・01
電車を降りた三人の少年はそわそわしながら辺りを見回しつつもなんとか改札の外に辿り着いた。
「おいタカアキ!キョロキョロし過ぎだゼ。オレたち田舎モン丸出しじゃねーか」
「う、うるせぇ。俺たちゃは東京生まれ東京育ちだろ」
「ココはこれから戦場になるんだからな!ビビった方が負けだゼ!」
「まだ来月だよ」

「リョースケは来たことあんだっけ」
「任せて!ここのトイレなら何度も借りたからね!」
リョースケと呼ばれた優しそうな顔つきの少年が得意気に親指を立てると、二人はずっこける。

「遊びに来たんじゃないのかよ!」
「ウンコマン!」
「シュウくん、キミってば本当に子供だね」
三人の中で唯一ゴーグルをしていない少年、シュウはケラケラと笑いながら二人の友人を追い抜かして横断歩道を駆け抜けていく。

「はやく来いよー!」
「ちゃんと左右見ねぇと危ないぞ!」
振り返りながら笑顔を向けるシュウに怖いものはなかった。


・02
荒野の中心をゆったりと進む一両のデジビートルがブスンブスンと嫌な音を立ててその動きを止めた。
ハッチが開くと一人の青年・祭後終が現れて色々な所を触っているが特に何かが改善した様子はない。
「くそっ、ダメじゃねーか!」

ブロンズの側面をベシベシと叩いたシュウはため息をつきながらデジビートルに寄り掛かり、その無残な姿に合掌した。
しばらく舗装された道路は見ておらずたまに枯れた木々がポツポツとあるだけの場所だが、野良デジモンの反応も確認できる。
コレを押して進むのはとてもじゃないが無謀だ。
「シュウ~ダメそうか?」
ハッチから頭を出したのは彼のパートナー・ユキアグモンだった。
シュウの横に降りてくると目をバッテンにしたデジビートルに黙り込む。

この車体は、シュウがグレイトエンパイアなる謎の集団から格安で購入したものだった。
長期の旅にピッタリ、特別に弄ったパーツを使ってるから見た目は悪いが中身は一級品…シュウは頭を抱えてため息をついた。
「あのうるせぇメガドラモンめ…自信満々にポンコツ売り付けやがって…」
「どうするシュウ?」
「…なんとかする。ユキアグモン、ちょっと辺りを探索するぞ」
「わかったゼ!」と大声で返事をしたユキアグモンは走り出した。
「まてまて。俺を置いてくな」

「─なんもなかったなぁ」
「そうだな。なんもなかったな」
ユキアグモンは備蓄である桃の缶詰めを爪で器用に開けると中身をひっくり返して一気に食べ、シュウは駄菓子酢昆布の五箱目を開けてモソモソと噛んでいる。
シュウは考え事をしている時の癖で額を親指で叩いていると機関車の蒸気を吹き出す音がどこからか聞こえ、勢いよく顔を上げた。
一人と一匹が見たのは線路も無い地面を移動する戦闘武装トレイルモンだった。

「助けてもらおうぜ」
デジビートルから腰を上げたシュウはユキアグモンを連れて歩き出した。
シュウが声をかけると戦闘武装トレイルモンのタイヤがキュルキュルと回転し、車体が急停止した。
戦闘武装トレイルモンから顔を出したのは緑色の髪をなびかせた小柄な少女だった。
「どうしたの?」
「突然申し訳ない。俺は祭後終という物なんだが突然デジビートルが動かなくなってしまって困っているんだ…」
シュウの発言にあわせてユキアグモンが指差した方向には文字通りのポンコツが力尽きていた。

「ご覧の通り是非とも助けて欲しいんだ。よければ責任者の方とお話がしたいんだけど…」
「私がその責任者よ」
「…君が?」
「聞きたければ聞かせてあげるわ。革命を夢見たひとりの乙女・ナガトの英雄譚をね…!」
ナガトと名乗った少女は実は人間ではなく電子要請・デジルフの一人であった。
彼女はデジタルワールドの混沌蠢く現状を憂い主たる三大天使の元を離れ、Digital Salvation Generals…通称D.S.G.を設立したという。
まずはニジウラ大陸を平和にすることを目標としているが、同胞であるデジルフたちがどこかに誘拐されてしまったらしい。

「─という訳で!私たちD.S.G.はこの世界を危機から救うため、日夜奮闘しているのだわ!」
グッと拳を握り、目を輝かせながら自分たちの活動について熱弁するナガト。
一々ポーズを取りながら夢中で話を続けてくれたおかげで幸いも寝落ち中のユキアグモンには気付いていない。

