「おい……おい!片目の兄ちゃん!」 ガタガタと揺れる檻車の中、微睡んでいた隻眼の男はゆっくりと右眼を開く。 彼に話しかけたのは彼の膝丈ほどしかない小柄な魔族である。フードの付いた外套を纏っていた。 囚人たちが地獄へ向けて運ばれる陰鬱な空気の中、そいつだけは陽気に話を続ける。 「暇だから話でもしようぜ、お前名前は?」 これから死に向かうというのにあまりにも呑気な台詞だった。 他の囚人たちが迷惑そうに顔を背ける中、隻眼の男は低い声で返答する。 「…名前は……ない……」 「ま…そりゃそうか、どう見ても下級魔族だしな」 陽気な魔族は特に驚きもしなかった。魔界は徹底的な格差社会である。 由緒正しき魔貴族は人間同様豪奢で贅沢な生活が約束されるが、身分の差でその生活レベルは激変する。 下級魔族ともなれば扱いはほぼ獣同様であり、特に仕える主人などがいなければ名前の無い者が大半だ。 「俺はププールってんだ、名前があるのはちょっと前まで魔術研究者の使い魔やってたからだぜ」 「…そうか」 「そこは何があったか聞けよ!話が盛り上がらねえな!」 陽気な魔族…ププールはよく喋る。 隻眼の男が返す言葉はごく短いが、彼はお構いなしに喋り続けた。 「ご主人サマの隙突いて保管庫の古代魔法の術書盗み読んでたのがバレてなァ…それで解雇&処刑って訳だ」 「…それだけでか」 「な?ヒデェ話だろ?俺が読んだところで減るわけでもねえのにな」 「…そうだな」 隻眼の男は曖昧に相槌を打ちながらもププールが文字を読めることに少し驚いたようだった。 使い魔だったとはいえ下級魔族で字の読み書きできる者…しかも術書を読める者はごく少ない。 しかしププールはそれ以上語らず、視線だけで隻眼の男を促す。次はお前が事情を明かす番だ、と… 隻眼の男は重い口を開いた。 「…俺は…不法侵入で捕まった…」 「不法侵入?どこでよ?」 「…ショウエン」 ああ…とププールは頷く。 魔界の土地は一見整備されていないような野山でも魔貴族の狩猟地だったりする。 気付かず不法侵入して獣や果実を得、処刑される下級魔族の存在は大して珍しくない。 むしろこうして囚人として正式に処刑されることの方が珍しく、彼らの狩りの対象となって遊び半分に殺されるのが大半だ。 「ツイてなかったな、片目の」 「片目…」 「名前ないんだろ?とりあえずそう呼ぶぜ」 ま、そのうち名前など意味もなくなるが… ププールが皮肉げに呟こうとした矢先、ガタンと大きく檻車が揺れて停止した。どうやら刑場に到着したようだ。 同乗していた囚人たちの表情がさらに暗くなり…しばらくすると地獄への扉が開いた。 「降りろ囚人ども!」 オークの看守が乱暴に囚人たちを下車させ、手にした鞭を振るって引っ立てていく。 向かう先に見えるのは円形闘技場…それを見て囚人たちは今回の処刑がどのような形で行われるか薄々察した。 闘技場の門をくぐり、薄暗く長い通路を抜けたその先…明るい光の差し込むアリーナへと囚人の列は到着する。 そこにいた先客に、ププールは思わず呻く。 「悪趣味だな…魔貴族サマってのは…」 アリーナ中心の檻に入れられた巨大なデスキマイラが一頭、血走った目で囚人たちを睨みつけながら涎を滝のように溢している。 さらに後方、最後の囚人がアリーナに到着すると出入り口の門は硬く閉ざされた。もはや彼らに退路はなくなったということだ。 そして観客席では魔貴族たちが談笑しながら、好奇な目線でこれから死にゆくであろう囚人たちを眺めていた。 まさに、魔界の格差社会の縮図がそこにあった。 オークの看守が魔導拡声器で囚人たちに発破をかける。 『貴様らに最後のチャンスを与える!デスキマイラを倒せれば釈放だ!せいぜい魔貴族の方々を楽しませろ!』 その台詞にププールは思わず呆れる。 