** 父さん、母さん、お元気ですか。 中央でやっていこうと決意して、俺が故郷を出てから暫く経ちましたね。 前に手紙を出して、早三カ月。 その時は何を書いていたのか、もう思い出せません。 それくらいに、中央での日々は色々な事が起きて、毎日いつも目が回りそうです。 ですが、とても充実しています。 俺が担当しているウマ娘のトウカイテイオーについては、前の前の手紙に書いたのを覚えています。 明るく騒がしい、良い子……というのも、その時に確か書きましたね。 彼女と共に歩む日々は、忙しなくも得るものが多い日々であると、確信しています。 一時は、才能溢れる彼女と、俺なんかが共に居て良い物なのか。 本当なら、もっと優秀なトレーナーと高みを目指すべきなのではないか。 ……そう、悩んだ事もありました。 そんな悩みを吹き飛ばしてくれたのは、なんと彼女でした。 俺が良いのだと。俺以外の下で走る気なんて無いのだと。 なんとも情けない事に、何歳も年下の子に元気づけられてしまいました。 * なんというか……本当に、俺には勿体無いくらいに良く出来た子です。 分不相応だと思います。それでも、俺を選んでくれた事が嬉しい。 期待に応え、今度は俺が彼女の寄る辺になれるように。常に学習、進歩を止めぬように。 彼女と共に……いや、追いつくために、それ以上の速度で。更なる成長を目指し努力を続けています。 ……そういえば、そんな彼女も、やはり年相応の女の子なようで。 実は少し前に……「好きな人が出来た」……と言われました。 彼女にも、ついに春が来たらしいのです。 曰く、彼女の事を誰よりも知っている人物。 曰く、ずっと一緒に歩んでいく。 照れから頬を赤くしつつも、はにかみながら俺を見て話す彼女。 ……思わず、泣いてしまいました。 誰よりも幸せになって欲しい彼女に、そんな頼もしい人物が居たのです。 それがどうしようもなく嬉しくて、胸の奥から溢れてきた物を止められませんでした。 * 突然泣き出したせいで、滲む視界に慌てる彼女が映っていました。 ……大の男として、彼女には情けないところを見せてばかりな気がしますね。 どうしたの?と聞いてきた彼女へ、素直に「嬉しいんだ」と伝えました。 すると、認められて嬉しいのか、笑ってくれました。 居ても立っても居られず、その日はトレーニングを中止して、二人で遊びに出掛けました。 記念……というヤツでしょうか。嬉しいという気持ちのまま、彼女の手を引いて出てきてしまったのです。 当事者でもないのに有頂天になっている俺に、黙って付いてきてくれる彼女。 目が合うと、心底幸せそうに笑うんです。 それがまた、俺を動かす原動力になって。 ゲームセンター、ショッピングモール。その中にある、普段は行かない、ちょっとお高いレストラン。 とにかく彼女に喜んで貰おうと、色んな場所を回りました。 彼女はずっと笑ってくれてましたが、最後には泣き出してしまったのです。 どうした!?と慌てて聞いた俺へ、「嬉しいんだ」と。 「嬉しすぎて、幸せすぎて、ボクもう、胸がグチャグチャだよ」 そう言って泣きながら笑う彼女は、とても綺麗で、胸を打ちました。 * 「また来ようね」と言われましたが、きっと行く事は無いと思います。 次に訪れる時は、彼女と“良い人”の二人だけで。思う存分、楽しんで貰いたいものです。 まぁ、ちょっと名残惜しい気もしますが、それが一番良いでしょう。 ……そういえば。あの日はなんだか、朝から彼女が妙に綺麗だった気がします。 恋という物は、少女を大人に変える……とは、何処かで聞いた事があります。 俺は、恋とは無縁な人生を送ってきたので今までわかりませんでした。きっと、真実なのでしょうね。 つまり、それくらい彼女は魅力的なのです。 いつか、父さんや母さんにも紹介したいですね。 ……そうだった。こうして筆を執ったのは、その事についてなのです。 今度、そっちの近くのレース場に遠征に行くので、その際に帰省しようと思います。 もちろん、勝ってトロフィーを掴んだ彼女を連れていく予定です。 ですので、なるべく人様に見れるように掃除を……特に俺の部屋の掃除をお願いします。 近況報告と帰省の連絡だけの筈が、なんだか長くなってしまいましたね。 それでは、また。今度は故郷で会いましょう。 * ** 父さん、母さん、お元気ですか。 