二次元裏@ふたば

画像ファイル名:1619191282319.jpg-(76402 B)
76402 B21/04/24(土)00:21:22No.795711480そうだねx5 01:32頃消えます
明かりがついていなかったので、誰もいないかと思っていたトレーナー室を青白い光がぼんやりと照らしていた。
真っ暗な部屋の中でテレビの液晶だけがぴかぴかと光って動画を再生している。
音量は絞られていたぶん、外の雨音が部屋へ染み込むように響いていた。
昨日の出走ギリギリまで持ちこたえた天候はレース終了直後に決壊し、日を跨いだ今になっても降り続いていた。
「トレーナーさん?」
ぽつりと私が投げかけた言葉に対し、僅かに間があって返事があった。
「ああ、グラスか。こんにちわ」
「はい、こんにちわ。でも、テレビを見るなら部屋の電気をつけてはいかがでしょう」
「うん…」
部屋に入ってきた私に対し、彼はテレビの前のソファに腰掛けたまま振り返っていた。
生返事をしてすぐさまテレビへと視線が戻る。
その後姿を見ると電灯のスイッチを入れて光を浴びせかける気になれず、私はトレーナーの横へと腰掛けた。
テレビが再生していたのは、案の定昨日のレースのリプレイだった。
最後の直線、200メートル。スペちゃんが物凄い末脚で先頭を突っ走る。
必死で追いかけた。動画の中の私が距離が縮めていく。追いつける。追いつけたと思った。
このスレは古いので、もうすぐ消えます。
121/04/24(土)00:21:34No.795711549そうだねx3
───審議の結果、ハナ差で私はスペちゃんに届かなかった。
トレーナーがリモコンを操作し、動画をレース開始まで巻き戻す。再びレースが始まった。
何度繰り返し再生したところで私が2着に終わるのは変わらないのに。
私はちらりとトレーナーの横顔を伺った。
頬杖をついた無表情。眉間に皺が寄っているということも無い。
ソファにも義足の方の左足を投げ出しただらしない格好で座っていて、つまりはリラックスしている。
ただ、目だけが爛々と光っていた。駆け抜けるスペちゃんと差せなかった私を殺すような鋭い視線で見ていた。
…ふと、私は問いかける。
「トレーナーさん、もしかして昨日からずっとこれを見ているんですか?」
「うーん。あんまり寝付けなくてねぇ」
まるで何でも無いことのように、ぼそりといつも通りの穏やかな調子でトレーナーは言った。
嘘だ。平気そうなのなんて見せかけだけだ。
延々とレースの内容を再生する目は何一つ満足していないと叫んでいる。
悔しくて悔しくて悔しくて、内臓がひっくり返るほど悔しくて、全力疾走の後で疲れ切っているのにまるで眠れなかった昨晩の私と同じように。
221/04/24(土)00:21:45No.795711616そうだねx3
私にとって“そういう”ところは本来隠すべき部分だ。
いつでも泰然と、たおやかに、倦まず澱まず。理想とする大和撫子たる姿であり、剥き出しにするなんて以ての外。
「そうですか。私も歯がゆくて歯がゆくて堪りませんでした。
 今こうして映像を見ていてもあまりの屈辱につい目を逸らしたくなるほど。許せません…何よりも、負けた自分が」
けれど、その時は驚くほど素直に感情が口をついて出た。微塵も隠そうとは思わなかった。
彼の言葉を引き出すことが、何よりも優先された。小刀で心を裂いてそれを刻み込むのがすべきことだと思えた。
「うん。君もそうか。僕も昨日からずっと考えている」
唐突にぽつりとトレーナーが言った。
「僕は君にどうすべきだったのか。君に勝ってもらうために、何が足りなかったのか。
 トレーニングの内容か。かけるべき助言か。それとも調子のバロメーターの調整を間違えたのか。他に見落とした要因があったのか。
 このハナ差を埋めるために必要なものは何だったのか。繰り返し、考えている」
「…はい」
動画の中の無様な私を然と見つめながら頷いた。
321/04/24(土)00:21:55No.795711675そうだねx6