一体どこの誰が丸腰でデスキマイラに勝てるというのか… 「こんなもん戦いにもなりゃしねえ、ただのデスキマイラの餌やりショーだ」 その言葉を聞いてか聞かずか、無情にもデスキマイラの檻は開かれる。 「ゴガァァァッ!!!」 咆哮。 丸腰の囚人たちが構える暇も逃げる暇もなく、圧倒的な膂力と体格差による死の嵐が巻き起こった。 デスキマイラが腕を一振りすればバラバラになった肉片と血飛沫がアリーナに撒き散らされる。 そのアギトが開かれ、喰らいつかれれば二・三人がまとめてミンチ肉となって咀嚼される。 スリリングな虐殺ショーに魔貴族たちはヒートアップして歓声を上げている。 後ろの方に控えていたププールにもやがて死が迫り… 「うわああああっ!!」 腕の一振りによって跡形もなく消し飛んだ。 …かに見えた。 「…なーんて、な」 盛り上がる観客席、その後方の出入口付近へと一瞬で移動したププールは軽く肩をすくめる。 空間転移…古代の魔術書によって彼が得た、現代では他に使う者のいない魔術である。 使ったのはぶっつけ本番だったがどうやら目視できる範囲には瞬時に移動できるようだ。結果は上々といったところか。 これでププールという下級魔族は世間では死んだことになる…あの研究者もこれ以上追ってくることはないだろう。 あとはどれだけ面白おかしく生きられるか…ほくそ笑みながら彼は闘技場を後にしようとし、ふと足を止めた。 そういえばあの片目の男はどうなっただろう… 「まあ、死に際くらいは看取ってやるか…」 アリーナに目を向けると、まさにデスキマイラが隻眼の男に襲いかかる寸前であった。 咆哮と共に大樹の如く太い腕が振るわれ、鋭い爪が彼に迫る。 死んだな…ププールが達観して呟いたその次の瞬間、誰もが目を疑う出来事が起こる。 「ゴ…ゴ…ゴガッ…!!」 「…悪いが、食われてやるつもりは…ない…」 隻眼の男は表情一つ変えることなく、デスキマイラの太い腕を抱え込んで受け止めていた。 彼がそのまま力を込めると、抱え込まれたデスキマイラの腕はメキメキと音を立て始め… 「グギャアアアアッ!!!」 「マ…マジかよ……」 鈍い音を立てて、デスキマイラの腕が逆方向にへし折れた。 苦悶の咆哮がアリーナに響き渡り、ププールはありえない光景に愕然とする。 否、ププールだけではない…魔貴族たちも、看守も、生き残った囚人たちも、誰もが驚愕して隻眼の男を見ている。 「グググググ…!!」 腕を折られたデスキマイラの目の色が真っ赤に染まる。激怒状態だ。 野生の魔獣ならば目の前の男の危険性を察知し逃げただろう… しかし見世物用として飼い慣らされ、野生の勘を失っているデスキマイラは違った。目の前の危険を察知できないのだ。 何度か後ろ足でアリーナの土を蹴り上げると一気に隻眼の男へと突撃。重戦車のような巨体が弾丸のような速度で駆ける。 「ゴガァァァァァッ!!!!」 咆哮と共に涎を撒き散らし、鋭い牙が並ぶアギトが開かれる。 それは隻眼の男を喰い殺さんと迫り… 「ふん…!」 アギトが閉じられることはなかった。 上顎と下顎を両の手で掴んだ隻眼の男は、閉じる口を力任せに開かせてそのまま引き裂きにかかる。 あまりの苦痛にデスキマイラは口の端から血の泡を吐きながら暴れ回るが、両顎を掴んだ男はお構いなしだ。 襤褸着の下、隆々とした筋肉が一層膨れ上がった。 「…終わりだ」 「ゴギャアアアアアッ!!」 デスキマイラが断末魔の咆哮を上げ、隻眼の男はその巨体を真っ二つに両断する。 まるで噴水のような血飛沫がアリーナ中を赤く染め、観客席にまで赤い雨を降らせていく。 あまりの壮絶な光景に魔貴族たちの悲鳴が上がり、会場は大混乱の様相に巻き込まれる。 現実離れした光景に絶句する看守…そのすぐ傍、出入口の門へと隻眼の男はつかつかと歩み寄った。 「…倒したぞ、解放してくれ」 『あ…あ…!』 