「ねえトレーナー。今年の合宿は無しに出来ないかしら」
書類に向けていた顔をこちらに向けて、ぽかんとした顔の彼女が写る。
珍しい事が二度も起きて困った、という顔。
キングといえば努力。努力といえばキングに不可欠な物。そんな私が合宿を休むなどといえば、当たり前ながら驚かれよう。
しかし。
「帰省するの？」
切り替えを済ませた彼女から、さらりと返しの言葉。
この驚きはどちらかというと、私が帰省する事に対する驚きがメインだったと気付いたが、そこまでは想定済み。
脚本は乱れていない。だから。
「そうね、実家に行くわ。あなたも連れてね」
「えっ」
今度こそ完全な驚きを与えた。
目を丸くした彼女が、眉間にシワの寄る彼女が、こちらをぼんやり眺める。

「夏の間、実家に行くって言ったのよ。あなたを連れて、お母さまに挨拶に行くわ」
「それは、それは……参ったな」
ようやく紡いだ言葉から、嫌そうな態度が見てとれる。
どうして？家族ともども歓迎すると、言っているに等しいのに。
私と一緒は嫌？
どうして。
感情が揺らぐが────
「……私、勘当されちゃったし。ずっと一緒とは言ったけど、あんまり釣り合わなくなっちゃったかなって。
　ご挨拶はしたいけど、こんな奴では……」
俄然、悲しい顔をする彼女。耳も尻尾も、へたり切っている。
違う。彼女は、やっぱり私の事ばかり思っている。
ならば答えはひとつ。

「一流のトレーナーに相応しい、一流のウマ娘の名は？」
「えっ、あっ、……キング！」
「そう！そして、キングに相応しい一流のトレーナーはあなた！
　それは依然、変わりないわ！」
いつものようにコールをさせると、彼女の目が、わずかに奮い立つのが分かる。
そう。その調子。
「キングの隣に並び立ち、一流を背負うのはあなたを置いて他に居ないわ。
　それに、ほら。お母さまも────」
スマホをぺたぺたと操作して、録音していたファイルを呼び出す。
内容はそう、先程の電話。私たちの交際を全面的に認めるもの。
若干興味なさそうな事と、ウマ娘同士とあっては孫の顔が見れない事を残念がっているのは玉に瑕だが、私の道を阻む事はしないという言質は取れている。

「────だから、自分を蔑むのはやめる事。
　あなたはあなたでしかない。それを言ったのは他でもない、あなた本人でしょう？」
にっこりと笑ってみせると、彼女からも笑顔が返ってきた。
それと同時に、くたびれた手帳をばらばらとめくって、7月の予定を書き直し始める。
"キングと旅行"と書き直された予定表に、思わず失笑して、
「もう、旅行だなんて。挨拶に行くのよ、私たち」
と言うと、
「だって、私からしたら知らない場所だし」
なんて、あっけらかんと言ってみせて。

当面の目標を見出して、やる気に満ちる。
「よし、頑張るぞ」
「まずは何を？」
「アップで850！」
トレーナー室を飛び出した2人を、阻むものも居なかった。

よかったね…よかったねキングちゃん…

取り巻きが号泣してそう

茨の道には違いないけど、キングの周辺は大丈夫だろう、きっと…

お母さまが許したならもう誰も止められない

このキングには2人でドレス着て頂きたい…

（誰に似てこんな我を通すようになったんだか…）
ってため息混じりに微笑むお母さま

じゃあ仕立てにいかないと行けないわね、トレーナー
何を、って…あなたの『勝負服』をよ？

(娘が幸せならそれも仕方ないわね…)

幸せ百合エンドは私の性癖にあってますよ