キングヘイローの誕生日は4月28日 ウマ娘の誕生日が主に春先に集中しているのはわたし達に宿っているウマソウルの仕業らしいが 当面の関心事は上手く治らなかった髪の毛の寝癖で、約束の時間が近い事 時間にルーズ、ゲート嫌いで通っているわたしが折角早目に準備したというのにこれだ 世の中慣れない事をするものではない 内心舌打ちしながら集合場所であるトレセン学園側の公園に行くと既に彼は来ていた 「よっす」 「お、来たかスカイ。時間通りだな」 「まあね」 キングのトレーナーはこちらを見るなりちょいちょい、自分の頭を突いて見せた うわ、やっぱり気づいた…本当この人良く見てるな 「目ざといねえ。いやーこの寝癖と格闘しててさあ」 「俺の櫛でいいなら使うか?」 「いやいや。時間が惜しいからね。パパッと済ませちゃいましょうよ」 「そっか」 連れ立って二人歩き始める 隣ではなく彼の半歩後ろ。尾が揺れているのが気恥ずかしいので どちらにせよ背の高い彼が横を見れば分かってしまうのだから無駄かもしれないが、一応 「にしてもあれだね」 「んー?」 「キングの友達だったら他にもスペとか、何人もいるのに わたしを誕生日のプレゼント選びに誘うなんてさ、奇特だなって」 「そうか?まあ、ウララなんかもいるけど黄金世代じゃ一番キングの事君が知ってるだろ」 「…そ、かな」 いざそう言われると中々気恥ずかしいものがある そりゃあ?しょっちゅうからかったりはしているけども、だ 「それにほら。スカイは俺の友達じゃん」 ……友達 「あ、いや。釣りに付き合って貰ってるのを勝手に俺がそう思ってるだけかもしれないが!?」 「いやいや合ってる合ってる。そこは自信無くさなくていいから」 ニヤニヤしながら言ってやるとホッとしたような素振りをするトレーナー 以前わたしがキングと釣りをしていた所を彼が通りかかったのを縁で 時折一緒に釣りをするようになってからはそれなりの付き合いがあるのだ 未だ専属トレーナーのいないわたしとしては彼から助言を貰ったりもしている 敵に塩を贈る事になってるんじゃない?と聞いたりもしたのだが キングにも話した上で、構わないと了解をえたらしい 『ライバルは強大であればあるほどいいから』 とまるでキング本人のような事を言っていた やはり似ている 通じる所があったのか、それとも三年間の月日が二人を通じ合わせたのか 少なくとも端から見ていて一流には程遠かった二人は試練に打ち勝ち、一流となった なるほど仮に三流だったとしても1本支柱となる線が加われば即ちそれは『王』になる 彼に言わせれば挫けないキングの意思あってこそだというが それもこれもトレーナーが理由だとは気づいているのかいないのか… そうこうする内デパートについたわたし達は小物や装飾品を見繕い始めた 良い所のお嬢様かつファッションに煩いキングに衣服は悪手だろう もっともトレーナーが贈ってくれる物を喜びこそすれ あの子が嫌がる事はまずないだろうが、それはそれ こちらとしても厳選はしておきたい。それはわたしも同じだ お互いキングについては一家言ある故にプレゼントが重複するのも避けたい そういう意味ではこのお出かけには意味がある 仮に、デートだなと思っているのがわたしだけだとしても、だ 「このリボンなんかどうかな」 「ああ、いいね。キングの持ってるのと同じやつ?」 「そうだな。どうせだったら一工夫入れるか…すみません」 何やら思いついたらしいトレーナーは店の人と話し始めた 真剣な横顔だ。時々見かける、キングの事に集中している時の顔 彼と初めてあった時にも見たことのある凛々しい横顔。これがわたしは好きだ 「助かったよスカイ。お陰で誕生日には間に合いそうだ」 「いやいや。こちらこそパフェを御馳走になっちゃって悪いねえ」 買い物を済ませて喫茶店で休憩 側の席からはこちらを知っているのかひそひそと声が聞こえてくる わたしだけではなく、トレーナーの方の話もしている人が見受けられる辺り この三年の躍進はやはり大きなものだったらしい 「やー、トレーナーも随分と有名になったねえ」 「まあ言われてみると俺自身への取材とかも最近は増えたな…」 「それも王の臣下の勤めって奴でしょ」 「そうだな」 「でもこれだけ有名になるとあれじゃない?担当増やさないか、とかそういう話も出たりするんじゃないの」 「ああ。実はチームを担当してみないか、と声がかかったり 中等部の子や保護者からオファーは上がってるよ」 ぴくり、とつい耳を動かしてしまった パフェから視線を上げた所で目が合う 「おおいいんじゃないの?一流を目指すんならそれこそ、手広くやるのも手だと思うよー」 「…いや。皆断ったよ、俺にはキング一人を見ているので精一杯さ」 「あ、そっ…か。はは!そりゃそうだよね!あのキングだけでも手焼いてるのにそりゃ無理かあ」 「ああ」 食べかけのパフェをぐちゃぐちゃと自分の頭の中の様にかき回してひとすくいする 今更、わたしは今何を期待したのか? この三年で分かってる癖に、何を… 逃げウマが出遅れて差しウマに対して大差で離され相手はゴール目前 それでも決着がつくまで走り続けるのは競争バのサガだろうか 「それよりもスカイの方こそ、いい加減トレーナーを見つけないとな」 「はは。いーのいーの。わたしはわたしのペースでやってるから 困った時はほら、君に相談してるじゃん」 「それはそうなんだが…ほぼ自力でG1に出れるだけの素質をこのままにしておくのは惜しい 良い人とかいないのか?」 いるよ。目の前に指導して欲しい人なら一人。いるいる 「んー。まあ、そのうちね」 「…そうか。悪いな、セイウンスカイ」 そんな顔しないでよ 思わず出そうになった言葉をわたしはそのまま溶けてしまったパフェと一緒に飲み干す ぼちぼち、宴もたけなわのお時間といった所だろう 外を出てみると日が暮れていた 「すまんな、結局一日付き合わる事になったか」 「いーよいーよ。そんなの、わたしだってキングへのプレゼント買えたしね」 若干気まずい雰囲気になってしまった為、今日はもうこのまま別れたい気分だった 「それじゃわたしはこの辺で…」 「スカイ。ちょっと待って。これ」 「へ?」 彼が抱えていた荷物の中から小ぶりの包みを取り出し、こちらへ差し出してくる 「これ、は」 「今日のお礼な。あ、でもスカイへの誕生日プレゼントとは別だぞ」 またそれはそれで準備するから、などと話しているトレーナーの声をどこか遠くに聞きながら 私は渡された包みの方に意識を奪われていた 「…ありがとう」 「いやこちらこそ。またそのうち釣りにも行こうな」 「うん…。じゃ、またね」 「ああ。またな、スカイ」 彼と別れて私は即座に公園のトイレへと駆け込んだ 家まで待てない子供か、などと考えつつも包みを開くと わたしの勝負服と似た色のハンカチが出てきた 「……っ」 それを暫く見つめ、そして衝動のままに口に咥える 「…トレーナー」 トレーナー。トレーナー。トレーナー 何であの人が先に会ったのがキングだったんだろう なんでわたしは、あの人に先に合わなかったんだろう 何で二人が契約を結んだ後にわたしは… 後悔と、興奮と、罪悪感が全て混じり合い身体をどうしようもなく熱くしていく きっと終わった後には嫌悪感が残る、それは分かっていても止められない 門限までには帰れるだろう そんな妙に冷静な事を考えながらわたしはそのまま下腹部に手を伸ばした。