閉ざされた門が解放される気配はない。 それもそのはず…こんな事態が起きることはこの闘技場でいる者は誰も想定していないからだ。 オーナーである魔貴族に処遇を疑おうと看守が走り去ったその後、隻眼の男は仁王立ちで待ち続けていたが… 「無駄だ、ハナから生かして返すつもりはねえよ」 「…お前…生きていたのか」 いつの間にかその隣にやってきたププールが声をかける。 表情のほとんど変わらない隻眼の男が驚く様相を見せたのに対し、彼はくっくっと笑いながら腰付近にポンと手を添える。 「デスキマイラの惨殺ショーを披露しようとしたオーナーの面目は丸潰れだ、次は兵士が殺しにくるぜ」 「…約束が違う」 「下級魔族の扱いなんてそんなもんさ…と、まぁ俺に任せとけよ」 ププールが魔力を放つと隻眼の男は一瞬の浮遊感を味わう。 闘技場が混沌と喧騒に包まれる中、その主犯となった男の姿はまるで幻のように消え去った。 * 「ありゃ…闘技場の外に出るつもりだったんだがな」 闘技場内、武器保管庫。 隻眼の男と二人で転移したププールはバツが悪そうに呟いた。 習得した空間転移は目に見えている範囲なら問題なく飛べるものの見えない位置への転移は座標のズレが生じるようだ。 完璧にモノにするには術書を読み込む時間が足りなかったか…これでは万能魔法というには程遠い。 盗み読む途中で主人に見つかったことに、今更ながら彼は後悔する。 物珍しそうに周囲を見渡していた隻眼の男が呟く。 「これは…魔法、か…」 「ああ、一瞬で別の場所に移動する魔法だ、今頃あのアリーナじゃ突然お前さんが消えたと大騒ぎだろうぜ」 「だろうな…俺も驚いた」 「おー驚け驚け!そうでなきゃ命懸けで習得した意味がねえ!」 心底愉快そうに笑いながらププールは改めて隻眼の男を見、軽く唸った。 派手な殺し方をしたせいで彼の姿はデスキマイラの返り血で真っ赤だ。純人型だというのにまるでレッドデーモンである。 何かないか…と武器保管庫を見渡したところ、壁際に立てられている全身鎧がププールの目に止まった。 「とりあえず片目の、着替えた方がいいぜ」 「…そうなのか」 「そんな真っ赤な奴が歩いてりゃすぐに通報されちまうよ、ほれ!そこの全身鎧!」 返り血で染まった服を脱ぎ捨て、のそのそと鎧を身につけ始める隻眼の男にププールは今後を思案する。 つい見捨てておけず助けてしまったが、死を偽装していたというのに衆目の前へ姿を見せてしまった。 この男と自分は遠からず魔貴族たちに指名手配されるだろう…面白おかしく生きる道がどうにも遠回りになったようだ。 「いっそ人間領にでも亡命するか…なあ、片目の?」 「…俺と行動を共にする気か」 「こうなりゃ一蓮托生だろ?出鱈目に強い割に世渡りは下手そうだしな、お前」 隻眼の男は否定も拒絶もせず、ププールはそれを肯定と受け取った。 彼が着替え終わったのを見、ぐっと伸びをしたププールは促す。 「さて…とっととここをオサラバしようや、いつ兵士に見つかるかも分からねえしな」 「いや…」 しかし、隻眼の男は動かず…武器庫の出入口に目を向ける。 「手遅れだ」 「フン…」 キィ…とドアの軋む音がし、赤い衣を纏い東国の剣…刀を携えた男が入ってくる。 その所作は洗練されており隙がない。二人は目の前の男が相当の強者であると瞬間的に悟った。 「ネズミどもが…何処かに消えたかと思えばここに隠れておったか」 「別に好き好んでここに来たわけじゃねえよ」 「御託は無用、死にたくなくば拙者についてきて貰おうか」 隻眼の男とププールは軽く目配せする。 おそらく目の前の赤い剣士は魔貴族の手勢か何か、着いていけば待つのは再び処刑場だろう。 であれば戦うしかない…二人は戦闘態勢を取ることで返答とした。 赤い剣士は鼻を鳴らして嘲笑う。 