・01 祭後終と結城啓明が初めて友達になったのは、小学校の放課後だった。 二人は床にランドセルと教科書を散らかしたまま並んで座り、ゲームのコントローラーを握っていた。 画面の中では激しい戦いが繰り広げられ、シュウの指先は正確にキャラクターを操っていた。 「お前、やっぱすげーな!」 タカアキの輝いた顔は夕方にありながらまるで太陽みたいに明るかった。 シュウは顔を少し赤くしながら、コントローラーをぎゅっと握りしめる。 「い、いや…コレはたまたま運が良かっただけで…」 その言葉とは裏腹にシュウの操作に迷いはなく、苦戦の様子もなくチームを勝利させていた。 タカアキは「決めた!」と大声を上げながら立ち上がった。 「お前、俺たちのチームに入れるぞ~っ!」 言うが早いか、タカアキはコントローラーを片手に玄関まで走り出した。 「は?えっ?ま、待てよ!」 シュウは慌てながらも無意識に啓明を追いかけ始めた。 だが途中でランドセルを背負っていないことに気づき、部屋に戻ってそれを掴むともう一度駆け出した。 「かーちゃん!ちょっとリョースケのトコ行ってくるぜ!」 タカアキはまだ完全に暗くなっていない空の下を、振り返りもせずに駆けていく。 その背中は夜空の一番星に照らされ、その明るさも真っ直ぐさも自分には到底届かない場所にあるような気がした。 シュウはこの日、この瞬間に初めて「友達」と呼びたい存在を得たと感じた。 タカアキの笑顔は自分を孤独から救いだしてくれた存在であり、見上げた先にある星の光そのものだった。 ・02 集合住宅の密集する一角、早朝の薄い雲の下で傷だらけの白い竜・ユキアグモンを見つけた青年・祭後終は唖然としていた。 現実離れした存在の彼だが、その苦しそうな息遣いや傷口は紛れもなく現実だった。 シュウは迷った末、自分の部屋で手当てをしていた。 「消毒液とか効くのかこいつ…?」 「んあ…オイ!ニンゲン!触るんじゃねーっ!」 アホ面で寝ていたユキアグモンは体の違和感に飛び起きると、鋭い声を上げてその手を払いのける。 シュウは子供のような態度をする彼をため息混じりに見下ろしていた。 「ったく。怪我してるくせに強情だな」 シュウは苦笑しながらも、それ以上無理強いはしなかった。 ユキアグモンは視線を逸らし、ふんっと鼻を鳴らす。 「オレはな!助けてもらったわけじゃねえ!動けなくなってただけだ!」 「はいはい。あ、俺は祭後終な。よろしく」 「オレ、ユキアグモン…あっ。なんでもねぇ!」 軽く流しながら道具を片付けるシュウに思わず自分の名前を名乗ってしまったユキアグモンは顔をブンブンと振った。 夜、月明かりが差し込む部屋の中ユキアグモンはそっと身を起こした。 ユキアグモンは小さく息を吐き、ソファで眠るシュウを横切ると窓から外へと抜け出した。 (オレは誰かに頼るつもりなんかない…一人で最強になる…) そう思いながら暗闇の中を行く宛も無くさ迷っていたが、彼の逃亡はすぐに終わりを迎えた。 「クク…ようやく見つけたぜェ」 背後からの息遣いに彼の背筋はぞくりと凍る。 暗闇の奥、鋭い牙がぎらりと光った。 赤毛の成熟期デジモン・ファングモンが獲物を狩るような嗜虐的な笑みを浮かべながら、ゆっくりと歩み寄る。 その殺意に晒され、ユキアグモンの足が震えた。 (あぁ、まただ…) 生まれ変わる前の自分…恐怖の記憶が呼び覚まされる。 コマンドラモンだった頃、戦場で見捨てられた記憶。 逃げ惑い、そして無慈悲に消えた過去の仲間たち。 心の奥底に焼き付いた敗北の痛みが、転生してもなお全身を貫く。 デジモンは生まれ変わっても記憶を保持していることがある…彼はそんな特性をこれ以上なく恨んでいた。 