・vsグレイドモン ─ 「貴様は何者だ」 故郷が燃え盛り黒煙を立ち昇らせる中、ブラックラピッドモンは腕の銃身を眼の前の存在へ向けた。 その視線の先には紫の鎧をまとった完全体デジモン─グレイドモンが悠然と立っている。 二振りの黄金剣・グレイダルファーを携え、静かに佇むその姿からは余裕が滲み出ていた。 パラパラと燃え落ちる草木の音が響く中、ついにグレイドモンが口を開いた。 「私はグレイドモン。貴方の持つセイのデジメモリを頂きに上がりました」 その声音には心底こちらをバカにしたような濁った感情が乗っており、彼の全身を駆け巡る警戒心をより一層強させた。 「コレは渡せない。キミからは嫌なものを感じるから」 それを聞いたグレイドモンは、あからさまに呆れたようなため息をついた。 「実力の差もわからないとは…悲しい存在ですね」 次の瞬間、鋭い衝撃がブラックラピッドモンを襲った。 何が起こったのか理解する暇もなく、彼の体は凄まじい勢いで宙に投げ出される。 数度の回転の後、頭からそのまま無防備な状態で地面に叩きつけられた。 「─ぐはっ!」 乾いた土が舞い上がり、彼の周囲に粉塵が広がる。 衝撃で意識が飛びかける中、ブラックラピッドモンは必死にもがこうとした。 しかし全身に刻まれた傷の一つ一つが…いや、それよりも恐怖が体を動かす事を許さなかった。 (勝てない…!) 「そうだ。貴方にやってほしい事を思い付きましたよ」 ───────────────── ・vsエテモン 猿田ヤスヒコ 「あちょーーっ!」 エテモンが放り投げた黒い玉・ダークスピリッツは真っ直ぐストライクドラモンへと向かっていくかに見えたが、直前で急旋回するとガソリンスタンドの壁面に激突した。 次の瞬間、轟音とともに炎と黒煙が空を裂き、爆風が周囲の瓦礫を巻き上げた。 「うおーっ!やったねエテモン!こりゃあとんでもねぇワルだよ!」 目を輝かせ、炎を背に小躍りしながらガソリンスタンドを何度も指差すのはツインテールの少年・猿田ヤスヒコ。 その隣で、大粒の汗をかきながらエテモンは拳を握りしめていた。 それは戦闘の緊張からではなく、むしろほっとしていたからであった。 (よ、よ、よかった~!誰も怪我してない!) そう胸をなでおろしながら、エテモンは勝鬨を上げるように腕を天へ突き上げた。 その動作はまるで自身の強さを誇示しているかのように見え、ヤスヒコも釣られて手を掲げる。 対するシュウは、炎を反射するゴーグル越しにエテモンの様子をじっと観察する。 何度も戦ってきたが、エテモンが本気で戦っているようにはどうしても思えない。 (あの玉が本気ならビルだってフッ飛ばす威力もあるはず。ストライクドラモンがまともに喰らえばデリートは避けられない…それなのに、どうも攻撃のコントロールが妙だ) まるで最初から狙いを外すことが決まっていたような軌道へシュウは疑念を深めるが、それはそれとして。 「コイツは不味そうだな…」 ぼそりと呟いたシュウに、ヤスヒコが振り返る。 ヤスヒコはまるでエテモンの偉業を讃えるように、火柱を上げるガソリンスタンドを指差し続ける。 「おいオッサン!エテモンが本気を出せばアレだぞ、ア~レ~っ!!」 ───────────────── ・vsブリザーモン 霜桐雪奈 シュウが都心の某駅構内を暫く歩いていると空気が突然一変した。 壁・天井・床…人さえも凍りつき、氷に覆われた照明からはぼんやりとした青白い光が放たれていた。 駅の複雑さも相まり、シュウはまるで氷のダンジョンに閉じ込められたかのように感じた。 「何故俺は無事だったんだ…あっ。待て」 デジヴァイス01から勝手に飛び出したユキアグモンが「デジモンの臭いだぜ!」と走り出してしまう。 シュウはさっさと走り出したユキアグモンを追って氷の迷宮を進んでいくと、視線の先に影が動いているのを見つけた。 「大丈夫かい?」 駆け寄ってきたシュウを見た少女は安心した顔で頷いたが、彼女の隣にいるブルコモンは僅かにこちらを警戒しているようだ。 