遠慮している間にも彼は流しで薬缶を火にかけだしていた。
仕方ない。私は部屋の中央にぽつんと鎮座していた机の椅子に腰掛けた。
机の端には小さな置き時計とポータブルのテレビなんかが置いてあって申し訳程度に生活臭を漂わせている。
そもそも机を囲んで置かれた4脚の椅子のうち2脚は既に先客が我が物顔で居座っているのだ。
椅子に腰掛けているぱんぱんになるまで紙を貪った段ボール箱の中身に、手持ち無沙汰だった私はつい視線を向けていた。
紙束に記載された文字やグラフをつらつらと視線で追っていた私は、気がつくと雑にクリップで留められたそれを手に取っていた。
「これって…」
「ああ、それか。君と同じレースを走るかもしれないウマ娘たちの直近のデータだよ。
　もっと簡潔に纏められればいいんだけど、調べ始めるとつい欲が出てしまうね」
薄く微笑みながら湯呑を私と自分の前に置いたトレーナーが左足を庇う少しぎこちない動きで椅子に座る。
そちらに意識を振り向けられず、私は分厚い紙の束を1枚1枚捲って目を通していた。
記載された無機質な数字と文字の羅列からは、ずしりと重く鈍い鉄の匂いがした。

ゲートが開いた直後の傾向。コーナー毎のタイム。道悪の場合の走りの変化。挙げればキリが無い。
目眩がしてくるようなデータの海だった。凄まじい研究の痕跡がそこにはあった。
ふと思い当たり、私はぎょっとして顔を上げ、部屋を見回してしまった。
無造作に積み上げられ、まるで我らこそが部屋の主だと主張しているような段ボール箱たち。
ひょっとしてそれらに全部、“これ”が詰まっているのか。
積み重ねられた時間。築き上げられた思惟。引き換えにしたもの。それを知る部屋の壁がまるで重力を放つみたいに私を圧迫している。
気がついてみると、確かにトレーナーがレース前の私にくれる助言は少ないながら常に的を得ていた。
それに助けられたことだって、一度や二度じゃない。
「トレーナーさん…もしかして、私のレースのたびに皆さんのことを調べているのですか…？」
「うーん…まぁ、そういうことになるかな」
「私のために…？」
「いや。それは半分当たっているけれど、完全な答えじゃない」
湯呑を啜るトレーナーを私は強い眼差しで見つめ、無言で言葉の続きを催促した。

エルは「グラスが思い切り睨みつけると大抵の人はたじろぐんデスよ？」と言う。
けれどトレーナーはまるで臆する様子も無い。私の目を真っ向から穏やかに見つめ返し、そして微笑んだ。
「勝ちたいから、やってるんだ」
───ああ。
すとんと腑に落ちた。
このあまりにも膨大な量のテキストの全てが違和感なく私の中で受け入れられた。
そうだ。何を当たり前のことを。
私が誰にも負けたくなくて、レースまでに万全を期すべくトレーニングを粛々と行うのと何が違う。
私はお淑やかな大和撫子を志しておきながら、内面はどうしようもなく浅ましい負けず嫌い。
そのトレーナーが虫も殺せないような線の細い印象の男性だからといって、私に負けず劣らずの負けず嫌いではない道理がどこにある。
私と同じくらい努力した跡がここにある。私に負けないくらい戦った跡がここにある。───私は独りじゃない。
私は安心したような、心が踊るような、浮き足立つような、そんな奇妙な気分になりつつようやく差し出された湯呑を手に取った。
じわりと指先に伝うのはトレーナーの温かい気遣い。少し強く手のひらで包んだ。

「…私にとっては大変ありがたい話ですが、この様子ですとそう遠くない内に部屋がパンクしてしまいますね」
「耳の痛い話だ。そろそろ要らない資料は処分してしまわないといけないな。億劫な話だ」
「ええ。ですので私がお手伝いします。早速この週末からお邪魔しますね」
「え？」
「そうだ、私がお弁当を作ってきましょう！旬のもので仕上げてきますから楽しみにしていてください。
　でも資料の整理もあるでしょうから1日では片付かないかも知れません。
　大丈夫です。来週もそのまた来週もお付き合いします。
　ええ、私を支えてくれるトレーナーさんを助ける行いですから、ひいては私のためということになりますし」
いつも落ち着いていてあまり動揺したりしない彼にしては珍しい、少し驚いた表情。
それを見て湧き出た可笑しさで愉快な気持ちになりながら、私はにこりと──エル曰く「有無を言わせない時の笑顔」──笑って言った。
断ろうとしても駄目ですよ。
私が一度言い出したら引かないのは、あなたが一番良くご存知でしょう？
「その代わりといってはなんですが…私のお気に入りの茶葉を置かせてもらっても、構いませんね？」

