【1】テイオー様と恋の自覚 ぎゅっ、ぎゅっ、と小気味良い圧力が脚にかかる もう日も落ちた部屋 ソファに腰掛け、その向かいにはボクの脚を両手で掴むトレーナー つま先から膝にかけて、ゆっくり、順繰り、圧力をかけて違和感がないかチェックしていく それはさながら、危険な何かが潜んでいないか確かめるかのように 痛みはあるか、と問われれば平気だよと返す テンポも手際も良い、昔とった杵柄だそうだ ゴールドシップのトレーナーと地雷除去の仕事をしたらしく、その経験が活きたのだと 日本ダービーの後、脚の不調が明るみになってから トレーナーはボクの脚を気遣ってくれる 骨に負荷がかかるトレーニングが連続しないよう考えてくれるし こうして毎日のように具合を確認してくれる それはURAファイナルズで優勝した今も変わらない 練習後、一度お風呂に入ってから彼の部屋に訪れるのは完全にボクの独断だけれど 血行のいい状態で行ったほうが違和感を検知しやすいからで、他意はない 自分のためにここまでしてくれるのは、いやはやウマ娘冥利に尽きるのだが ふと思ってしまうのだ、なぜ、と トレーナーがボクに声をかけたのは、ボクが無敵のテイオー様だからだと思っていた そして、ボクがレースに勝つのも、ボクが無敵のテイオー様だからで、トレーナーは誰でも良いと思っていた でも、それはとんだ思い違いで トレーナーと一緒じゃなければ、きっとボクは無理を押して脚をダメにしていただろう 無敗の三冠ウマ娘なんて、夢のまた夢で終わっていたはずだ 不意に、腿、いいか?と声がかかる 考え事をしていたら、つい生返事をしてしまった 腿の下に腕が敷かれ、膝にもう片方の手で力がかかる むむ、やましいことをしているわけではないのだが、どうにもむず痒い、あと顔が近い 真剣な横顔をじっと見ていると、心の内のモヤモヤが膨らんでくるようで つい、口を衝いて出てしまった 「ねぇトレーナー」 「トレーナーがボクに声をかけたのは、何で?」 「ボクのトレーナーになってくれたのは、何で?」 「ボクは無敵のテイオー様だけど、1人じゃここまで来れなかった」 「トレーナーは、自分が付けばこうなるってわかってたの?」 トレーナーの手が止まる 意地の悪い聞き方をしてしまった それが仕事だとは言いにくい空気だ ほんの少しの沈黙の後、ポツリと答えが返ってきた 可能性を広げてあげたかった、と トウカイテイオーというウマ娘の夢が狭められないように、 トウカイテイオー自身の意志以外で道が閉ざされないように、ずっと努めてきたと ああ、そうか、そうなんだ この人は、ボクを無敵のテイオー様にしたかったわけじゃないのだ それを望むボクの夢を手伝いたいと願ってくれたのだ だからこの人は、もしもボクが無敵のテイオー様じゃなかったとしても、きっと傍にいてくれるのだ レースに勝って褒められることには慣れている、それはとても嬉しいものだけれど トレーナーのこの言葉は、初めて自分の心を全肯定されたようで、 何だかいつも以上に、自分の体の中心が熱くなるのを感じる ええいままよ、こうなれば勢いだ、言ってやれ 「トレーナー、ボク、トレーナーのこと好きだよ」 「トレーナーは、ボクのこと、どう思ってる?」 それに答えてお前の可能性が狭められるようなら、なんて、予想された気取った答えに用はない 目の前の頭に両手を添え、そっと引き寄せる ウマ娘の腕力をなめてはいけない 刹那の沈黙の後、塞がれていた唇からほぅと息が漏れる 「ボクはボクだよ、トレーナーとどうなってもこの先は変わらない、だから」 「これからも、ボクの行末を見届けてね」 今のボクは今までで一番の笑顔をしている自信がある 対してトレーナーは、苦笑だ、失礼しちゃうな でも今はこれでいい、トレーナーが思わず抱き締めたくなるようなウマ娘になってやるんだ 1つ失敗だったのは、この日のことで肺活量に自信をなくしたトレーナーが、 後日ゴールドシップのトレーナーと素潜り漁に行ってしまったことだ お土産のタコは美味しかった 【2】テイオー様と寝不足 寝ろ、とはボクの顔を見たトレーナーの第一声である ブルータスお前もか、と返すと それはカエサルだと額を突かれた、そんなのわかってるやい、煙に巻こうとしただけだもん 寝る前にマヤノが恋バナなんてするから悪いんだ、おかげですっかり寝不足さ トレーニングに支障はないと主張したが、そんな状態の練習でケガのリスクを負わせられないときたものだ トレーナーはボクの体調管理に厳しい、これはもうボクの体力が数値で見えているに違いない 一度ケガしている身では流石のテイオー様も聞かざるを得ず、とはいえ提示された条件が ①今日は座学にする ②仮眠を取る ③A・T印の特製ドリンク(原材料の成分は合法) ともなれば②を選ばざるを得ない あ、ちなみに極端な選択肢を入れることで相手を誘導するのって駆け引きの手法らしいよ、 校舎裏で高級ニンジンのディーラー(ゴールドシップ)を見て覚えたんだって、勉強になるね そうは言っても寝ろと言われてすぐ寝られるものか それともトレーナーはボクの寝顔が見たいのかな? などといつもの軽口を叩いてみれば、はぁとため息が一つ、そしてボクの体が浮く わ、わ、わ これはあれだ、俗に言うお姫様抱っこというやつだ これではトウカイプリンセスだ 必然、体に熱もこもる、かえって眠れなくなっちゃうよ と、思考がグルグルしていると、背中にトントンと小刻みな振動が トン、トン、ゆっくり、トン、トン、やさしく、トン、トン、一定のリズムで、トン、トン、これ知ってる、 トン、トン、クリーク先輩が、トン、トン、自分のトレーナーに、トン、トン、やってる、トン、トン、や…つ…、トン、トン、 これじゃプリンセスじゃない、ベイビーだ、などと考える間もなく、意識が沈んでいく こうして哀れテイオー様は下剋上に遭ったのであった やはりトレーナーはブルータスなのでは?