トレセン学園。 将来有望なウマ娘達が集い、競い合うこの名校に、俺は遂にトレーナーとして足を踏み入れる資格を手に入れた。 だが、それ自体はただの始まりにすぎない。 俺には目標があり、それを果たすためにここに居る。 『――約束です』 そう。 いつか交わした約束を果たし、あの子を輝く舞台の上に立たせるために。 ;----- _________________ ――それから数週間が経った。 あれから何度も探して回ったがあの子は見つからない。 ……年を考えると、おそらく今年には入学しているはずなのだが。 「そういえばお前、噂になってるぞ」 「え?」 それは昼食時、学生時代からの付き合いである先輩トレーナーから振られた話だった。 噂。それはあるトレーナーが校舎や学生寮をうろつきウマ娘達を熱い目でじっと見つめているというもの。 熱い目であったかはともかく観察していたのは確かだ。だがそれは…… ;----- 「お前って昔からウマ娘に……いや、いいか」 「?」 「とにかくだ。あまりそういうところをうろつくのはやめておいた方がいいぞ、いろいろな意味で」 いろいろとはどういう意味だろう。それはともかく。 「俺はとある人――いやウマ娘を探しているだけで決してそういう意図は……」 「それならなおさらだ。この学園に来ている以上、選抜レースには必ず出ることになる。探しているのならそこで見つければいい」 「あ……」 それもそうだ。なのに俺は何を焦っているのだろうか。 「どうしてかは知らんが掛かりすぎだ。その子が覚えているなら必ず会えるさ。だから少し落ち着け」 他のトレーナーにとられるかもしれないから?――違う。 相手が忘れているかもしれなかったから――それも、違う。 約束だ。俺は、その子との約束を果たせなくなることが何よりも恐ろしかった。 ;----- 「というかそろそろチームトレーナーの手伝いも視野に入れていいんじゃないか? お前、その子が来るまで誰も担当する気がないんだろ?」 「それは……」 「お前、約束は怖いくらい守るやつだったから、それくらいは分かるさ。……大丈夫、あくまで手伝いだ。特定の誰かを担当するわけじゃない。だから約束やぶりにはならないよ」 「……考えておきます」 「ああ、そうしてくれ」 『――えへへ……私、絶対待ってるからね!』 小さな少女とのとりとめもない約束。 人によっては話半分で済ますようなそれは、俺にとって何よりも大事なことだった。 ;---------- ――それは本当に? 「?」 突然、なにかの声が聞こえた気がしてきょろきょろと辺りを見渡すが、ここには先輩と俺だけで他には誰も居ない。 「どうした?」「……いえ、なんでもないです」 多分焦っているのだろう。 首を傾げながら、正面に向き直って残りの昼食を片付けていくのだった。 ;------------- ;----- 数日後。 俺は先輩に言われた通り、選抜レースの視察に来ていた。 ここなら、あの子を見つけられるかもしれない。そう信じて。 ……彼女は思ったよりもあっさり見つかった。 これなら先輩の言う通り、素直に選抜レースを待っていればよかったのかもしれない ――その子は、今回の模擬レースで特に注目株のうちの人だった。 キタサンブラック。そしてサトノダイヤモンド 顔立ちはあの頃より少し大人びていたが、間違いなく彼女だ、と確信した。 そしてレースの結果彼女は1位を取った。見事な逃げで終始先頭をキープしたままで走り抜いてみせたのだ。 レース直後、我先にと駆け寄るトレーナー達を追い抜き誰よりも早くかけより声をかけに走る。 あの逃げ――間違いなく彼女は逸材だと思った。だからこそ他の誰かに声を掛けられ、それに頷かれてしまう前に俺の方がら声をかけなくてはいけない。 ;----- 「キタちゃんすごいなあ……全然追い抜けなかった」 「ううん、そんなことない、まだまだだよ! それにダイヤちゃんも最後すごかったよ!!」 「キタサン!!」 「――え?」 急に声をかけてきた俺に対し、一瞬驚いた顔をしたが 「もしかしてお兄ちゃん!? 本当に来てくれたの!?」「――……え?」 ……どうやら覚えていてくれたらしい。嬉しそうにこちらに近づいてくる。 「おいおい先約か?」「お兄ちゃんって……」「あっ、こいつ学生寮うろついてた奴じゃ……」 ――聞こえなかったことにしよう。 ;----- 「……ああ。探したよ」 正直向こうは忘れていると思っていた。 それでも正直構わないと思っていたが―― 「だって、あんな約束お兄ちゃんにしか――あ、トレーナーさんって読んだ方がいい?」 「別に好きに呼んでくれても――ああいや、今度から俺の事はお兄さまと呼ぶように」 「……わかった! トレーナーさんって呼ぶね!」 なんだか急に距離を置かれた気がする。 それに、心なしか周囲からも距離を取られたような。 何故だ。義父さんが珍しく『年頃のウマ娘にはこう言えば大丈夫だ』と教えてくれたうちのひとつだというのに。 ……まあいいか。 「約束だ。俺の担当になってくれ、キタサンブラック」 「―――はいっ! よろしくお願いします、トレーナーさん!!」 ――こうして、俺とキタサンブラック、俺達二人の日々が始まったのだ。 ;----- ___________________ 「――…………あ、の」 それから少しだけ、キタサンと今後のスケジュールについて打ち合わせを行い別れた後の寮への帰り道。 背後から、小さく呼びかける声がした。 それはあまりにもか細く、すぐにでも消え入りそうな声だったが、何故だか俺の耳にはハッキリと聞こえた 振り返る。 「ん? 君はさっきの……」 そこには先ほどキタサンと接戦を繰り広げたウマ娘の姿があった。彼女は確か…… 「君は、サトノダイヤモンドだったね」 ;----- 「……覚えていて、くれたんですね」 「? そりゃ見ていたから。さっきは惜しかったね」 キタサンの走りは見事なものだった。だが、彼女も負けず劣らず素晴らしい走りを見せた事がつよく印象に残っている。 序盤こそ掛かり気味になっていたものの、中盤には冷静さを取り戻しバ群の中に身を潜め、最終コーナーで一気に5人抜き去ったその末脚の瞬発力。 今回は惜しくも差し切れず鼻差で二位となってしまったが、これは選抜レースだ。彼女の可能性を感じさせるには十分な走りだったように思う。 「あの最終コーナーからの走りは本当に素晴らしかった。君ならきっとG1すら狙えるウマ娘になれる――俺はそう信じてるよ」 「……ありがとうございます」 お世辞ではなく本心からの言葉だった。 実績もない新人の言葉にどれほどの意味があるかはわからなかったが……とにかくそう思っていた。 「ところでどうして俺に? 何か用があったとか?」 ;----- 「……あの、これ」 そういって彼女が差し出したのは――えんむすび、と書かれた赤いお守りだった。 大切に使われているようだが流石に随分と古いようで、少しばかり文字の所がほつれている。 「これは?」「……これに見覚えは、ありませんか?」「うん……?」 どういう意味だろうか。 これ自体は俺でも知っているような有名な神社のお守りなので、見覚えがあるといえばそうなのだが……そういう意味で言っているわけではなさそうだ。 「いや、ないかな」 「……そう、ですか」 「それにしても随分大切に「ありがとうございました。失礼します」……あ、おい!」 奪い返すように俺の手からそのお守りを取り返すと、まるで逃げるかのように彼女は走り去っていってしまった。 ……なんだったのだろうか。 「……まあいいか」 考えてもわからない以上どうしようもなかったし、なんとなく彼女とはまた会う気がしていた。 答えはその時にでも、それとなく聞く事ができればいいだろう。 俺は明日から担当することになるキタサンのトレーニングメニューを考えながら、再びトレーナー寮への道を歩きはじめた。 ;----- ________________ 『ああ、絶対だ。約束するよダイヤ』 『あ、それと……これ』『……?これはおまもりですか?』 『ああ。再会を願う神様のお守りなんだって。引っ越す前にさ、かあさんがダイヤちゃんにひとつ渡してきなさいって』 『お兄さんのおかあさまが? でもこれえんむすびって――』『……言わないでくれ』 『……』『……』 『……その、なんだ』『……はい』 『忘れちゃっても俺は怒らないから、あんまり気にしないでくれ』 『……ぜったい忘れません。お守りだって大事にします。お兄さんこそ、忘れないでくださいね』 『忘れないよ。絶対って言ったろ?』 ;----- 「……嘘つき」