だが彼がデジモンと共にいると知ると、状況を察したようだった。 「よ、よかった…。友達もみんな動かなくなっちゃって…」 「その友達にテイマーは?」 「はい…トリケラモンとか、ゴブリモンとか…」 「成る程…氷の特性を持つデジモンを相棒にしているテイマーだけがこの状況でも動けているワケか…?」 シュウは額を親指で押しながら思考を巡らせ、仮説を口にする。 「わっ、私!霜桐雪奈です!この子はブルコモン!」 「俺は祭後終、コイツはユキアグモン。よろしくな」 あっ…と声を出した雪奈は頭をぺこぺこと下げながら自己紹介をする。 互いに名乗り合い視線を交わしたその時、上の階から低いうなり声が響いた。 「シュウ!上だゼ!」 「私たちも行きます!ブルコモン、お願い!」 即席チームは道を駆け抜け、広々とした改札口に辿り着いた。 その時、天井から強烈な冷気を放つブリザーモンが大きな音を立ててドシンと着地した。 雪奈はブリザーモンの瞳にはただの敵意ではなく恐怖が宿っている事に気付く。 突然人間界に迷い込んでしまった彼は混乱し、結果として駅を凍らせてしまったのだろう。 「落ち着かせないと…」雪奈がそう呟きながら前に出ると、シュウはそれよりも前に出てゴーグルを装着した。 「女の子に戦わせるワケにはいかないな」 ───────────────── ・vsバステモン 鉄塚クロウ/Ms.レア 路地裏の薄暗がりの中、バステモンとストライクドラモンの鋭い爪が幾度となくぶつかり合う。 その度にキン!という甲高い金属音と砂埃が舞い上がり、シュウの視界を曇らせる。 互いの攻撃はことごとく相殺され、決定打には至らない。 ストライクドラモンは荒い息をつきながら次の一手を探すが、バステモンはそれを待たない。 俊敏な動きでビルの壁を連続で蹴って斜め上から間合いを詰めると、大きく腕を振りかぶった一撃を放った。 だがバステモンの鋭い爪がストライクドラモンの身体を貫くことはなく、間に割って入っていた一枚の黒い盾に弾かれていた。 「見つけたぜ、兄さん。一人で行くなんて薄情だぜ?」 雑居ビルの外階段に腰かけるバンダナの少年は少年は勝ち気な笑みを浮かべ、気安い口調でそう言う。 「一人じゃない。コイツもいる」 「そ~だゼっ!」 ストライクドラモンはボロボロになりながらも拳を握り締め、ガッツポーズを取りながら笑みを浮かべる。 その無邪気な声と共に歯をキラっと光らせるストライクドラモンだが、彼の身体には無数の傷が刻まれており多少の強がりが見える。 「ふぅん…なるほどね。トゲトゲ頭の坊や、ウチの上司がよく話題にするコじゃない?」 バステモンのパートナーである派手な化粧を施し、威圧的な雰囲気を纏った大男は興味深そうに口角を上げる。 ティアルドモンは一歩踏み込みながら放った強烈なシールドバッシュでバステモンの身体を弾き飛ばす。 しかしバステモンは華麗な身のこなしで壁に張り付き、盾を構え直したティアルドモンを睨んだ。 「じゃ、アタシたちもう少しホンキ出してあげようかしら」 ───────────────── ・vsベツモン 映塚黒白/唐橋チドリ/イソノインナナヨ 「幽霊~?」 「そ、そ。最近この辺りで幽霊が出るって噂、聞いたことありゅ?」 ある晴れた日、じめっとしたペットショップでシュウは酒臭いチドリの言葉に顔を歪ませた。 「今度は幽霊退治か?便利屋じゃないんだぞ俺は」 シュウは大量の砂糖が溶けきらないままのコーヒーを飲み干してから悪態を垂れていたが、結局は噂となっている廃トンネルの前に立っていた。 「シュウ~なんか寒くね?」 「あと百回くらい自分の名前を言ってくれ」 一人と一匹がひび割れたアスファルトを踏みしめていくと、その先に“ソレ”は確かにいた。 青白くぼやけつつも薄く光るその人影にシュウは眉をひそめるものの、意を決して話しかける。 「よっ。噂の幽霊さん」 声をかけられた人影が振り向くと、その顔はデジタルなエフェクトでよく見えないがとりあえずショックを受けているのは伝わってきた。 