まず先に。この前は、本当にすいませんでした。 掃除などお願いしていたのに、結局寄らずに中央へ戻ってしまいました。 レースも快勝し、恐らくお祝いを含め準備もたくさんしていてくれていただろうに、本当にごめんなさい。 理由は、そっちでのレースの後、テイオーが不調を訴えたんです。 不調と言っても、足首に軽い痛みがあるという程度だったのですが。 それでも。俺の肝を冷やすには十分でした。 テイオーが三冠ウマ娘だという事は、お二人も知っていると思います。 三冠の最後。日本ダービーを終え、次は菊花賞というタイミングで、彼女の怪我が発覚しました。 菊花賞には、まず出られないでしょう。そう言われるほどの怪我でした。 ……ですが、彼女は出たいと言いました。彼女の夢は、三冠ウマ娘になる事なのだから、当然でした。 何度も迷いました。 俺は、自分に非凡な才など無いと知っています。 俺の決断で、トウカイテイオーほどの才能を、人生を台無しにしてしまうのではないか。 出走を止めても、俺だけが彼女に恨まれるだけで済むのでは。新しいトレーナーと共にやっていけるのでは。 * 散々悩んで、唸って、それでも俺一人では決めきれず。 結局決め手は、「出たいよ」と言いながら流す彼女の涙だったのですから、俺も優柔不断が過ぎますね。 俺も腹を括り、彼女が万全な状態で出られるように出来る限りの事をしました。 ……結果は、書いた通りです。 彼女は走り切り、堂々と三冠目を取ってきました。 もし、これがトドメとなったなら。もし、三冠を、夢を逃したら。 走り終わるその瞬間まで、そんな不安と焦燥が胸に満ちていたというのに。 彼女の笑顔を見たら、全て消えてしまったのです。 まだまだ道半ば。彼女の頂点への道はこれから。 それでも。あの時ばかりは。 彼女がゴールした瞬間、安堵と達成感で膝から力が抜けてしまいました。 トレーナーが観客席で腰砕け。本当に情けないですね。 周りの人に助けて貰い立ち上がり、手摺りを伝ってどうにか彼女の下へ。 胸に飛び込んで来る彼女を受け止めた時、思ったのです。 あぁ……これまで生きてきた中で起きた事の、何よりも、嬉しいと。 * とはいえ、です。 正直、あんな、この先の人生を左右するような経験はもう御免です。 なので、そっちのレースが終わった後、すぐ病院に駆け込みました。 もう比喩とかでなく、すぐです。 苦笑いで不調を語る彼女を抱きかかえ、レース場を飛び出しました。 あぁ……あの時、俺は彼女を……俗に言う、お姫様抱っこというヤツで抱きかかえたのですが。 ……周りにたくさん人が居た事を思い出すと、顔から火が出そうです。 多分、彼女も恥ずかしかったのでしょう。 病院に着いた後、赤い顔で怒られてしまいました。 「すまない。けど、何よりもテイオーが大事なんだ」 と、素直に謝意を示すと、落ち着いたのか静かになってくれました。 まぁ、謝りはしましたが。同じ事が起きたら、きっと俺はまたやるでしょうね。 ……結局。診てもらった結果、彼女の不調はちょっと足首を捻った程度でした。 しかもレースには関係無く。勝ってファンサービスでステップを見せていたらやったとの事で。 調子に乗った彼女も悪いですが、話をちゃんと聞かなかった俺も悪かったです。はい。 * 本当なら、そちらへ向かってもよかったのです。 ですが、万が一、億が一が怖かった。 病院から近場のホテルを取り、彼女をそこで休ませました。 ……つまり、俺が過保護だったせいなのです。 まぁ、その、次のレース明けにでも、休みを取って行かせていただきます。 そういえば……話したい事があると返事に書いてありましたが、何の事だったのでしょうか。 なるべく彼女の居ないタイミングで、父さんと母さん二人と。 と書いてましたが、何かあったのでしょうか。 そうだ。俺からも、少し聞きたい事があるのです。 前の手紙に、彼女にも好きな人が出来たと書きました。 成就できるように、どうにか応援したいのです。 生憎、俺には恋愛経験が無ければ、そんな経験を積む相手も居ません。 なので、父さんと母さんから何か聞けたらな、と。 彼女の……テイオーのためなら、何だってやる覚悟です。どうか、教えていただけませんか。 それでは、また。返事を楽しみに待ってます。 * ** 父さん、母さん、お元気ですか。 