皮膚が灼ける。皮膚下を巡る血流の、絶え間なき疼きに耐えきれなくなって。 火照りに身を任せ、鏡の前で旅装を解く。砂が落ち、埃が舞って、女の肌を風が撫でる。 ごくり――と自然に唾を飲んだ。そこには確かにふっくらと大きな乳房二つぶら下げて、 ほとんど布と紐に等しい“仕事着”を、着けようという自分がいたからだ。 脱ぎ捨てられた世の塵には、無骨な剣やら盾やらの武具も含まれていたし、 それを長らく握って掌にできたたこは、同じく引き締まった二の腕や腿と同様、 彼女の置かれてきた日常――戦場の苛烈さを雄弁に語るようであった。 けれど今そこに在る裸体は、確かに女としての――いや、雌としての魅力に満ち溢れ、 筋肉にも見劣りしないだけの柔らかな脂肪が、彼女の雌性をさらけ出している。 それを見抜いて下卑た視線を投げかけてくるのは、何も魔物だけには留まらなかった。 ただ彼女の側が、己に課せられた――世を乱す魔王の討伐という使命を最優先して、 その手の連中とは意識的に距離を取ってきただけのことである。 人任せで安穏と平和を貪り、それを血まみれになって守っている自分に対してすら、 女だからと内心にどこか見下す連中への反発心があったことも、否定できまい。 その連中の作った、雄どもを楽しませるためだけの場所――衣装、立場。 そこに自ら足を運んでいる自分を、かつての彼女は軽蔑するだろうか――答えは出ない。 確かに言えることは、彼女が胸当ての紐をわざと緩く結ぶようになったことと、 陰核の上部が薄ら見えるようなぎりぎりのところまで、下衣を下げるようになったこと。 鏡の前でそうして入念に、“仕掛け”を確かめている姿は、踊り子というより娼婦だった。 どくんどくんと打ち震える鼓動に合わせ、たぷんたぷんと胸は重たげに上下し、 今にも胸当ては、その役割を失いそうだった――だが、まだいけない。 女は控室から薄っぺらな仕切り幕を潜って、薄暗い劇場内にその姿を現した。 初めの頃のような、どすどすと風情のない乱暴な足音ではない。 赤い絨毯の上を、爪を丁寧に切り揃えられた指先が静かに滑っていく。 一歩一歩足を進めるごとに、左右に身体をくるり、しゃなりと回しながら、 下から睨め上げる男たちの顔を、女は一つ一つ吟味しているのである。 同じ視線は、彼らの側からも――彼女を含めた商売女たちに返されているのだが、 先ほどまで舞台上にいた有象無象と、この女とは明らかにものが違うといえた。 彼女がこの服に着替えてなお外さぬ額当てに、その正体を悟るものも多くいる。 無論、それは公然の秘密だ――口に出す野暮は、殺されたって仕方がない。 あくまで目の前にいるのは、雄の欲望に身をさらけ出す深みにはまってしまっただけの、 淫らで破滅主義者の雌だ――あの口許の緩みは、なんと退廃的なことであろう。 わざとらしく谷間を深々と見せつけて、細い腰をくいっと挙げながら尻をも見せて、 その肌のあちこちに浮いた切り傷やら何やらを、艶めかしい汗で塗り替えていく。 自然に息は上がる。男たちの胸に詰まった熱の塊に、女の肌は照りつけられている。 そしてゆるゆるになった紐に指を通して、するり――薄暗がりに歓声が響く。 次に彼女がすることは、期待に満ち溢れてぴん、と上を向いた桜色の乳首を、 雄どもの前で美味そうに振ってみせることだ――彼らの目は大きく見開かれ、 ぷっくりとした乳輪の、肌との境の細かな凹凸一つさえも見逃さないように睨んでいる。 再びの火照りに、女はもう下も脱ぎ捨ててしまいたいぐらいであったが――まだ、駄目。 ゆさゆさ、たぷりと重力に従って乳房が自由に躍るのをたっぷり見せつけてから、 そこでようやく、短な黒髪をざっと掻き上げ、紅くなった陰核を自由にしてやる。 ひくつきながら男たちに愛の言葉を囁く陰唇は、既に十分な湿り気を持っていて、 汗と混じって彼女の腿に、幾筋かの香り立つ川をすうっと引いていく。 両手の指先に脱いだ衣服を引っ掛けながら、女は改めて男たちに裸体を見せつけた。 