まぁいっか ちなみに、今日の話がどこから漏れたのか 後日トレセン学園では、クリーク先輩による寝かしつけ講座が人気となり 生徒の外泊許可書の理由欄に「睡眠不足解消のため」の記載が増えた 翌日かえって寝不足になっている生徒もいるように見えるのだが、ボクの知ったことではない 【3】テイオー様と駆け引き 恋はダービー☆を歌う時、胸が高鳴るようになったのはいつからだろう 派手な女じゃなくても目移りされればヤキモキするし 憧れていたのは白バの王子じゃなくてカイチョーなのだけれど それでも喉を通りすぎる言の葉が、すれ違いざまに心を擦りつけ いい加減気づけと囁いているように思えるのだ 思えば、いつかマヤノに恋も知らないお子様呼ばわりされた時は憤慨したものだが 今になって振り返ると的を射ていたのかもしれない だからほんの少し、魔が差したのだ 「トレーナー、今日のボクはいつも何が違うでしょうか!」 なんてドラマで見た面倒なカノジョみたいなことを言ってしまった 彼の呆気にとられた顔はいつものことだから別にいい でもそのすぐ後、ギョッとした顔でボクの足元に視線を向けられる 間違えた、これは体の不調を心配されているやつだ そのままゆっくり上に上がってくる真剣な眼差しが辛い 顔が目の前に来る頃には、視線も合ってしまい、気まずさも最高潮 自分から言った手前だけれど、いっそ逃げて仕切り直してやろうかと思った刹那 今日は唇の血色が良いな、だって 思わず吹き出してしまった あぁやっぱりこの人はトレーナーなんだ ボクのことをちゃんと見てくれる癖に、おしゃれのつもりで入れたリップにこの感想 鈍感なのか、ボクの背伸びに気付かないフリをしたのかはわからないけれど トウカイテイオーのトレーナーはこうでなくちゃと何だか妙な納得をしてしまったのだ 「トレーナーって才能あるよね」 いや何のだよ、と問われるが絶対教えない 恋がダービーなら勝負どころは第4コーナー マイダーリンと呼ぶ日が来るとは思えないけど 覚悟を決めるのはまだまだここからだ 【4】テイオー様とお手紙 拝啓 親愛なるトレーナー様 俺が必ず菊花賞に連れて行ってやる、と意気込み、トレーナーがゴルシに連れられ湖南省の整体師リンパ仙人のところに弟子入りしてから、早いもので1週間が経ちました ボクはというと、言いつけ通り、痛めた脚を休め座学中心のトレーニングを続けています 会えない時間が長くなるほどに積もる思いは増えるようで、やはりあの時自分だけでも出てやると強がったのは失敗だったなぁと、雑念がつい頭をよぎってしまうのです かつて一緒にしたセンセンフコク、勿論忘れてはおりません ボクに悔しさを気づかせてくれたキミと一緒に勝ちたい、今はただそう思います ひょっとしてボクは、トレーナーに早く会いたいと思っているのでしょうか よくわかりません、この先もっとトレーナーと歩んでいけばわかるようになるのでしょうか 確かなのは、先週から一日千秋の思いが続いているんだな、なんて無理をしてつまらないダジャレで和ませてくれようとしたカイチョーの優しさが辛いということです 先日は途中経過の手紙ありがとうございます なるほど、パンダの語源がリンパとは知りませんでした、彼らが肉食を捨てられたのもリンパのおかげだったと・・ 覚えた技を早くテイオーの脚に試したい、と直球で書かれては、何だか気恥ずかしさも感じてしまいます 気恥ずかしさといえば、最近マックイーンが自分のトレーナーと非常に仲が良いようで、学園内でもお熱い様子を見せてくれます 投げキッスってキャッチできるんですね、そのままパクッと一口、このスイーツはゼロカロリーですって 何とも見ていてむず痒くなるといいますか、調子が狂うといいますか、おかげでこの手紙も彼女みたいな口調になってしまいます ボクも恋をすればこうなるのでしょうか、いやないですね、レースでも恋でも、ボクならスカッと爽やか一直線に欲しいものは勝ち取ってみせますよ さて、先程戻ってきたゴールドシップに話を聞きました トレーナーが湖南省に修行に行ったのは彼女の嘘で、普通に国内でマッサージと理学療法士の修行をしていたとは知りませんでしたし、手紙も彼女が適当に書いたものだと今知らされました ついでに言えば一緒に帰ってきたトレーナーが、ボクの腰掛けているソファの裏で寝息を立てていることも今知ったのです 振り返れば見慣れた顔、お元気そうで何よりです 早く起こして話をしたいという気持ちが先行し、心臓の鼓動が高まるのを感じます ですがボクは子供ではありませんので、こうして手を握るに留まり、トレーナーが目覚めるのを待つことにしましょう 詳しいことはわかりませんが、手の具合を見れば、ボクの為に大凡どれだけの努力をしてきたかはわかります、こう見えてボクもアスリートですから まずは目の前の夏合宿、どうやって乗り切りましょうか ねぇ、早く起きてよ、ボクのトレーナー 【5】テイオー様と悪夢 自分で書いて脳を破壊されたので削除 【6】テイオー様と対抗心 「ドレエエナアア!!