二次元裏@ふたば

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151697 B21/05/07(金)07:58:51No.800181594そうだねx1 10:19頃消えます
 ――今日はやけに赤信号に捕まるな。
 人混みの中で、小柄なナリタタイシンは周囲を伺いながら、そう思った。赤信号に捕まるだけじゃなく、やたらと人が多い。おかげで自分はそんな人混みの中に埋もれて気分が悪い。
 ふたたび赤信号に捕まって、これで十度目だ、というところになって思わずタイシンは
「チッ……うざ」
 思わずそう口に出していた。別に誰に聞かせるわけでもない独り言。そもそも周りは誰も自分を気にしてなんかいない。聞こえるはずのない独り言だった。
 それが、

「ひゃいっ!! ご、ごめんなさいい!!」

 そんな少女の突然の謝罪につながるなんて、タイシンは思っても見なかったのだ。
 いきなりの叫びに人混みが割れる。タイシンも思わずそれに押し流されて、そして見た。割れた人混みの中心に、とてもとても申し訳無さそうに縮こまる、漆黒のウマ娘がそこにいた。

 ――ライスシャワー、タイシンも名前だけは知っている、自分の一つ上の世代のウマ娘だった。
このスレは古いので、もうすぐ消えます。
121/05/07(金)07:59:12No.800181627そうだねx1
「ほ、ほんとにほんとにごめんなさい!」
 タイシンは、ライスと二人で人の居ない公園まで来ていた。あの後、自分の一言に彼女が謝ったのだと察したタイシンは、面倒だと思いながらも彼女を引っ張ってここまで来た。
 理由は色々あったが、ああやって申し訳無さそうにする、自分と同じくらいの小柄な背丈のウマ娘を、見ていられなかったというのが大きい。
「……べつに、ってかアンタに言ったわけじゃないから」
「でも……でも……赤信号はライスのせいだし……」
 ライスシャワーは赤信号にやたら捕まるという不幸を自分のせいだという。別に珍しいことだし、見舞われればイラつきもするが、それを他人のせいにするつもりはタイシンには毛頭ない。
「そういうの、やめたほうがいいよ」
 だから、余計なお世話だと思いつつそう言ってしまった。
「ひゃい、ご、ごめんなさい……」
 ――だめだこりゃ。筋金入りだとタイシンは匙を投げた。
221/05/07(金)07:59:34No.800181667そうだねx1
 次の日、タイシンはトレーニングをしていた。多くのウマ娘が行き交うトレーニングコースを黙々と一人で走っている。この時間はタイシンが好きだ。
 周りに向いていないだの、小柄すぎるだの言われるタイシンとしては、他人に何も言われずに自分の世界に入れるのは性に合っている。だから今日も黙々とトレーニングを続けているのだが――
「……」
 今日は少しだけ違った。自分の少し後ろ。自分とほとんど同じペースで自分に付いてくる自分と同じくらいの背丈の少女――ライスシャワー。
 思わず足に力を込めて引き離しにかかる。しかし、ライスはそれに一切臆することなく付いてくる。別にそこでやめておけばいいのにムキになってしまったタイシンはどんどんペースを上げていく。けれども、ライスは音を上げることなく追走する。
 やがて、タイシンは体力の限界を迎えて、倒れてしまった。大きく息を荒げながら見上げると、疲れた様子で息を整えているライスが見えた。
 ――自分と同じこの小柄な体格のどこに、こんなスタミナがあるのかタイシンは不思議でならなかった。
321/05/07(金)07:59:49No.800181700そうだねx1
「その、ご、ごめんなさい……でも、えっと、あの……」
「いや、ハッキリしてよ……」
「あうう……」
 二人でコースから外れて休憩を取る。飲み物で喉を潤しながら、タイシンは嫌がるというより、困っていた。こういう手合をタイシンは相手したことがなかったのだ。
「……えと、昨日のこと、お礼言ってなくって」