「なるほど…忙しいなか見ず知らずの俺たちが足を止めてしまってすまない」
「困った時はお互い様よ!」
無い胸を貼るナガトだが、視線を左右に振るシュウを見てどうしたの?と首を傾げる。
「いや…機関長殿が話してるときにトレイルモンの中から出てきた彼等は…」
オタマモンやインフェルモンなどといった大量のデジモンがナガトの語りに合わせて声援を送ったり、涙を流したり、オリジナルの応援歌を歌ったりしていた。
ミノタルモンの打ち上げた花火のお陰で場はお祭りムードとなっており、シュウは完全に圧倒されていた。
「私の部下…つまり彼らも英雄の一人でもあり、私という一生の観客よ」
「なるほど凄い数だ。ジェネラルを名乗るだけの事はあるな」
周囲の大騒ぎにユキアグモンはようやく重い目蓋を持ち上げると目を擦り、大きな欠伸をかました。
「こほん。そろそろ出発したいのだけどいいかしら?」
「すまない。出遅れた」
トレイルモンの中から新たなデジモン…八本の腕を持ち、タコのようなヘルメットを被るウルカヌスモンが現れた。

「丁度良い所に来たわね。この子たちとそこのデジビートルを近くの町まで運ぶわ。簡単な人助けも我々D.S.G.の使命よ」
「…なるほど、俺がそのデジビートルを修理してやろう」
「いーのか!オマエいいヤツだな!」
ユキアグモンはちょこまかとウルカヌスモンの回りを跳ねて喜ぶが、その言葉には続きがあった。

「機関長はお人好しだが俺には条件がある」
「まぁ当然だな。だけど俺たちは生憎bitも少なくてね…」
デジヴァイスの画面を空に映すと、あんまりにも貧相な数字が表示される。
そんなものはいらん…とウルカヌスモンから提示されたのは捕らわれたデジルフたちの救出であった。
「なんだ、それなら俺たちから手伝わせてくれって言おうとしてた所だぜ!な?ユキアグモン」
「おう!実質タダみたいなモンだゼ!」
「幸いにも怪しい地点は絞りこめている。戦力が多いのはとても助かる」

ウルカヌスモンとシュウの会話を聞いたナガトの眼差しは険しくなり、辺りのデジモンからはゴクリと唾を飲む音がいくつも聞こえる。
「良いわ!これより私たちは同胞たちを救助するために動く!これは機関長権限による決定事項である!ある、ある、ある…」
ナガトが空を指差し、セルフエコーつきで高らかに宣言すると回りのデジモンは楽器を適当に演奏して盛り上りだす。
そんな中、一匹のゴブリモンがよそよそと現れるや地図を片手に告げる。

「ナガト機関長、我々の進路はそっちではありませんぞ」
「あ、あら…?」
「オマエってもしかしてポンコツってヤツなのか?」
「ちょっと天然っぽいだけよ!」
ユキアグモンの発言に怒鳴りながら反論するナガトを見てシュウはその発言が十分ポンコツのソレなんだと思うものの、口に出すことはしなかった。
まぁそういう所がかわいいんだよな…と目を細めるトータモンを横目にこれが天然のカリスマかとシュウは微笑んだ。
「そんじゃ機関長殿、よろしく頼むよ」
「ふっ…私の事は呼び捨てで構わないわ」
ビシッと指をさされて宣言されたシュウはちょっとだけ目を泳がせると、少し考えるフリをしてから口を開いた。
「じゃあ…よろしくな…ナガト?」
「そ、よろしくねシュウさん!」
満面の笑みを浮かべているナガトにつられて思わず笑ったシュウだった。

トレイルモンの車窓から見える光景はお世辞にも綺麗と言えるものではないが、風景が変化する速度は流石に凄いものであった。
ウルカヌスモンはオタマモンがよちよちと運んできた軽食を食べ終わるとすぐにデジビートルの修理に取りかかった。
シュウが真剣な面持ちで工具をテキパキと使い分ける彼と何か話そうとした時、一足早く声をかけられた。
「壊れている箇所は少ないな。修理自体は簡単だが…必要なパーツが入っていない。動いてたのは奇跡だな」
「そりゃ随分と豪快なミスだこと…」
シュウの脳裏にはこのデジビートルを売り付けてきた首だけのアンドロモンが思い浮かんでいた。

「目的の場所は山を少し登った所にある廃鉱山だ。少し離れた所で下ろすからお前たちで先行して何か怪しいモノを見つけてくるんだ」
ウルカヌスモンが地図を指差して説明しているとドタドタと大きな音を立てて何かが近づいてくる。

「シュウさん、私もいくわよ。王が自ら先刃を切らねば部下はついてこないわ!」
扉を強い力で開いてナガトが現れる。
大きな音はかなり厚底なブーツから繰り出されるモノだったらしい。
「いいのか?」というシュウの問いかけに「こうなったらもう聞かないからな」とウルカヌスモンが肩をすくめた。
どうやらD.S.G.の面々はナガトの事がとても大切らしく、彼女の善良さに引き寄せられて優しい組織となっているように思えた。