甘いことがしたいヨオオオオ!!」 と、我が帝王様が泣きついてきたときは何事かと思った 離れなさいと旋毛を一突き、ソファに座らせ話を聞くと、どうにも今日、色々あったようだ G1勝ちウマ娘というのは学園内では注目の的だ それはテイオーとて例外ではない そして目立つ存在というのは良くも悪くも噂が立ちやすい 勿論悪口を言われることは早々ないのだが、悪気のないゴシップというのが思わぬ流れ弾として飛んでくることがあるようで 「今日マックイーンの前でパンケーキ食べてたんだよ」 「なるほど?」 「そしたらこっちを恨めしそうに見てくるからさ、またスイーツ節制してるのかなと思って、デザート食べないの?って聞いてみたのね」 「何でそういうことするの?」 「そしたら『今の私にはスイーツよりずっと甘いものがあるので』なんて返されちゃって」 「はぁ」 「そのまま迎えに来た彼女のトレーナーと、イチャイチャしながら去っていったよ・・・凄い敗北感・・・」 「何もかも自業自得なのでは?」 「で、周りからも、ボクとマックイーンってライバルだと思われてるじゃない?」 「・・・嫌な予感がしてきた」 「その後、『テイオーさんは恋愛ではマックイーンに遅れを取っている』とか『いや夜は実は凄いのかもしれない』とか変な噂が立ってるの聞いちゃって…」 「だろうな」 「で、今日なんだけど、ちょっと学園の方でイチャイチャしてみるのはどうだろうって」 「・・・」 「よし、テイオー様、今日はスタミナ強化、いつもの倍走ってみよう!」 「ナンデー!?」 「軽口を叩く元気があるようなので、体調が心配なら座学でもいいぞ」 「ヒィ・・・走るほうがいいよ・・・」 数時間後、ゼイゼイと息を切らせる彼女にタオルを差し出し、聞いてみる 「焦ってたのか?」 「・・・うん」 無理もない、ウマ娘にとって最初の3年は本当に大事な時期だ 早々失敗できない、結果を残さなきゃいけない ちょっとしたゴシップでも張り詰めた精神にはノイズになりやすいのだろう 「マックイーンは、お前と張り合うためにイチャイチャしていたわけではないよな?」 「・・・そうだね、思いっきり走ったら落ち着いたよ」 彼女の腕が、背中に回される 仄かな汗の湿気と、体温が胸の下あたりに伝わる 「今は、これくらいでいいや」 今度は引き剥がしたりはしない、や、もともと無理やりそんなことはできないわけだが ポンと頭に手を置く 「焦らず行こう、色々とな」 パッと彼女が離れる 「ねぇトレーナー、はちみー奢ってよはちみー、アレも甘いんだ!」 「・・・まぁ今日はいつもより運動したしな、たまにはいいか」 「やった!じゃ着替えてくる!」 いつもの調子に戻った彼女が笑顔を見せて走っていく さて、いつか彼女の魅力抗えなくなる日が来てしまうのか それはわからないが、今はあの笑顔を大事にしたいと思うのだ 【7】テイオー様と三冠 「帝王様、お待ちしておりました」 「やめてよ!トレーナーがそういう言い方する時って、絶対何か企んでる時じゃん!!」 当たり前だ、こちとら怒り心頭である というのも先程生徒会に呼び出されたばかりだ、察知したテイオーが逃げ回っていたのだろう 「受けてないんだって?予防接種」 「…ナンノコトカナー?ボクコドモワカンナイナー」 ははは、おとぼけになられるか 「実施日に休んだ生徒は、月末までに各自病院で受けることになってるのは知っているな?」 「…シッテルヨ?」 「今月は後何日ある?」 「…旧暦だとー」 「新暦だと今日が月末だな」 「ヒッ」 ウマ娘の体調管理もトレーナーの仕事である、多少手がかかっても甘んじて受けよう 「予約しておいたから、今日の練習はいいから行ってきなさい」 そして現在、二人揃って病院の待合室にいる 「何故俺も付き添っているのか」 「お願いトレーナー…1人にしないでよ…一生のお願い…」 安いな、こいつの一生 「そもそも注射初めてじゃないんだろ?」 「そういう問題じゃないよ…慣れないものは慣れないよ…それに駄目だよトレーナー、テイオー様は無敵で無敗だから打たれ弱いの!ちゃんとケアしてくれなきゃ!」 「偉そうに…」 まぁいい、結果として受けてくれれば問題ない どうせ練習がなければ手も空くんだ、付添いくらいどうってことはない って思ってたんだけどなぁ ※以下、詳細な描写はショッキングな映像になるため、ダイジェストでお送りします※ 「目を瞑らないで、貧血になります」「ご無体なー!」 「何か手にあたった!こんにゃく!?エッチなやつ!?」「アルコールの脱脂綿だよ」「そして塗ったのはゴルシちゃんだ」「何で!?」 「お願いトレーナー、尻尾握って…」「手じゃないの?」 「代わりに口から飲むってどうかな?」「どうかなじゃないが」 「お願い!一生のお願い!」「一生のお願いはさっき使っただろ!」 「あぁ…入ってくる…血が薄まる…」「何言ってんの?」 「ボク…トレーナーに会えて幸せだったよ…」「今際の際じゃないんだから」 ※ここまでダイジェスト※ 「うぅ…凄く疲れたよ…」 「奇遇だな、俺も疲れたよ」 帰り道、車の助手席にテイオーを乗せ、寮まで送ることにする 「今日はこのまま安静に、明日の練習は体調を見て判断しよう」 「…はーい」 テイオーの視線が不満気である 「何だよ…別に俺悪くないだろ…」 「そうだけどさぁ…いつかトレーナーが注射受ける時になったら、仕返ししてやる」 「はは、注射嫌がるって子供じゃないんだから」 「ボクが子供だって言いたいの?」 