「えっ…俺が?」 「クロシロー。そんな姿でこんな所にいたら幽霊そのものだぞ」 物陰から現れたソーラーモンにクロシロと呼ばれた少年は額に手を当て、少し大げさなジェスチャーで嘆いた。 「俺は幽霊じゃなくて…何て言うんですかね…電脳体というか…」 「まぁ行く宛もなくさ迷ってるんだぞ」 「なんかかっけーぞ!オレもやる!」 「…悪いコトしてないならいいか」 シュウは眠たげな顔でそう言うが、その余裕も束の間だった。 冷たい風が吹き抜けた瞬間、空気が変わったのを感じた二人は反射的に振り返る。 【ベツモン:成熟期】 そこに立つのは青い顔をしたベツモンだったが、彼は仰向けに倒れてしまう。 やがてその腹を破りながらノイズの走った女の顔が現れ、その脇から虫のような脚を生やしていく。 ボソボソと呟いていたもう一つのの顔はトンネルに響く大きな金切り声を上げた。 「…本物かよ」 ───────────────── ・vsゴクモン 西城カズマ/猿田ヤスヒコ/チャラ男さん 砕けたアスファルト、中身を飛び散らせる自動販売機…深夜の街に破壊の爪痕が広がっていた。 「おうおう…このザマかい。情けねぇなァ~?」 ゴクモンとその部下達がニヤニヤと下品な笑みを浮かべ、シュウたちを取り囲んでいた。 シュウの腕の中ではユキアグモンのデータが今にも消えかけていた。 「ひひっ。いい姿じゃねぇの?」 「ニンゲンのデリートされるところが見てぇなぁ~っ!」 ユキアグモンの小さな体にはノイズが走り、安静な場所でデータの自然回復を待たないとデリートは免れないだろう。 だが、ゴクモンはそんなことさせないとシュウたちに向かって腕を振り上げた。 「兄ちゃん。お前にゃ何もできねェよ」 「…ヤスヒコ。オマエはもう、こんなことやめろ」 エテモンがそう言うと、その言葉にヤスヒコははっと顔を上げた。 彼は既にユキアグモンたちを庇い、その体を両断されていた。 「エテモン?」 「こんなクソみてぇな道は歩むモンじゃねぇってことヨ」 エテモンがサングラスの奥の目を細め笑うと、彼はデジタマへと還った。 「はっ。今更お寒いガキの更正ごっこか…」 「終わりかぁ。つまんねぇ~っ!」 ゴクモンの部下たちがギャハギャハと笑い合うのを見たシュウはヤスヒコの腕を掴むが、彼はその場を動こうとしない。 「ヤスヒコくん!行くぞっ!」 「逃げるのかよオッサン!エテモンが…エテモンがあんなことになったのにぃ!」 ゴクモンがニヤリと笑う。 「ほぉん?じゃテメェもブッ消してやろうかァ?」 殺気を孕んだ声が響いたその時、爆発のような音を伴って現れたバイクがゴクモンの部下たちをなぎ倒す。 キッとブレーキをかけ、バイクから降りながらヘルメットを脱いだ男は「待て」とただ一言そう言った。 その場の全員が思わずそちらの方向を向くと、雲一つ無い月光が男の姿を隠すように眩しく光っていた。 ゆっくりと前に進む彼の姿を一瞬壁が遮ると青白い光が一瞬輝く。 ゴクモンが思わず細めた目を開いた時、そこにいたのは男ではなく銀色の騎士だった。 赤きマントを纏い、槍を構える聖騎士は僅かに姿こそ違うがデュークモンそのものであった。 「ヒーロー気取りが…頭に乗るなよ!」 思わず後ずさる部下の中心でゴクモンが鋭く舌打ちし、ソレを前にデュークモンは静かに槍を構えた。 【髑髏乱舞】 【LIGHTNING SLASH】 刹那、両名の武器が強く光ると爆裂と共に打ち合った。 その余波で周囲に次元の穴─デジタルゲートが幾つも開いてゆく。 「─勝ち目は無いぞ」 「ま。俺にゃまだやることがあんだからよ…見逃してやるわ」 ゴクモンたちは深夜の街に不吉な言葉を残してその体を闇に溶かした。 訪れた静寂の中、デュークモンは槍を下ろすとヤスヒコの前にエテモンだったデジタマを置く。 エテモンがいた場所を見つめたまま何も言えないでいる彼らにデュークモンは声をかけると、彼もその姿を消した。 