返事も待たずに、続けての手紙になってしまいましたね。 というのも、すぐにお聞きしたい事が出来てしまったのです。 俺は昨日、中央の洗礼を受けました。 先輩方から飲みに誘われたのです。勉強ばかりではなく、たまには羽目を外せと。 ……俗に言う、飲みニケーションというヤツですね。 その日は、ちょうどテイオーのトレーニングもお休みの日だったので、お邪魔させていただいたのですが。 ……途中から記憶がありません。 気づいたら、部屋で寝ていました。いや、寝ていただけなら良かったのですが……。 今まで経験した事の無いほどの頭痛と吐き気が、朝から俺に引っ付いてます。 特に起きてすぐは、本当に酷かっ     今も酷いです。 トイレからしばらく出られませんでしたし、ここ数日分の食べた物を出した気がします。 まぁ……水と酔い止めを飲んだので、じきに回復するとは思いますが。 今はだいぶ落ち着いてきたので、トイレが友達になる事は無    いと思ってました。 * ……お酒とは、怖いですね。 これまで飲む機会が無かったので、耐性という物が無かったからというのもあるのかもしれませんが。 味もわからずに飲んでいましたが、まさかこんな事になるとは。 いつか俺も、父さんみたいに楽しんで飲めるようになるのでしょうか。 もしその時が来たら、父さんと飲んでみたいですね。 あぁ、本題を忘れてました。 そんなわけで、昨日は泥酔状態で帰宅したのですが。 ……実は、帰っている途中で、彼女に……テイオーに会ったらしいのです。 ふらっふらになっていたところを、介抱して貰ったとのことで。 もう……なんといいますか。 年下の彼女にこんな様を見せて……情けないというか、恥ずかしいというか。両方でしょうか。 それに、その、もっと酷い事なのですが。 介抱して貰っている間。俺は彼女に何をしたのか、口走ったのか。 その辺りの事も、何も覚えていないのです。 * ともあれ、迷惑を掛けてしまったのは間違いないのです。 なので。彼女へ、お詫びとして何かプレゼントを贈ろうと考えました。 最初に食べ物が思いつきましたが、餌付けでどうにかなると考えている……なんて思われるかもしれません。 彼女はうら若き女の子です。となれば、アクセサリでしょう。 ……なんて決めたはいいものの、俺には流行りとかそういうモノはわかりません。 それに、彼女が走る邪魔にならない物でなければ。ネックレスや、指輪などでしょうか。 そうやって彼女への贈り物を考える内に、思い当たったのです。 父さんと母さんは覚えていますか。 俺が小さい頃、家族で中央の近くまで来た時の事です。 初めての都会に舞い上がっていた俺は、二人に強請った物がありました。 指輪です。何の装飾も無い、銀色の指輪。 その飾りっ気の無さが、あの頃の背伸びしたがった俺には、とても大人びて見えたのです。 二人に買って貰ったそれを、俺は今も持っています。もう成長して、指に嵌まりはしませんが。 幼い頃の思い出と、今居る中央への憧憬。色んな想いが詰まった、大事な物です。 それを彼女にあげました。 * ちょうど、指輪のサイズは今の彼女の指に合っていました。 何度も彼女の手に触れてきたのです。間違えようもありません。 ……ですが、失敗してしまったのかもしれません。 渡した後、彼女の様子がおかしかったのです。 なんと……書き起こしましょうか……。 彼女の手に指輪を乗せて、彼女がそれを見たのを確認してから「とても大事な物なんだ」と言ったのですが。 「ぴぇ」 と一言零して、固まってしまったのです。 ……余計な事だったのでしょうか。 不要な物だったのではないか。謝意の押し付けではないか。 今、こうして冷静になって考えてみると、不安です。 とにかく、別の形で改めてお詫びをしなければならないかと思います。 今度は物ではなく、行きたがっていた遊園地に誘ってみようと考えているのですが、どうでしょうか。 これが聞きたくて、こうして手紙をしたためさせていただきました。 それでは、また。短い期間にごめんなさい。お返事を待っています。 * ** 父さん、母さん、お元気ですか。 俺は変わらず、元気に中央で過ごしています。 それと、俺にも彼女が出来ました。 ……なんて報告が出来れば、孝行息子なのですが。 出会いも無ければ、今はテイオー……彼女に付きっきりですので。 ……ですが、やはり独り身で居るよりは、身を固めた方が二人も安心しますでしょうか。 こちらに来てからというもの、ずっとトレーナー業に打ち込んできました。 なので、どうにもそういった事が掴めていないのです。 こう言い切ってしまうと、二人には怒られてしまうかもしれませんが。 俺は、まだ今のままで居たいと思っています。 未だ半人前の身ですので。頂点へ突き進む彼女のために、出来る事は全てしておきたいのです。 俺が彼女の足を引っ張るわけにはいきませんから。 いつか、一区切りがついたなら。その時は、二人に良い報告ができるようにしたいな、と思います。 ……まぁ、そちらの方も半人前なので、あまり期待せずお待ちしていただければ……。 あと、俺の予定が空いてる日を教えてとの事ですが、いずれこちらから向かわせていただくので大丈夫ですよ。 * ……そういえば。彼女は、好きな人とはどうなのでしょうね。 俺から聞く事が無いというのがあるのかもしれませんが、その辺りの話題を全然話さないのです。 最近の素行も、特に変わった様子も無く……。 強いて言えば、前よりも近くに来る事が増えたくらいでしょうか。 トレーナー室で作業をしていると、すぐ隣に座ってきたり。 二人で街を歩いている時、腕に抱き着いてきたり。 昼食を取ろうとしたら、お弁当を作ってきたから一緒に食べようと言ってきたりなど。 ……最近の女の子の距離感というヤツでしょうか……。 好きな人が居ると事前に聞いていなければ、勘違いしてしまいそうですね。 彼女はとても可愛く、明るく、側に居ると元気になれます。 そしてそれは、俺だけでは無いはずです。 きっと……いえ、絶対に、彼女の好きな人も同じように感じているはず。 俺相手にこれだけの距離なら、好きな人相手にはどんなアタックを掛けているのでしょうか。 この分ですと、彼女の好きな人が陥落するのも時間の問題でしょうね。 * あぁ、そうでした。 この前二人にお聞きした、彼女へのお詫びの件なのですが、無事解決しました。 話を切り出す前に、「二人で街に行きたいな」と彼女に言われたのです。 ちょうどいい、そこで伝えればいいか、と。 とはいえ、その日のお出かけは、普段とそこまで変わりはしませんでしたが。 まず初めに俺が謝罪を告げると、彼女は笑って、「気にしなくていいよ」と言ってくれました。 そしてそれに続けて、「どうしても気になるなら、これからも街に出る時は付き合って欲しい」とも。 快諾しましたが、正直、拍子抜けでした。 テイオー様のワガママが、何個も飛んで来るかと思っていたのですが。 ……彼女は聡い子ですので、俺の謝意を汲んでくれたのかもしれませんね。 その後は、いつものようにゲームセンターに行ったり、カフェで彼女が大人びた注文をするのを見守ったり。 「ボクも大人だから、こういう苦味がすごい美味しく感じるなぁ」 なんて事を顔を顰めながら言うので、思わず少し笑ってしまいました。 それに、そう言っていたのに、カフェから出た時の第一声が「手を繋ぎたい」だったのです。 彼女も年相応で、子供っぽいところは隠せないんだなと。 * 年相応と言えば、帰り道の途中。彼女がふと、足を止めたのです。 近くのお店のショーウインドウを眺めていたので、なんだろうと思い、俺も見てみたのですが。 そこには、ウエディングドレスが飾られていました。 ジッと見つめて、彼女は動かなかったのです。女の子ですので、憧れる物なのでしょうね。 そんなに気になるのなら、実際に着てみればいい。 そう思い、彼女に笑って、「着せてみせるよ」と告げました。 帰ってから思ったのですが、ドレスのレンタル料とはお幾らほどなのでしょうか。 中央に来てから、彼女のための勉強ばかりで打ち込む趣味など無かったので、資金は大丈夫だと思いますが。 それともレンタルではなく、買ってあげる方が大人らしいでしょうか。 それなら、彼女が好きな人と結ばれた折、役に立つでしょう。 ……ちょっと過保護というか、過干渉すぎる気もします。 ですが、伝えた時の花咲くような笑顔を見たら、間違いではないとも思います。 ……先程も書いた通り、その後彼女が腕に抱き着いたまま帰る事になったのは、距離的にどうかと思いますが。 それでは、また。いつか、父さんと母さんにも、彼女の晴れ姿を見せたいですね。 *