もとよりその布は全面を覆うに足りるはずもなかったのだが、 両裾を掴まれて左右に開かれては、彼女の正中線を隠すことなどとてもできなかった。 艶めいた白繻子には塵の一つも乗っていない。そして裏の透けるぐらいに、薄く軽い。 本来それは、女の人生に数度とない晴れの日の、無垢なる幸福の象徴であるものだった。 しかし今の姿は――ある種の滑稽さを持っていた。彼女がそれを恥じぬことでなおさら。 頬は紅い。羞恥にしては説明が付かぬとなれば、やはり期待と高揚によってか。 細やかな刺繍。花を模した模様は幾重にも同心円状に広がって幾何学的な凹凸を作る。 この一着ができあがるまでに、どれだけの手間と時間と費用のかかっていることだろう。 それを着せるということは、相手を大切に想っているという意思表示にもなろうが―― それでもやはり、そんな服のなり損ないの端切れなど、花嫁の身に纏うべきものではない。 参列者の前に、少女はその慎ましやかな肢体をすっかり見せてしまっていた。 局部も乳首も、指先ほどの布地すら与えられてはおらず、 その周縁に配置された白絹の煌めきが、一層、若々しい桜色を際立てている。 短く切り揃えられた髪は、顎にようやく届くかといった様子で、 凹凸に乏しい身体の線と合わせて、男と見間違えられることも決して少なくはなかった。 色気のない深緑の一揃いは男物、そこに顔を覆う分厚い保護眼鏡が付き、 帽子で頭の線を隠してしまうのだから無理もない。一人称までが僕ときた。 それは彼女なりの、世を旅するための手段であり身を守る方法であったかもしれないし―― あるいは肉体に潜む雌性に対し、あまりに無頓着であったからなのかもしれない。 いずれにせよ、彼女が一人の年頃の乙女としての情を誰かに向けることはなかった。 ――けれど、今の顔はどうであるか。旅をしていたころと同じく、 極端の変化こそ起きぬものの、彼を見る表情は、酷く柔らかい。 小さくきゅっと結ばれた唇は、何やら嬉しそうにもごもごと動いて、 彼がしようとしていることを、じっと待ち受けている様子なのである。 少女の細やかな――けれど参列者からも筒抜けの歓びの表象は、 居並ぶ誰の顔をもほころばせた。そしてその幼子に向けるような和やかな感情と、 裸体を晒しながら雄に全てを捧げんとする雌を嘲笑う感情とは、一向に矛盾しないのである。 この聖堂において、彼女以外の全員はしっかりと全身を婚礼に相応しい服装に包み、 彼女とその夫となる人物への敬意を持って、式に臨んでいる。 つまりそれは逆説的に、限りなく裸に等しい格好が――彼女の正装として認められていて、 それによる肌の露出も、当然受けるべき嘲罵も、甘んじて受けねばならぬということであった。 参列者たちは彼女の乳首が緊張にふるふると震えているのを目ざとく見つけて、 あんな小ささでは咥えにくいだろう、子供のことを考えていない身体だ――などという。 そこでようやく、羞恥心が出番を思い出したかのように頬以外の肌を染めに掛かるのだが、 それはあくまで、母足り得ぬという“真っ当な”指摘を受けた至らなさに対してであり、 彼女の乳首そのものは、見られている――見てもらえている――悦びに、硬さを増すだけだ。 腿を伝う粘り気のある雫。自覚したとき、少女は思わず裾を掴む手を放しそうになった。 が、その姿勢を崩すことも、ましてや乳首や陰唇を客人の視線から庇うことも、とんでもない。 新婦は式が終わるまで、己の肉体の一切が世間様に隠すようなものでないと示さねばならず、 生涯を通し子宮にて奉仕する役割を与えてくださる殿方に、永遠の忠誠と愛を誓う必要がある。 にもかかわらず、一人はしたなく愛液を垂らし――勝手に興奮していることを彼女は恥じた。 式はまだ始まったばかりというのに既にこれでは、この先の結婚生活が思いやられる。 誰ともしれぬ言葉にまた少女の肉体は火照り、膣口からねとねとと蜜が垂れ始めるのだった。 少女がゆっくりと、式場内を歩いていく。参列者一人一人から、手の届くような距離へ。 