「先のデスキマイラを殺した剛力は見た、そして貴様の妙な術もな…だがそれが拙者にも通じると思うなよ!」 その言葉と共に狭い倉庫内に殺気が充満し、戦闘が開始された。 ププールは武器庫の剣束に目を向けると転移魔法を発動…消え去った剣束は次の瞬間、赤い剣士の頭上へと大量に出現する。 一拍置いて鋭く突き刺さる刃の雨の中、赤い剣士は流れるような独特な歩法で全てを回避。一足飛びで二人へと接近した。 そこを迎え撃つのは隻眼の男だ。デスキマイラを両断した腕力で赤い剣士へと殴りかかる。 喰らえばかの魔獣のように無惨な姿を晒すであろう一撃、だが赤い剣士には余裕の笑みが浮かんでいた。 「獣が倒せるのは所詮獣までよ」 流麗な足さばきで半歩下がった剣士に対し、右フックが空を切る。 「…!」 仕留めたと思った間合いだった。隻眼の男の表情に驚きが浮かぶ。 攻撃を外し隙だらけとなった彼に、赤い剣士が放った斬撃の嵐が吹き荒れる。 たった一振りに見える一撃は全身鎧のあちこちを斬り刻み、皮膚を斬り裂いて血を噴き出させた。 大量の失血にふらついて片膝をつく彼に、ププールが思わず呻く。 「クソ…こんな強ぇえ追手が来るなんて…!」 「これが剣と言うものだ、獣よ…死にたくなくばそれ以上無駄な抵抗をするな」 ここまでか…ププールが半ば諦めかけたその時だ。 隻眼の男は先の一撃を反芻するかのように自らの傷口に触れ、次に床に落ちていた剣の一本を拾い上げる。 「これが、剣か…」 そして顔を上げると、初めてにこりと笑う。まるで赤ん坊が初めて玩具を手にしたかのような屈託のない笑みだった。 その穏やかな笑みに赤い剣士は、味方であるププールでさえ、ぞわりと肌が粟立つ言い知れない威圧感を覚え後ずさる。 隻眼の男は剣を手に立ち上がり…赤い剣士を真似て構えてみせた。 「…続けよう」 「こ…虚仮威しがッ!死んで後悔しても知らんぞ!」 隻眼の男と赤い剣士…否、二人の剣士は剣を構えたまましばらく睨み合い、ほぼ同時に動く。 先制したのは赤い剣士だ。一切の無駄を削ぎ落とした芸術的な太刀筋が閃き、今度は標的の首を落としにかかる。 生かして連れてこいというのが主からの命令だ、しかし殺す気でなければ自分がやられるという確信が赤い剣士にはあった。 対して隻眼の剣士は首の薄皮一枚を切らせながら、剣にて刃を受け止めた。太刀筋を見切られた赤い剣士の目が見開かれる。 「なん…だとォ…!?」 「ぬぅん…ッ!!」 隻眼の剣士が剣を握る手に力を込め、一気に押し返す。 凄まじい力で弾き返された赤い剣士は態勢を崩してたたらを踏み、そこに反撃の一太刀が強襲する。 先の太刀筋とは対照的な、まるで洗練されていない無骨な一撃…しかしそこには尋常ならざる破壊の力が込められていた。 咄嗟に刀で受け止めた赤い剣士は、一拍遅れてそれが悪手だったことに気付く。 時すでに遅し…次の瞬間、彼の得物は甲高い金属音を立てて刀身を失った。 「せっ…拙者の刀がァァッ!!」 「覚悟…」 隻眼の剣士はトドメを刺すべく剣を振り上げる。 己を守る武器を失った赤い剣士は死を覚悟した…その時である。 「そこまで!!」 雷鳴の如き声が響いた。 立派な白髭を蓄えた武人らしき魔族が、一切恐れることなく二人の剣士の間へと割って入る。 増援か…隻眼の剣士とププールが警戒するのを尻目に、白髭の武人は赤い剣士を怒鳴りつける。 「何をやっておるカース!丁重に連れてこいと言ったであろうが!」 「し…しかしジジイ…こいつらが抵抗するから…」 「問答無用!多少剣を知ったからと言って天狗になりおって!」 赤い剣士…カースと呼ばれた彼はバツが悪そうに黙り込む。 それを尻目に白髭の武人は二人へと向き直った。 「すまなかったな、事を構えるつもりはなかったんだが…」 そうして二本の立派な角が生えた頭を深々と下げた。 