モノガタリブレーキキャラクターストーリー1話『1ページ目:前回のあらすじ チケット1枚でお迎え余裕でした(素振り)』 ――トレセン学園のトレーナー寮で 薄いカーテンを飛び越えて差し込んでくる朝日と、クラシック音楽の落ち着いた調べで目が覚めた。柔らかな紅茶の香りが鼻腔をくすぐる。 【あれ……1人暮らしなのにこんな朝の用意してたっけ……】 確か目覚まし時計しかセットしてなかったはずだ。こんな豪奢でラグジュアリーな朝を迎える為の事前準備は特にしてなかった記憶がある。 何せ自分はつい昨日このトレセン学園の新人トレーナーとして辞令伝達式(入社式のようなもの)に出たばかりのド新人トレーナーだ。 緊張の中、トレーナー会議やガイダンスの連続で這々の体で新居に帰ってきて、へろへろになりながら栄養ゼリーを流し込み、風呂場で烏の行水をし、死ぬ気で明日の予習をしてから床に就いたのが昨日の晩。 当然、明日の朝のQOLを高めるような支度などする余裕などなかった。 【なんて爽やかな朝なんだ……こんな爽やかな朝は久しぶりすぎる……】 ぴかぴかに磨き上げられた洗面台で、洗った後の顔をふわふわのタオルに埋めるようにして拭く。 テーブルに戻れば、香ばしい焼き立ての匂いがするクロワッサンと、綺麗な黄色のスクランブルエッグ、色鮮やかな温野菜と香り高い琥珀色の紅茶が湯気を立てていた。 ……当然ながら、自分は何も用意していない。 眠い目を擦りぼんやりした頭でなんとか理由を考えていると、後ろから声をかけられた。 「おはようございますトレーナー様。昨晩はよくお眠りになられましたか?」 声のした方を向くと、そこにはお人形さんのように愛くるしい顔をしたの、完全で瀟洒なメイドウマ娘がいた。 【……………………いや誰っ!?!?】 寝ぼけた頭が徐々に覚醒してきてやっと気づいたが、そもそも単身者用のトレーナー寮で他人が、ましてやメイドがいるのはどう考えてもおかしい。 「申し遅れました、お初にお目にかかります。わたくしは貴方様の担当のメイドでございます」 【メ……メイド?】 そう自己紹介したメイドは優雅にスカートの裾を摘んでカーテシーをする。 「そうです。つきましては今後とも担当として貴方様の身の回りのお世話をさせていただきますのでよろしくお願いします。 メイドが担当とか……えっとその辺のうんぬんかんぬんについてはいずれまた公的にご説明がありますでしょうがその辺はまたおいおいと」 【トレーナーってメイドが付くの!?】 「貴方様にはわたくしというメイドが担当します」 【1人につき1人ずつ!?】 「新人の方の場合は担当1人専属が多いですが」 【そういうもんなの?】 「そういうもんにございます」 【知らんかったそんなの…】 すごいな中央トレセン……まさかここでトレーナーになると専属メイドが付くなんて……。 身内に何人もトレーナーが居る環境で生まれ育ったけど、誰もそんな事教えてくれなかったぞ? 名家の子女も多く通うお嬢様学校の側面もあるし、お付きのメイドが居るのは常識なのか?いずれにせよとんでもない福利厚生だ……。 「まずは御用意しました朝食を温かい内にお召し上がりください」 その言葉を聞くと同時に腹が小さく鳴った。言われてみれば昨日からまともに食事を取っていない事を思い出す。 にこりと微笑むメイドに促されて食卓につく。ビタミンが身体に染み渡るような温野菜、歯に当たるとさくりと小気味いい音を立てる温かいクロワッサン、とろけるような甘い舌触りのスクランブルエッグ、そしてイギリス王室で出されていてもおかしくないような絶妙に美味しい紅茶。どれもこれも絶品であった。 ~~~~~ パリッとアイロンをかけてもらったシャツに袖を通し、トレーナー寮を出て出勤する。 