「ノーコメント」 ムキーと興奮する彼女をなだめ、この日は無事に終わった 「…あぁ、まずった」 それから数カ月後の話、風邪を引いてしまった 「駄目だなートレーナーは、自分が体調崩したら台無しじゃん」 「返す言葉もない」 今自分を看病している彼女の言葉が耳に痛い 「ねぇトレーナー、いつかボクが言ったこと覚えてる?」 「…何だよ、病院に連れていくか?」 「ううん、これ」 そう言って彼女が自分のカバンから何かを取り出す 拳銃の弾を思わせる形のそれが目に入り、全身から汗が吹き出す 「あの、テイオーさん、それって」 「座薬ってやつだね」 「…自分でやれるので」 「駄目だよ!今日はボクが看病するって決めたんだから」 「…」 「勘違いしないでよ?トレーナー、こんなの好きな相手にしかしないんだから」 「…一生のお願い、ここで使うわけにはいかないでしょうか」 「それはいつかプロポーズするときにでも取っておいてよ」 あぁ、彼女が近づいてくる 熱で頭が朦朧とする、逃げられない いや、そもそも熱がなくても逃げられるはずがないのだ その日トウカイテイオーは、念願の菊花賞を制覇した 【8】テイオー様と休日 「帝王様、本日のモーニングでございます」 「うむ、苦しゅうない」 五段重ねのフレンチトースト、てっぺんには半球状のバニラアイスとトロ~リ蜂蜜マシマシで、アクセントのミントの葉がいい感じ 胸焼けしそうなカロリーの化身だが、休日の朝から呼び出された担当ウマ娘の機嫌を治すには十分だったようだ 「いや~走り込んだ体に甘さが染みるね、ボク大満足」 「そいつは光栄なことで」 自炊もままならぬ独身男性がレシピを見ながら試行錯誤したものだ、料理の腕だけならテイオーの方がよほど上のように思えるのだが 「わかってないなぁトレーナー、『料理は愛情』って言うけどさ、自分以外の誰かの為だからこそのきめ細やかさが、伝わる相手には伝わるんだよ」 ひょいとミントの葉を摘み、自分用だったらこんなもの載せないでしょ?と流し目を送ってくる 「やっぱりそういう気遣いって普段のトレーニングにも表れると思うんだよね、専属トレーナーのメニューをこなしているウマ娘はみんな感じてるんじゃないかな」 「ふむ、俺としてはシンボリルドルフしか見えていなかったお前が、そこまで視野が広くなったことに感動を覚えているな」 「ピェッ!?」 「ついでに言えば今後の成長が楽しみで仕方ない」 「な、なんだよー!今はボクのターンなんだから反撃してこないでよー!」 「はは、甘いことを言いおるわ」 コホンと咳を一つ、息を整え 「ところでこの蜂蜜、市販のものじゃないよね、どうしたの?」 「うむ、これは学園が持っていると養蜂場のものでな、先日そこへ、仕入れついでに行ってみたわけだ」 「…ひょっとしてその話、ボクを今日呼んだ理由と関係ある?」 「勿論、そこで巣の様子を見学させてもらったのだが、ミツバチってのは町中では特にツバメの絶好の獲物らしい」 「そうなんだ」 「あの鳥は飛ぶのが上手いだけでなく、獲物の見極めも上手い、子育て時には針のない雄蜂を的確に狙って狩っていくそうだ」 「うん」 「そこで閃いた、この技術はトウカイテイオーの最終コーナーのコース取りに役立つのではないかと」 「やっぱり!!」 ドンとダンボールを机に置く、中には小さくて黄色い小鳥がひしめいている 「そういうわけで、今日はこれからヒヨコ鑑定士のスキルを身に着けてもらう、先生!お願いします!」 「任せろ」 「くそ、やっぱりゴルシじゃないか!」 その後、休日の朝から呼び出されたらもうチョット甘い1日になるとオモウデショー!?と憤るテイオーを宥めるのが大変だった 何やかんや埋め合わせはする約束はしたので良しとしよう 賢さが10上がった 「臨機応変」のヒントLvが3上がった 暗躍する女を見抜く目が身についた メジロ家の庭に鶏が20羽増えた 【9】テイオー様と最終回 「帝王様、それはダイコンバナにございます」 「え、スミレじゃないの?」 「色だけ見れば似てるかもしれないけどな…そもそも背丈が違う」 本日は晴天、担当との山登りには絶好の天気である たまには二人だけで出かけたいと言われ、これならトレーニングになるかと言い訳をし、近場の山までやってきたのだ 「何これ!石碑みたいなものに…何だろ、文字の書いてあるダイヤル?が付いてるよ?」 「あー…マニ車…に似てるかな?、ダイヤルを回すだけでお経を唱えたのと同じ効果があるらしい」 「へー!少年漫画にありそうなアイテム!」 「罰当たりなことを言うんじゃないよ」 「あはは」 こんな色気もへったくれもないデートが本当にお気に召すのか、 やや心配ではあったが、この様子を見る限り問題なさそうだ これはそう、彼女と初めて出会い、初めの3年を走り抜け、それから相当の月日が流れた、先の話である トレーナーには色恋というものがわからぬ 勿論若い時分に異性と付き合ったことくらいはある 自転車の後ろに乗せて一緒に下校をするだとか、日常会話の中で欲しそうにしていた詩集をバイト代でプレゼントするだとか、クリスマスにイルミネーションに誘うだとか いわゆる「若者が考えそうなロマンチックなこと」は、一通りやったつもりだ だが恋に恋する時期がすぎると、そう言ったものが重く感じるようになってしまった それ以上にやりたい仕事を見つけてしまったのだ 自然、進学と同時に関係は疎遠になり、解消され、社会に出てからもそういった物には縁がない