魔界とは、日の光も差さず、マグマと雷光、鬼火に照らされるのみの黒砂の大地。  醜悪な怪物たちがいかに他者を騙し食らうかを競い合う暗黒世界。  ……だったのは結構昔の話である。  鬼や悪魔にも、ものを考える頭がある。頭があるなら時間が経てば環境改善くらい考える。  かつて不毛の大地だった魔界も近代化していた。  魔法工学を駆使した大規模な公共事業の結果、陽光は地上ほどではないものの普通に注ぐようになり、昔は魔王と魔界軍団が蹂躙し搾取するばかりだった社会形態も、今では議会民主制がスタンダードになっている。  洞窟や奇怪な魔界植物による民家は貴重な風俗資料として保護され、道路と通信網、鉄筋コンクリートによるビルなどで形成される都市も今では特に珍しくない。  別に真似などしなくとも、自由平等とインフラ整備や大量生産品は切っても切り離せず、コストと耐久性、汎用性を追及すれば文化は大抵同じように修練進化する。  まあ、要するに。  魔界暦14027年。  魔界の片隅にある淫魔領リクマリア町は、概ね現代日本と大差ない風景となっていた。  ほんの少しの違いといえば──。 「タケル君、おっはよー♪」 「おー」 「あ、タケル君だー♪」 「タケル君一緒にいこうよ」 「あー、タケル君はあたしと一緒に行くんですー」  学校に向かうタケル少年の周りには目に止まるなり次々に女の子達が集まってくる。  同じ学校に通う娘は上も下も問わない。いつも学校につく頃には大名行列のようになる。  それどころか町にいる人はOLからバスの運転手、郵便配達員やパン屋のお姉さんまで、みんな彼を見ると笑顔になる。  自分がやたらと人気なことにタケルは疑問を抱いていない。昔からそうだった。  この町で唯一の「男」。それがタケルなのだ。  この町は特殊な町で、女の淫魔しかいない。他の町に行けば男の魔族もいるらしいが、何か政治がどうとか民族自治がどうとかで、彼らはこの町に入ってはいけないことになっていた。  自然、珍しい生き物であるタケルはどうしたって人気になる。  それを窮屈と思うことはない。物心ついたときには、こうだったのだから。  タケルだけがこの町で生活できる理由は、彼が「人間」だからだ。  本来はこの魔界にいるはずのないもの。  魔界に普通の手段で入り込んだ人間は、既に地上からは失われた濃厚な「魔力大気」に当てられて何時間も正気を保てないらしい。  タケルが何故それを無視できるのかは全くわかっていない。ただ、タケルはとても貴重であり、またサキュバスという種族にとって大事な大事な存在だということだった。 「ねーねー、タケル君ってさ」 「あん?」 「エッチ、まだできないの?」 「エッ……」  二つ年上の上級生の女の子が無邪気な顔で聞いてくる。  のけぞるタケル。 「おちんちんから白いの出るようになったら、デキるんだって。もしエッチできるようになったら真っ先に私と……」 「あ、ダメダメー! ユリスちゃんそれ自分から要求するとおまわりさんに怒られるんだからねー!」 「そっか。てへ」  舌を出す少女。  サキュバス族は誰も彼もが可愛いが、ユリスは特に胸の発育がよくてタケルはドキドキしていたところだ。  昔のサキュバス族は挑発的というのも生温いほどの刺激的な服を着て夜な夜な人間界に出かけていたという。高学年になれば家庭科の時間に当時の服を作って着るのがタケルの学校の伝統だが、その時に見せてもらったユリスの恰好は、膨らみ始めた色々なところが丸出しでタケルは鼻血を流して保健室行きになった。  正直、ユリスの言うように「エッチ」ができるようになったら相手を願ってもいいかなあと思っている。  そう。  この町は現代日本によく似ているが、タケル以外に男はおらず、そして──朝っぱらから小学生がこんな話をしていても、誰も咎めない。 「サキュバスに自由にさせたら際限がなくなってしまい、タケル君がえっち嫌いになってしまうから」という理由で、ダケルに直接性行為を迫ることだけ、町議会の決定で犯罪行為に制定されている。  しかしタケルから女性に迫ることは全くの無制限。道行く大人のおっぱいをいきなり触っても誰も怒らないし、スカートをめくるとかえって雰囲気が良くなる。  