「トレーナーさんの現役時代ってどんな感じだったんですか?」 「え!!」 トレーナー室でくつろいでいたトレーナーさんは尻尾がピンとすると同時に目が泳ぎ、慌て始める。 「えっと、あんまり面白い話でもないし別にしなくても良くない?」 「自分のトレーナーの現役時代ほど面白い話もなかなかないと思いますけど」 「ほら、私って現役時代に何かすごい事をした訳じゃないし、G1も勝ってないからためになる話とかも無いよ」 トレーナーさんの現役時代は気になるが、必死な様子を見て少し可哀想になったのでここは退くことにする。 「では、現役時代の話はいいのでトレーナーさんが居た頃のトレセンがどのような場所だったのかは聞いても良いでしょうか」 現役時代の話をしなくてもよくなり安心したのか胸を撫で下ろすトレーナーさんを見て、いつか現役時代のことを洗いざらい聞いてやろうと改めて決意した。 「まあ、それくらいならいいよ。あまり今と変わらないけど何が聞きたいの?」 元々現役時代のことが聞きたかったので特段聞きたいことがある訳じゃ無いので、適当な事を聞くことにする。 「前の生徒会長ってどのような人だったんですか?」 「えーとね、強くはあったよ」 「強くはあった?」 「うん、その、何ていうか仕事を全然しなかったんだよね。サボって怒られてるっていうのがあの時の日常だったよ」 「それは少し見てみたかったですね」 今の会長が真面目なので少し驚く。 そういえば現役時代の話ともう一つ聞きたいことがあったのを忘れてました 「もう一つ聞きたいことがあったのですが、トキちゃんとは誰のことですか?」 「え!!」 再び尻尾がピンと立ち、慌て始めたのでこれは現役時代の話と同じくらい聞かれたく無いのということなので、絶対に聞くことにする。 「これも話したくないって言ったら、言わないで済んだりしない?」 「しません」 「しないかあー、じゃあ話すからちょっと待ってて」 するとトレーナーさんは屈伸をした後、扉のドアノブに手を掛ける。 まさか。と思うと同時にトレーナーさんは勢いよくドアを開け駆け出していく。 「良いでしょう、あなたが育てた私の速さを思い知らせてあげます」 絶対に捕まえて吐かせようと駆け出すが、トレーナーさんは走行禁止の場所でたづなさんに捕まったのか正座をさせられていた。 「ト……たづなさんよ、ここは他の生徒の目もあるし場所を移さないかい?」 「駄目です、どうせ場所を移そうとしたら逃げるでしょう。ここで生徒さん達に見られながら反省してください」 「ほら、一応私ってトレーナーな訳じゃん。生徒のお手本になるべきトレーナーのこんな姿を見たら他の子たちにも悪影響があるかもしれないからさ、とりあえず移動しよ?」 「お手本になるべきトレーナーが走行禁止の場所を走っていることの方が問題です。ほら、担当のウマ娘が来ましたよ」 「え!!」 あ、目が合った。 トレーナーさんは直ぐに駆け出そうとするが、たづなさんに尻尾を掴まれて変な声を出している。 その様子があまりにもおかしいのでトキちゃんの事は一先ず後回しにして、トレーナーさんをいじることにした。 「たづなさん、今お時間よろしいでしょうか?」 聞きたいことがあったので、トレーニング前の僅かな時間を使ってたづなさんを尋ねることにした。 「はい、大丈夫ですけど何かありましたか?」 「いえ、少し聞きたいことがありまして。たづなさんはかなり昔からトレセン学園にいたということで、私のトレーナーさんに心当たりもあるんじゃ無いかと思ったんですけど知りませんか?」 たづなさんはぴくりと反応すると右腕を撫で、答えてくれる。 「申し訳ありませんが知りませんね。