女は額を床に付けたまま動かない。両膝で下半身を支え、肘から手の先までを伸ばし、 しかし肩を開くように――深々と頭を下げた、土下座の格好でいるのだった。 床にはつい先程まで着ていた服が、ぴっしりと折り目正しく丁寧に畳まれている。 背中越しにも見える大きな乳房は、床にその前半面を押し付けて歪な円錐を描いていた。 長いながらも、一纏めにされた艶めく金髪の生え際、うなじと首筋を通して、 乳房の付け根がぐんにゃりと曲線を描くのが、はっきりと見えるのである。 白い肌には、安っぽい薄桃色の電灯に照らされた汗の粒があちこちに光っていた。 彼女の着ていた服は、その凹凸豊かな肉体にぴったりと張り付く生地で作られている。 それは当然、体温を容易には逃さずに内に閉じ込め、発汗を促す効果も持つ。 土下座の体勢を取るまでの間、全身に隈無く汗をかくだけの激しい運動をしていたのだ。 そしてまた、女は自分をじっと見下ろしている男の視線にも、身体を熱くさせている。 乳房の裏側を、人体構造に反するように下半球から上半球へと一筋が流れ落ちる―― その後を追って、ぞくり、とするような冷たい空気の指が肌をなぞる。 女は僅かに身体を震わせたが、体勢が崩れることはなかった。 男はわざとらしく鼻をひくつかせた。揉み消されたばかりの煙草の臭いしかしないはずだが、 彼の鼻の奥に空気の通る音に、また女の背はぴくん、ぴくんと震える。 何の臭いだ――と、わかりきったことを彼は問う。無言のまま、彼女の耳が赤く染まる。 雌臭い、寝台のあちこちに、部屋中に撒き散らされた愛液の臭い。 よくよく見れば、床についた両手の先も、畳まれた服のあちこちも、薄っすら濡れている。 男の訪れを待つ間、その十指は彼によって仕込まれた身体の疼きと火照りを抑え込むために、 けれど決してその目的を果たせぬまま――乱暴に、性感帯をほじくり回していたのだ。 地球人種の雌としては非の打ち所のない肉体を余すところなく晒させながらも、 男の視線は彼女の肉体そのものではなく、その指先に添えられたもの、 一本の棒と、手のひらほどの大きさの薄い手帳とに向けられている。 彼がその肉体に飽いたわけではない――布地の上からでもわかるほど、 勃起した性器はこんもりとした膨らみを作り出しているのが明らかであったし、 そこから漂う薄っすらとした雄の臭いは、煙草と尿の臭いに隔てられてなお、 彼女の鼻に届き、一層、その肉体を熱くさせる――だが、彼はまだ手を出さない。 週に一度。それだけだ。それだけしか、男は彼女に会いに来ない。 残りの六日間は、気の狂いそうなもどかしさと待ち遠しさに精神を駆り立てられながら、 待ちに待った彼の――否、自分を支配する主の訪れに、女はずっと焦がれている。 もはや彼女の肉体は彼女自身のものではない。雌として開花させられたあらゆる箇所が、 正義の担い手――銀河最強とまで謳われた賞金稼ぎとしての精神性を凌駕して、 ただ一匹の雌へと、彼女を貶めている。どれだけ我慢しようと、駄目なのだ。 疼く。火照る。痒いようなもどかしいような、冷まし難い熱がずっと纏わりついてくる―― そんな状態で、どうして何週間、何か月も掛けて悪党共を追っていられるだろうか。 彼に初めて抱かれてから、賞金稼ぎとしての仕事はほとんど引退したようなものだ。 ただ、情報を引き出すために接触し、一夜の思い出をくれてやる、それだけのはずだったのに。 逆に、彼女は彼の望むままに自分の知る一切を――鳥人族の継承者としての全てさえも、 吐き出してしまうことになった。その中には、調査する予定だった惑星の生態系から、 捕らえるはずの宇宙海賊の残党の根城の座標、宇宙船の型番なども含まれている。 その情報を彼がどう使うかは、もう彼女にはあまり意味のないことであった。 初めは依存性のある薬物の存在を疑った――そんな事実は全くなかった。 ただ限りなく単純に、男は手管のみで彼女の全てを破壊し尽くしたのである。 対処療法めいて、抱かれれば一時の安らぎは訪れる――しかし前より酷くなる。 恥も外聞もなく、彼に抱かれる寸前まで自慰に耽ったところで、どうにもならないのだ。 男はそれをわかっている。彼女の名声をよく知っているからこそ――それを身体一つで、 自分に依存させたことへの満足感が、彼のいやらしいにたつきにも表れていた。 男はまだ、女の身体のどこにも触れていない。そのことが一層、雌の臭いを煽り立てる。 我慢しきれなくなったせいで垂れた蜜が、幾筋も腿を伝って降りていく。 彼女の手元の棒。それは、彼に初めて抱かれてから――次に会う際までに、 必ず用意するように命じられたもの。女性の肉体の変質――分泌物の量と質の均衡の変化―― それを可視化するもの。赤い線一本であるものは泣き、あるいは焦り、喜ぶもの。 