彼女は湯治旅を楽しんでくれているようだった。風情のある旅館のあちこちを見ては次々に感想を述べ嬉しそうに話す。その姿はいつものように明るく、ケガによる不安なども感じられなかった。その姿に私も安らぎを感じた。

夕食を終えいつものリハビリメニューの時間となった。リハビリを軽く終えた後、私はソファに座る彼女の脚部に異常が無いか細かに確認しつつ、あわせて軽いマッサージを行っていた。

私の目は目の前の彼女に集中していたが、私の意識は自身の思索の中に溶け込んでいた。

私は、彼女に嘘をついている。

『結果的に嘘になってしまった』という言い方が正しいのかもしれない。彼女の適正距離の事だ。中長距離だって彼女ならいつか走る事ができる。私はそう信じていた。甘かった。トレーナー契約をした当初も、至って真面目にその可能性を信じていた。

だがあれから2年が過ぎスプリントの覇者として彼女が大成した今、いざ中長距離を目標とした練習を開始してみるとそこに待っていたのは重い現実だった。

中長距離向けペース走で表示されたタイムが冷酷な言葉を発する。お前達が目指すものは永遠に手に入らない。無視し歩むのならば構わないがそれは欺瞞でしかないと。この数字が明確な根拠だと言わんばかりに、ナイフのように鋭く、冷徹な忠告をしてくる。

私は、彼女に事実を伝えるべきだ、といつからか考えるようになった。だがこの現実を彼女に伝えたらどうなるか。2年以上も彼女を付き合わせた上で、だ。

一度きりの競技人生を台無しにされた。この嘘つきめ、信じていたのに、恥知らずの大人が、許せない、と彼女が知る限りの怨嗟の言葉が私に投げつけられるだろう。トレーナー契約も解消となり彼女と歩んできたこの道のりを最後まで歩むことは決して叶わないだろう。

当然の報いだ。だが辛いのは私ではなく彼女の方だ。彼女の笑顔に一生癒える事の無い傷をつける事になるかもしれない。彼女に及ぼす影響だけがただただ気がかりで、ずっと、言えずにいる。

だが、もはや虚構でしかない夢をいつまでも彼女の前にチラつかせ続けるのは悪魔の所業でしかない。本当の手遅れになる前に一刻も早く伝えるべきなのだ。

それが、私がトレーナーとして負った責任に対し最低限行うべき事なのだ。そして、それは今でなくてはならない。普段のトレセンの生活の中で何度も彼女に話を切り出す事を考えたが出来なかった。

この、やや特異な非日常であるこの湯治旅の場でならば。きっと口が開く。言う事ができる。結果、この旅が彼女にとって辛い、思い出したくもない思い出に変わってしまうかもしれない。しかし今を逃しまたトレセンに戻った後、言えるだろうか。きっとまた、私は口を閉ざしてしまう。あの見慣れた景色の中で、彼女が悲しみ崩れ落ちる姿を見る事を体が拒否しているのかもしれなかった。

明日の朝にはこの湯治旅も終わりを迎える。今しかない。今、伝えよう。1分でも、1秒でも、早く。

『自分には、君に中長距離を走らせる力が無かった。本当にすまない』と。

私は決心した。

「…ひとつ聞いて貰えるかな」
私は床に片膝をついた姿勢でソファに座る彼女の足をマッサージしながら切り出した。

「はい！どうぞ！」聞き慣れた彼女の明るい返事が返ってきた。
「なんでも！仰ってくださいトレーナーさん！」太陽のような眩しさすらある笑顔だ。どうか。この笑顔だけはどうか―

瞬間、彼女が泣いているように見えた。いや… 泣いているのはきっと私だ。なぜなら私の視界が急激にぼやけはじめたから。恐らく私の両眼より涙が溢れ出てきているのだろう。

ぼやけた視界の中で、おぼろげながら彼女は笑顔で私を見つめているように見える。きっと私があまりにもひどい顔をしているのだろう。なんてザマだ。だが止まるわけにはいかない。

覚悟を決め、私は次の言葉を口にした。

･･･
今、わたしは！トレーナーさんと初のご旅行、湯治旅にバクシン！バクシン！しています！トレーニング中のケガを療養する事が目的なのであまり激しく動くことはお医者様にもトレーナーさんにもNGとされてしまいました。でも旅館でトレーナーさんが私を乗せた車椅子を引いてくれたり、車椅子を離れ歩行している際にも、わずかな気配りをしてくれています。なんだかおダイミョウ様のお姫様にでもなったような気分です！

ふとトレーナーさんの顔を見ます。チラリ。むむ、おお！スマイルスマイル！良かったです！ここに辿り着く前まではなんだか思い詰めたような顔をしていました！優しいトレーナーさんに、私のケガの責任を今も感じさせてしまっているのかもしれません。タイヘン申し訳ない限りです。