2着。名だたるレースの2着だ。堂々たる成績だと、そう捉えて喜ぶウマ娘もいるだろう。それはそれでいい。
でも私たちは違う。これは敗北だ。はっきりと私はスペちゃんに負けた。例えハナ差でも1着と2着はあまりにも遠い差だ。
それを血を吐くくらい悔しく感じる負けず嫌いの私に、このトレーナーは同じくらい強烈な感情で応えてくれている。
何が何でも勝ちたいという、それが私にはただ苦しくて、ただ嬉しかった。
「戦うというのはこういうことだよ」
「…はい」
「何度倒れても砕け散ったものを拾い集めて、一から組み直してまた進み続けるってことだ。
 君はここまで順調にやってきた。だがこれより先に挑む以上、無傷ではいられない。その覚悟をするということだ。
 僕は勝利の美味さはあまり教えられないけれど、敗北の苦さだけは嫌というほど教えてあげられるつもりでいる」
「…はい。それでこそです。
 自分で決めたことは譲らない。変えない。拘り抜く。そんな偏屈で頑固なウマ娘には必要なことだと思います」
口にしながら、ぐっと奥歯を噛み締めた。音が鳴らないように気をつけながら。
ああ。今この瞬間も嫌というほど思い知っているとも。
421/04/24(土)00:22:06No.795711730そうだねx3
果てを目指すと謳いながら、トレーナーにあんな敗北の姿を見せてしまった。
こんな自分と共に歩んでくれるトレーナーがその敗北をこれほど悔しがってくれているだけで、血の涙を流す思いだ。
あなたに見せたい自分は、彼方まで無窮の強さで向かっていく力強いウマ娘でありたい。
レースは甘い世界ではない。きっとこれから何度もこんな敗北の土の味を舐めるのだろう。
けれどその苦さに慣れない自分でありたい。負けに慣れず、何度だって火を噴くほどに悔しいと感じられる、いつまでもそんな競技者でありたい。
…ふと、横に座っていたトレーナーが机の上を滑らせて何かを私の前へと運んだ。
離れた手のひらの中にあったものは、敗北のショックで私自身忘れていたあの約束の小箱だった。
「これ、指輪の…。ですがトレーナーさん。これは勝利した時に頂くという約束で」
「そうだね。どうする?」
そう問いかけられてすぐには意味が把握できず、一瞬思考が空白になった。
ややあって、私はふうと溜息をつく。…酷い人。私も大概な女だという自覚はあるが、それよりもっとずるい。
本当に悪いトレーナーだ。私なんてまだまだ若造に過ぎないと何度も思い知らされる。
521/04/24(土)00:22:17No.795711816そうだねx3
「いただきます。大事にしますね」
「うん。今のグラスならそう言うと思ったよ」
小箱を手にする。あの時彼の部屋で手に取った時よりだいぶ重量が増したような気がする。
きっと気のせいでは無いだろう。あの時「ください」と言った時とは、この手のひらに収める理由が少し増えてしまったから。
その後はふたり並んでもう一度昨日のレースを目に焼き付けた。一言も発さなかった。
ようやく部屋の電灯を点けたのはその後のことだ。
昨日の今日ということで休養もトレーニングの内と厳命され、軽めの内容で軽く身体を動かしてその日は寮へ戻った。
夜、枕元で指輪を眺めた。
エルに見つかって囃し立てられたのでアームロックを極めて黙らせたけれど、本当は別に恥ずべきものではないのだ。
ただ、私の未熟の証というだけ。それが手にとって眺められるカタチで手元にあるというだけ。
いつかこれに見合うだけの不撓不屈のウマ娘になれますように。
いつか私を信じてくれるあなたにとって誇れるウマ娘であれますように。
指輪の上のダイヤモンドは台座の部分と違って僅かな曇りも無く輝いていて、その光はまだ私の目には眩しかった。
621/04/24(土)00:25:43No.795713013+
そうか…悔しさを忘れないように貰う…そういう展開もあったか…
721/04/24(土)00:26:05No.795713126そうだねx1
勝利の証ではなく敗北の烙印……
821/04/24(土)00:26:23No.795713216+
あんたのグラスを待ってたんだよ!