そんな臆病で弱い自分を変えるために戦いに明け暮れていた。 だが、ファングモンはユキアグモンのそうした心理を見抜くと日々の憂さ晴らしのオモチャにすることを決めた。 「ハッ、オモチャが勝手に逃げるとはなァ…テメェ、立場ってモンがわかってねぇみてぇだな?」 ファングモンの執着は、ユキアグモンを追ってどこに行くかわからないデジタルゲートへ飛び込む程に強かった。 その末、ついにリアルワールドでユキアグモンを見つけるほどの剛運をも待ち合わせていた。 牙を剥き出しにして笑うファングモンの視線は、まるで逃げ場などないとでも言うようにユキアグモンを絡め取る。 恐怖と怒り、そして逃げられない現実にユキアグモンの喉がゴクリと鳴った。 ファングモンは獰猛な笑みを浮かべ、じりじりと動けないユキアグモンに対して間合いを詰めてくる。 ─その時。 「…おい、そいつから離れろ」 肩で息をしながら、傘を手にしたシュウが現れた。 ・03 「ニンゲン…?」 「勝手に…夜出歩くんじゃねぇっての…町中走りまって…ゴホッ…マジ勘弁してくれよ…!」 シュウはユキアグモンを背後に庇い、ファングモンと対峙する。 ファングモンの爪が一閃─シュウの傘はあっさりと弾かれ、無惨に宙を舞った。 そして、ソレをへし折るとニヤニヤと下品な笑みを浮かべた。 「はっ。怖がらせたい訳かよ…お気遣いどうも」 人間とデジモンの力の差は圧倒的…それなのに苦笑いをあげるシュウにファングモンは僅かにイラついた。 彼は紙一重で回避できる程度の精度と早さで攻撃を行い、次々とシュウの体に切り傷を作っていく。 「やめろニンゲン!どうしてそこまで…」 初めて出会ったばかりの人間が、なぜここまでしてくれるのか…ユキアグモンは思わず叫んだ。 「昔の俺に似てるんだよ」 シュウはひとりぼっちという程ではなかったが、友達と言える人物はいなかったかつての自分を思い出した。 そして、あの笑顔を思い出したシュウは改めて誰かの…いや、全ての光になりたいと拳を握りしめた。 「それに、もう長い付き合いだしな」 ファングモンはシュウが言葉を言い切るよりも早く体当たりをぶちかます。 シュウの体は吹き飛び、背後の壁に叩きつけられる。 鈍い衝撃音、じわりと彼の額から血が滲んだ。 死にかけるシュウを見たユキアグモンの頭の中で、一筋の電撃が走るように何かが弾けた。 「うあああああ…ああああああ──っ!!」 ユキアグモンの瞳に力が宿り、大きな叫び声を上げた時…シュウの手首に光る何かが巻かれる。 やがて光が弾けると、彼の右手に巻かれていた時計のような装置の画面に文字が表情された。 「”デジヴァイス01”─って、なんだ!?」 ユキアグモンの体が絶叫と共に凍てつく光に包まれる。 氷の結晶が空中を舞い、やがて巨大な卵のように彼を覆った。 卵から放たれた光の反射に辺りの空間は僅かに青く染まり、その様子にシュウは固唾を飲んで見守ることしかできない。 ほどけた青いベルトが赤い布に再構築され、装着される。 引き伸ばされた四肢は細身だが筋肉質な物に変化する。 全身から溢れかけるエネルギーを抑え込む様に金属の板が全身に張り付く。 漲る闘志に反応するように発光する赤い紋章が胸に刻まれていく。 そして次の瞬間─氷が砕け散り、蒼き焔が爆ぜた。 【ストライクドラモン:成熟期】 ・04 デジヴァイス01は音を立てながら文字や数値を羅列していき、その中心にはストライクドラモンの全身図が大きく回転表示される。 ”STRIKEDRAMON”、”����”…全身図の周囲には様々な言語で彼の名前を写し出していた。 