クリスマスが過ぎ、年が明けても、エルダーワイズモンが目覚めることはなかった。 探偵くん…いや、令善くんとのデートは楽しかったけれど、私はそれがずっと気がかりだった。 鏡華さんのこと。私がずっと探していた人……お母さんのことを…早く知りたかった。 そんな中、その時は訪れた。 ━━━━━━━━━ elderwisemon$_ リソースの修復を実行_ デジコアの破損箇所を検索_ ERROR:処理能力の著しい劣化 まずい、ダメージを受け過ぎた。 このまま二人を放っておいて消滅するわけにはいかない。 …理論上のものでしかなかったが…錬金術を処理に使用するよう私のデジコアのプログラムを書き直して強引にオーバーライトを実行するしかない。 通常の錬金術の行使に支障が出るかもしれないが…仕方ない。 ━━━━━━━━━ 突然、ほむらのパソコンが光り出した。 その光景は、凶兆のようにも、吉兆のようにも見えた。 「お…おいほむら!!」 とにかく、俺はほむらを呼んだ。 「なに〜シャウトモ────…!」 「リアライズ完了…記憶データに欠落なし…成功…か…?」 画面から這い出るようにして、奴は再び俺たちの前に姿を現した。 「……ほむら。あれから…どのぐらいが経った?」 「…ひと月…です。」 「そうか…まだ…どの未来にも達していない…か。…その焦げ跡は?」 そいつはテーブルを指差す。 「えっと…私が初めて錬金術を使った時に…燃やしちゃって…」 「フフ……そうか。そんなところまで…やはり君は鏡花によく似ている。」 「え…?」 「鏡花が初めて使った錬金術も…炎を操るものだった。彼女は絨毯を焦がしてしまってね…懐かしいよ。」 「オイ、こっちにも聞きたいことは色々あんだ。質問ばっかしてねえでよ…話してもらおうじゃねえか。色々とよ。」 「ああ、そうだな。改めて…私の名はエルダーワイズモン。出海鏡花、君の母親のパートナーデジモンだ。」 「…やっぱり…そうなんですね。鏡華さんが…私のお母さん…。」 「そうだ。良く辿り着いてくれた。」 そいつは微笑んでいた。 「……まず…聴きたいことがあります…どうして…鏡華さんは私を…捨てたんですか?どうして私に正体を明かさずに今まで助けてくれていたんですか?どうして…?」 「………それは…君の産まれに原因がある。鏡花と私の犯した…重すぎる罪の話だ。君も…知らないほうが良いかもしれない事だ。それでも…聞くかい?」 「はい、覚悟はあります。知らないで苦しむのは…もう嫌なんです。」 エルダーワイズモンが語りだした内容は…とても信じられらないようなものだった。 ━━━━━━━━━ 私と鏡花が出会ったのは、もう30年以上も前の事だ。 その当時、彼女は病弱だった。そんな彼女の唯一の楽しみが、本を読むことだった。 身体が弱く外に出られないという鬱憤は、強い知識欲へと昇華されていたのだ。 そんな強い欲望に、私は引き寄せられた。 「だ……誰?」 「私はワイズモン。時空を超え、あらゆる叡智を知る者だ。君の強い知識欲に興味を惹かれた。求めよ。私は君の望むだけ、知識を提供しよう。」 求めに応じ、知識を提供する。それが私の存在意義だった。 「ワイズモン、デジモンってなんなの?」 「ワイズモン、どうして私は体が弱いの?」 「ワイズモン、人間はどうやってこの姿になったの?」 「ワイズモン、この宇宙はなぜ生まれたの?」 彼女はひたすらに知識を求め、私もひたすらに応じ続けた。 存在意義を果たせているということ以上に、私の知識で鏡花が思考し、考えを広げていく様を見るのが幸福だった。 それから数年が経った。成長し人並みには外に出ることができるようになった鏡花は、もう一つの強い欲望を表し始めた。好奇心だ。 「ワイズモン、どこまでなら内臓を失っても生物って生きられるのかしらね?」 「ワイズモン、人間は…どこから人間なのかしら?」 