キングヘイローの誕生日――――二日目 「ってなんでよ!?私の誕生日は昨日でしょう!?貴方だってたくさん祝ってくれたじゃない!!」 一糸纏わぬキングに誕生日二日目を宣言すると、彼女は困惑の後に突っ込みをいれる。裸でも一流の突っ込みである。しかしこちらにも言い分はある。昨日はと言えば行く先々で取り巻き、友人達に祝福され、その全てに応じていたキングと二人きりになれたのは15時。つまりキングとの二人きりの誕生日のロスタイムは15時間あると言うことだ。よってキングヘイローの誕生日二日目は極めて当然の権利であり義務と言えるだろう。という訳で出掛けようと窓から外を見ると生憎の雨。 「ほ、ほら。誕生日を2日祝おうとするからお天道様だってそうはさせませんと言うことですからね!そ…それに昨晩あれだけ…その……」 結局、一度部屋に戻るわと言って服を着てから出ていった一時間後にキングから連絡が入る。呼び出されるままに出ていくと、昨日とは別のおめかしをしたキングが待ち受けていた。 「こほん。支度にかかった一時間もロスタイムということにしておいてあげるわ。だ…だから16時まで私の誕生日二日目を祝う権利をあげる」 胸元にはプレゼントしたペンダントが輝いている。キングらしいお洒落な傘を持ち、身体を寄せて二人で歩きだすと、そこにはキングの母がいた。 「お…お母様!?」 「っ……!?」 娘に会うつもりではなかったのだろうか?あれだけのカリスマを持った女性が目に見えて慌てているように見える。しかし覚悟を決めたのか彼女は口を開いた。 「練習もせずに彼氏とお出掛け?お遊びには満足したということかしら。思い出作りが終わったら帰ってくるって言うことでいいのよね?」 ああ…見るからに心にもないことを言っていることがわかる。それでもキングにとっては…心なしかキングの身体の押し付けが強くなっている。負けじとキングの身体を支えると、キングの代わりに言葉を継いだ。 「キングのお母さん!もう来てくれたんですか?喜べキング!実は今日はキングの実家でお母さんが手作りのケーキを振る舞ってくれるんだ!」 「「……は?」」 二人して困惑の声。やはりにたもの親娘だ。ならば次の言葉は決まっている。 「もちろん、素敵なケーキを作ってくれるんですよね?」 「…………当然よ。最高のケーキを振る舞ってあげるわ」 ついてきなさいと見せたキングのお母さんの背中には悲壮な決意が宿っていた。 「トレーナーに少し話があります。先に車に乗りなさい」 「お母様…トレーナーになにか…」 「大丈夫だから、先に乗って待っててくれキング」 派手すぎない、それでも高級車とわかる車の後部座席に吸い込まれていった彼女を見届けてから、キングの母と相対する。ちら、と車を見たキングの母親は、袖をつかんでこちらをがくがくと揺さぶってきた。 「貴方ね、なんてこと言ってくれるの!?私は料理なんてしないの!!ケーキなんてもってのほかよ!!あの子に失望されちゃうじゃない!!」 「料理の腕が壊滅的なのは聞いてますからてつだいま…いたいいたいいたい!?ちょっと本気でいたいんですけどどどどどど!!!!」 その後彼女を落ち着かせ、ケーキと言っても時間の関係である程度は既製品の組み合わせになるからだの言うとおりに作れれば簡単だの言いくるめ、極めつけには「ここで恩を売っておけばどうなるか。そうです貴女の誕生日にはキングの手作り卵焼きが…」の殺し文句で納得を得られた。その場でケーキの発注を済ませた彼女と車に向かう。偶然からのアドリブとはいえ、キングを喜ばせられるいい日になりそうである。雨に感謝と言ったところだろう。 「まさかお母様がケーキを作る練習をしていたなんて…あれだけ料理は自分で作るものではないわ何て言っていたのに…」 「時間は人を変えるものよ。あれだけクラシックに拘っていた貴女に言われたくないわ」 どの口が言うのだろうか、とキング母の強がりに笑いをこらえながら微笑ましく会話を聞いている。しかしそれは徐々に緊張に置き換えられていく。最初にとびきりの嘘をついたのだ。そしてそれは真実にしなければならない。頭の中でケーキの作り方をシミュレーションする。スポンジケーキにイチゴとクリームの盛り付けだけとはいえどキングの母の実力は未知数だ。 「ところで、お母様とトレーナーはいつからそんなに仲が良くなったのかしら?私全然知らなかったんだけど」 言葉に混ざる刺に気が付く。 「あら、娘の担当との情報共有は親の責務よ。義務であり権利でもあるわ。貴女が自分の責任もまだ自分でとれない年齢なのは流石にわかるでしょう?」 本当にこの親娘は…いちいち張りつめる空気を柔らかくまるめながらキング邸へ車は向かっていった。 