そして、もう一つ目につく単語がシュウの目線にはあった。 「DEGIVOLVE(シンカ)…!?」 「あぁ。今のオレはストライクドラモン!」 夜の闇を裂くように力強い声が響く。 ユキアグモンが進化したその姿こそ、金属のプレートで全身を覆った鋼鉄の竜戦士・ストライクドラモンだった。 赤い髪が燃え上がるように揺らめき、鋭い爪が大地を強く踏みしめていた。 「その声…まさかユキアグモンか?」 「おう!今の俺は…負ける気がしねぇッ!」 驚きの声を上げるシュウの前でストライクドラモンはニッと笑い、拳を握り込む。 対するファングモンは低く唸りながら、鋭い牙を剥き出しにする。 彼は地を蹴り、赤狼の残像を伴ってストライクドラモンに素早く迫った。 「進化したところで関係ねぇ!テメェもニンゲンもいたぶって遊んでやる!」 素早く周囲を旋回しながら打ち込まれる格闘や、口から放たれた瘴気弾が何度もストライクドラモンを直撃する。 ヒットアンドアウェイ戦法でじわじわとダメージを蓄積される事にストライクドラモンが焦りを感じた時、シュウのデジヴァイス01が新たな輝きを放った。 「《アップリンク》文字盤で入力した文章を赤外線でデジモンに送信し、口を開くことなく指令(コマンド)の伝達が可能な機能…?」 シュウが思わず画面に表示された解説を音読すると、空中にはテンキーのような形状をした文字盤が浮かび上がっていた。 そして…遠巻きに見たファングモンの攻撃パターンが実は単調であることにシュウは気付くと、文字を入力してアンテナのようなパーツからストライクドラモンへと送信した。 赤外線を受信したストライクドラモンは脳に直接行動が流れ込んでくる感覚に体を一瞬怯ませる。 その隙を狙った攻撃に後ずさるものの、すぐさま態勢を立て直したストライクドラモンは笑顔を絶やさない。 「ついにブッ壊れ…ぶべっ!?」 その時、飛びかかってきたファングモンの顎に拳が捩じ込まれた。 ファングモンは唾をゴボッと吐きながら横転し、地を転がった。 【ファングモンの跳躍後、一秒後に半歩引いてから拳を振り上げる】 シュウの直感とデータ分析がストライクドラモンの拳と重なり、その一撃となったのだ。 ストライクドラモンが更に力を込めると、その後ろ髪が青白い炎へと変わり始める。 その姿を見たファングモンの黄色い目は恐怖に揺れつつも、低く唸りながら周囲の闇を集めたような黒霧を発生させた。 邪悪な気配を拡散させてその姿を消したが、一人と一匹が迷うことはない。 「そんな小細工は通じない!」 シュウの指が再びデジヴァイス01を走り、【霧の中心へ直進、最大火力】と指示(コマンド)が送信(アップリンク)された。 その指示を受けて一気にストライクドラモンが踏み込むと、青白い焔を纏った拳圧が闇を裂いて霧を吹き飛ばした。 それと同時にデジヴァイス01から大きな電子音が鳴ると、その画面には【ストライクファング】の文字が表示されていた。 拳型の大穴を開けられたファングモンは悲鳴を上げる余力もないままそのデータを崩壊させ、卵のような物体へと変化した。 既に動きのパターンを読まれており、ファングモンの狡猾な戦法は崩れていたのだ。 戦いが終わった確信を持ったシュウは唾を飲み込むと、フラつきながらストライクドラモンの背中を叩いた。 「よくやった、ストライクドラモン…!」 ストライクドラモンは静かに炎を消し、シュウの方を振り返る。 彼の柔らかい笑顔は星明かりに照らされており、そんな彼の顔を見たストライクドラモンも釣られて笑顔になった。 仮面の下の瞳には、確かな信頼と絆が映っていた。 おわり .