それが一線を越え出すのに、そう時間はかからなかった。当時の私はその一線を越えた好奇心を悪だと思わなかった。今も…それを否定するつもりはない。 「ワイズモン、質量保存の法則…どうにかして覆せないかしら?」 私は、鏡花に錬金術というものを教えた。 彼女はいまだ人類が到達していない、新たな領域に手を伸ばし始めたのだ。 「万物よ…我の望みに従い、その姿を変えよ!」 さらに数年が経ち、彼女は賢者の石をも作り出していた。 デジモンを進化させるように、ありふれた物質を金に進化させる力を持った石を見事作り上げてみせた。 「素晴らしいよ鏡花。君は…至高の錬金術師だ。」 彼女はそれで満足することはなかった。 鏡花は、人間を作ろうとしていた。 最初は容易に手に入る豚肉や牛肉を素材に実験を行った。 錬成は失敗した。 次に彼女は、まだ生きている魚や鳥、野良猫を素材とした。 錬成されたものに、命が宿ることはなかった。 しかし彼女は成し遂げた。研究の末に奇跡を起こした。 錬成は成功した。生み出された赤子は、産声を上げた。 彼女は確かに、命を創り出した。 それが君、出海ほむらの生まれだ。 君と鏡花が分かたれたのは、そのすぐ後になる。 「ワイズモン…ど…どうしようかしら…こんなに小さい状態で錬成されるなんて…」 「落ち着くんだ鏡花、まずは体温を確保して─────」 「鏡花…何をしているんだ…それは…⁉︎」 「お父様⁉︎違うのこれは…」 「なんてことをしてくれたんだ…!」 鏡花の両親は、君を鏡花の手から奪った。 彼らは、不純な行為によって鏡花が密かに身籠ったのだと思ったようだった。 どうやら人間の認識において、未婚の母というものは世間体が悪い。…らしい。 彼女の両親は鏡花とほむらのことが世間に露呈することを恐れた。 だから君は、鏡花の親戚筋に預けられることになった。 鏡花の両親は親戚中に色々と恩を売っていたようで…口止めも容易かったらしい。 ━━━━━━━━━ 「そんな…ことが…」 ほむらは立っていられなくなったのか、倒れるようにソファーに座り込んだ。 「オイオイオイオイ。そん時ソイツいくつだ?」 ブラックシャウトモンは口を挟まずにいられなかった。 「たしか…中学生か高校生だったか。」 「いくらなんでもおかしいだろ!どうして子供がそんな事してるのに親は何もしなかったんだよ!?」 「…鏡花の両親は、忙しい人間だった。だから彼女の行為に気がつくことがなかった。…鏡花の身の回りの世話は家政婦がしていたよ。そのせいか…彼女はあまり親と言うものを好いていなかった気がする。」 「私は…人間じゃないんですか…?」 彼女の声は、震えていた。 「君は人間だ。君は今まで普通に成長し、普通に病気になる事も、普通に怪我をする事もあったはずだ。錬金術への適性が高い以外、君は紛れもなく正常な人間だ。君は今まで生きてきて、自分が人間でないと感じたことがあったかい?」 「それは…ありませんでした…けど…」 しばらく沈黙が辺りに流れる。 「…エルダーさんは…どうして私のことを鏡華さんの娘だって言い切れるんですか?」 「…君が創られる際、鏡花は他の素材を再錬成する際の根幹に自分の血液を選んだ。ガブモンが纏ったガルルモンの毛皮に影響を受け進化するように、それは少量でも全体に影響を与えている。君の遺伝情報はそのほとんどが鏡花のものだ。」 ほむらは質問を続ける。 「あの…鏡華さんは…私を作る時…他に何を使ったんですか?あるものって…一体…」 「…人を造るには人を使うしかなかった。万物の相互錬成を達成しようと、他の物から人を作ることは困難だった。」 「じゃあ、私の体って…」 「…君を錬成するために使われたのは…人間だ。」 エルダーワイズモンから明確に真実を伝えられた彼女は、先ほど聞かされた話もあり、さすがにショックを受けていた。 