「…………お礼?」
 意外なことを言われた。昨日の出来事にお礼を言われるような何かがあっただろうか。
「ライスにやめてたほうがいいって言ってくれたの、お礼……」
「はぁ?」
 あんなの余計なお世話だろうに、タイシンは思わずそうこぼしてしまっていた。ライスの顔がまたふにゃふにゃになって、タイシンは頭をかく。
「ライスにそう言ってくれる人、あんまりいなかったから……」
「知らないけど……」
 そういうライスは、なぜか笑っていた。
421/05/07(金)08:00:09No.800181735そうだねx1
「ライスね、自分のせいで皆を不幸にしちゃうって思ってるの。でも、そういうのって周りには失礼なんだよね」
「……そだね」
「だから、ライスダメだなって思うんだけど……でも変われなくって。周りにも諦められちゃってるのかな。言ってくれる人、タイシンさんが初めてだったんだ」
 正直な話タイシンからしてみれば、そんなの当たり前のことだった。
「そもそも、変わろうと思って変われるもんじゃないでしょ、そういうの」
「……うん」
「第一、周りはアタシたちのことなんて、全然気にしてなんかいないよ」
 自分みたいに小柄で、期待もされてないウマ娘、気にするやつなんて少数派だ。それこそチケゾーやハヤヒデ。それからあの……顔のうるさいトレーナーくらい。
 なのに。
「……そうかな?」
 ライスの答えは、思ったものとは違うものだった。
521/05/07(金)08:00:22No.800181756そうだねx1
「ライス、ダメな子だけど、皆にいっぱい迷惑かけちゃうけど、それと同じくらい皆を幸せにしたいんだ」
「はぁ」
「ううん、同じじゃだめ。ライスは幸せの青いバラになるの。心配かけたら、その倍幸せにしなくちゃ」
「……あのさ」
 タイシンはライスがわからなかった。
「…………それ、ほんとにできると思ってるの?」
「……? うん。お兄様もできるって言ってくれたし」
 ライスはどういうわけか、できることを疑っていなかった。タイシンはライスも自分と同じタイプだと思っていたのだ。できると思わないから、やらない。自己評価が低いタイプなのだと。
 けど、実際にはできることを疑ってはいない。できた上でどうなるかをライスは怖がっているのだ。それが気になって――
「……ねぇ、もう一本走れる?」
「…………? うん」
「――してよ、併走」
 タイシンは、そう持ちかけた。
621/05/07(金)08:00:36No.800181783そうだねx1
 ――ウマ娘には二種類のタイプがいる。
 自己評価が極端に高く、自分の勝利を疑わないタイプ。もう一つが、自己評価が極端に低く、自分の勝利を信じられないタイプ。タイシンは後者であり、そして多くのウマ娘がそうであると思っていた。
 自己評価が高いウマ娘は、自然とG1と呼ばれる大舞台でも結果を出す。周りにそれを望まれて、それを当たり前のようにこなすのだ。ウイニングチケット、ビワハヤヒデ。タイシンともっとも親しいウマ娘たちも、自己評価はとても高かった。
 であればライスシャワーというウマ娘はどうだろう。

 前者だ。

 タイシンは、併走しながらそれを肌に感じていた。
721/05/07(金)08:00:58No.800181810そうだねx1
 レースは珍しくタイシンの先行で進む。
 併走とは言ったものの、タイシンはこれを模擬レースと考えて走っていた。ライスにもそう伝えてある。二人きりの2400。普段とは勝手の違うレースで、タイシンは自分の走りを貫くことにしたのだ。
 脚を溜めての追込。それが普段のタイシンだ。だから、普通ならタイシンは後方につけるレース運びになる。けれど、ライスはそれよりも更にペースを落として、ピタリとこちらに付いてくる。
 それがどこか、タイシンには怖かった。
 レースの最中のライスはまるで普段と別人だ。静かに、こちらにピタリと張り付きながら追ってくる。やりにくい相手だ、と素直にタイシンは思った。