「荒野に冒険の風を吹かせるわ…私につなさい!」
トレイルモンから降りたシュウとユキアグモンは無い胸を張ったナガトたちに引き連れられて行動を開始した。
そこは点在する小山から溢れる水が草花や大地を潤しており、予想より穏やかな気候だった。
少し歩くと足元が舗装されていた形跡のある道となり、かつてはそれなりに行き来されていた場所であった事が伺えた。
「なぁなぁ。こっちってオレらが元々来ようとしてたトコじゃなかったか?」
「お前も気付いていたか…ここのまま進んだ所が俺たちお待ちかねのイレイザーベース予測地点だ」
「なんだそのイレイザーベースってのは」
数分に及ぶジャンケンで決まった今回のナガトの護衛・コカトリモンはシュウたちの話題に興味を示してきた。

「噛み砕いて言うなら因縁の敵がいる所で…」
シュウはリアルとデジタルを支配しようと目論むデジモンイレイザーとの敵対、彼女に捕らえられている妹・ミヨの救出、デジモンイレイザーが構える五つの拠点を攻略する事をナガトとコカトリモンに話した。
二人の旅の経緯を聞いたナガトは目を細め、むむむ…という顔をした。
「シュウさん、ユキアグさん。もしかするともしかするんじゃないかしら」
「もしかすると助かるねぇ」
シュウはナガトの言いたい事をなんとなく察しながら少しずつ歩を進める。
「もしかするってなんだ?」
「イレイザーベースにデジルフがいるかもってコトだよ」
シュウはそう堪えると木に遭難防止用の目印ヒモを巻き、取り付けられた小さな石の角度を気にしては小さなライトで光を当てていた。
ユキアグモンとコカトリモンはなるほどなぁと頷いていた。


・03
その頃、暗い部屋で幾つものモニターに囲まれたデジモンイレイザーの元に一匹のコマンドラモンが現れて姿勢を正した。
「申し上げます!鏡界のイレイザーベースに祭後終が現れました!」
「ご苦労、下がれ」
ブラックセラフィモンは報告を終えたコマンドラモンを下がらせると主の方を向いて「来ましたな」と一言だけ口にした。

「ふふ…そうだね。新しく仕入れたオモチャも試すよ」
デジモンイレイザーがキーボードをタンと叩くと一つのモニターには黒く歪んだ角を頭から生やした少女が表示された。
「ダークマターから抽出したアルカディモンのデータ…このようにお使いになられるとは我が主も流石…くくく」
ブラックセラフィモンは笑いを堪えるとデジモンイレイザーに向かい頭を下げた。

「くるくる…くるよ!プレイリモン!」
現場に仕掛けられたカメラからはワクワクと緊張が半々といった少女の声が甲高く鳴っていた。


・04
シュウたちは鉱山の内部に足を踏み入れていた。
「まさに廃鉱って感じだな」
「そうね、天井や足元に注意していきましょう」
シュウとナガトが辺りを見渡しながら歩いているとユキアグモンは鼻をヒクヒクと動かして首を傾げた。
「デジモンとは少し違う匂いだぞ…コレがデジルフってヤツか?」
「…なんか私が言われてるみたいでちょっと嫌ね」
「機関長は臭くないですぜ!」
ムッとするナガトに対してすかさずコカトリモンがフォローに入る。

「コイツ、データの残滓を鼻で観測しているから匂いと誤認してるっぽいんだ」
「な、なるほど…いや…フォローな気はあんまりしないわね…」
「この鼻が役に立つならなんでもいいじゃねーか!こっちだぜ!」
さっさ走り出したユキアグモンをまてまてと追いかけていくシュウ。
ナガトは微妙な表情を浮かべながらそれを追いかけ、コカトリモンもそれに続いた。
鉱山の奥深くへと進むにつれて辺りの景色はどんどんと変化し、岩肌の壁や天井から磨かれた鏡のような鉱石が露出し始めていた。
鏡の鉱石は辺りで反射し、まるで星空のような光景となっていた。

「ハーッハッハッハ!満足したかね諸君…ではここを貴様たちの死に場所とするがよいっ!!」
突如姿を表した人影は巨大な岩石の上に立ち、高笑いをしていた。
その人影は黒いマントと濁った桃色の鎧を身に纏い、兜の隙間からは悪魔を思わせる角が生えていた。

「我が名はネオデスジェネラルが一人、黒曜将軍オブシディアナ・アルケア─執禍(しゅうか)の角を携えし桃哭(とうごく)の抹聖騎士(まっしょうきし)である!」
そう名乗る彼女は手を素早く掲げると続けて叫んだ。
ボコッと砕ける音が聞こえると砂塵を巻き上げた地面から大きな爪を持ったデジモンの一種・プレイリモンが腕を組みながら現れるとシュウたちを睨んでいた。
「余が鋼鉄の隻眼六刃獣プレイリモンである…」