後ろには、先ほどのメイドが付き従ってくれている。 【あの紅茶って高い茶葉なんじゃないの?】 「いいえ、貴方様の台所にある物を使わせていただきました」 【いつもよりずっと美味しかったから君の淹れ方が良かったんだろうな】 「お褒めに預かり光栄です。 本日の予定ですが、1限開始時刻から新人トレーナー向けのガイダンスが午前いっぱいあります。 昼休憩を挟み午後からは別のコーチング講習会が15時まであります。 それ以降は自由時間ですので、この間に練習場やジム、プール等に行って見学し、トレーニング中の目ぼしいウマ娘を探すのも一つの手かと。 選抜レースは再来週の末までありませんので学生・教職員用のアプリからログインし学内番組表をチェックする事をお勧めいたします」 【あぁ、何から何までありがとう】 質の高い丁寧な暮らし、スケジュールの管理、なんて快適なんだ……メイドのいる生活……。 これから先の新社会人・新トレーナー生活いくらでも頑張れそうな気がする。 気合いを新たに歩き始めてると、前の方から石田トレーナーが何やら真面目な……というか若干怖い顔でずんずんとこちらに向かってくる。 石田トレーナーはモットブレーキの担当トレーナーであり、自分も中央トレセン学園就職前のインターンでお世話になった先輩だ。 加えて、「美形トレーナーランキング」「ええ声トレーナーランキング」「ガ◯ダムに乗ってそうなトレーナーランキング」で殿堂入りしてるし、実績以外でも色んな意味で高名なトレーナーだ。 なんだか後ろのメイドが「げっ」って声を発した気がするが、完璧で瀟酒なメイドがそんな声を出す訳がないしきっと気のせいだろう。 石田トレーナーから教えて貰った事も活かして中央トレーナー試験に合格できたのもあるんだ。ここはちゃんとご挨拶せねば! 【あっ石田トレーナー!お久しぶりです!この前はお世話になりました! 凄いですね中央トレセンって!メイドも付くなんて!】 「シン人!!!!!このバカ野郎!!!!!! そいつはお前のメイドじゃない!!!!!!トレセン学園のレース課の生徒だ!!!!!!!!」 【ええーっ!?】 「目を醒ませオメーの世界がメイドに侵略されてるぞ!」 「待ちなされこれは孔メイドの罠ですぞー!!騙されてますぞー!小生には分かりまするこちらの姫は押し込みメイドですぞー!」 「うっわゴールドシップとモックスブルワリーまでいる…… ちょっとモノガタリ!流石に何も知らない新人トレーナー騙すのはダメでしょ!」 更に自分達の前にスーパーヒーロー着地を決めた芦毛の恵体ウマ娘と荒ぶる鷹のポーズをキメた水色髪のトランジスタグラマーウマ娘が降り立ち、後からモットブレーキまで到着する。 彼女からゴールドシップとモックスブルワリーと呼ばれたウマ娘……初めて見るウマ娘達だがなんかもうヤバそうなトンチキ系気性難の気配が見ただけでプンプンする。 そして後から来たモットブレーキは芝ダート不問かつクラシックで世界レーティングトップランクのウマ娘を返り討ちにした女傑であり、ローテに口出しした実家へ石田トレーナー共々カチコミした過激派気性難ウマ娘でもある。インターンの際に石田トレーナー共々お世話になった。 「騙すだなんてそんなぁ、ただわたくしはちょっとそこのトレーナー様をお支えしつつその有能さとかを売り込み外堀を地道に埋め立てて行こうとしていただけなのに ……いやまぁそれだけでないと言えばそうなんですが……」 「どのみち悪いわ! てかそこの新人トレーナーも!いきなり寮に不審なメイドが居ておかしいと思わなかったの!?」 【最初は思ったけど、話聞いてなんか……そういうものなのかなって思って……】 「素直か!! あのねえ!この子はモノガタリブレーキっていってうちの家の本格化済み未デビューのウマ娘で! 