『生娘より新鮮』『肝臓を静める』『清い健康より楽しい酒』などが書かれた巨大なネオン看板が建ち並ぶネオカブキチョの一角にある小さな店があった。店内は騒音に猥褻などが溢れる賑やかなアトモスフィアとは違い、天井からぶら下がるいくつもの証明が奥ゆかしい色の光で店内を照らし、各地で集められた酒が酒棚に並び、何より目を引くのは壁に掛けられている躍動感と迫力のあるツーヘッズイーグルの墨絵であろう。 シャカシャカシャカ バーテンダーが一定のリズムでシェイカーを振る音が店内に響く。そのバーテンダーは鮮やかな黒と明るさを感じる黄色を合わせた和服を着用している。清楚ながらどこか華やかさを感じられるその姿は貴族という言葉が似合う。 彼女の名はハプスブルク。ニンジャでありこの店【ドナウ・フェデラル】のバーテンダーである。その胸は普通であった。必要な時以外ではニチョームとは距離を置いており、普段はここで酒やちょっとした料理を提供している。決して繁盛してるわけではないが、この奥ゆかしいバーを気にいている固定客をいくつか獲得しており、その経営は常に安定している。今は閉店から間もない時間帯であり、ハプスブルクは試作型のコブチャカクテルを作っていたところだ。いつもであればこんな時間に来る客はいないためシェイカーを振るのに集中していたハプスブルクだったが。 チリンチリン 「イラッシャ……」 客が入ってきたのを示すドアベルの音を耳にし反射的に接客をしようとしたハプスブルクだったが、来客者を一目見て表情が少し歪む。そこには三度笠を被った長身の女ニンジャが笑みを浮かべながら入店していた。 「ヘヘへ…ドーモ、ハプスブルク=サン、ちょっと頼」「帰れ」「ま、まだ何も言ってないじゃないでやすか!」 この女ニンジャの名はブライカン、この店に来ては金と酒をせがんでくる迷惑客の中でも指折りの存在であり、湾岸警備隊時代を共にした仲間である。 「貴様のことだ、どうせギャンブルにでも負けて金が無くなったからせがみに来たんだろ」「いやまだ負けてはねぇですよ!あと少しで勝てたところだったんですって!ただその為の軍資金が切れたので少し金を貸し」「イヤーッ!」「ンアーッ!?」 喋ってる最中のブライカンにハプスブルクのカラテが顔面に直撃した。ブライカンは吹っ飛び壁に衝突、そのまま鼻を抑えながら壁を寄りかけている。 「さ、流石ハプスブルク=サン…カラテするその姿も美しいですぜ…アーイイ…」「…ほんと貴様はどうしようもないクズだな」 ブライカンの眼差しはどこか興奮してる様子であり、実際達していた。彼女の性格をよく知っているハプスブルクはそんな状態のブライカンを腐ったミカンを見下ろすような目つきで睨み、ブライカンはその視線に興奮しまた達した。怒りの感情が呆れに移ったハプスブルクはブライカンを無視し再びシェイカーを振り始める。 「ハプスブルク=サン…実際もう五日は飲まず食わずの状態でして…このままだとカロウシしてしまうんですよ…」「…」 いつのまにか土下座の態勢をしていたブライカンは懇願するかのようにしゃべり続ける。ハプスブルクは無言だ。 「共に過酷な訓練を共にした仲間じゃねえですか…どうかお恵みを」「おい」 その声に応じブライカンが顔をあげると、そこにはコブチャカクテルが注がれたグラスが置かれていた。 「あとで料理も作るから試食に付き合え、下手な感想を言ったら海に沈める」「アァ…!ブッダ!流石ハプスブルク=サン!あたしは信じていやしたよ!」 さっきまでみっともなく金をせがんでいたのとは打って変わり歓喜の声をあげるブライカン。その様子を見てハプスブルクは溜息を吐きながらも純粋に喜んでるブライカンの様子に思わず笑みがこぼれた。無論、こんな状況は過去に何度も行っているし、何言っても反省せず同じ過ちを繰り返しては今後も続くのはハプスブルクも理解している。 (騒がしいのは性に合わないが…まぁ、ブライカン=サンに奥ゆかしさを求めても無駄か) そんなことを考えながらハプスブルクは店前のドアに『閉店な』の札を下げ、試作品の調理に取り掛かった。 【名簿的ななにか】 [ハプスブルク] 元湾岸警備隊であり、元キョート貴族であるニンジャ。冷たいように接するが優しさがちょいちょい見えており、本人は隠し通してると思っている。モータル名はヒジリ・メイリンドウ(明燐堂 聖)