「君たちは…大切なものを失ってはならない」 ───────────────── ・vsティンカーモン アリエノール/MG-21号 爆ぜる光、弾ける破片─。 シャッターの奥から吹き出した爆炎が周囲を一瞬だけ白く染め上げると、逃げ惑うMG-21号たちの進路を断った。 彼女のパートナーデジモン・ティンカーモンも顔を汚しながら狼狽えている。 「ひえ~っ!ど、どうしましょう!」 「ちょ、ちょっとォ!?オジサン子供相手にマジになっちゃうワケ!?」 「へぇ。キミいくつ?」 「んん~ん…」 彼女たちと瓦礫を挟んでいるシュウは眠そうな顔と薄ら笑いで質問すると、MG-21号は汗を流しながら答えを口ごもった。 そんなシュウの隣ではいつも通りマイペースなユキアグモンが準備運動をしており、更にその横でアリエノールがロザリオ片手に満足した顔で頷いている。 「おー!こいつぁ派手にやったなー!」 「悪しき者を逃がす事など、神は望まれませんから」 「うーん…まずい奴等と出会っちまった気がするぞ」 アリエノールの相棒・黒いアグモンは過激な行動が目立つ彼女が過激な行動をする男と意気投合してしまった現状に不安を感じている。 しかし、辺りから焦げた匂いがする状況にありながらまだ余裕そうなので彼の感覚もズレていた。 「ぐへへ。MG-21様のためにここはワレワレが…」 「今こそ我々の忠誠を!」 「くそう!なんで私がこんな連中を従えなきゃならないの!?これじゃただの不審者集団じゃないの!」 シュウたちの前にMG-21号の部下であり、彼女と似た女児服を着用した成人男性達が立ち塞がる。 しかし、この混沌とした状況に彼女はメスガキ演技と忘れて悶えだす。 「もっ、もう降参でいいんじゃないでっスかね!」 「ティンカーモンはもう少し尊厳を持ってね?」 MG-21号にそう言われたティンカーモンは意を決して槍を握り直すと前に進み出る。 アリエノールもゴリゴリと低い音を立て、金属バットをアスファルトに引きずりながら歩きだす。 「ぴぎゅっ」 ティンカーモンは一瞬硬直した後に槍をぽいっと放り投げ、ブルブル震えながらMG-21号の背中に隠れてしまう。 必死にティンカーモンを励ますMG-21号をシュウたちは無言で見下ろしていた。 「が、がんばれ…がんばれっ!」 ───────────────── ・vsベガスモン トニー・ロラーン/竜崎大吾/BJ-21号/三津門玲寧 シュウが歯医者の裏口に入ると、そこはオアシス団のBJ-21号が運営する違法カジノだった。 外から壁に見えたものはすべてマジックミラーで、館内にはテイマーのいない野良デジモンたちが普通に歩き回っている。 華やかな調度品で取り繕われているが、そこかしこに滲むアングラな雰囲気は隠しきれない。 「や。祭後クン」 振り向くと、銀のコインを指先で踊らせる細身の女性がいた。 これでもかとマジシャンらしい格好をした彼女は、シュウの元同級生・三津門玲寧とその相棒・ルナモンだった。 「ようこそ…ホントに来たね」 「当然。俺、粘着質だからさぁ」 シュウは以前BJ-21号に屈辱的な負け方をし、見逃された。 玲寧はここでマジックショーを頼まれていたが、まさか違法カジノだとは知らなかった。 つまり、ココをどうにかしたいという互いの目的は一致している。 「で、勝算はあるのかい?」 「アナタの知っての通り、彼はとんでもないギャンブラーなのよ」 そう忠告したルナモンの目の先では、今まさにブラックジャックで大勝したBJ-21号が負けた客の高そうな服を次々と部下の黒服に脱がさせていた。 それを見て笑うBJ-21号とその相棒・ベガスモン…ここにおいて敗者は文字通り”身ぐるみを剥がされる”仕組みだった。 「このカジノでは持ち金が尽きると衣服が賭け金になるんだ」 「アレが敗者の…本来の俺の末路だったワケかよ」 「その通り。キミの裸も見てみたかったね」 苦笑いするシュウの横で玲寧が肩をすくめる。 「なるほどね…じゃ、あそこの人もそういうワケか」 シュウの声に玲寧がマジックミラー越しに外を見ると、そこには一糸纏わぬ筋肉ムキムキの金髪男が無言で道路の真ん中を歩き回っていた。 