うーんとんでもないのに当たっちゃったな、というのがトレーナーの第一印象だった。  態度が悪いし柄も悪い。  そろそろルーズリーフではないかと思えるほど色とりどりのイヤリングを付けている。  目があっただけで相手が何者でも因縁を付けにいくのは毎度のことだ。 「やっぱダートだよダート。レースっつったらダートの短距離が一等賞なんだよ」  そして彼女、ナルコレプシーはいっそ芝を憎んでいた。  聞いてみたところ理由はそう根深いものではなく、砂塵巻き上げて疾走する様が心底カッコいいかららしい。  ただダート人気が全体的に低いせいかだんだんねじくれていったのだろう。  観る方も走る方としても、天候やバ場の乱れに関わらず砂埃塗れになるのは見栄えが悪い。ウマ娘とて女の子であるからダートは敬遠しがちなのが普通なのだ。 「グダグダ走ってねえでさっさと全力で突っ切った奴が勝つ方が分かりやすいだろ?」  単純だが彼女自身の性格と適性が合致しているのは幸いだった。  たまにいるのだ。無茶を言ってトレーナーを困らせるウマ娘が。 「バクシンバカもそうだがやっぱはえー奴がつえーんだよ。だからどんどんダート走らせてくれな!」  笑顔になれば周囲を威嚇して憚らない狂相は形を潜め、中等部相応のかわいらしさが弾けた。  ライブ中はこの笑顔でファンの心を鷲掴みする事になりそうだ……。  で、これはなんだっけ。 「私の勝負服」  トレーナーはナルコレプシーから提出された勝負服の原案を見て理解に苦しんだ。  これ着て走れば見た目だけは煌びやかであろう事は良い。  でもなんでくたびれたジャージなのだ。  どうしてそのジャージに光の反射で七色に光るような工夫を凝らして欲しいと言いだすのだ。 「動きやすけりゃいいだろ?どいつもこいつもあんなひらひらしたの着る方がおかしいんだ」  それはそうだ。それはそうなのだが。  勝負服とは勇壮絢爛華麗にして着用者を盛り立てる一点ものだ。  だからこそ皆普通はデザインに凝る。デザイナーと何度何度も話し合い過ぎてデビューから1年過ぎてようやく袖を通したなんてケースだってある。  にも関わらずこいつは。 「いいからさーもう放っとけよ。着るのは私でトレーナーじゃねーんだからさー」  結局このまま提出する事となった。  これでもし、彼女のご両親に娘が晴れ舞台で恥をかかされたと判断されたら……いやよそう……。 ―――だが後にトレーナーは、絶え間なく複数の怒鳴り声を響かせるスマホを片手に宙へ向かって謝罪のお辞儀を高速で繰り返す事になる。 「なんだこれは」  シンボリルドルフは明らかに異質な勝負服の原案を見つけて表情を曇らせた。  さっきまでは中等部の生徒達の様々な勝負服の原案達に笑顔だったのだが。 「ほう。だが考えようによっては後続の気を散らす事ができるな……成程成程、これはいい」  その隣でビワハヤヒデが感心しているが、当然そういう問題ではない。  無事ナルコレプシーの勝負服の原案は再提出処分となったが、よけい酷いものになって戻ってきたのと、そもそも多忙なのもあってシンボリルドルフは諦観と共に受理印を押したのだった。  もう何回か繰り返した先を見てみたかったとビワハヤヒデだけ残念そうだったが。 「だーっかっらっさあ!会長さあ!おかしいと思わねえの!?なんでダート短距離のG1がJBCスプリントだけなんだよなあ!」  生徒会室にナルコレプシーの怒声が響き渡る。  机を挟み生徒会長のシンボリルドルフは慣れた様子で息を吐いた。 「……ダートレース自体の少なさについては分かっている。分かっているから手を尽くして最近一つ新設したばかりだろう」  やれやれと言わんばかりに首を振ったシンボリルドルフにナルコレプシーはそうじゃねえんだと頭を抱え、机を両手で叩く。 「それマイルじゃねーか!!マイルじゃねーかよ!!」 