テイオーは自分のことを好きだと言ってくれた 光栄なことだし、その気持ちに答えたいとも思う だが不安になるのだ 今は良い、彼女の気持ちに答えることと彼女の走りを応援することは両立し得る だがウマ娘は生涯現役というわけではない いつか「その日」が来たとき、自分はトレーナーを続けながら彼女とどう付き合っていくべきなのか、と 同じような悩みを抱えている者はいる そして皆、自分なりの答えを得ているのだ ある同僚は言った、そうなれば、彼女の次の夢を応援するさ、行きたいよな宇宙、と ある同僚は言った、その頃にはメジロ家に囲い込まれていそうだよ、と ある同僚は言った、彼女が走らなくなる日が来ても、自分は変わらず発光し続けるだろう、と ある同僚は言った、その頃にはマヤのお嫁さんにされてそう、と そしてあるウマ娘は言った テイオーは成長した、君と出会った頃よりもずっとだ、 君には彼女を見守る役目を押し付けてしまったが、今の彼女とはそれ以外の付き合い方ができるはずだ、だからその悩みは彼女に直接話してあげるべきだ、と 「着いたー!頂上!ねぇ見てよトレーナー!いい景色!」 「あぁ、そうだな」 ヒトとウマ娘の体力差は大きい、こっちは既に脚が小鹿になりつつあるが彼女はまだまだ元気なようだ 遠くを見つめる彼女の横に並び、同じ景色を眺める 反対側の山の斜面が見える、岩だらけだが半分ほどは草で覆われている 時折雲の影が、ペンキを頂上から流したかのように一息で斜面を黒く染め、次の刹那にはまた緑に染め直す そのスピードはヒトどころかウマ娘の脚よりもおそらく早い、スケールの大きさに、感動を覚えるほどだ 「トレーナー」 不意に、彼女の声がする 視線は遠くを向けたまま、声だけが 「…ボクさ、人生ってもっと単純で、爽快で、わかりやすいものだって思ってたんだ」 そこにいつも感じる幼さはなかった 「才能のある自分が、人並み以上の努力をすれば必ず結果が出るって信じてたし、その為に努力もした」 「でもそんなに甘くなくってさ、脚は痛めるし、マックイーンには煮え湯を飲まされるし、カイチョーには勝てたけど本当に超えられたのかな?なんて思うことはしゅっちゅうで」 「きっと人生って自分だけの力じゃどうにもならないことがあって、だからボクはトレーナーと頑張ってきたんだけど、逆にそれはトレーナーにも言えることなんじゃないかなって」 彼女の目が、こちらを捉える 「…悩み、あるんじゃない?話してよ、今のボクってまだそんなに頼りない子供かな?」 あぁ、彼女は未来ある若者だ、見守るべき存在だ、ずっとそう思ってきたが それは彼女が今まで歩んできた軌跡を否定するものではなく 初めて会ったときよりも、彼女はずっと大人になっていたのだ 「…すまない、そうだな、聞いて欲しい」 すべて話した 彼女は否定することもなく、激昂することもなく、ただ、うん、うん、と聞いてくれた 「そうだよね、まだまだ先の話だけど、引退後のことってやっぱり考えちゃうよね」 「怒らないのか?」 「何で?ボクは嬉しいよ、ずっと『大人』だと思ってたトレーナーに、今日やっと追いつけた気がするんだ」 テイオーがやや体を寄せてくる 「先のことだからすぐに結論は出ないかもしれないけど、やりようはあると思うんだよね」 「そうか?」 「任せてよ、ボクそういうの得意だから」 ニコッと笑う彼女の目から視線を逸らすことができない、顔が熱い 彼女を魅力的に感じたことは何度もあったが、こんな気持ちは初めてだ あぁ、これが惚れ直すということか それから数年後、日本初の宇宙飛行ウマ娘の話題が全国紙の1面を席巻する頃、 トレセン学園ではあるチームが話題になる 担当トレーナーの妻がサブトレーナー兼OBとして選手をビシバシ扱くというのだ 新人も容赦なく模擬レースで叩き潰してくる鬼教官であるが、それを乗り越えた者は皆大成するのだという 門戸を叩く希望者は、後を絶たない ■同時上映 ごとうしゅのおしごと! よく来ましたわね我が愛娘、調子はどうです?お父sじゃなくてトレーナーの言うことはちゃんと聞いていますか? 今の私は貴方につきっきりというわけには行きませんが…どうしました?何故そんなに不機嫌なのです? 私があなたの拾ってきた猫にカケフと名付けたからですか?お弁当に饅頭を入れたのが不満でしたか?美味しいのに… え?夜の【一心同体!!】の音量が?小学生に保健体育はまだ早い?…爺ー!爺ー!壁を!壁をもっと厚くなさい!! 【10】テイオー様と出来心 「帝王様、その空いた口を閉じてください」 それはこっちの台詞だよ! 今日も今日とて真面目なテイオー様はまっしぐらにトレーナーのところにやってきたんだよ? そうしたら部屋の中で扇風機が凄い勢いで回ってるし、ジャージ姿のトレーナーは風を正面に受けながらランニングフォームの確認みたいなことをしているんだもの いやいやそれはいいよ?トレーナーだもん、研究のためにそういうこともするさ でもさぁ、頭と腰のそれは何? つけ耳と…尻尾? 「ヒトにない部位だからな、こうして実際に付けてみないとなかなか空気抵抗とか実感できなくてな」 え、えー…そう言われたら何も言えないけどさ 「でもその耳と尻尾のデザイン…見覚えが有りすぎるっていうか…ボクとお揃いじゃない…?」 「…付き合い長いからな、他のデザインだったらヤキモチ焼かれるかな、と…考えすぎだったか?」 