本物のメイドじゃないっていうか学園内にメイドがいる訳ないでしょ!!!」 こちらまでモットから叱られてしまった……。 それにしても所作が洗練されてると思ったがブレーキ家といういいとこの出だったのか。なんか久しぶりに聞いたなこの家名。 一方で、まるでスピルバーグ監督の某恐竜映画のようにゴルシブルワリー石田に囲まれるも両手を横に広げ距離を取っていたモノガタリであるがここで動きを見せた。 「ちぃっなんだってモット様や石田様や同期が揃ってるんですか」 モノガタリの袖口から暗器のように仕込まれていた先割れスプーンがヒュンヒュンと投げられる。 「うげーっ!?」「にゃにおう!?」「トゥ! ヘァー!モウヤメルンダッ!!」 投げられた先割れスプーンはゴルシやブルワリーの制服の襟やスカートの端を縫い止めるように突き刺さり彼女らの動きを止める。一方石田トレーナーはそれらの動きを見切って全てを避けた。ベテラントレーナーすげえ……。 だがこれで生じた隙を狙い逃げおおせたモノガタリがこちらに来る。 若干色味の違う茶色のオッドアイの瞳がぱちりとこちらを見据える。 「さて、トレーナー様、こちらのメイドの顔を見て何か一言ありますでしょうか?」 【あーっと……??すっごい可愛い……??】 「…………あー、やっぱこれ覚えてないパターンですよね……」 【え?】 「モノガタリ、むしろそっちが一言ごめんなさいする側でしょうが謝んなさい!」 何か今小声でモノガタリが何か言った気がしたがイマイチ聞き取れなかった、もしかして何か……返答を間違えたのか? 「では、ご機嫌よう」 こちらへ向き直り、淑やかな所作で頭を下げカーテシーをするモノガタリ。それと同時にスカートの裾からゴロゴロボトボトと、勤労意欲の失せる顔が描かれた爆弾が多数転がり落ちてくる。 「あっそれジャスタの奴が昨日から数が合わない足りないって騒いでたや――――」とゴルシが言いかけた刹那、爆弾がボカンと派手な音を立てて爆発、もとい大量の煙を上げる。 自分も慌てふためき、それに乗じて逃げるモノガタリブレーキの背中をただじっと観察する事しか出来なかった。 「ヌォォォォォォォ!!オ、オレヴァ…ゲホッゲホッくっ……逃げられたか…… すまない新人、インターン以来の再会がこんな形になってしまって…… モノガタリブレーキはどうもトレーナーの獲得に焦っているせいでこの様な強硬策に出たと思うが……」 【そこまで急がなくても引く手あまたじゃないですかね?】 「……へぇ?」 【だって走るでしょ、あの子】 先ほど逃げた時の走る姿を見ればトップスピードに乗る早さもそのスピードそのものも目を見張るものがある。 フォームだって右脚の踏み込みこそ少し弱く見えるがそこ以外は申し分なしだ。 石田トレーナー……は今年でトゥインクルシリーズの担当からは撤退するから取らないにしても、 大きいチームも小さいチームもそれこそ専属トレーナーだって希望者で取り合いが起こるレベルだろう。 「こんな事態に巻き込まれたけど……まだあの子に興味ある?」 【ええその……まぁ……】 モットブレーキに聞かれ照れ臭くなって頬をかきつつ答える。 走るウマ娘を見ればおのずと惹かれ興味が湧いてしまうのがトレーナーという職業のサガだ。 はっきり言って新人の自分にはもったいないレベルだろう。 「そっか……あの子の事もう少し知りたい?」 【できることなら?】 「ちょうどいいや、あの子を知るなら来て欲しい所があるから、時間あるならついてきて」 ~⏰~ 【……ここは?】 「病院。そのうち待てば、彼女が来るから」 石田トレーナーの車に送られ、辿り着いたのは大きな病院だった。 モットブレーキに促され、よく分からないまましばらく待合室の椅子に座り待つことになった―― 多分続きません