･･･

夜になりました。トレーナーさんから言われた通りの入浴方法でお風呂にも浸かり、トレーナーさんと一緒においしいおいしいお夕食も頂きました。

そしてリハビリの時間。出先でもできる簡素なリハビリメニューをトレーナーさんは次々指示してくれます。一通りメニューを消化し、最後にトレーナーさんのメディカルチェック兼マッサージの時間です。私がソファに座っている状態でトレーナーさんが床に片膝を立て、入念に足の状態をチェックしてくれています。

そのマッサージの心地よさに私は思わず目を閉じ、物思いに耽りました。

頭に想い浮かんできたのはURAファイナルズ決勝の記憶。私は後方から迫るニシノさんと並びゴール。写真判定で私が1着となりましたが、正直に言えばゴール直後敗北を覚悟しました。ニシノさんは私の勝利を精一杯称えてくれました。私もニシノさんに精一杯の感謝の意をお伝えしました。

ですが私はニシノさんに勝った気が全くしませんでした。勝利した私に去来した想いは悔しさ。惨めさ。あと1mでも距離が長かったならば私は負けていたに違いありません。

あの日の事を思い返すと胸が熱くなります。もしかして私は…スプリントの世界に生きるべく生まれたウマ娘だったのでしょうか…

続けて物思いはクリスマス前の記憶に差し掛かりました。短距離戦で負ける事を疑っていなかった私は、当時こう思いました。もし私がURAファイナルズを制したとして次に何をするのでしょう。私はそこで終わり？トレーナーさんは新たな目標を見つけ、私を置いて次のステージへと行ってしまう？ふとそんな思いが頭をよぎりました。

気づくと私はトレーナーさんへのクリスマスプレゼントとして立派なシステム手帳を買っていました。買ってすぐに包装紙を破き中身を取り出し、手帳に中距離、長距離のレース日程をひたすらに書き殴っていきました。そして手帳をトレーナーさんに渡しました。

クリスマスの日、トレーナーさんは私の差し出した手帳を見て、笑顔でうなずいてくれました。私は安心しました。中距離、長距離を目指す事にではありません。

これでトレーナーさんがまだ私の元を離れないと知って安堵したのです。

ですが新たな距離でのトレーニングの準備が進むにつれ安心は恐怖へ姿を変えました。挑戦する距離で私に必要とされる能力が欠如していることが徐々に浮き彫りとなってきたのです。トレーナーさんの焦燥、この状況を打破しようという苦しみが、すぐ近くにいる私にもひしひしと伝わってきます。

私は言いました。いえ、言うつもりでした。

『トレーナーさん、私、短距離を―』

ですが実際に口に出てくる言葉は全く違うものでした。

『トレーナーさんを、信じていますから―』

トレーナーさんと出会ってすぐのころは、輝かしい中距離、長距離の世界へ導いてほしいという思いからその言葉を伝えてきました。

でも今私が放った言葉は、嘘。

この距離の才能が無い事を知った彼に、見放されるかもしれない。逃げられるかもしれない。その恐怖に耐えられなくなった私は、彼にとって呪詛とも言える言葉を持ち出したのです。

トレーナーさんの逃げ道を奪い、束縛することで僅かな心の平穏を得ようとしたのです。

『トレーナーさんを、信じていますから―』

なんて卑劣な言葉。模範的優等生、模範的学級委員長などの言葉を常々言っている自分が、心底嫌になりました。常に学級委員長として模範的な存在として自らを疑わなかった自分が嫌になったのはこれが生まれて初めての事でした。

･･･

私は、まだ彼に嘘をついています。

でももう、嘘をつき続けるのは嫌でした。何より、トレーナーさんが傷ついていくのを見るのが耐えられないのです。

どんな形でも構わない。最後まで一緒に私を見届けてもらいたい。

その言葉を伝えるだけなのにその一歩が踏みだせない。怖いのです。

自分が、嫌でした。

伝えたい。この想いを。
伝えたい。勇気を振り絞って。
伝えたい。きっかけが、ほしい…

･･･

「…ひとつ聞いて貰えるかな」
と、ソファの下で床に片膝をついて熱心に私の足をマッサージしてくれているトレーナーさんがぽつりと一言。
私は一瞬にして我に返りました。