表情は一切変えず、堂々とした足取りで怯える通行人の視線を一身に浴びては様々なポーズを取る。 だが、彼はすぐにお巡りさんに囲まれると静かに連行されていった。 「うん…いやアレは…どうだろう…」 「どっちにしろヤってる事はヤってんだ。こっちとしちゃ大義名分ができて万々歳だ」 「祭後クン、怒ってるね」 「子供たちからはコレでも”頼れるお兄さん”で通ってるんだ。負けっぱなしは恥ずかしいだろ?」 シュウは人差し指をぐるぐると回し、ニヤりと笑う。 「じゃ、私は当初の予定どおり一発大きなショーをご覧に入れよう」 玲寧もにやりと笑い返し、握ったコインを二枚のトランプを変えて見せた。 「何か考えてるな?」 「マジシャンたるもの、イカサマのひとつやふたつはお手の物…ってコトさ」 シュウたちが共にカジノの奥へ歩みを進めた時、外には一人の大男と一匹のアグモンと共に建物を睨んでいた。 「こちら竜崎、オアシス団の違法賭博場と思われる場所を特定しました。もう突入します」 ───────────────── ・vsダークドラモン 鮎川聖 シュウが屋上階の扉を押し開けると、夜風に髪を揺らすひとつの影をそこに見つけた。 隣のビルの縁に立ち、静かに壊れゆく街を見下ろす女性は鮎川聖だった。 彼女の足元には薄汚れたCDプレイヤーが無造作に置かれており、そこから流れるのはどこまでも高揚しながらも単調な旋律。 モーリス・ラヴェルのボレロ…その音楽だけが、闇の中で執拗に繰り返されていた。 シュウはふとズボンのポケットで微かな振動を感じ、その原因の元となる板を取り出す。 ブーッとくぐもったモーターの音がするスマートフォンの画面にはたった二文字の名前が浮かんでいた。 【鮎川】 指が、わずかに震える。 それでもシュウは親指を押し付け、画面をゆっくりと上へなぞった。 電話の向こうからもボレロの旋律が微かに流れてくる。 二つの異なるスピーカーから発せられる単調なリズムが、まるでシュウを逃がさないようにと見えない檻を生んでいるかのようだった。 「私、結構貴方のこと気に入ってたの」 不意に耳に届いたのは、穏やかすぎるほどの声。 まるで、他愛ない世間話でもするかのように聖は続ける。 「言動に潜む虚無感、拭えない幸薄さ、底から覗かせる破滅願望…」 彼女の声色には、焦燥も興奮もない。 まるでこれが日常の一幕であるかのように、当たり前のことを述べているだけだった。 「貴方といたらこの町も好きになっちゃったの。だからね…壊れたらどんな気持ちになるのか、ちょっと興味があるの」 その言葉を聞きながらシュウは過呼吸になりかける息を静かに、ゆっくりと吐いた。 「俺が、貴方を止めます」 スマートフォンを下ろして視線を僅かに横へ向けると、夜の闇から一際浮く相棒と目を合わせる。 一瞬の沈黙の後、ユキアグモンは力強く頷き地を蹴った。 その白い身体はだんだんと加速しながらビルの端を駆け、飛び上がる。 空中で光球となった彼の前方には二つの影が蠢いていた。 その影は強くうねり、やがて一つの渦を形成…光と渦は同時に漆黒の雷を辺りにぶちまけながら破裂した。 【ダークドラモン:究極体】 【ダークドラモン:究極体】 現れた巨竜はその存在だけで周囲の時空を切り裂き続け、空に亀裂を走らせる。 二対のダークドラモンが月光の元、その腕に備えた巨大な槍を激突させる。 その衝撃は一瞬でアスファルトの地面と大量のデジモンを破裂させ、砕けた地面からは水や炎を溢れさせた。 瓦礫とデジタマを空は舞い上がり、赤・青・灰色…カラフルなそれらが緊迫した中に異様な空気を産み出した。 「俺も、たぶん、貴女は嫌いじゃなかった」 ───────────────── ・vsジャスティモン 木野正義/色井恋夜 瓦礫と化したビルの間に警報が響き渡るのを聴きながらシュウは走っていた。 焦げた臭いが鼻を刺し、遠くの子供たちの悲鳴に焦りを加速させる。 