「な、なんかスゴそうじゃね?」
「シュウ!なんかスゴそうだゼ!」
若干怯えた様子でコカトリモンがユキアグモンに耳打ちするとユキアグモンは大声でシュウにそのままを伝える。
「コケーッ!敵にビビってる事がバレたらだめだろ!」
コカトリモンは怒りながら羽でユキアグモンの脇をくすぐると彼は笑いながら膝から倒れた。

「お前らお笑いやってんじゃないんだぞ…」
「余は構わんぞ…なにせ次の刹那に貴様等は感情を失うのだからな!」
プレイリモンはそう叫ぶと小賢しい虫ケラを捻り潰せ!とアルケアに叫んだ。
マントの内側から翼を展開するとスピードを出してシュウたちの方に突っ込んでくる。

「そっちが来るのかよ!?」
「余が前に出るまでも無いという事だ小僧…アルケア、デジモンイレイザー様への生け贄とするのだ!」
「っしゃあ!オレに任せろ!」
「あっ…コカトリモンも援護して!」
ユキアグモンはそう言うとアルケアに向かって走り出して雄叫びと共に飛び蹴りを放つが、アルケアはマントを翻してそれを回避する。
アルケアはユキアグモンの着地に合わせて腕の先端を変化させてから繰り出した爪を振るうが、すかさずコカトリモンが横から蹴りを入れて阻止した。
コカトリモンの攻撃を受けて吹き飛んだアルケアはプレイリモンに激突するとそのまま壁に叩きつけられた。

「あ、あれ…」
コカトリモンは困惑した様子でシュウとナガトの方を見るが、二人も同様に困っていた。
アルケアは壁から這い出すとゼェゼェと肩で息をしながそら座り込んでしまった。
続いてなんとか目を覚ましたプレイリモンはフラフラしながら穴か出るとグルグル目のまま嬉しそうに大きな声をあげた。
「やったね~葵~今回は結構うまく行ったね~」
「そうねプレイリモン…今回は貴方の突撃指示までやれたわ!」
二人がキャッキャッとはしゃいでいる所にシュウが下手に出ながらアルケアへ訪ねる。
「あの~デジルフの解放って…どうなりましたか?」
「えっ、うん…ぎゃああああっ!?ま、まだいたの!?」
「葵~逃げないと~」
二人は先程までとは全く違う人格かのようにキャラが豹変していた。

「シュウさん、この人たち一体なんなのかしら…」
シュウが名前を呼ばれたことにアルケア…もとい葵と呼ばれた少女はピクリと反応して振り返る。

「んんんん~?」
兜のバイザーを持ち上げると葵と呼ばれた彼女はうんうんと唸り、シュウの顔を睨むように凝視する。
シュウはなんだこいつ…と目線を逸らしながら少しずつ後ろに後退していく。

それは少し昔…夕日がかかりだした頃の記憶だった。
『津久井さんちょっといい?先生がね…』
教室のドアを開けた葵は先生からの頼まれ事を伝えに一人の少女・津久井深夜を尋ねた。
ふとミヨの持つスマホの画面を見ると、そこには苦笑いをしてカメラを遮ろうとする青年が表示されていた。
『その人だれ?』
『…………お兄ちゃん』
ミヨは暫く間を開けてからか細い声で一言だけ話した。
物静かだが常に何かに不満を感じていそうな顔をしているミヨが一瞬穏やかな顔をしたような気がした。

「あーっ!津久井さんのお兄さん!」
「─ミヨを知ってるのかッ!?」
シュウは血相を変えて葵の肩を掴むと大きく揺らした。
アルケアは困惑しながらもシュウに落ち着くよう必死になり、それを止めようとするプレイリモンにユキアグモンが飛びかかる。
「おまえー!葵をいじめるなー!」
「こらー!シュウに酷いことしようとすんな!」
「コケケ。お前らお笑いやってんじゃないんだぞ」
「コカトリモンが言えた立場じゃないでしょうが」


・05
「わ、私…お父さん以外の男の人に触られたのはじめて…」
「あっ葵が汚された…おまえー!」
「いやこれ鎧の上からだからセーフじゃないの?」
シュウが素晴らしい姿勢で頭を下げる前で葵は少し顔を赤くしながらねくねとしており、一方プレイリモンはワナワナと震えていた。
ナガトが宥める中、ようやく脱線した話が元のレールに戻る。

「電子妖精のデジルフっていうヤツらを探してるんだが葵ちゃんは知ってるか?」
「うーーーん。イレイザーさんが教えるなって言ってたけど…まぁいっか!」
「いいのかよ」
「葵はいい子だからなぁ~」
コカトリモンがツッコミを入れるがプレイリモンは笑顔でうんうんと首を上下に揺らす。