921/04/24(土)00:26:51No.795713379そうだねx12
>エルに見つかって囃し立てられたのでアームロックを極めて黙らせたけれど
ケー!!!
1021/04/24(土)00:27:08No.795713496+
がああああ
1121/04/24(土)00:28:06No.795713796そうだねx14
こんな美しい怪文書あるか?
1221/04/24(土)00:30:44No.795714492+
とても感動してる
1321/04/24(土)00:31:29No.795714707+
奥様は…と聞きたくなったけど堪えたわ
聞けないわ俺
1421/04/24(土)00:32:02No.795714851+
ありが
とう…
1521/04/24(土)00:34:01No.795715448+
エルは犠牲になったのだ
1621/04/24(土)00:34:51No.795715705そうだねx3
茶化したエルが悪いよ…
1721/04/24(土)00:34:53No.795715716+
俺はこんなにストイックに悔しがれない…
グラスのトレーナー失格だ
1821/04/24(土)00:36:24No.795716153+
続き待ってた...
良い...
1921/04/24(土)00:36:38No.795716204+
素晴らしい
こういうのを待ってたんだ
2021/04/24(土)00:37:31No.795716479そうだねx8
頼むからちゃんとしたところにも投稿してほしい
2121/04/24(土)00:37:58No.795716611+
消える前に見れてよかった
2221/04/24(土)00:39:58No.795717148+
あの指輪の行方気になってたのでありがたい…
2321/04/24(土)00:41:09No.795717492そうだねx1
>エルに見つかって囃し立てられたのでアームロックを極めて黙らせたけれど
いそ
けれ
な以
い上
2421/04/24(土)00:41:15No.795717529+
>音量は絞られていたぶん、外の雨音が部屋へ染み込むように響いていた。
ここ大好き
2521/04/24(土)00:43:24No.795718128+
素晴らしい
トレーナーも魅力的だとグラスの魅力がより輝くな
2621/04/24(土)00:45:27No.795718746+
しんみりと心に響いてくる話だ
指輪の結末ずっと気になってたよ
2721/04/24(土)00:48:47No.795719699そうだねx3
全部まとめてどっかに投稿するかして読ませて欲しい…
2821/04/24(土)00:49:15No.795719828+
欲しかったものが手元に来ても途切れない闘争心を信じてるの良いよね‥
2921/04/24(土)00:52:40No.795720745+
エル。(ギュッ)
3021/04/24(土)00:56:45No.795721868+
ゲッ!?
3121/04/24(土)00:58:50No.795722465+
エルはグラスのコマ投げに吸い込まれた
3221/04/24(土)01:16:16No.795727091そうだねx2
>全部まとめてどっかに投稿するかして読ませて欲しい…
グラスまとめ
su4794315.txt

ついでのマヤノマトメチャン
su4794318.txt
ついでのディープまとめ
su4794310.txt
ついでのオルフェまとめ
su4794320.txt
3321/04/24(土)01:17:40No.795727501+
ありがとう…本当にありがとう…
それしか言葉が見つからない
3421/04/24(土)01:18:56No.795727905+
マヤノトレーナーチャンと同じ人だったとは
3521/04/24(土)01:19:12No.795727977+
エルはグラスがレスリング技で来る時は本気でないと知っている
本気を出すと肘を逆関節で投げられ頭から落とし首を蹴り払われたりする
笑顔で出来ちゃいましたというグラスは恐ろしかった
3621/04/24(土)01:23:00No.795729039+
エルはどうしてそんな弱いの…
3721/04/24(土)01:23:56No.795729264+
ありがてぇ…ありがてぇ…
じっくり読ませてもらうわ
3821/04/24(土)01:24:24No.795729387+
脇固めじゃないので有情
3921/04/24(土)01:26:32No.795729937+
武士は剛の拳をキメてるからな
4021/04/24(土)01:27:15No.795730120+
オルフェのやつもあなたか…ありがたい…


su4794310.txt su4794318.txt su4794315.txt su4794320.txt 1619191282319.jpg