そんな待遇にもあまり疑問を感じていなかったが、最近ちょっとだけその自由に対して凄い可能性があるかもしれないと思い始めている。  ……タケルは最近、オナニー、そして絶頂というものを覚えたのだった。 「はいみんな席について。朝の会を始めるわ」  とはいえ。  女の体というのを意識し始めるとまず目が行くのは子供の未熟な体よりも大人のおっぱいである。  担任のリーヌ先生は真面目な先生だがその胸は実に豊満で、ブラウスのボタンに過酷な任を与えている。  その胸に視線を誘引されるのは、性に目覚め始めのタケルには自然の成り行きだった。  それを隣で見守る副担任のツバキ先生は、リーヌ先生とは真逆の飾り気のない体育スタイルの先生だが、前開きのジャージの内に着込んだ薄い無地のタンクトップは汗ばむとすぐに乳首を浮き上がらせる。以前、女子の質問に対してブラジャーをしない主義だと答えていたがどういう理由でブラジャーをしないのかとても気になる。 「……ということです。アンリちゃん、タケル君、ちゃんと聞いてた?」 「ふにゃ?」 「え……あ、うん、聞いてました」  寝坊助のアンリはいつも通りに席についた瞬間から居眠りしていて、タケルはツバキ先生の胸を凝視していたのでほとんど聞いていなかった。 「本当? じゃあ先生なんて言ったか当ててみて」 「え、えーと……今日は掃除なし?」 「はい、ちゃんと聞きましょう。ツバキ先生、タケル君が気にしてるからついてあげて」 「はーい。……ほーらタケルー、おっぱい見るのは構わないけど暇な時だけにしとけー?」  非常に女性的なおっぱいに反して男勝りなツバキ先生はタケルに近づくといきなりヘッドロック。 「く、苦しい」 「はははは、さー、ちゃんと聞けよー?」  見ていたノーブラおっぱいをぐりぐりと顔横に押し付けられる至福の拷問は数秒で終わり、リーヌ先生は改めて連絡事項を繰り返す。 「今日から授業は水泳です。間違えて体操着持ってきちゃったなんて子はいませんね?」 「え……」  絶句するタケル。 「お? どーしたタケル、変な声出して」  ツバキ先生が背後から顔を近づける。 「もしかして忘れちゃったか?」 「……う、うん」 「あらら」  苦笑する。  タケルは勉強は苦手だが体育の時間だけは元気なタイプだ。その体育、それも一等楽しい水泳の授業で三角座り確定なんて一日の半分が絶望に変わったと言っていい。 「ち、ちくしょー」 「ったくもー、うっかり屋だなタケルは」  ツバキ先生はその頭を撫で。 「それじゃ、海パンなしで入る? タケルなら許可するぞ」 「え、そ、それは……」 「やっぱ恥ずかしいか」  冗談の類だったのだろう、ニヤニヤしているツバキ先生。  それに対して負けん気を起こしたタケルはつい何も考えずに言い返した。 「つ、ツバキ先生も水着なしならあいこだ。それならいいよ」 「うわ、そう来たか」  ツバキ先生は一瞬目を見開き、少し赤くなりつつまた笑みを浮かべ。 「よし、それでいこうか」  承諾した。 「えっ」 「自分で言って驚くなよ。リーヌ先生、いいですよね?」 「はい、許可します」  そして、体育の時間。  フルチンの少年とオールヌードのサキュバスは、他の女子たちの見守る中柔軟体操まで一緒にやることになる。 「ほーら、しっかり押せよー……っと、お前本当におっぱい好きな」 「そ、そんなこと……」 「いいっていいって、誰も悪いとは言ってないぞー? ほら今度はお前の柔軟。足伸ばせー」 「い、いたた……いた、いたっ」  少年に前屈運動をさせるツバキ先生はわざとなのか、おっぱいを背中に押し付けてタケルを刺激する。痛いやら気持ちいいやら。 「はい、それじゃ今日は最初だから自由時間! 好きに遊べよー!」  体操が終わると、全裸を堂々晒したツバキ先生は笑顔で宣言。女の子達は黄色い声を上げて一斉に水に飛び込み、タケルはもじもじと股間を隠している腕を引っ張られて水に誘い込まれる。 「タケル君、あそぼー!」 「ツバキ先生とばっかり仲良くしてずるいよー!」 「ちょ、ちょっ、溺れるって!?」 「あ、なんかタケル君のおちんちんが固くなってる!」 「見せて見せてー!」  夏の日差しの中、今日も性に目覚めかけの人間の少年は大人気だった。