「えっと…あ……あの……ごめんなさい…私…全然覚悟なんて出来てなかったみたいで…」 ほむらは体の震えを必死に止めようとする。 「すまなかった。やはり…教えるべきでなかったのかもしれない。…だがこれだけは伝えておきたい。鏡花は君のことをちゃんと愛そうとしていた。君は捨てられてなどいない。…どうか…鏡花を許してあげてほしい。恨まれるべきは…私だ。」 「い…いえ、いいんです。知れてよかった。でも…やっぱり…ちょっと飲み込むのに時間かかりそうで…すみません…」 「君には伝えなければいけないことがまだたくさんある。だが…話の続きは…また今度にしようか。私の体も…まだ本調子ではない。」 エルダーワイズモンはそういうと、再びPCの中へ消えていった。 それを見た彼女はふらついた足取りで立ち上がり冷蔵庫を開けると、テキーラをビン一本一気に飲み干した。 「待て待て待て!バカみてえな呑み方してんじゃねえよほむら!?」 ブラックシャウトモンは慌ててそれを止めようとしたが、彼女はすでに2本目に手を伸ばしていた。 「んっ…んっ…ぷはぁ…うっさいなー…私…こう言う時の気の紛らわせかた…お酒飲むかセックスするかしかわかんないよ…」 半開きの冷蔵庫の横に座り込むほむら。 「俺だってよ…こう言う時なんて言ってやればいいとかわかんね「じゃあこっちきてよ。」 彼女はシャウトモンの言葉を遮り、手を広げる。 「わ…わーったよ…」 彼を自分の足の間に座らせ、そのツノを掴むほむら。 「シャウトモンってさ〜ここ感覚あるの?」 「あるに決まってんだろ?ってかくすぐってえよ…」 彼女は酒の肴とばかりにブラックシャウトモンのツノを弄りながら、今度はジンを煽っていた。 「………あのさ、シャウトモン。私、自分がまともな生まれじゃないんだろうな〜ってことは…わかってた。でもさ…ホムンクルスだとかそう言う話になっちゃうとさ…もうよくわかんないよ…」 「俺だって全然わかんねえよ…」 「やっぱり。エルダーさんが話してる時、いつもより静かだったもんね〜。」 ほむらは彼を茶化すように、少しだけ笑った。 「……こうやってデジタルのモンスターと一緒にいてさ、錬金術も使えるようになっちゃってるからさ。自分がそう言う生まれだって言われて…否定できる要素…ないよね。あ…2本目もなくなっちゃった…新しいやつ…」 「やめとけ。それと冷蔵庫は開けたら閉めろよな。」 「えー…いいじゃんもう一本…あ、そうだ。」 彼女は立ち上がり、冷蔵庫からボトルを取り出す。 「だからやめとけって…近くにいるだけで酔いそうだよ俺…」 「大丈夫〜。ほらこれ、甘酒。君でも飲めるはずだよ?」 グラスに注がれた白い液体を渡され、ブラックシャウトモンは興味深そうに口をつける。 「……お。これ…結構美味えな」 「でしょ?これ結構良いやつなんだから」 「…でもよ、なんでこんなモンを?」 「だって、1人で呑むより一緒に呑みたいじゃん?」 ━━━━━━━━━ 「………Zzz…」 「嘘でしょ…甘酒1杯で寝ちゃうってさ…」 シャウトモンがお酒に弱いのは知ってたけど…流石にこれは予想外… 酒粕のやつにしたせいかな…? 「これじゃ結局1人で呑むのと変わんないじゃん…」 やっぱり…1人で受け止めるには…ちょっとキツいな… 私がホムンクルス…か。 私…誰かを犠牲に作られるほど価値のある人間なのかな。 鏡華さんはなんで今まで私を助けてくれてたんだろう。それも遠回しに。 そんなことをアルコールが入って蕩けた頭で考えても、わかるはずがなかった。 そもそも私は鏡華さんの事を知らな過ぎる。 …やっぱり聞こう、話の続きを。 「俺様が…戦う……」 なんか寝言まで言ってるし。こりゃ朝まで起きないな、シャウトモン。 「守ってやる………からよ…」 「……君に守ってもらわなくても、大丈夫だよ。」 むしろ…私が守ってあげないとな。