「ええと、ここら辺にスイッチが隠して…」
葵が床に座り込んだ時、巨岩が「グオオッ!」と咆哮をあげて揺れると全身が岩の塊となった完全体デジモン・ゴグマモンが隠れた姿を現した。
「我は鏡界のイレイザーベースを守護するゴグマモン…デジモンイレイザー様の命により貴様たちを抹殺する!」
「え、ええ~!?なに!?」
ゴグマモンが岩の拳を地面に叩きつけると地面が大きく揺れてシュウたちはバランスを崩して倒れてしまう。
ユキアグモンはコカトリモンに覆い被さるように転び、プレイリモンもあいたた…と頭を抑えていた。

「こんにゃろ!どけ!」
ユキアグモンを跳ね除けたコカトリモンが素早いジグザグ軌道で接近すると足の爪で切りつけるものの、ゴグマモンには傷一つ付いていない。
「我は完全体…即ちパーフェクト。貴様のような弱小デジモンなど歯牙にもかけんわ!」
するとゴグマモンは大きな右腕を振り上げてコカトリモンを地面に叩きつけた。
「ガアァッ!?」と悲鳴をあげるコカトリモンにプレイリモンが叫ぶ。
「おい!このままじゃコカトリモンのヤツ死んじゃうぞ!」

「─ユキアグモン!」
「待ってました!」
シュウの指示に答えたユキアグモンが大きくジャンプしてゴグマモンに飛びかかる。

ゴグマモンは残った左腕を横に凪払ってユキアグモンを捉えた。
下等なカエルの顔面が破裂する様を想像してニヤつくゴグマモンだったが、ギューーーンッ!という音と共にシュウのデジヴァイス01から放たれた光を受けたユキアグモンはソレをガッチリと掴んでいた。
「ユキアグモン進化ッ!」

やがてユキアグモンは光の卵となり、それを爆裂させるとストライクドラモンに進化を完了させた。
ストライクドラモンの両腕とゴグマモンが左腕が拮抗し合うが、ゴグマモンは右腕に力を込めるとコカトリモンを地面に押し付けて痛め付けた。

「ゴッ、ゴゲーーッ!」
シュウはコカトリモンの名を叫ぶナガトの悲壮感ある顔を横に焦りながら額を親指で押さえる。
「くそ…考えろ考えろ考えろ…!」

「だめーーーっ!」
その時、葵が腕を赤く筋肉質なモノへ変化させるとコカトリモンを押さえた右腕に爪を突き立てていた。
ゴグマモンはあまり痛がる様子こそ見せないものの、思わずその指をピクッと跳ねさせた。
コカトリモンは素早く拘束から抜け出すが、ゴグマモンは自由になった右手で葵の顔面を打った。
葵は兜を破壊されながら何度も地面を跳ねた末にようやく動きを止めた。

「あまりお遊びが過ぎるとネオデスジェネラルでも許しませぬぞ」
ゴグマモンは小さな声で遊ばれているだけとも知らぬお飾りの分際で…と続けると再び標的をストライクドラモンに選択して腕を振るった。
この時、戦いに気を取られたゴグマモンはプレイリモンがその言葉を聞いていた事を知らなかった。

ストライクドラモンは攻撃を回避すると腕を踏みつけて飛び上がり、ゴグマモンの顔面へ回し蹴りを打ち込んだ。
しかしゴグマモンにダメージはなく、そのままハエを落とすように両手で挟み込まれてしまう。
ごっ…と呻きながらストライクドラモンは地面に落下する。

「小賢しいトカゲどもよ…まとめて葬ってやる!」
シュウの手首にあるデジヴァイス01から電子音が鳴ると【カース・リフレクション】という文字が表示され、ゴグマモンの背中にそびえた大きな二つの結晶が光を蓄えだした。
ストライクドラモンは苦しそうに立ち上がりゴグマモンと相対し、防御の構えを取った直後に光は結晶から上方に向かって放たれた。
「へっ。どこ見てやがるバカヤローめ!」

ストライクドラモンはそう叫ぶが鏡のように磨かれた鉱石がカース・リフレクションを反射しながら光線を二つに分裂させてしまった。
それは幾度となく繰り返されると瞬時に弾幕を形成して雨のような光線を頭上からぶちまけていく。
光線を何度も喰らいコカトリモンとストライクドラモンは苦しみに喘ぐような声を漏らし、土煙が晴れるとそこに二匹の姿は無くなっていた、

「フハハ!消し飛んだか─ぶっ!?」
高笑いするゴグマモンの背後からコカトリモンとストライクドラモンの同時キックが命中した。
二匹はプレイリモンの作り出した穴の中に逃げ込むと光線の雨が地上を撃ち抜くなかゴグマモンの背後まで移動していたのだ。