「それで…これはなんですか?」 キングの実家、その厨房に積み重なるのはおびただしい量の材料の山、山、山。表示のない恐らく高級な業務用スポンジケーキに箱に入った数々の果物。そして何キロあるのかと頭を抱える量の生クリーム。とてもじゃないがケーキワンホールには過剰な物量のものである。 「キングにプレゼントするケーキよ!最高のものにしなくてはならないわ!」 「自分の実力について胸に手を当ててよーく考えてください!?食材がもったいないでしょうが!!」 キング似の慎ましやかな胸に手を当てるキングの母。あ、へこんだ。しかしへこんでいる時間などない。専属のパティシエさんは娘に手料理を振る舞おうとするキング母に感動したきりで動く様子がない。どうやら、人望の厚さは本物のようだ。とりあえずまな板と包丁、ヘラ、チョコレート板にホワイトチョコペンを準備し、果物のカットから始める。キングのトレーニングと一緒だ。やるべきことを箇条書きにしてそれらに至るフローをなぞっていく。闘いは始まったばかりだ。 *** キング母のヒミツ 「ところで何でキウイがイチゴより多いんです?」 「だってあの子の勝負服緑でしょう?きっとキウイが好きだわ」 あざといなのかこの母親は。 *** ケーキがある誕生会(二日目)だと言うのに食事がないのは嘘だろう。フランス語の怒号が飛び交う厨房でキング母の闘いは始まった。おっかなびっくりに包丁を握り添える手は猫の手で。包丁の基本からの指南を要した。カットぐらいやってくれてもいいんじゃないの?という意見は却下。切って挟んで塗るの切るを省いたらいよいよ既製品でいいような気がしてくるでしょう。ボウル一杯にカットフルーツをなんとか溜め込みスポンジの一層目に乗せていく。欲張って二段にしない!自分でも美味しいスイーツはいただいてるんでしょうそれを参考にするだけですよ!我ながら世界的なデザイナーにメチャクチャを言っている自覚はあるがそれを咎める者は誰もいない。後で沈められないか不安を覚えつつもスパルタなケーキ作り指導は続く。しかし当然、キング母もデザイナーである。やることを単純に分解していけばそこには彼女持ち前のセンスが輝く。 積み重なったスポンジに生クリームをコーティングしていく。表面を滑らかにするのは割合うまく行ったが問題は飾りに搾る行程。まな板に何度も練習をして、及第点が出るところでデコレーションを開始。ここに来るまでには彼女の表情はプロのものになっていた。実際の手際は関係ない。キングの母としてのプライドがケーキに真剣に相対する。それはキングに似て美しく、デザインという彼女の戦場で口を出すことはしなかった。ふと周りを見ると下ごしらえを終えたシェフ達も同じように固唾を飲んで見守っている。コース料理に作り置きなんて概念はない。常にオンタイムで出来立ての料理を振る舞うのが彼らの仕事だ、既に準備は整った。ケーキの完成を待って、彼らの本当の戦いが始まるのだろう。だから頑張れ、キング母。こちらもお手本に作っている小さなケーキの仕上げに取りかかった。 「で…できたわ……!完成よ!!」 顔をクリームで汚したキング母が色めいた声をあげる。デザイン職でテーラーに図案を渡す彼女が自分でデザインしたケーキを完成まで持っていった。その喜びはひとしおだろう。思わず拍手をすると、シェフにパティシエも拍手を始め、厨房は歓喜の渦に巻き込まれる。さあ、キングのもとへと思ったところで家政婦さんが慌てたようすで厨房に飛び込んできた。 「ご主人様!キングさまが一人にされてカンカンです!!」 やばい…夢中になりすぎてキングのケアを忘れていた……。恐らくキング母と自分は同じ表情になっていただろう。片付けもそこそこに二人で駆け出した。 「ずいっ!ぶんっ!とっ!お二人は仲がよろしいようですわねっ!別にっ?私は全然っ!気にしていないですけどっ!!」 ああダメだメチャクチャ怒ってるもうおしまいだ…どうしてこんなに詰めが甘いんだせっかくのキングの誕生日(二日目)に彼女を放置して…困難じゃへっぽこ三流トレーナーだ……。 「違うわキング…トレーナーはちゃんと優しく教えてくれたから…」 教わった恩義からか少し柔らかい言葉を選んだキング母。しかしそれは火に油なのである。どうしてこんなに不器用なのだろうか。不器用にもほどがありすぎる…知ってたけど……。というかもうケーキ作れるようになった設定はいいのか。 キングのボルテージが上がりきる寸前、前菜のスープが運び込まれる。ウェイターは笑いをこらえながら目配せをしていた。とにかくものを見せてしまえば大丈夫ですよ、と言わんばかりに。 なんてことだここには一流しかいないのか。