フクちゃんのお見舞いを済ませた後、私は一人公園のベンチでぼーっと空を見ていた。 そうでもしないといろいろと衝撃的な情報が詰め込まれすぎて、破裂しそうなくらいパンパンになっている頭を落ち着かせられない。これ以上何か知らされたら、頭に穴が開いてどこかに飛んでっちゃうのは疑いようもない。 フクちゃんが、記憶喪失。トレーナーさんの事だけをすっぽりとその頭から抜き出したかのように、あの人だけを忘れていた。なんで? そんなにあの人の事を忘れたかったの? どうして? 思えば、私がトレーナーさんとおしゃべりしたり一緒にいるときにこちらを見ているフクちゃんはニコニコ笑顔だったけど、その目は何処か違う何かを見ているようだった。いつでもそれが何かなんて気づけたはずなのに、いや、私は気づいていたはずなのに気づかない振りをしていた。それがなんだか聞いたとき私たちの関係がバラバラになってしまいそうで、心がズタズタになってしまいそうで。 だってトレーナーさんの幸せが私の考える幸せとは全く違うなんて、そんなことになったら私はどうすればいいのだろう? それが嫌で先延ばしにして、目の前の幸せ、彼が振り向いてくれるという幸せに浸った結果が、突きつけられた答えだった。トレーナーさんが想っている死んでしまったあの子は、フクちゃんのお姉ちゃん。 フクちゃんは私を通して、自分のお姉ちゃんを見ていたんだね。そしてトレーナーさんは…トレーナーさんはきっとフクちゃんの為に、私と一緒にいてくれたんだ。だってあの人は死んじゃった人と私は違うって言ってくれたから。言ってくれたから。 空の青と白がぼやけて、混ざり合った。泣いちゃダメだって思っても、あふれ出てきてしまう。 私はみんなの期待に応えるためならどんな努力だって辛くない、それが何処にでもいる普通な私ができる精いっぱいの事だから。でも誰かの期待に応えるために恋をしろだなんて、辛すぎる、私の恋だけは私だけの為に叶えたい。それはどんな普通の女の子でも特別な女の子でも、女の子だけではなく男の子だって、そうしたいはずなんだ。 でも私が恋した人は、そうではなかった。誰かのために恋を…………恋、してくれたのかなぁ。それさえも分からない。 「マチターン! 大変だぁー大変大変!」 ふと公園全部に聞こえるぐらいの大声が響いたかと思うと、遠くからターボが手を振ってこちらにやってきていた。慌てて涙を拭うとしゅばっとターボが私に飛びついてきた。 「た、ターボ? 先に学校に戻ってるんじゃあ…」 「ぜぇ、ぜぇ…叫んだせいで息がぁ…ひーひー、えっとね、えっとねターボ、聞いたんだ。マチフクのトレーナーがね、担当辞めちゃうって!」 「えっ……?」 私の頭の中でパーンと破裂したようなような音が聞こえた気がした。頭に穴が開いたのかもしれない、ターボが掴んでくれてくれるから飛んでっちゃわないだけで。 「な、なんで…?」 「わかんないけど、とれーなーかいぎ? で決まって、マチフクの担当辞めなきゃいけないから、その前に自分からって! 学校の人たちから聞いた! わかんない、なんでターボが大変だったねって言われるの? 大変なのトレーナーなのに!」 私のせいだ…私がトレーナーさんに無理を言ったから、私が周りの噂なんか気にしないでトレーナーさんがどう思ってるかも分からないで一緒にいたから…フクちゃんの事も考えずに…そうだフクちゃん。どうしてフクちゃんの担当を降りるなんて言うの? 止めるのなら私たちの指導をやめた方がいいのに…いや、違うんだ。フクちゃんの為だから私たちのトレーニングも止めなかったんだ。そして今トレーナーさんは自分のせいでフクちゃんが不調になったと思って離れようとしてる、でも離れてからそれから、それからどうするの…? 違う、違う、フクちゃんが息ができなくなったのは私のせいなんだ…消えるなら私の方なのに…。トレーナーさんに言わなきゃ、トレーナーさんはフクちゃんから離れないでくださいって、貴方のせいじゃないって。 どうしてそんなにフクちゃんの事が好きなんだったら、好きだって言ってあげないの、どうして今になって、今になって気づいていしまったの…こんな…こんな…。 「ねぇマチタン! トレーナーにやめないでって言いに行こうよ! フクキタが可哀そうだよ!」 「う…うん……」 ターボが手を引っ張ってくるけど、私の身体はベンチから離れることはなかった。不思議に思ったターボがさらにグイグイと手に力をれるけどそれでも腰は浮かなかった。 「マチタン…? 早くいかなきゃ…」 「ごめん…ターボ…一人で、いって…」 「えぇー!? なんでなんで!? ターボ一人じゃみんな聞いてくれないもん! 何言ってもみんな頭撫でてくるんだよ!?」 「ごめん…ごめんね……でも…私、恐い…会いたくない…」 恐い、恐い。あの人からもういらないと言われるのが怖い。本当は何の感情も私には向けていなかったと知るのが恐ろしい。あの時の口づけで心が満たされたのが私だけだったなんて信じたくない。今までの全てが無意味だったなんて耐えられない。 「で、でも…トレーナーが…マチタン、トレーナーの事好きじゃなかったの? 分かんないよ!」 「私だって分からないのっ!」 ビックリするぐらいの大声が出て、ターボは小さな悲鳴を上げて私の手を離した。目からはとどめようとした涙がもう堰を切ったように流れて、頬を流れていった。 「もう、何も…わかんない! わかんないの!」 「マチタン…」 「もう、頭の中グルグルで、好きとか嫌いとか、フクちゃんとかトレーナさんとか、どうすればいいかわからないの! 行って、行ってよ! 一人にしてっ!」 私がターボを見ると、ターボはウルウルと目に涙をためて、嗚咽を堪えているようで。やってしまったと後悔した、こんな優しい子に怒鳴り散らしてしまうなんて…。 「あ…ご、ごめんね…ターボ。ごめん…大声を出すつもりじゃなくて…その…」 「ひぐっ…ぐすっ…マチタンのあんぽんたんーー!」 手を伸ばそうとしたけど、ターボはそれより先に走っていってしまって。私はまた公園で一人になった。周りはとても静かで世界で私だけになったみたいで、思わず膝を抱えて、止まらない涙だけを感じた。 「どうしよう…ぐすっ、うぇぇ、うぇぇぇん…」 こんな時少女漫画だったらきっと主役や友達や、新たな出会いが、雨に濡れた私に傘をさすようにやってきてくれるのだろう。だがそんなことはありえないと、私は知っていて。それが悲しくて。 そして本当に誰も来ることはなくて、私はただ泣いた。どうすればいいのかわからずに泣いた。