「ネオデスジェネラルともあろうお方が裏切り行為か」
「葵に酷いことするヤツにはそんなコト関係無い!」
ほほう…ゴグマモンはニヤっと笑みを浮かべると三匹の成熟期デジモンへと突進し、再び格闘戦に突入する。
シュウは振り向くと葵とナガトの二人にデジヴァイス01の画面を見せながら話しかける。
【連携して時間稼ぎを】
「作戦会議だ。二人のできる事を教えてくれ」

「あの…普通に戦力として数えちゃってるんだけど貴女はこっちで戦っていいのかしら」
「え゙あ゙っ!そういえばそう!」
ナガトの一言にようやく自分がデジモンイレイザー側の立場である事を思い出した葵は変な声を上げる。

「ゴグマモンは仲間の筈の君を完全に殺す気でいる…それに、君の友たちを傷つけた事も許せない」
「うぐっ!」
「プレイリモン…!」
シュウの言葉と同じタイミングでプレイリモンはゴグマモンの拳の風圧に吹き飛ばされると顔を擦っていた。

「津久井さん!私やります!」
プレイリモンの辛そうな表情に心を動かされた葵は覚悟を決めた表情に変わり、その拳を強く握っていた。
そう呼ばれたシュウん?と顔を歪めるがまぁいいか…と作戦会議に入った。


・06
「じゃあ…行きます!」
葵の声と共にナガトを中心として三人が並び立つ。
その時、叫び声と共に全身のアーマーをボコボコに凹まされたストライクドラモンがナガトの方へ吹き飛ばされてきた。
シュウはナガトを突き飛ばすと身代わりにストライクドラモンから衝突され、そのまま鏡の壁に叩きつけられた。
ストライクドラモンはシュウからズレ落ちるとユキアグモンに退化して目を回し出す。

「シュウ!なんで!」
「女の子二人に守られるのは情けないからな…誰かに言う時は名誉の負傷で頼むぜ?」
血を滴らせながらニヤけ面をしたシュウはデジヴァイス01の赤外線をそれぞれにアップリンクした。
二人は頷くと自分のデジヴァイスを強く握りしめた。

「コカトリモン!」
「オーコケィ!」 
主の点呼にコカトリモンが返事をするとギターを掻き鳴らしたような音が大きく響き、光となったコカトリモンがナガトを守るように全身へ貼り付く。
やがて光が破裂した瞬間、ナガトの外見は大きく変化していた。
彼女の官帽は縦に引き伸ばされて綸巾のように変形し、上着はダボダボのロングコートになり足元まで覆い隠すほどの大きさになっていた。
さらに、空から飛来したコカトリモンの翼が変化してできた羽扇を手にすると彼女は軍師のような出で立ち…クロスアップコカトリモン形態へと変化した。

「ロード─結晶盾・双角銃!」
「僕たちもがんばるぞ!」
葵の右腕にウェズンガンマモンのレールガン、左腕にティアルドモンの盾が装着される。
プレイリモンは爪を研ぐと素早く地面の中に潜り込んだ。

「いやぁ最近の女の子って凄いな…俺が一番足手まといじゃねーか」
素早く姿を切り替えた二人の少女を前に呆気に取られたシュウは目を回すユキアグモンと共に戦いを見守る。
ナガトXCはゴグマモンの重い攻撃を回避しながら羽型の弾丸で反撃し、葵は常にナガトXCと反対の方向を取ってレールガンを撃ち放ち包囲状態に持ち込む。
しかし結晶の体を前にはいたずらにゴグマモンのストレスを蓄積させるばかりだった。
「チッ…ちょこまかと!」
「余所見してる暇があるのかしら?」
だが、ついに葵のレールガンがゴグマモンの装甲をヒビを入れた。
ゴグマモンは更に怒りのボルテージを上げ、再び背中の結晶に光を集めだす。

「─今!」
葵の声に反応し、プレイリモンが地中から飛び出してくる。
「な…ぐおッ!?」
ゴグマモンの足元は陥没し、その重い体は地面から頭と背中だけが覗く形で地面に埋まってしまった。

「成熟期が!羽虫共が!許さんぞおおおお!!」
ゴグマモンが結晶への充光を再開すると、ナガトXCはにやりと笑いながら左耳に装着していたイヤリングに触れる。
音を立てたイヤリングからは緑色の光が溢れ出し、それはナガトの持つ羽扇へと伝わるとさらに増幅した。
するとナガトXCは腕を大きく振り、羽扇に貯めたエネルギーを一気に放出した。

「「ペトラファイアー!」」
それは融合元となったコカトリモンの必殺技・石化熱線ペトラファイアーだった。
ナガトXCが羽扇から放った緑色の稲妻は光をチャージする途中の結晶に命中するとソコをじわじわと石に変換してゆく。
「ふんっ!元より岩石の体を持つ我にそのような技は無意味─いや…貴様まさか!」