見ている。髭面の男が。禿頭が。白髪の薄っすら生えた老人もいるかと思えば、 よくも入り口で追い返されなかったな、と思うような若く幼い子供もいる。 その全てが、自分の身体の――雌としての部分、奥の奥までをも欲している。 そこに彼女はぞくぞくと、言いようのない嫌悪と悦びとを覚えるのである。 あるいは彼女は、そのような剥き出しの雄性に恋していると言ってもよかった。 地上にただ一人、魔王を討ち果たし神の名を持つ竜さえも下した女が―― 今ここでは、単なる一つの肉穴として、平等に雄の欲に晒されているのだ。 お飾りの冠位やら爵位やらに縛られてどこぞの城に軟禁されてしまうより、ずっと―― “そんな人間はここにいない”ことは、彼女自身より持て余した王族にこそ都合良かった。 今宵の相手は、父親と同世代の――けれどでっぷりと肥った、醜い男だ。 尻たぶを何の遠慮もなく掴む性格がいい、臭いもいい、無駄に上手い舌使いもいい―― 夢中になって彼の唇を吸い、舌を絡ませる彼女の顔は、百年の恋人に会った乙女のようで、 それとは真逆に、ただ雄を悦ばせるためだけに彼の腿に擦り付けられる雌臭い股も、 突端ごと押し当てて彼の汗を丹念に拭き取る柔らかな乳肉の蠢きも、 たとえ金貨の袋を机に山盛りにされても、並の娼婦にはできないような真似だ。 それが雄を悦ばせる技だということを、彼女は多くの恋人たちに教え込まれてきて―― 夜毎に変わる止まり木ごとに、器用に演じ分けている、ということであった。 幼子の童貞を喰らう時には、当然別の媚び方をしてみせる―― 片手だけで跳ね飛ばせるような相手に、思いっきり組み敷かれて押し付けられて―― どれだけ強くとも、自分が雌で、雄を求めざるを得ない存在であると知らされるとき、 彼女の喉からは、甘く、蕩けた、旅の中では夢にも見なかったような高い声が出る。 男たちの喉から、低い調子で嘲りの言葉が出るとき――物理的にも生物的にも、 自分は彼らとは違う性であるのだ、ということを教えられて背筋が震える。 その最たるものが膣奥で弾けて――どろりとした物理的実体を持つと、 ただその熱の在る事実に、何度も彼女は軽く達してしまうのである。 一度射精してやるだけで、甘くぴくんぴくんと背を反らせて悶える恋人を見ると、 男たちはなんとしても、この雌を己だけのものにしたくてたまらなくなる。 すぐさま臨戦態勢を整えた槍が二度目の種付けのためにずぶずぶと沈む感覚に、 まだ腰の砕けている彼女は口先だけの赦しと――精をねだるのだ。 鏡にはより一層、むちむちと雌臭くなった肢体が映っている。 少しだけ下衣の角度を下に向けて――これは物理的な事情によるものだ。 女は潜り慣れた幕を通って、居並ぶ観客に向けてまた身体を晒していく。 ただところどころで、左右に振った身体が重みに引かれて軽くよろめくのも無理はない。 胸当てを外すと、内側にはべっとりと白い染みが付いているのがはっきりと見える。 だがそれよりも、男たちの視線は、黒々と下品に染まった乳輪に注がれていて、 雄の目がそこに集まっているのを自覚すると、母乳がとろとろ自然にこぼれ出してくる。 ぷっくり飛び出した臍には、彼女の産道を通った数と同じだけの金環が通されていて、 種付けに成功した幸運な雄は、その金輪の内側に己の名を彫ることを許されるのだ。 ちゃり、ちゃり、と三つ四つの環を指で擦り合わせながら、今宵の恋人を女は探す。 今日は胸が張ってたまらないから、思いっきり搾って飲んでくれそうな人がいい。 あの太い指はどうだろう?ごつごつした手の甲のあの男の方が上手いだろうか。 それとも案外、乳離れしたてのような少年こそが案外器用に吸うかもしれない―― 一人一人に抱かれる己の姿を思って、そのたびに女は身体を震わせ、悦びに唇を舐める。 名も捨て、立場も捨て、ただの孕み袋として多くの雄に抱かれるなんて―― それは彼女がただ一つ、本当に願ったものであったのかもしれない。