爆心地とも言える場所では、木野正義という男が血まみれの犯罪者を無表情に見下ろしていた。 彼は顔を腫れさせつつ意識を朦朧とさせる男と自身の靴についた血を気にする様子もなく、ただその場に立ち尽くしていた。 「木野さん…もうやめるんだ」 シュウの静かな声が響いた。 「─やめる?俺はまだ、何も始めちゃいない」 「貴方の言ってることは理解する。けど、やり方は違う」 ストライクドラモンが前に出ようとするが、シュウは手を伸ばして制した。 木野は一度ゆっくりと息を吐くと、倒れた男の顔面を無造作に蹴り上げた。 シュウは冷静なフリを努めるが、何度も響く鈍い音に拳を握りしめた。 そして、木野は底なしの暗闇ように見える瞳でシュウの方を見た。 「はぁ…オマエだって、自警団気取りで悪人を倒してきただろう?」 虚無感を携えながら薄く笑う男からシュウは目を逸らさず、はっきりとそれを否定した。 「俺はただ、嬉しかったんだ」 シュウは胸を軽く叩くと、木野が眉をひそめる。 「誰かの心からの笑顔を見るとな…ここがジーンとしてさ、なんていうか─光ったような気がするんだ」 そう言ってから少し気恥ずかしくなったのか、苦笑する。 「光…?」 木野が目を細めながら小さく繰り返した時、遠くから鳴るサイレンが近づいてくる。 パトカーのドアが蹴破られるように開き、警察官・色井恋夜が飛び出してくる。 彼は鋭い目で戦場を見渡しながら、まっすぐシュウの横に駆け寄った。 「お前の戦闘の形跡を追ってきたが…怪我人は一人もいなかった」 「当然」 「階段は壊れてないし、出口になるように壁は壊れていた。お前、狙ってやってたな?」 「ふっ、どうだろうね」 「ぶっちゃけいつも滅茶苦茶めんどくさいんだゼ!」 シュウは苦笑しながら、ストライクドラモンの頬をぺしっと叩く。 「言ったらカッコつかないだろ!」 「めんどくさいのはめんどくさいんだよーっ!」 「おいおい。もっとカッコつかなくなってるよ」 一人と一匹のやり取りに、恋夜の後ろでリアライズを完了させた彼の相棒・ピーコックモンがやれやれと首を振った。 だが、恋夜の顔は険しかった。 「…正義さん。俺を導いてくれたアンタが、なんでこんな」 かつての恩人が、今度は自分のように間違った道を進んでいる。 それとほぼ同時にジャスティモンは静かに小さな声で木野の名前を呼ぶ。 しかしどちらの言葉も木野には届かず、彼の視線が捉えていたのは目の前の"悪"だけだった。 ジャスティモンは一瞬の迷いを見せるが、ゆっくりとストライクドラモンたちの前へと立ち塞がった。 瓦礫の炎に照らされて赤く輝く木野の目を見た恋夜は、怪物となった彼を止める覚悟をした。 「…俺も貴方を止めます」 ───────────────── ・vsボンバーナニモン 三上竜馬 ビルの谷間に爆音が響く。 炎と煙の中、シュウとストライクドラモンは爆弾魔・ボンバーナニモンを追跡していた。 「ったく、手間かけさせやがって…」 「オレは暇だったから助かったところだゼ!」 シュウが舌打ちしつつなんとか瓦礫を乗り越えると、その横で軽く瓦礫を飛び越すストライクドラモン。 彼は手をボキボキと鳴らしながらそのままシュウを追い抜いていく。 《事故に巻き込まれました。遅れます》 (貴重な昼休みが台無しだよ全く…) 社用携帯から職場に連絡を送ると、ボンバーナニモンが向かった屋上を見上げながらネクタイを緩めた。 「ほらほらブッ飛びなァ!」 広いマンションの屋上ではボンバーナニモンが次々と投げた爆弾によって瓦礫が宙を舞う。 だがその破片の間をダッキングのような姿勢で素早く潜り抜けたストライクドラモンは更に加速して距離を詰めた。 【マッハジャブ】 拳が唸りを上げて連続で突き出されるが、ボンバーナニモンは奇妙な動きでソレを素早く回避してみせる。 続けて爆弾が投げつけられるがストライクドラモンは爆風の中を強引に突破すると、勢いのまま飛び蹴りをボンバーナニモンの顔面に突き刺す。 炸裂した蹴りはボンバーナニモンの体を弾き、ガシャっという音と共に高い柵に叩きつけた。 