 やがて、レースは終盤に差し掛かる。スパートをかけるタイミングで、それは起こった。

 ライスとタイシンは、同時にスパートをかけたのだ。
821/05/07(金)08:01:13No.800181838そうだねx1
 ライスも同じタイミングにスパートをかけるウマ娘――ではないとタイシンは直感的に感じる。あくまでこちらに合わせてきたのだ。合わせた上で抜き去る。後方からの追込が特異なはずのタイシンを、更に後ろから。
 ――とんでもない自信だ、と肝を冷やす。
 タイシンは気合を入れてスパートをかけて、ライスを抜き去りにかかる。しかし、差は一向に開かない。どころか、少しずつ差が詰められている。

 ――嘘だろ? 驚愕でタイシンは顔を真っ青にしながら、それでも走る。

 この末脚はあいつに認められた、タイシンのたった一つの武器。タイシンの唯一の自信なのだ。それを、当たり前のように轢き潰そうとしてくる――

 間違いない、ライスシャワーは自分のような弱いウマ娘ではない――――“強い”ウマ娘だ。
921/05/07(金)08:01:24No.800181856そうだねx1
 併走は、結局タイシンが逃げ切った。
 意地もあったのだろうが、そもそも追込のペースで逃げる形になったタイシンに追いつけるほど、ライスには追込の適正がなかったのだ。
 だが、それでもタイシンが勝ったとはこれっぽっちも思えなかった。
 きっとライスシャワーは、これが自分じゃなくっても、――それこそライスの同期である逃げウマ娘、ミホノブルボンにだって同じようについていくのだろう。
「あうう、追いつけなかった……」
「追いつかれて……たまるか……っ!」
 いくらなんでも自分のペースで走って負けるようでは、タイシンは未熟にも程がある。少なくとも、それを許さない程度の自負はタイシンにだってあった。
 とはいえ――
「……次は、追いつく……」
 ぶつぶつと呟くライスには、敵いそうにないとタイシンは思った。
1021/05/07(金)08:01:34No.800181879そうだねx1
「ライスね、お母様に言われたの。頑張ればきっとライスはできる子だって」
 ライスシャワーの自身の在り処。それをタイシンが問いかけて、帰ってきたのはライスの母の話だった。
 ――母親の話。タイシンは少しだけ後悔した。タイシンは母を嫌ってはいないが、苦手意識があるのだ。
「頑張りたいときに、がんばるぞ、おー! って言うと、元気が出てくるんだ。お母様が教えてくれたんだよ?」
「……アンタの母親は、偉いね」
 ライスは自分を不幸だと思っている。そのことを気に病むような人生を送ってきたのだろうに、彼女は自分が頑張れば何かは成し遂げられると思っている。
 きっと、その“お母様”がライスのことを、勇気づけてきた結果なのだろう。
「……タイシンさんのお母様は?」
 そしてライスは、タイシンの聞きにくいところを、まるで突き刺すように効いてきた。
1121/05/07(金)08:01:47No.800181906そうだねx1
 タイシンにとって母は苦手な存在だ。好きか嫌いかで言えば、きっと好き。けど、見ていて時折イラっとくることがある。自分を見ているようだと思ってしまうからだろうか。
「そっか……えっと、ごめんなさい」
「謝らなくていいって」
 別に嫌いな相手ではない、産んでこれたこと、育ててくれたことは感謝しているし、何より母としてはともかく――
「……店員としては尊敬してるんだから」
「……?」
「……アタシの母さん、花屋の店員をしてるの」
 そう聞いて、ライスの眼が輝いた。ああうん、アンタ花とか好きそうだもんね。
「店員としての母さんは、客のことをずっと真剣に考えてる。いつだって店員のことを考えすぎて、逆に客に申し訳なく思われるくらい」
「思いやりがすごいお母様なんだね」
 そう褒められて、タイシンは決して悪い気はしなかった。
1221/05/07(金)08:01:59No.800181930そうだねx1
 自己評価の高いウマ娘は、勝つべくして勝つことが望まれるウマ娘だ。
 ライスシャワーは、その性格に反して、異常なほど自己評価が高い。戦う前から、勝った後のことを気にするウマ娘なんて、きっと彼女くらいだろうとタイシンは思う。
 でもそれは、ライスにとって勝つことは手段でしかなく、結果ではないからだ。結果を求めるウマ娘は多くいても、勝つことと結果がイコールでないのは非常に稀有で、だからこそライスは強いのだとタイシンは思う。
 頑張ることを苦だと思わない。ライスのそれはそういう才能だ。できるのが当然というわけではなく、できるために行動することを当然だと思っている。必要なのは、一歩を踏み出す勇気だけ。
 そんな幸せを夢見る――けれども、間違いなく強いウマ娘のことを、タイシンは少しだけ憧れた。絶対に、口には出さないけれど。
1321/05/07(金)08:02:32No.800181989そうだねx1
「わぁああ、綺麗、すごい、すごいよタイシンさん!」
「うっさ……わかってるって、そんなの」
 思わず耳を抑えながらタイシンは答える。ここは、花屋だ。それもタイシンの実家である。ライスがどうしても来たいと言ったのだ。母親には、タイシンが友達を連れてくるなんて、とえらく感激されてしまったが、別にそんなつもりはない。決して。
「どれも、すっごく愛されてるね。これを送られた人は幸せなんだろうなぁ」
 花々を眺めながら、タイシンは店の花に目をやりつつ、母親に少しだけ相談をする。来月のお小遣いから引いておくわね、と嬉しそうに笑う母親を追いやって、タイシンは店をぐるりと回って、一つの花束を選んだ。
「ライス」
「ふえ?」
 そう言って、その花束をライスにわたす。
「た、タイシンさん?」
「……ん」
 気恥ずかしいので、特に言うことはない。きょとんとしていたライスは、やがてそれに疑うことなく笑みを浮かべて。

