前、タンホイザにトレーナーさんに助けられてばかりだと朝ごはんの時に言われたが、 何のことはない自分はタンホイザにそれ以上に助けられてる。 そう振り返ってると興味深そうに液晶を覗き込んでいるタンホイザのふんわりとした栗色の髪が頬に優しく触れる。 横を向くとタンホイザの顔がすぐそばにあって、なにやらうんうんと頷きながらモニターの表と映像を眺めていた。 「うーん。私、最後の辺りフォームが乱れてるねぇ……。あとでメモしとかないと……」 と言いながらタンホイザはさらに身体を動かして椅子に座っている自分の膝に重なるように座ってきた。 「えへへ……。その。ダ、ダメかなっ?」 振り返って自分を見上げながらタンホイザが照れながら微笑む。 「これぐらい普通……。普通だよねっ?」と呟く声が幽かに耳に届いた。 どうやら恥ずかしながらも勇気を出して膝の上に乗っかったみたいだった。 タンホイザの汗と身体の匂いが混ざって鼻腔をくすぐる。いつも嗅いでるいい匂いが強くなる。 彼女の普通ながらもすでに女の子として成長してる身体が密着してどうにも収まりがつかなくなってきた。 自分も勇気を出してお礼でもしよう、とタンホイザにちょっと立って欲しいと言う。 ダメだとでも思ったのだろうか、残念そうに立ち上がったタンホイザをぐるりと180度ほど向きを変えて、 椅子の隙間にタンホイザの膝を入れると、向き合って座らせる。 驚いて顔がどんどん赤くなったタンホイザを今度は自分が見上げるように見て手を伸ばし、頭をゆっくりと撫でる。 ……幸い下腹部の一部分が膨れてるのはまだ気が付かれてないと思う。 流石にただでさえタンホイザのおかげで理事長と仲が良いのだから 学園外ならまだしも、もし『理事長と親しいトレーナーが学園内で現役の担当ウマ娘と淫行』とか書かれたらどうなるだろうか。 理事長に迷惑が掛かる。学園内でするのよくない。 ナイスネイチャのトレーナーは危うくしかけたとこの前、一緒に飲みながら告白してくれた。 それはよくないですね……、自分も気を付けないと……、と言った手前なおさら学園内でするのはなおさらよくない。 確かに裏で『日本ウマ娘お見合い学園』や『婚活トレーニングセンター』とか言われてるのは確かだが。 それでもちゃんと建前はあるわけで……。 キスでなんとか……。と撫でてる手を止め、タンホイザの頭の後ろに回すと顔をタンホイザに近づけていく。 タンホイザも意図が分かったのか目を瞑ると静かに待っている。 遠い人声が消えたような気がした。夏風が静かに部屋を通り抜けて パソコンの駆動音と風鈴の鈴の音しか聞こえなくなる。 「挨拶ッ!どうかねっトレーナー君!タンホイザ!暑中見舞いにスイカとメロンを……ん?」 唐突に半開きのドアが豪快に全開になってオレンジ色の髪と白のつばの広い帽子を常にせわしなく動かした小さい女の子。 この学園の主である秋川理事長がトレーナー室に入ってくる。 ……タンホイザを膝に乗せて向かい合って互いの顔が近づけてる時に。 「あっ……。し、失礼ッ!お邪魔だったようだ!たづな!戻る!戻るぞっ! なんででしょうかではない!男女が仲を深めているのだ!こら赤面するでない!すまない!少し時間を置いてまた来るからなっ!」 面食らった理事長が急いで目線を逸らしつつ、開いたドアのノブを探すと、掴んで引っ張る。 一緒に来たたづなさんに部屋の中を見せない様にしつつ下がらせながら、静かにドアを閉める。 せっかく部屋の中を見せない様にしたのに何してるか言ったら意味がないと思うんだけど。 「待って!待ってください!これはですね……。理事長ー……」 「待ってぇ秋川さん!秋川さん~……!」 慌てて椅子から跳ね上がった自分とタンホイザは閉められたドアを勢いよく開け放つと そそくさと退散した理事長たちを追いかけて行った。 誰もいなくなった部屋で風鈴がちりんと音を立てて揺れている。