いやいや、ボクってばそんなに器は小さく…いや、それは嫌だな、思ったより器小さかったよボク、うん 「…うむ!いい心がけだぞよトレーナー!」 「そりゃよかった、ちょっと協力してくれ、走る時って尻尾はどうしているんだ?」 「もう、しょうがないなぁ~」 請われれば喜んで協力しよう、テイオー様は寛大なのだ トレーナーの背中と、付けた尻尾に手をあて… あて… むむ、何だろう、そことない背徳感を感じる トレーナーがボクとおそろいの尻尾を付けている、ただそれだけなのに トレーナーがボク色に染まった?実質婿入り? …マックイーンみたいな事を考えている場合じゃない でもまずい、ドキドキしてきた 「テイオー?」 トレーナーの声も耳に入らない 「…何してるんだ?」 「ピェ」 気がつくと、ボクはトレーナーのつけ尻尾に自分の尻尾を絡ませていた 「いやあの、これはその…」 「…一応聞くけど、ウマ娘同士でそういうことをする習慣があるわけではないんだよな?」 「な、ないよ!トレーナーのエッチ!」 「え、そういう類のことなの…?」 「ピ…」 「き、着替えてきまーす!」 ボクは、脱兎のごとく逃げ出した 無敵のテイオー伝説の中で、いくつもない敗走の一つである その後学園では、自分とお揃いの耳と尻尾をトレーナーに送る習慣が密かに流行ったらしい おかしいなぁ、今日の話カイチョーとネイチャにしか話してないはずなのに 【11】テイオー様と生徒会室 テイオー様のおでましだーい! ヤッホー会長!聞いて聞いて!ニヒヒ…もうすぐ始まるURAファイナルズのライブ曲なんだけど、 アレを「うまぴょい伝説」に決定した人は流石だよね ボクもトレーナーのところで振り付け練習してるんだけど気づいちゃった 「あたしだけにチュゥする」のところ、トレーナーに向かって投げキッスしたらいつも堅物なトレーナーがちょっと赤くなって目を反らしたんだよね イヤー子供扱いされてると思ってたから嬉しくなっちゃって、何度もしてたら頬をグニグニされて「調子に乗るな」だって…エヘヘ… でもトレーナーが悪いんだよ、ボクも興奮してたしそのままトレーナーの頬掴んでチュッって…エ? チュッ トシカ イッテナイヨー オデコダカラ セーフセーフ ボウヨミジャ ナイヨー え?会長も自分のトレーナーにやったんだ?やったーカイチョーとお揃い!やっぱりみんな同じことしてるのかなー でもでも!本番でセンターに立つのはボクだから!会長にだって譲るつもりはないからね!正々堂々勝負だよ! ところでエアグルーヴはなんでさっきから天井を見つめてるの?ひょっとしてエアグルーヴも…おっとこれはGroove(ワクワク)な話が聞けるかな? …「凄かった」って何?え?どこまで行ったの!?ワクワクどころかトレーナーのリズム刻まれちゃった!?どういうk… あ、逃げた!追うよカイチョー! 【12】テイオー様と激おこぷんぷん丸 悲劇とは「あと一歩」が届かない時、最も人を惹きつけるものだ ここで出会えていれば、ここで間に合っていれば、ここで意思疎通ができていれば そんな、もう少しで回避できたかもしれないという思いが、人の心を焚きつけるのだ 結局の所生き物は、本能的に、失った、もう少しで失わずに済んだ、そんなものに思いを馳せがちだ それは失敗を繰り返さないという意味では正しいことなのだろう だが過去にばかり気を取られていてはいけない 昔何かの本で読んだ 生者は、死者の思い出に勝つことはできない、だがこれから積み重なることはできる まぁ実際には誰か死んだわけではないのだが、そこは物の例えだ 一度傾いた天秤を戻すには、逆側の皿に新たなものを乗せるしかないのだ そう、未来を見て生きて行こうではないか 「だからテイオー、昨日のトレーナーの集まりで、どういうわけか人生ゲームをすることになったのも、ダイスがファンブルを起こして桐生院さんのコマと結婚するはめになったのも、全て事故なんだ、そろそろ機嫌を直してくれ」 「ふんだ!」 あぁ、俺の愛バが怒っている ソファの上で腕を組み、あぐらをかき、そっぽを向いている つらみがヤバ谷園である 1時間続く正座で足も痺れてきた 自分に非がないと主張し、この場を強引に収めることはおそらく可能だろう 客観的に何かに違反しているわけではないのだから しかしそれは悪手だ 彼女のメンタルには確実にシコリが残る 思えば幼少の頃、両親が喧嘩をすると大体次の日は子供に八つ当たりが来ていたことを思い出した 今思えば笑い話であるのだが、彼女はG1ウマ娘、日常生活に悪影響が出ることがあっては断じてならない メンタルケアもトレーナーの大事な仕事なのだ まぁ、このまま彼女に嫌われたら自分のほうが耐えられないというのも否定できないのだが 「わかった、降伏しよう、俺が不用心だった、すまない、許して欲しい」 「うーん…そういうことじゃないんだよね」 はて、そういうこととはどういうことか …なるほど少しわかったぞ、これはいわゆる母ちゃんの「まーたこんなに散らかして!大体あんたはいつもいつも…」という奴だ 「…つまり、今回のことがどうこうというわけではなく、今まで積もり積もった思いがとうとう許容値を超えてしまったということでしょうか」 「そう!」 そうなのか、では尚更、自分にはこれ以上できることはないのではないか 途方にくれていると彼女の口から言葉が次々と飛び出す 「大体トレーナーはいつもそう!最初は『ぜひ君を担当したい!』なんて言ってくれたのにこっちからテストに呼ぶまで来てくれないし!」 