驚くほど腰が低い彼に、ププールは疑念の眼差しを向ける。身なりからして絶対に低い身分の者ではない。 「アンタ…魔貴族だろ?下級魔族相手にやけに丁寧じゃねえか」 「強き者を尊重するのは当然のことだ」 しっかりとした口調で言い放つ彼は頭を上げる。 その目には強い意志…信念の炎のようなものが宿っていた。 「ワシの名前はオルア=シス、魔王軍の一将軍をやっておる」 「魔王軍…」 隻眼の剣士は鸚鵡返しに呟いた。 魔王軍とは魔界を統べる魔王直属の軍隊である。 魔貴族たちの中でも高貴な血筋の者たちで結成され、魔王の懐刀として独自戦力となり軍事を遂行する。 魔界のエリートが集う特権組織…下級魔族である彼らにとっては縁遠い存在であった。 さらに怪訝そうにププールは問いかける。 「で…その魔王軍の将軍サマが俺らに何の用だよ」 「率直に言おう、ワシと共に来ぬか?」 予想外すぎる言葉に驚く二人に対し、オルア将軍はずいと一歩踏み込んだ。 自然と握る拳に力が入り、弁舌に熱が入る。 「今の魔王軍は腐りきっておる!このままでは容易く人類軍に負けるほどにな!」 オルア将軍は力強く語る。 血統と家格を至上とする今の魔王軍は、軍とは名ばかりの軟弱集団である。 軍を率いる魔貴族たちは武功を立てるどころか戦場に出たことすらなく、軍内での派閥争いに常に腐心している。 軍事行動は主に下の者に丸投げであり、その下の者たちも派閥争いによって足の引っ張り合いをさせられ続けている。 今や魔王軍の戦力は全盛期からは見る影もない…魔族領の戦線は日々後退の一途を辿っているのだ。 「だからこそ、真に強い魔族であるお主らの力が必要だ!」 魔界全土より血統も身分も関係なく有望な魔族をかき集めた独立部隊…それがオルア将軍の目指す形だ。 派閥や後ろ盾など関係なく、独立部隊が絶大な戦功を立てれば魔王軍はその存在を無視できなくなる。 そうして下級魔族から英雄となった者たちが“強きことこそが魔族の本懐”と知らしめるのだ。 確かな戦功に裏打ちされたその思想はきっと今の魔王群を変革し、全盛期に近い強き軍へと作り変えるであろう… 「そして、お主らも今のような生活から脱却できる…悪い話ではなかろう」 オルア将軍は白髭の下でニッと笑った。 熱い語りの余韻に圧倒されている二人の前、腰に差していた一本の剣を置いて踵を返す。 「…もしワシの夢に乗る気があるのならば、その剣を持ってワシの館を訪ねよ!判断はお主らに任せる!」 待っておるぞ!…最後にそう言い残し、オルア将軍はカースを率いて立ち去って行った。 再び武器保管庫は静寂に包まれ…隻眼の剣士とププールはどちらともなく視線を合わせる。 先に口を開いたのはププールだった。 「…で、お前はどうする?」 隻眼の男は特に迷いもなく、オルア将軍が置いた剣を手に取る。 心地よい手触りを感じながら隻眼の剣士は口を開いた。 「行く…あの将軍の夢はよくわからんが、退屈はしなさそうだ」 その答えを聞き、くっくっとププールは肩を揺らして笑う。 無口な男だがその考えは自分と全く同じだったからだ。 「同感だ、面白いことになってきやがったぜ」 そうして二人は歩き出し武器保管庫を後にする。まず目指す先は当然、オルア将軍の館だ。 不意に、思い出したかのようにププールが声をかける。 「そういや片目の、お前名前はどうする?これから魔王軍に入るんならあった方がいいんじゃねえか?」 隻眼の剣士は少しだけ考え、剣の柄をププールへと見せた。そこには何かしらの文字が書かれている。 「これでいい…」 「これでいいって…ここに書かれてんの剣の名前だぞ」 「ああ…何と読む?」 呆れながらププールが読み上げたその名に隻眼の剣士はどこか満足そうに頷いた。 そしておもむろに剣を抜き放ち、鈍く光る刀身へと己の顔を映す。 「エビルソード……今日からこれが俺の名だ」