私が理事長秘書になる前の生徒だったのでは無いでしょうか」 「そうですか……」 期待していた答えを得られず少しがっかりするが、たづなさんが理事長秘書になる前の生徒ということが分かっただけでも成果とする事にした。 今度は昔のレースを片っ端から調べようと思いながら、たづなさんにお礼を言いその場から立ち去ろうとしたが、たづなさんの右腕に違和感を感じた。 「あれ?腕時計変えたんですか?」 「え?……ああ、違います。前の時計は今修理に出してるんですよ。それより、もうトレーニングの時間じゃないですか?」 時間を確認すると既にギリギリだったので、たづなさんにお礼を言うと足早でグラウンドへ向かう。 ──────────────────── 帽子を外してくつろいでいると、先刻のことを思い出したので一応伝えておくことにする。 「……そういえばグラスさんに現役時代のことを聞かれましたよ」 「え!!本当のことは言ってないよね?」 資料をまとめている彼女が、尻尾を立てて不安そうに尋ねてくる。 「とりあえずはボカしておいたので大丈夫だとは思いますよ」 「よかったー」 「そんなにびくびくするなら最初から隠さなければ良いんじゃないですか?」 「やだよ、恥ずかしいじゃん」 いつかグラスさんに言ってしまおうか、そんな私の考えを見透かしたのか 「言ったらトキちゃんの事もばらすからね。死なば諸共だよ」 と口止めをされてしまった。 「そういえばさ、ちょっと前にグラスに前の生徒会長の話をしたんだけど、今でも生徒会長は三冠ウマ娘がやるっていう謎ルール残ってんの?」 「謎ルールとか言わないで下さい。……最近は三冠の数も増えたので三冠になったら直ぐに生徒会長ということは無くなりましたね」 「それは良いことだねー、もうやりたく無いのに三冠になったからって生徒会長にされる娘はいないんだね」 「……それは、そうですね」 「シンちゃん嘆いてたからなぁ。ようやく辞められると思ったらシービーちゃんに逃げられたりと、大変そうだったし生徒会長も良いことばかりじゃ無いねぇ」 「私は……やってみたかったです」 ほんの少しの間その場を沈黙が包み込む。ただ、その少しの間がとてつもなく長く感じられた。 言わなければ良かったと、少し後悔しそうになると、彼女は微笑みながら優しい口調で、懐かしむように。 「うん、私もちょっとだけ見てみたかった」 そんな風に言ってくるので、あなたは見てみたいと思っちゃダメでしょうとか、デリカシーに欠けてますよとか言いたいことは色々あったはずなのに何も言葉が出てこなかった。 なので、とりあえずからかっておくことにした。 「菊花賞」 「ああー!そういえばもう一個聞きたいことがあったの忘れてたー」 わざとらしく話を逸らそうとする彼女がおかしくて頬が緩む。 「何ですか?聞きたいことって」 「えーと、あれだ。トキちゃん、尻尾どこに隠してるの?」 今思い付きましたなんて顔をしながら質問をしてくる。 「普通にスカートの中ですけど」 「えー、本当に?」 「本当ですよ。何で嘘つかなきゃいけないんですか」 「そのスカートの中に隠すなんて無理な気がするんだよねぇ、だから股の間にでも挟んでんじゃないかと思って。ほら、笑わないから恥ずかしがらずに捲って見せてよ」 「嫌です」 「もしかして、滅茶苦茶ドスケベな下着でも着けてるの!」 わざとらしく驚いている姿に腹が立ったので、とりあえず関節を決めて尻尾を引っ張っておいた。 「ギブ!ギブ!」 手を離して許してあげると、何かに気づいたように尋ねてくる。 「あれ?腕時計変えたの?」 「いえ、今修理に出してるので予備を使ってるんです」 「へぇー、壊れたのなら捨てちゃっても良かったのに。あれあんま高くなかったし」 「……長い間使ってて愛着が湧いたんですよ」 「そうなんだ、まあ送った本人からすれば大事にしてもらえるのは嬉しいから良いけどね」