雄の放った無数の細胞のうちの一つが、雌の細胞を撃ち抜いた証を示すもの―― 初めて線が二本になったとき、女は青ざめた。次いで己の浅はかさを呪った。 そしてその小さな生命を己の手で断つことを考えた――が、すぐにそれを取りやめた。 “そう”することを彼女の倫理観は許さなかったし、“そう”したなら、男は彼女に興味を失い、 教え込まれた快楽は、もう永遠に彼女自身の肉体に再現されることはないからだった。 毎週、彼女はそれに尿をひっかけて、出るに決まっている線を見た。 すると次第に、そこにある事実としての受精卵の存在が、別なもののように思えてくる。 邪魔なもの。望まざるもの。賞金稼ぎとしての生き様に、何の意味も持たないもの―― それは女としての生き様をほとんど諦めてきた彼女が意図的に捨ててきたものである。 そんなものが今、自分の手元にあるのだと考え始めると――もう、殺すことなどできない。 まだ何の反応も示すはずのないその箇所に手を添えるだけで、暖かいような気がする。 棒の下に敷かれた小さな手帳の表紙には、彼女の名前が書かれている。 その枠の外にはもう一つ、名前を書くことのできる空欄が用意してあった。 一頁ごとに、一週ごとに、筆を入れるごとに――胎内に一つの生命のあること、 自分がそれの母親であることの自認が加速度的に大きくなっていくことを彼女は自覚した。 それは同時に――彼という雄によって自分が孕まされ、子を産む役割を与えられたこと、 彼の女になってしまったことをも印象付ける副次的な効果を生む。 答えのわかりきっている検査薬の入念な使用も――己が妊娠しているという事実を、 彼女に突きつけるためのものであるのだから、狙い通りである、と言えようか。 男は一纏めにされた彼女の髪の付け根を掴み、無理やりに顔を上げさせる。 そんなに抱いて欲しいのか――と、やはり答えのわかりきったことを訊く。 その言葉に呼応して、さらに強くなった雌臭い臭いが、そのまま答えだった。 そして彼女の土下座をそのまま寝床に裏返すようにぐるんと押し倒すと、 まだ膨らみの目立たない下腹部に、左手の腹を当ててすりすりと撫でさする。 今のうちだぞ、すぐに堕ろせなくなるぞ、直に見てわかる大きさになるぞ――と囁きながら。 同時に右手では、彼女の左手、薬指の第二関節を摘まみながら優しい声色で問いかける。 欲しがりの指を自覚させるように――どうして欲しい、何が欲しい、と訊く。 仰向けの彼女はもう、この状況から逃れる術を持たない。 両腿を自らの手で抱え、既に種のついた胎の見える股間、やがて母となるための場所を、 すっかり彼に差し出しながら、抱いてくれ、と顔を赤くして言うのである。 男はそれに、すぐには応えない。指先で丹念に入り口をほぐし、濡れきった膣肉を更に湿らせ、 彼女の腰が、快楽にがくがくと震えて――声が泣きそうなほどに弱々しくなり、 挿入を懇願するまで、じっくり、焦らす。懇願までの時間は回を追うごとに短くなり、 膨らみが手のひらのくぼみに収まりきらなくなる頃には、もう前戯はほとんど要らなかった。 週に一度の逢瀬は、毎日のそれに変わった――彼女が“素直”になったからだ。 ぽってりと膨らんだ胎を外から手で撫で擦られながら、内から性器で叩かれると、 もうあの理性的な口ぶりは見る影もなく、甘く蕩けた声を奏でるだけになる。 淫水焼けして真っ黒な膣口は、彼女が快楽に溺れ全てを捨てた証。 同じように黒く成り果てた乳首は、直に生まれる赤子に乳を含ませるために、 授乳の練習に事欠かない。搾られる前から既に、たらたらと乳汁を垂れ流しているのである。 男の指は巧みに、彼女の全身――殊更に敏感な性器、乳首、ぷっくり飛び出た臍を責める。 触れられるだけで、何重もの折り畳まれた快楽が脳を灼く。視界が白く染まっていく。 寝床は一日に何度洗っても足りないほどだ。女が身重であっても男は容赦せず、 より激しく、よりねちっこく、仕込む。自分なしでは一分一秒たりといられない身体へと。 そして彼の手によって、己が浅ましい肉畜へと落とされていることを、彼女は喜んでいた。 彼の望むままに、孕まされ、産まされるだけのものに成り果てたとしても、 それを選んだのは、他ならぬ彼女自身の、弱い心であったのだから。 彼女と交わした契約を――彼は何度も閨で繰り返す。よもや忘れることのないように。 宇宙に二つとない、あらゆる生物の遺伝子をも取り込む子宮を、彼の子のためだけに使う―― その数も五や十で収まるはずもないのだった。男はまた、女の腹部を撫で回す。 丸々と実った、臨月胎を。記念すべき第一子の、間もなく産まれる胎を。 薬指にはめてやった呪いの指輪と同じ輪を通してある、飛び出た臍を。 そのたびに、女は甘えた声で――もっと、とだけ呟くのである。