卑しい女デース！

良い女デース！

卑しいけど良い女デース！

割れ蓋に綴じ蓋デース！

こいつ通い妻デース！

エルが湧いてきたな…

エル。

闘争心に惹かれるさまはまさしく鎌倉武士

さすがグラスワンダーの差しだ

将棋の話書いてた人かな？

｢夫婦みたいデース｣とか言うとグラスはそれを諌める…｢みたいではない｣と
とか言って欲しいんデース！

攻める隙を見つけた瞬間に雪崩れ込んできたな…

少し掛かりすぎではないでしょうか

まだ夫婦というより同志とか共犯者みたい
まだ

>とか言って欲しいんデース！
（笑顔のチョークスリーパー）

肩を並べながらも別の視点から同じ頂を見てる2人いい…

このトレーナーはグラスに出会えて幸せだな…

これ段ボールの代わりにグラスの私物が増える展開じゃ…

グラスの担当トレーナーが一見すると優男だがその胸の内はグラスと同じ絶対の意思を持ってる風潮
私の性癖にはあっていますよ！

>「その代わりといってはなんですが…私のお気に入りの茶葉を置かせてもらっても、構いませんね？」
それはトレーナー間において「巣作り」と揶揄されている行為であると、この二人はまだ知らない

将棋が強そうなトレーナーですね

逆ぴょい派だけどこういう潜在的Mは好き

>グラスはこのトレーナーに出会えて幸せだな…

似た者夫婦ですね。
私の性癖には合っていますよ。

>このトレーナーはグラスに出会えて幸せだな…
>>グラスはこのトレーナーに出会えて幸せだな…
似た者夫婦過ぎる‥‥

初代将棋星人がこういう分析してるかしてないかで言うとしてるイメージ

縁側で2人で仲良く将棋でもやっといてほしいデース…

>>このトレーナーはグラスに出会えて幸せだな…
>>>グラスはこのトレーナーに出会えて幸せだな…
>似た者夫婦過ぎる‥‥
割れ鍋に綴じ蓋デース！

最近ウマ娘の間で私物をトレーナーの部屋に置くのがブームらしいデース！

>縁側で2人で仲良く将棋でもやっといてほしいデース…
(将棋でトレーナーに負けた鬱憤をレースでエルにぶつけるグラス)

>縁側で2人で仲良く将棋でもやっといてほしいデース…
仲良く…仲良く…？まあ仲はいいですよね！

でもこんな物静かなトレーナーでも有馬の最後の直線でスペに並ばれそうになった愛馬に全身全霊で名前を叫ぶんでしょ？

グラスのトレーナーは線の細い書生風と妄想してる

冷蔵庫にデスソース置いときマース！

グラスちゃんの弁当って彩り良いんだろうな…そして量が凄い

グラスの威圧にたじろがないのはちょっと凄い
ゲームしてると自分もたまにヒェッとなるのに

>グラスの威圧にたじろがないのはちょっと凄い
>ゲームしてると自分もたまにヒェッとなるのに
だってこのトレーナー八方睨みよろしく蛇睨みする側だし…

エル。

杖ついてたのか…

似た者同士なトレグラいいよね…

続きが見たかったので実にありがたい…

昨日からめちゃくちゃいいトレグラ怪文書が続くな…
ずっと続いてくれ

>杖ついてたのか…
ねえこの杖
赤白のストライプだったりしないよね…？

解像度が上がっていく様見事也
鎌倉武士の鑑

グラスのトレーナーは将棋強かったりタンポポコーヒー飲んでたり只者じゃない怪文書多いな

エル。
私のトレーナー素敵でしょう

本当に素敵だから言い返せないデース！

あなたのために　はやおきして
おべんとう　つくってきたんです

このトレーナー怖い…グラスとそっくりだ…

私今日は帰りたくないんです