トレーナーさんが、居る。
トレーナーさんが、居る。目の前に。
トレーナーさんが、居た。こんな近くに。

「はい！どうぞ！なんでも！仰ってくださいトレーナーさん！」
頭で考えるより早く瞬時に言葉が口から出ていました。

ん？なぜでしょう。いつの間にか、両の眼から涙を流しているトレーナーさん。

私の目にもなぜか突然、涙があふれ出してきました。

そして静かにトレーナーさんが話し始めました。

「うん…最後まで、どうか、聞いてほしいんだ」

いつも一生懸命なあなたの言う事です。
なんだって聞きますとも。

あの日あなたに感じた何かを信じて
ここまで来たのです。
なんだって聞きますとも。

だからあなたのお話を聞いた後に
勇気を出して言う事にします。

ずっと、ずーっと一緒に居てください。
私のトレーナーさん。

オワリ

委員長とバクシントレーナーがスプリント路線で笑顔になってもらいたい一心で書きました クソ長いね ごめんね

関係の終わり

>関係の終わり
これから始まんだよ！

ED後適正の壁に阻まれ苦しむバクシンとトレーナーが想像出来て育成の度に気が重くなる自分の性癖には合っていますね

バクシンオーの育成って結構心に来るよね…

>あの日あなたに感じた何かを信じて
私OPの歌詞を佳境の場面に持って来るの好き！！

だが一度終わらせねばならない

辛い
どっちもわかってるのが辛い

現在位置を共有できたら後は前進するだけなんだ
前向きな事だと思う

どっかで折り合いをつけなきゃいけなかったんだ
いつかまた明るくこの温泉を訪れる日を目指せば良いんだ

>委員長とバクシントレーナーがスプリント路線で笑顔になってもらいたい一心で書きました クソ長いね ごめんね
謝るなもっと書け

なんでバクシン怪文書が2つも同時に立つんだよ
バクシンに脳をやられすぎてる・・・

>なんでバクシン怪文書が2つも同時に立つんだよ
>バクシンに脳をやられすぎてる・・・
片方でシコって片方でしんみりする
バランス取れてるだろ？

ああ…これでやっと先に進める…

大丈夫だ二人ならどこまでもバクシンできる。そうだろう？
バクシン！！！！！！バクシイイイイイインン！！！！！！！！

お互いを騙し合って来たからな…
ここで許し合ってもいいじゃないか…

怪文書まとめがあれば読みたいくらいの大作

続き‥‥続きをどうか‥‥

今日はバクシン怪文書が多くて捗る

URAの後のこと少し考えちゃうよね…つらい…でも２人とも涙を流したら後はもう進めるんだ…

桐生院が適性上昇トレーニング法を…

ちゃんと自分からきりだせるトレーナーえらい！

>なんでバクシン怪文書が2つも同時に立つんだよ
>バクシンに脳をやられすぎてる・・・
バクシンは脳にいいからな…

両方の視点から丁寧に書かれた素晴らしい後日譚だ…
悲しいけどちゃんとここから二人とも前に進めそうで晴れやかな気持ち

秘密はトレーナー白書にあるはず…

描いてくれてありがとう
完全に解釈一致だったこれが読みたかった
バクシン的文章だった本当にありがとう

続きは…？

>気づくと私はトレーナーさんへのクリスマスプレゼントとして立派なシステム手帳を買っていました。買ってすぐに包装紙を破き中身を取り出し、手帳に中距離、長距離のレース日程をひたすらに書き殴っていきました。
稍重っていうか重々だぁ…

お互いに優しくてお互いに気遣いも出来てお互いに努力家でお互いに強くない所もあって…
そんな二人が寄り添いあって懸命に生きてるのが好き

別シナリオじゃ適性上げるイベントが発生する様になるよ
多分

>>関係の終わり
>これから始まんだよ！
迷いなくこれくらい言えるようになりたい

漠然とこんな感じかな…みたいに妄想してるのをきっちり書いてくれてありがたい…
そうそうこういうのでいいんだよ

>続きは…？
つづきはみんなのこころのなかにあるよ！

>>続きは…？
>つづきはみんなのこころのなかにあるよ！
慰めうまぴょいだな！

>なんでバクシン怪文書が2つも同時に立つんだよ
>バクシンに脳をやられすぎてる・・・
後はバクシンシーンに降臨していたければ完璧だな！

>>続きは…？
>つづきはみんなのこころのなかにあるよ！
やだやだ！書いて！

ここから二人の真バクシンロードが始まるんだよ
分かれよな…

バクシン怪文書のおかげでバクシンオーが滅茶苦茶可愛いと再認識できたわ

いけー！バクシンしろー！二人だけのレースをー！いけーっ

委員長のロールをしてないとすぐ束縛に走るバクシンオー…

リアル寄りシリアス路線だと長距離はとても無理だったけど中距離は距離によっては辛勝以上にまで持ち込める事が出来たって所で全盛が終わるのかな

>後はバクシンシーンに降臨していたければ完璧だな！
昨日きてたろうが！

>慰めうまぴょいだな！
ヤケになったわけではないからそういうのは卒業してからですね！

恋愛より親愛が強そうな二人ですよ