ボンバーナニモンは柵を蹴り、その反動で弾け飛ぶとそのままストライクドラモンの腹に膝蹴りを叩き込んだ。 うめき声を上げ、後退するストライクドラモンに向かって続けざまに拳が打ち込まれる。 ストライクドラモンが応戦すると拳と拳がぶつかり合い、屋上に衝撃が走った。 「ちっ。こうなったら全部巻き込んでブッ飛んでやるよぉ!」 ボンバーナニモンの頭部にある導火線がバチバチと火花を起こし、自爆の準備を始めてしまう。 シュウは目をぎょっとさせるとストライクドラモンにデジヴァイス01で指示を出す。 ソレを受けたストライクドラモンが、掴みかかろうとしてきたボンバーナニモンの腹にカウンターを決める。 ボンバーナニモンがよろめいた所に強烈な蹴り上げが決まった。 (ぐっ、蹴りの角度がズレちまってる…!) シュウの懸念通り、ボンバーナニモンの体は上空ではなく隣のマンションへと飛び出してしまう。 だがその時─轟音とともに隣のマンションの壁が崩れ、トリケラモンが現れた。 「…ぬん」 トリケラモンは自身の上に立つ少年の年不相応に低い声に答え、瓦礫を払いのけてから巨大な角を振り上げた。 角に下から突き上げられたボンバーナニモンは上空へと跳ね上げられる。 「そっ、そんなーー!」 誰も巻き込むことなくボンバーナニモン自身だけが轟音と共に爆散し、デジタマへと戻った。 シュウはトリケラモンのパートナー…黒い学ランに身を包み、無言のまま佇む彼に目を向ける。 デジタマをキャッチした彼の表情は、まるで何もなかったかのように冷淡だった。 「助かったよー!でも勉強しろよー!」 「アイツ、たまに助けてくれるヤツだゼ!」 シュウとストライクドラモンが笑顔で手を振ると、にへっとしたトリケラモンが手を振り替えす。 少年がトリケラモンの首を撫でると、彼はビルから飛び下りてそのまま去っていく。 また、子供を巻き込んでしまった…シュウはその表情とは裏腹に、心の中で負い目を感じていた。 「ほんとに…情けねぇ大人だ」 ───────────────── vsゴシップモン 滝谷陽奈美 《SSさんコンビニのプラスチックスプーン一人占め》 《SSさんチャック全開・灰色パンツ大公開》 《SSさん、抜け毛が大量》 「…は?」 夕焼けも沈みだす仕事終わり、シュウは帰路につきながらスマホを弄っていると明らかに自分らしき人物が写った謎の記事が伸びていた。 濃いモザイク付きではあるものの、周囲の視線がやけに気になったシュウはいつもより速足で帰路についた。 「こりゃ間違いなくデジモン絡みだゼ!ホントの事を混ぜてるのが厄介だゼ!」 「いや全て嘘だが」 マンションの自室でユキアグモンと話し終え、大きな溜め息をついたのと同時にチャイムが鳴った。 「す、すみません!」 シュウがチェーンつきの扉を開くと、そこには制服姿のスタイルが良い少女が立っていた。 彼女は両手でスマホを握りしめ、少し怯えたような表情をしている。 「えっと、あの。これ…貴方、ですよね?」 シュウがムッとした顔で扉を閉めようとすると、彼女は「わっ、わっ、私もなんです!!」と叫んでスマホの画面をシュウにぶつけてきた。 「ごめん。なんも見えない」 「ああーーっ!ごめんなさい!!」 《HTさん裏アカで教師を中傷!?》 《HTさん、太る》 《HTさんの男子を弄ぶ魔性のふとももはこちら》 「…っだらねぇな」 「で、ですよねぇ!確かに最近甘いものが増えてましたけど!あ、いや…」 部屋に招き入れられた少女・滝谷陽奈美は興奮しながらシュウに顔をぐぐっと近づけてくる。 「人様の信頼を弄ぶとは実に卑劣だ」 陽奈美のパートナー・ドラコモンは憤慨し、ずっと文句を足れている。 「コレはおそらくゴシップモンの仕業です!なので彼をおびき出すような、ハデな嘘をネットに広げるんです!!」 ヤル気満々で拳を握る陽奈美を見て、シュウは思わず顔をしかめた。 「…ハデな嘘ねぇ」 「はいっ!ゴシップモンは所謂バズれる情報に引き寄せられるはずですから!」 