Pipipipipi! ぱちっ とれーなーいない……どこ? 「おはよう、ルナ」 とれーなー! 「目は覚めた?起きれる?」 や、だっこ 「はいはい、よいしょっと」 んふー 「髪やってあげるから、こっち向いて」 んー……ふふっくすぐったい 「ごめんごめん。相変わらず綺麗な髪だなって思って」 きもちいいからいい 「ありがとう。さあ朝ごはんにしよう。おいでルナ」 うん! 「今日はにんじんサラダとピザトーストだよ」 カフェオレも! 「はい、砂糖たっぷりのカフェオレね」 ありがとう! ………ふぅ、おいしい。 「今日はトレーナーの定例ミーティングがあるから、前半は昨日伝えたメニューで進めてくれ」 わかった!だいじょうぶ! 「出来るだけ早く合流するからね」 早く来てね! 「わかったわかった」 ……ごちそうさま。じゃあ着替えてくる 「じゃあ俺も支度するから、着替え終わったら出ようか」 ちゃんと待っててくれる? 「当たり前だろう。俺がルナを置いて先に出たことがあったか?」 そうだね、すまなかった 「気にしてないよ。じゃあ後で」 わかった 待たせてすまない。 「じゃあ出ようか。今日も1日よろしくな」 "ルドルフ" ああ。宜しく頼むよ、トレーナー君。 誰もが憧れる生徒会長。 ターフに君臨する絶対の王者。 『皇帝』。 トゥウィンクル・シリーズを無敗のまま駆け抜けたシンボリルドルフを形容する言葉は多い。 デビューから幾年、その一助となれたことは俺自身の誇りでもある。 トゥウィンクル・シリーズを走りきった彼女だが、現在もドリーム・シリーズを現役で戦う競走ウマ娘であるし、自分の担当ウマ娘であることにも変わりはない。 ただし、俺と彼女を取り巻く環境は少しばかり変化していた。 彼女が寮を出て、つまり俺と一緒に住むようになってから早くも半年が経とうとしている。 トゥウィンクル・シリーズを卒業したウマ娘は原則寮を出て自活することになるのだが(デビュー前から一人暮らしをしていたマルゼンスキーのような例外もないではない)、その時にウチに来ないかと意を決して申し出た。 福利厚生の行き届いた寮生活からいきなり単独生活をさせるよりも、生活リズムを理解したトレーナーが一緒の方が安心できる、という双方の合理的判断が一致した結果だ。 ………まあ、それ以前から結婚を前提に交際していたという背景がないと言えばウソになるが。 そんなわけで二人の生活が始まったのだが、 まず理解したことはルドルフの想像を絶する寝起きの悪さだった。 いや、機嫌が悪いというわけではない。 むしろ日中よりも素直でふにゃふにゃで、率直に言うと頭に超がつく甘えん坊だった。 ちゃんとアラーム通りに目は開くのに、手をとって抱き上げないと上体を起こすこともできない。 髪と尻尾のブラッシングもベッドに腰かけたまま行うし、朝食の食卓までは手を引かないとたどり着けない。 日中はブラックのコーヒーを好む彼女だが、朝だけは砂糖とミルクたっぷりのカフェオレしか飲まない。糖分がないと目が覚めないのだそうだ。 俺が用意した朝食をもそもそと食べ終えたころ、ようやく制服に着替えられる程度に覚醒するようだ。 何より、いつもの“ルドルフ”ではなく『ルナ』と呼ばないとちゃんと返事をしてくれない。 実家では幼いころよりそう呼ばれているらしいということは、以前から聞いてはいた。 初めのころは揺すり起こしても全く反応がなく遅刻ギリギリになることがあったが、今ではご覧の通りである。 ルナ……ルドルフと同棲を始めるにあたり、まず釘を刺してきたのは彼女の右腕、生徒会副会長を務める『女帝』、エアグルーヴだった。 言うまでもなく、会長を悲しませるようなことがあれば叩いて刻んで燃やしてダートの砂にしてやるからな、と地獄の底から響くような前置きのあと、とても言いにくそうに口を開いた。 「それから、朝の会長だが……その、なんというか……とても手がかかる」 「会長のアラームは家を出る2時間前に設定しておけ」 「貴様が寝過ごした瞬間『死』が確定する。死んでも会長より30分早く起きろ」 と、ありがたい忠告を賜った。 皇帝・シンボリルドルフのトレーナーたる者、これらのアドバイスを守ることは造作もないことだったが、こればかりは想定の範囲外だった。 ルドルフは、ルナは、自分の想像よりも遥かに。 遥かに愛おしい存在だった。 ターフでは『絶対』の強さを誇る彼女が、 『皇帝』の名に恥じぬ覇道を勇往邁進する彼女が、 ただ一人の女の子に戻る場所として、俺を選んでくれた。 「目が覚めた時一番に見る顔も、眠りにつく時最後に見る顔も君であればいいと、ずっと思っていた」 合鍵を渡すとき、そう言ってはにかんだ彼女の表情が今でも忘れられない。 朝一番に寝ぼけ眼のままニコリと笑いかけるルナ。 厳しいトレーニングの合間、トレーナー室のソファで微睡むルナ。 夜も更けたころ、俺の腕の中で一日を終えるルナ。 かわいいかわいい、かけがえのない俺のルナ。 "全てのウマ娘の幸福" 彼女がその夢を、理想を掴めるように。 夢を叶えたその後に、誰も届かぬ高みへ至った彼女が、独りぼっちにならないように。 "ルドルフ"も"ルナ"も、最期の時まで見守ることが出来るように。 願いとも誓いとも似た気持ちで、俺は今も彼女の隣に立っている。 どうしたんだい、トレーナー君。 「いや、何でもないよ」 そうか…?では今日も励むとしよう。 「ああ。……なあルドルフ」 何だい?忘れ物かn…んっ!? 「愛してるぞ、ルナ」 「〜ーーーっ!」 ああ。 俺の"夢"と"幸福"は、今日も一段と愛おしい。