「ありがと! タイシンさん!」

 バッとタイシンに抱きついてきた。それを――悪くないな、と思ってしまうタイシンがいることに、彼女は今はまだ、気付いていない。
1421/05/07(金)08:03:57No.800182155そうだねx8
ライスとタイシンって同身長でストーリーで母親に対する言及があってと
原作とかとは関係のないところで結構似てるところああるなと思って書きました
1521/05/07(金)08:04:30No.800182217+
大作だ…
1621/05/07(金)08:06:53No.800182524+
そうか…タイシンは負けん気凄いから忘れがちだけど
自己評価という面から見ると低い子ではあるよな
気付きを得た良い文でした
1721/05/07(金)08:07:17No.800182581+
いい…
1821/05/07(金)08:12:37No.800183237+
さすがに的場OSインストール済みでも脚質までは覆せなかったか
1921/05/07(金)08:27:04No.800185177+
すごく良かった…
2021/05/07(金)08:52:02No.800188766+
ライスは確かに気弱そうだけど
やる、と決めたらいつまでも続けるようなな頑固さはありそう
2121/05/07(金)08:56:21No.800189353+
タイ米ありがたい…
2221/05/07(金)09:03:13No.800190304+
チームレースでも掛け合いあるしねこの二人
2321/05/07(金)09:06:03No.800190726+
>チームレースでも掛け合いあるしねこの二人
そうなの!?
2421/05/07(金)09:09:43No.800191251+
そうそうこういうのが見たかったんだ
2521/05/07(金)09:10:21No.800191348+
擂台賽!
2621/05/07(金)09:21:17No.800192958+
掛け合いというか気合いいれてるタイシンの横に居たライスというか
2721/05/07(金)09:28:28No.800194029+
>そうか…タイシンは負けん気凄いから忘れがちだけど
>自己評価という面から見ると低い子ではあるよな
>気付きを得た良い文でした
それがメインの育成シナリオなんだが...
2821/05/07(金)09:48:36No.800197020+
ライスは度々マークする相手間違えて負けるし先行か逃げマークしないと駄目よね


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