「練習中はずっとボクのこと見てるのに、ボクが着替えから戻ってくると他の子の練習眺めてるし!」 「次のレースは長距離だなんて思ったら、長距離の得意な子たちのところに行っては何か閃いて帰ってくるし!」 「ボクの脚の具合を見るときは全然照れずにいつも真剣な表情だし!」 「気がついたらカフェでカイチョーとお喋りしてるし!聞き耳立てたら二人してボクのこと褒めてばっかりだし!恥ずかしくて混ざれないよ!」 出てくる不満に統一感がない、積もり積もったとなればそういうものなのだろう しかし基本的には職務なのだ、彼女の夢を応援するために必要なことなのだ 厳密に言えば最後の奴は違うのだが、テイオーの魅力を同じ目線で分かち合えるものが他にいないのだ、俺だって愛バを存分に語りたい時くらいある とはいえ…自分の行動が彼女を悲しませているということはわかった どうしたものか 迷っていると、ふと脳内で、昔祖父に言われたことが思い起こされる 『よいか、私と仕事どっちが大事なの!という問いに正論を返してはいけない、お前のために頑張っている、なんてのは分かりきっていることだからだ』 『相手の真意をさぐれ、ちなみに私は「じゃあ仕事やめるわ」と言って婆さんに殴られたことが3回ある』 サンキュー爺ちゃん、でもそれ孫にする話じゃないわ そうだ、大事なのはこの場を収めることではない、彼女の不満を消し去ることだ そのためには彼女の胸の内をはっきりさせねば 俯いていた視線をやや上向きに、彼女の顔を視線に捉える テイオーはこちらを見ていた 「な、何だよぉ…そんな目で見ないでよ…」 その目には…怒りはなかった 思っていたことを言ってしまった、という不安が感じ取られた 「…今言ったことを、やめて欲しい、という意味ではないんだな?」 「…うん、そんなことしたらトレーナーがトレーナーじゃなくなっちゃうよ、それはイヤ」 彼女は賢い、俺が普段何を思い行動しているか、理解しているのだろう ならば、俺がするべきことは…誠意を示すことだ 「俺にとっては、テイオーが一番だ、何をしてもそれは変わらない」 「ウ」 変な声を出すな、こっちは砂糖を吐くような思いで捻り出しているのだ 「…そ、そっかー、まぁ当然だよね!ボクたち一緒にセンセンフコクした仲だもんね!裏切りは切腹だよ!」 テイオーがソファから降り、正座している俺の膝に腰掛けてくる 「…もう一回、言って」 帝王様のご命令とあらば仕方ない 右手を彼女の頭へ、左手を彼女の左肩へ、そして口を、ピンと立つ彼女の耳元へ 「不安にさせてすまない、だがテイオーが俺の一番だ、テイオーが俺の頑張る理由だ、俺はこの3年をテイオーと二人で走り切るためなら何だってやる」 「…3年のその先は?」 「それはもう、許されるのならいつまでもだ」 「…そっか」 彼女の耳がふにゃりと脱力し、倒れるのが見えた これで、彼女を安心させることができたのだろうか 父さん、母さん、爺ちゃん、ありがとう、いつか彼女を紹介します 緊張のせいなのか、本当に砂糖を吐いてしまったのか、口の中がカラカラだ 「…ふぅ、じゃあトレーナーのPCの『ボクっ娘』フォルダのことは今日は聞かないでおくよ」 「さらっとカマをかけるな、そんなものはない」 「ちぇー、ないのかー」 …一応「尻尾」フォルダは消しておくか、あくまで資料なのだが そんな思いを胸に、俺は彼女とのこれからに思いを馳せるのであった 【13】テイオー様とデート(番外編) ボクはその日、トレーナーを連れてある場所を訪ねていた 生涯のライバルが自分のトレーナーと同棲を始めたそうで、そこに招かれたのだ 行き先はともかくそこまでは二人きり、ちょっとしたデートってやつ! 気合を入れて、下ろし立ての洋服で身を包んだボクの心はいつも以上に高揚していた 駅から続く舗装された道路は、ちょっとした観光地のようにお洒落で、見て歩くだけでも話題が尽きない これが例の饅頭かな、なんて他愛ない話をしていたのだけど、困ったことが起きた ポツリ、ポツリ、雨だ 偶然にも駅前で、本日1万人目の来場者です!なんて言われ、記念品の傘を貰っていて助かった 1本しか無いから必然的に二人で分け合う形になる、俗に言う相合い傘ってやつだ トレーナーは、狭くてすまない、と謝っていけど、ボクは特に不満はなかった 雨の日の傘って閉塞感を感じちゃって、1人だと全部放り投げて走り出したくなっちゃうんだけど 不思議とトレーナーとだと、そんなことはなかった 周りの雑音は雨の音にかき消され、聞こえるのは互いの会話のみ、世界に二人きりしかいないような錯覚 もしかしたらこのドキドキも聞かれちゃうんじゃないかって焦っていたんだけど、そんな悩みも長くは続かなかった 風が強くなってきた、上からだけではなく、前からも雨粒が叩きつけられる うう、すっかりびしょびしょだ あれ?