自分を除いて。 『旦那様っ!上着をどうか預けてから……!あっこらっ!ちょっと!!』 誰もが無言でスープを口に運ぶなか、その旋風は大きな音を立てて会食の場に闖入してきた。 「妻がケーキを作ったと聞いたぞ!!ずるい!!私も食べたいっ!!」 ああ、これはキングの父だ。間違いない。ヘリの音が離れていく。少なくとも、この何とも言えない空気を打破するキーマンは間違いなく、彼だとその場にいた全員がそう思っただろう。 「あなた、騒がしいわよ」 「お父様、トレーナーの前でみっともないわ」 「ご主人様、まずは上着をお脱ぎ下さい」 キング母、キング、家政婦さんからのダメ出しにはい……とすごすご上着を預けるキング父。なんだろう、これはもしかして未来の自分なのだろうか。いやさすがにそれは気が早すぎるか。彼女を放置しちゃう三流だし。とそこで輝くキング父のぎょろりとした目がこちらをとらえた。 「あー!君が!そうか、そうか、キングのトレーナーだね?話はシェフとパティシエからよーく聞いているよ!というか移動中見ていたよ!いやあ良くやってくれた!!娘のためにありがとう!それはそれとして私も嫁の手料理が食べたい!是非同席させてくれよトレーナー君!!」 ちょっと待ってほしい。え、キング母にむちゃくちゃしてたところを見られていた…えっ? 「それにしても君が人の話に素直に耳を傾けるなんて少し嫉妬してしまうところだったよいやいや冗談だともなにせ君は最高のイタタタタタタッ!!」 無言でキング母にシメられるキング父。なんだこれは、なんなのだ。一気に弛緩した空気のなか、キングを盗み見ると彼女はこちらを見て嘆息する。その表情は今までに見たことのない、家族の温もりに包まれた笑顔であった。 食事を続けながらキングの戦績、そのためにしてきた努力、その全てを一つずつキングの両親に報告する。それに伴う彼女の心の動きも。キングはそれを止めなかったし、それこそキングが親に伝えたかったことなのだろう。その二人の冒険譚は現在に追い付き、話を結ぶ。すれ違い絡まった糸はこれでほどけると信じて。 「そうか、良く頑張ったね、キング。私と彼女の娘だから、心配はしても不安はなかったよ。ついたトレーナーに恵まれたんだ。誇りなさい」 「私の影に潰されず、自分のしたいことを見つけられたのは…誉めてあげるわ。私の方がすごいってところはしばらくは譲ってあげないけど」 二人のコメントは短くも、家族だから大切な伝えたい部分は伝わったことだろう。隣に座った震えるキングの背中を支えようかと手をさ迷わせていると、彼女は自分から肩をくっつけてきて、震えを止めた。 「こちら、食後のケーキになります」 運び込まれてきたのはキング母の作ったキングのためのバースデーケーキ。バースデーソングに包まれ、蝋燭には年齢分の光が点っており、落ちた照明の中、キングは炎を吹き消した。 『誕生日おめでとう!キング!!』 「もう…私の誕生日は昨日だってば……ありがと」 再び点いた照明のもと、誰もがみな笑顔であった。 宴もたけなわ…キング母のケーキに舌鼓をうち、その完成度に感激するキングとキングの父、少し誇らしげなキングの母を見て小用に席を立つ。ああ、本当に良かった。偶然に頼り思い付きで穴だらけの作戦ではあったが、と。ほっと胸を撫で下ろす。そういえば、厨房がメチャクチャのままではなかろうか、と思い家族団欒の場をそのままに厨房に足を向ける。たまには親子水入らずもいいだろう。すると、流石一流。既に厨房はきれいに整頓されていた。 「おや、トレーナーさん。如何されましたか?」 そこにいたのはシェフの皆さん。今日の仕事の反省会をしつつ賄いを食べていた。 「あ、お邪魔してすみません。片付けもろくすっぽしないまますみませんでした」 「いいんですよ、そんなことよりもよっぽど価値のある光景が見られました。そんなことより、ほらこれを」 渡されたのはチョコレート板とホワイトチョコペン。目の前に差し出されたのはキング母のお手本に作った小さなケーキだった。 「お手本というには心がこもりすぎているんですよ。是非完成させてあげてください。箱とラッピングは準備しますから」 まったく、非の打ち所のない一流具合だ。 彼らの一流に応えたい。そう思えば、書くべきことは明白であるように思えた。 『結婚してください、キングヘイロー』 誕生日祝いの言葉でもなんでもない、三流の言葉。これが、彼女にとっての一流の言葉になればいい。その思いはそっと箱に仕舞われラッピングをかけられる。ヒューヒューというヤジに背中を押されて、手土産を持ったまま家族のもとへと戻るのだった。 キングヘイロー誕生日――――二日目 おわり