ゴグマモンは結晶の石化によってカース・リフレクションをチャージする能力を失っていることを悟った瞬間、シュウが自信に満ちた笑みを浮かべてゆっくりと彼の前に現れた。
「ま、そういう事だ。頭の方はパーフェクトじゃなかったみたいだな?」

葵がレールガン、ナガトXCが風の刃、プレイリモンが爪を構えた突撃で一斉に攻撃して片方ずつ結晶を粉々に砕いた。
ゴグマモンは激痛によるブーストでついに左腕を地面から引き抜くと「貴様等全員まとめて生き埋めだ!」と叫びながら無茶苦茶に暴れだし、廃鉱山は崩壊が始まる。
「俺にはやることがある。だから葵ちゃんも、プレイリモンも、ナガトも、コカトリモンもこんな所で窒息なんかさせない─お前もそうだろ!」
「うおーーーーッ!!」
シュウの声に答えるようにユキアグモンが飛び起きると落下する岩石を避けつつ全速力で葵に接近し、その葵は盾を構えて防御体制を取った。
ユキアグモンがその盾に飛び乗ると、盾から発生した雪の結晶型バリアがその反射力でユキアグモンを天井スレスレまで高く跳ね上げた。

ゴグマモンの上空を取ったユキアグモンはそのまま落下を開始する。
射撃行動の無いゴグマモンはユキアグモンをただ待ち構えるが左腕に向かって集中攻撃が行われ、防御の構えを許さない。
「今からてめぇは羽虫以下の成長期に下されるんだ!その足りねぇ頭を垂れてなァッ!」

「オラァーーッ!ユキアグモン・パンチッ!!」
ユキアグモンは変異種防壁を左手に纏わせるよう小さく展開させると全力でゴグマモンの顔面に振るった。
格上レベルの攻撃をも防ぐバリアを脳天に押し付けられるとメギョという鈍い音が洞窟内に響き、ゴグマモンは地面に顔をぶつけて動きを停止した。

ユキアグモンは勢いのまま落下すると地面を転がるが、すぐに起き上がってシュウとハイタッチした。
「やられたフリ作戦大成功だな!」
「お前は一回やられてんだからコレは狸寝入り作戦だ」
ユキアグモンはずっと気絶したフリをしており、葵&プレイリモン・ナガト&コカトリモンの手でゴグマモンの動きが止まるのを待っていた。

「お疲れ様。一旦休んでなさい」
疲れきったコカトリモンをダークネスローダーに収容したナガトの横で喜んで勝利のダンスに興じる葵とプレイリモン…だが、洞窟の崩壊が収まる気配がないことにシュウは焦りを感じていた。
「葵ちゃん、今度こそデジルフの場所を頼む。こりゃ早く脱出しないとヤバいぜ」
「シュウの探してるタグはいいの?」
「よくはねぇな。でも今はデジルフの救出脱出が優先だ」
シュウはナガトの心配に対してあんまりにもあっさりタグを諦めると葵が開いた隠し部屋に入る。
彼女はシュウの後ろ姿をほんの少しだけ見つめていたがすぐハッとして「待ちなさい!」と後に続いた。
隠し部屋に入ろうとした時、何体ものデジルフが飛び出すとナガトに激突してそのまま彼女を持ち上げだした。

「えぇーーっ!?これ、なに!?」
「お疲れの機関長様を背負って出口まで行くそうだ。労ってやってくれ」
「シュウ~俺もあれやりたい!」
「お前は走れ」
葵・プレイリモン、シュウ・ユキアグモン、ナガト・デジルフたちは洞窟の出口に向かって走り出した。


・07
山の崩落の影響で土や岩が崩れ落ち、出口まであと数メートルという所まで来たシュウたちのすぐ後ろには巨大な岩石が迫っていた。
「畜生インディジョーンズじゃねーんだぞ!」
「僕もうムリかも…!」

シュウがデジヴァイス01を出口に向けてアップリンクの赤外線を放った。
すると光は遭難防止用のヒモに取り付けられた石に命中し、何度も何度も何度も反射を繰り返す。
「─デケェのが来るぞ!みんな気を付けろ!」
全員が大騒ぎで地面に伏せるとズンっという大きな音を立てた何かが天井に大きな穴を開けるとそのまま転がる岩を破壊した。

「こ、これトレイルモンの大砲!?」
ナガトの一言にデジルフたちはほわわ~っとした顔のまま焦りだす。
「そゆこと。ここに登ってくるまでヒモ結んでたろ?あそこに赤外線を反射してくれる石もまとめてくっつけてたんだ。つまりそこにアップリンクすると反射反射反射でついにはトレイルモンへお願いが伝わるワケだ」
シュウはしたり顔と身振り手振りでペラペラと説明すると、ナガトは上から降り注ぐ朝日を浴びながら大きなため息と共に座り込んだ。
一行は洞窟から無事に脱出し、目印ヒモをほどきながら下りの山道を降りているとシュウとユキアグモンの顔付きが変わった。