トレーナーが何か言いたげだ テイオー、その…と言うトレーナーの視線の先はボクの胸元 しまった、濡れたせいで服が透けてしまっている、下着の色や形まで丸わかりだ わ、わ、と思わず胸を押し付けるようにトレーナーに抱きついてしまう トレーナーは少し焦っていたけど、 ごめんねトレーナー、でもこのままだと周りから見えちゃうから…と謝ると無理に引き離そうとはしなかった このままだと不味い、どこかで乾かさないと…と周りを見渡す すると前方に小さな木造の建物が見えた、休憩所と書いてある トレーナー、ちょっとあそこで休もう、そう言ってボクは彼の手を引っ張った 「はい、こちらの休憩所は一心同体のお客様のみご利用可能となっております」 受付の人がトレーナーに説明していた つまり…そういう使い方もできる施設みたいだ 流石にそれは不味い、と、トレーナーはボクに1人で使うよう奨めてくるが、恐らく無理そうだ ボクはトレーナーの前で、服の裾を軽く引っ張ってみる、今にも破れそうだ ゴメンねトレーナー、この服、濡れると強度が落ちちゃうみたい、誰かにゆっくり脱がせてもらわないと破けちゃうよ トレーナーは困惑していたけど、そうこうしているうちにトレーナーもボクも体が冷えてきた、体の震えが止まらない ボクがブルブルしながらくしゃみをすると、彼も覚悟を決めたようだった 「それではお客様、一心同体のご証明をどうぞ」 トレーナーの両手がボクの肩に置かれる トウカイテイオー様 本日はメジロシティドキドキデートプランのご利用ありがとうございます 以下の通り、明細をお送り致します *******ご利用明細******* ・奥手なあの人と一心同体に!オーナーおすすめメインストリートデートコース  ・追加オプション 突然の雨  ・追加オプション 偶然の相合い傘  ・追加オプション 突然の突風  ・追加オプション MEZIROブランド特製 濡れると透ける服  ・追加オプション MEZIROブランド特製 濡れると破けやすくなる服 ・築30年木造休憩所(WIFI完備) 3H休憩プラン  ・ルームサービス 偽装烏龍茶(成人男性向けウマぴょい促進ドリンク)  ・ルームサービス 他の人が蛇口を抑えていないと何故かお湯が出ないシャワートラブル  ・ルームサービス テレビをつけると偶然オーナーのウマぴょい映像が流れてしまう事故 ・割引  ・一心同体割(60%OFF)  ・オーナーとG1で競ったことがあるウマ娘割(5%OFF)  ・うまぴょい大成功割(30%OFF) ************************ 当メジロシティではウマ娘とその一心同体者様の明るい未来を強く応援しておりますわ またのご利用をよろしくお願いいたします 【14】皇帝様とお悩み相談 私の名はシンボリルドルフ 無敗の七冠ウマ娘でありトレセン学園の生徒会長でもある 今日も今日とて学園を散策しているとホールのソファに腰掛けているのは見覚えのある人物 あれはテイオーのトレーナーじゃないか やぁトレーナー君、隣よろしいかな? ふふ、私が君に話しかけるなど当然テイオーのことに決まっているじゃないか 何彼女も多感なお年頃というやつだ、君にしか話せないこともあれば私にしか話せないこともあるだろう 彼女の成長を見守るため情報交換は有益だろう? その辺り最近どうだい? 最近蹄鉄のメンテのついでに、彼女のフォームが崩れていないか靴底のすり減りをチェックするようにしたら不満げな顔をされると? 確かに自分の身につけるもの故、最初はそう思うこともあるかもしれないが…ケガのこともある、やましい気持ちがないのであれば正直に話すといい 何なら私からそれとなく言っておこう、あぁいや礼などいらないさ 他には何か?…ふむ、「ハチミーハチミーハッチッミー」…と、最近妙な口癖が付いている? そうだな…メロディだけ聞くとラデツキー行進曲の冒頭に似ている 彼女は寝る前にクラシックを聞くと言っていたな…ならば何かしらの意味を持って口ずさんでいるはずだ ラデツキー行進曲といえばヨハン・シュトラウス1世が1848年革命の際オーストリア帝国のラデツキー将軍を讃える為に作った曲だ ヨハンはリベラルな体制を望んでいたが君主制の打倒まで望んでおらず…という板挟みの中これを作ったという うむ、察しが良いなトレーナー君 これはつまり、皇帝シンボリルドルフを打倒せんと宣言したものの、未だ憧れの気持ちとの間で揺れ動くテイオーの不安の現れなのだろう 君にはぜひ彼女を支えてもらいたい そうだこれを使うといい、メジロのご令嬢御用達のスイーツビュッフェの割引券だ これで彼女を休日に連れ出せば、きっと不安を癒やすことができるさ おっと勿論私からの紹介というのは秘密だぞ?敵に塩を送られる形になるからね そういえば最近彼女の勝負服ができたようだね 聞いた話によると私の勝負服を大分意識した意匠が見受けられるとか…ふふ、私も彼女の目標として無様な姿は見せられないな ん?…なるほど、衣装は意識する割に髪型を揃えたりはしないんですよね、と? 確かに一理ある…が、これも彼女なりの考えがあるのだろう 彼女が走る時、頭と腰から2つの尻尾…つまりTailsが棚引くことになる ふふ、だが私は同音異義語には少しばかり造詣が深くてね このTailsがTales(物語)とのダブルミーニングだとしたらどうだろう? そう、つまり『テイルズ オブ テイオー』…! 自分の走る姿こそがまさに物語であり、テイオー伝説という決意の現れということさ …怒られる?何の話かな? とにかく彼女の決意を支え肯定してあげることが大事だ そうだな、彼女の髪型は君の好みかな?…そうか、ならば折を見てそのまま伝えてやるといい っと向こうから来るのは…やぁテイオー はは、心配しなくても君のトレーナーを取ったりしないさ それじゃあ後はごゆっくり、私は去るとしよう ふふ、いいことをしたあとは心が穏やかになる また1つ未来あるウマ娘とトレーナーを救ってしまった 前途ある若者の未来に助言をするというのは重責であるが これも生徒会長として当然の努めさ