「『俺、世界を救う勇者だった!』とか投稿しても誰も信じねぇだろ」 「いいや、この情報はデジモンすらユーザーにしているのだ。胡乱なモノでもよかろう」 《ユキアグモンさん次期ロイヤルナイツ確定。渋谷駅周辺工事現場にて20時頃授与式開催。来賓:オメガモン》 ドラコモンの提案した偽の情報は数分も経たないうちに、その投稿は急速に拡散され始める。 「なぁシュウ。ロイヤルナイツってなんだ?」 「…まぁ伸びてるからよし!」 (適当に考えたとはいえ元同僚を利用するのは心苦しいな…) 渋谷駅周辺で様子を伺っていると、ついに偽情報におびき寄せられたゴシップモンが現れた。 「残念でした!貴方は謝っても許しません!」 「うるさーい!よくも騙したなぁーーっ!」 「加害者が被害者ツラとは…ケジメをつけさせてやろう」 ゴシップモンが陽奈美の言葉に体をぐねぐねさせる前でドラコモンとユキアグモンが戦闘の構えを取る。 シュウはイラつきながら溜め息を吐くとゴーグルを装着した。 「謝罪文は画像でツイートすんじゃねぇぞ」 ───────────────── vsデビドラモン 千本桜冥梨栖/MKT-820号/優木才 「シャウトモン様の食べっぷりを見たか!!おかわり!!」 「オレも負けられねぇ!!おかわりだゼ!!」 「うるせぇ!お前らちょっとは静かに食え!」 ここはえげつないデザインの眼帯をした店長とその相棒・オーガモンが経営するデジモン同伴可能のラーメン屋。 シュウは先日の会話どおりMKT-820号たちと向かい合いラーメンを啜っていた。 「私はもうお腹いっぱいだ!!」 「安易な大盛りはやめろって言っただろ!」 「はーっ?貴様が食べれば無問題だがー!?」 私服姿の彼女は自分のどんぶりをシュウの前に押しやり、腕を組んで得意げに笑う。 まるで策略が成功したかのように凄まじいしたり顔だ。 「シュウが一番うるせーぞ」 「そうだそうだ」 「無職はやはりマナーがなってないな」 「こいつら…」 騒がしい食事を続けていた時、店の壁が爆音とともに日常は砕け散った。 瓦礫と土煙の向こうから異形の黒竜・デビドラモンたちが鋭く赤い瞳で奥の客…ラーメン屋には似つかわしくないお嬢様風の少女を睨んでいる。 「な、なんだ!?地震かぁっ!?!?!?」 「お前は地震よりも自身の声の大きさを気にしてくれ」 「は?」 「うわぁ急に落ち着くな!」 「千本桜冥梨栖─ここにいたか!」 「あら。見つかってしまいましたわね」 冥梨栖は落ち着き払った表情をパッと崩し、目を潤ませて怯えたように震えてシュウの腕にしがみついた。 「た、たすけてくださいまし…!」 「んんんー?キミ何したの!?」 「なにもしてませんわ!ただのしつこいストーカーですわ!」 「ストーカーが壁ぶっ壊してくるかなぁ!?」 「しますわ!彼等は私を殺し足りないだけみたいですわ!」 「ごめん今なんて言った???」 「…えっなんですかこの状況は」 「俺が聞きてぇよ…」 騒然とし過ぎる店内に困惑したデビドラモンはそう言うが、シュウも困るばかりでなにも言えない。 「その女を庇うならキサマらも始末すぶべっ!」 二匹目のデビドラモンが言葉を最後まで発するよりも早く、シャウトモンの飛び蹴りがその顔面を打ち抜いた。 そのままの勢いでデビドラモンは吹き飛ばされ、店の壁に三つ目の入り口を作った。 「はーっはっは!26歳・無職!貴様が辛そうにしてて大変心地がよい!我々はこの騒動に乗った!」 「喧嘩上等じゃねーかっ!!!次はどいつだーーーっ!!!!?」 「いい心構えですわ!」 「…次は無いからな!?」 シュウは舌打ちすると冥梨栖の手を引き、ユキアグモンと共にその場を離れようとする。 騒ぎを避けるならここは逃げの一手が得策だ。 「おいシュウ!逃げるのか!?せっかくの大乱闘だゼ!?」 「あのな!俺たちはただラーメンを食いに来ただけなの!!」 だが、彼らはこの少女がただの厄介者ではなく”幽霊でありデジモンでもある”ということをまだ知らなかった。 「あの…うちの店の壁…」 .