「まさか自分が勝てるレースだけよこせと言っているんじゃないだろうな」 「マイルならG1三つもあるだろうが!クソッ!どいつもこいつもバカにしやがって芝ウマどもがよお!!」  いつもの様な捨て台詞を吐いてナルコレプシーは生徒会室を後に―――する直前で回れ右。会長へガッチリ中指立ててから改めて出て行った。 「……ああまったく、やれやれ。熱意は立派なんだがどうもな」  シンボリルドルフは耳をさすりつつげんなりした様子で肩を落とす。  そんな生徒会長に副会長、エアグルーヴが微笑んだ。 「とはいえダート志望のウマ娘は多くない現状、あの気性も長ずればスター性になるのでは?」 「我が副会長は随分とあの不良娘を買っているようだ」 「同好の士に頼まれた以上は一応庇っておきませんと」  また来るようならその時は叩き出しますから、と顔色一つ変えないエアグルーヴにシンボリルドルフは安堵した。  そもそも先程のナルコレプシーの乱行を放置していたのが異常事態だったのだから。  しかし……最後に言い放たれたあの、芝ウマ?だったか。  あれがどうもひっかかるというか、何やら面白く感じたというか……。 「……うーん」  心中で反芻しても何故面白く感じるかが分からないが、なんだか面白い。  実にもどかしい感じだった。 「クソが」  口を開けばろくな言葉が出てこないナルコレプシーに、止めなさいと注意する。  今や彼女もスターウマ娘の一人なのだ。  独特の毛色をなびかせて走る様は雑誌の表紙を飾った事もある。  なのでもう少し丸くなってはもらえないものか。 「うっせえハゲがよ」  ハゲではない。  とはいえやはり根は素直なのかダートスプリンターとして真摯にトレーニングに励み、着実に実力を伸ばし続けている。  勝負服も今ではあの正気を疑うジャージではなくなっていた。  今の勝負服は名前モチーフのネグリジェ風のものであり、ファンから贈られてきたデザインに生徒会が手を加えたものらしい。  この勝負服にナルコレプシーは心底嫌そうな顔をしていたのだが、それを着た姿を見た彼女のご両親が泣いて喜んだので仕方なく勝負服はネグリジェで通していた。 「……なあトレーナー。……私は次でJBCスプリント連覇がかかってんだよな」  そうだな。  ふと居住まいを正す彼女にこちらも少し背筋を伸ばす。 「正直言うとそういう立場に私がなるってのはちょっと考えてなかった。いや、自信が無かった訳じゃねえよ?だけどさ……えっと」  珍しく彼女の言葉にナイフで切り込んで来るような鋭さが無い。  流石に緊張しているのだろうか。  心なしか尾の揺れも不規則だ。 「なんだ、うん。……私がここまで来れたのはやっぱトレーナーのおかげだよなって。……ちゃんと礼ぐらいは言っとかねーとさ、いや勝ってからでもとは考えたけど」  それは予想外の言葉だった。  ナルコレプシーは素行こそ悪いが筋を通すタイプなのは重々承知だったが、ここでそういう発想を出して来るとは思いも寄らなかったのだ。  ただそれを悟られると彼女はキレる。  心情を見透かされたと分かれば寸前まで笑顔でも一瞬でキレる気性難なのはよーく分かっていた。  我ながらポーカーフェイスも上手になったものだ。 「まあ、えっと。……あー……ぅー……なんだ、これからも、よろしくな」  そして最終的に顔を逸らし、ダートスプリントの女王はこちらの返事も聞かず逃げるように去って行った。  まあそれで正解だったろう。  頬が熱い。  彼女同様こちらも顔が真っ赤になっていたのだから。  もし……もしだ。  連覇を達成し、更にURAファイナルズに出場の上優勝まで漕ぎ着けたとしたら、その時彼女はどんな事になってしまうのだろうか?  担当ウマ娘と頂点を狙うトレーナーとして不純な動機は排除するべきだが、俄然やる気が湧いたのは確かだった。