「あっ、イレイザーさん!」
影からデジモンイレイザーが現れると葵は手を振って彼女の横へぴょこんと跳ねた。
「おやおや。仲良しこよしかい?」
「色々聞きたいのはこっちだ」
「たとえば…このタグの事かな?」
デジモンイレイザーは懐から鏡界のタグを取り出すとシュウに向かって投げつけた。

「─返さねぇぞ」
「君の勝ちは勝ちさ。ボクがやりたいのは祭後終…君とのゲームなのだからね」
タグを受け取ったシュウはすかさずデジヴァイス01に収納する。
二人の間にピリピリとした空気を察してダークネスローダーからコカトリモンが飛び出すとナガトの前に立ち、イレイザーを睨む。
一触即発の空気をぶったぎったのは大はしゃぎする葵であった。

「イレイザーさん聞いてよ~今日は名乗りがうまくできたの!あっ、あとゴグマモンに酷いことされちゃって~」
「みたいだね。ボクからキミの方が立場が上なんだとよく叱っておいたからもう大丈夫さ」
デジモンイレイザーはフッと笑い、「じゃあ行こうか」という一言と共に二人と一匹の姿を陽炎のように揺らめかせる。

「おいそれよりもミヨは無事なんだろ…」
シュウの静止する声を無視してデジモンイレイザー・葵・プレイリモンはその場から姿を消した。
葵は二人と二匹に手を振っていたがプレイリモンは不安そうな表情でシュウたちを横目に見ており、シュウはその事も引っ掛かっていた。
瞬間移動の余波であろう風の渦が収まるとシュウは空間を睨みながら口の回りの固まった血を剥がした。


シュウたちは山を降りてトレイルモンたちのいる麓にたどり着いていた。
ナガトの無事に安心する者、デジルフたちとの再開に喜ぶ者、ゴグマモンとの一戦に興味を持つ者。
シュウはウルカヌスモンからデジビートルの修理が終わっている事を告げられると頭を下げた。
「なんだ。俺はお前との契約を守っただけだ」
「いや、君たちのナガト機関長を危険な目に合わせてしまった」
「気にするな。転んだくらいのケガで済んだみたいだからな」
それより…とウルカヌスモンは言葉を続ける。

「…デジルフの数が足りない?」
どうやらデジモンイレイザーに捕まっていたのは半分と少しだけだったという。
「我々は暫くここらの捜索を続ける。残念だが…」
ウルカヌスモンが地図を指差して説明しているとドタドタと大きな音を立てて何かが近づいてくる。
「同胞が戻ってきた事に変わりは無いわ!宴よ!!」
すでにオタマモンやメガドラモンたちがあたふたと準備を始めるなか、二人の元にナガトが現れた。


・08
「むげぇえんだぁあぃんのォおォ~ゆんめのォオンあとんのぉお~」
ユキアグモンはのどじまん大会という旗を立てられたトータモンの上で歌という体の超音波を発生させていた。
「ありゃひでぇな…」
通りすがりのインフェルモンがドン引きする横でシュウも引きつった表情からなんとか乾いた笑い声を絞り出した。
なぜか審査員のゲコモンたちは感動していたが、トータモンは勘弁してくれと疲弊した表情でいた。

「酒は飲むか」
ウルカヌスモンがシュウの横に紙コップを置いた。
「誘われた時だけね」
シュウはそれを受けとると会釈してウルカヌスモンに頭を下げる。

「それはいい。知り合いには酒癖が悪いヤツがいてな…会う度に困っている」
「へぇ。どんなヤツなんだ?」
「一言で表すなら馬鹿だ」
ウルカヌスモンはシュウの手元にある紙コップに酒を注ぐと、二人は軽く乾杯をした。
「飲んでるかしらぁ~?」
二人が互いの経緯について話しているとフラフラな状態のナガトが現れた。

「おい。これ…いや、デジルフだからいいのか…?」
「機関長。いつものクールなフリはどうした?」
「フリじゃなくて~!私は頼れるお姉様よ!シュウ~後でわたひの部屋に来なさ~い!」
一匹一匹と話して回る内に次々と酒を投入させられたのだろうと告げたウルカヌスモンは彼女を部屋に運ぼうと片手で拾い上げる。
大騒ぎするナガトにはいはいと手を振るうシュウはこの美しい電子の月夜をミヨも穏やかな気持ちで見れる日は来るのだろうかと、一つの心配を胸に抱えてから残った水滴を飲み干すのだった。タグはあと三つ。


おわり


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