時折、手が椅子から彼女の素肌――といって覆われている箇所の方が少ないが――に、 新郎への何の遠慮もなく伸び、腿や、尻たぶや、つん、と上向いた小さな乳房を掴む。 そして決まって、こんな身体でこれから先、子を産み続けられると思うのかと当て擦る。 言葉一つ一つに――少女はありがとうございます、頑張ります、と答えるのである。 また別の手は、彼女の腹部――既に実り、重たく前へと突き出した臨月胎に手や耳を当て、 兄弟は何人欲しい?と猫なで声で腹話術をするのだった――数はまちまち、五、十、二十。 自分がそれだけの子に囲まれている姿を、少女はぼんやりと思う。 妊娠と婚礼の多幸感に毒された脳は、もう独り身で生命の危険に晒される旅人の脳とは違う。 彼女はひどく快楽と幸福に弱くなり――腹部を撫でられているその感触だけで、 股間がじんわりと湿り気を増していくのを自覚していた――当然それもまた、指摘される。 縦に降りた雫が長靴下の縁に掛かろうかというところで、ようやく“挨拶”は終わる。 祝福の手形と爪痕をあちこちに残されて帰ってきた新婦の小さな身体を、 新郎はほとんど持ち上げるぐらい強引に持ち上げて唇を奪った。 花嫁の身体は、ぴくぴくと小さな痙攣を繰り返しながら、彼の身体にぶら下がっていた。 息継ぎのために離された少女の顔は、疲労感と切なさとのために今にも泣きそうな様子で、 唇の周りには、二人分の唾液がべったりと広がって顎の下に垂れていく。 顔はさらに紅い――それをまた、男は強引に口付けて啜るのであった。 都合三度、二人の顔は往復した。少女の脚はがくがくと震え、今にも倒れそうなほど。 背面に回された男の大きな手のひらが細い腰をぎゅっと握り込んで倒れることを許さない。 彼女の意識がきちんと戻るまで、男は花嫁の乳首を指で強く摘んで、ねじるように引っ張る。 そうした刺激を繰り返し与えられることで目覚めた少女は、“気付け”をしてくれた新郎に対し、 これ以上なく蠱惑的で――甘えたような表情になるのである。 男の指は乱暴に、己の種付けた子の通るべき産道をぐりぐりほじくる。 彼の手には、真新しい潮がびちゃびちゃと掛かって、生臭い臭いを残した。 それを少女に舐め取らせてから――綺麗になった手でもって、 傍らに置かれた二つのものを、それぞれの手に握り、彼女に見せるのだった。 一つは、鈍い光を放つ金属の輪。もう一つは、鋭く尖った、太い針。 後者には、人間の皮膚など容易く貫通してしまうような無骨さがあった。 言うまでもなく、それは彼女の肌のどこかに――前者を通す穴を開けるためのもの。 そしてその金属環は、かつて彼女が肌見離さず身に付けていたものを鋳潰して作られている。 由来を聞いて――新婦は驚いたような顔こそしたものの、彼が手間を掛けてくれたことに感謝し、 もう乗る予定のない二輪車の鍵など、あっても仕方がないときっぱり言った。 針先はゆらゆらと、少女の肌の上を旅する――耳、鼻、乳首、臍、陰核… どこに付けてほしいのか――それはすなわち、どの部位を彼に捧げるか、という宣言である。 乳首に付けてもらったなら、そこを通る母乳は赤子にすら飲む権利は与えられないし、 耳や鼻は、彼の望むような外見をずっと続けるという美の奉納である。 陰核なら性的奉仕――では、臍に輪を通してもらうとは、どういう意味か? 臍は子の頃からの親との物理的な繋がりであり、また我が子ともそこを通じて繋がる箇所。 夫となる人が望む限り、何人でも何十人でも孕んでみせるという決意―― 形式上は新婦の意向を問う形を取っていた――どこに通すかはもう既に決まっていた。 少女はここでようやく裾を握る手を放し、穴を空けてもらいたい箇所を突き出すように支える。 ちょうどぷっくり飛び出たそこを、絞り出すように周辺の肉ごと掴んで―― 肉を跨ぐ痛みに、少女の顔はきゅっと歪む――そんな様で陣痛に耐えられるか。 すぐ横からの野次も、花嫁は笑って聞き流す。まだ血の垂れるそこを、指で拭う。 自分が目の前の彼の妻となる歓びに、じんわりと目端を潤ませたのをごまかすように。