「にゃ?」 「うん?」 ―妙なところで会ったな。 奇しくも内心が一致したが、二人には知る由もないことだった。 黒衣を纏う赤髪の少年―アルベルは数瞬呆けた顔を見せるが、その動揺はすぐ胡散臭い笑みの仮面に隠される。 「……こんばんはお嬢さん、こんな夜更けに一人でどうしたのかな?」 芝居がかった、嘲笑うような口調。聞く人の神経を否が応でも逆立たせるそれを、桃色の髪に猫耳を生やした少女―キットは、辟易とした表情で受け止める。 「やめてよお嬢さんとか、こんなところで何してんのアンタ。」 キットは視線で辺りの惨状-瓦礫まみれの巨大な廃墟を指し示す。 ―教導国家ドラグマ跡地。 世界最大の宗教国家であったそこは、都市全てがデスピアへ変貌したかと思えば教主が龍になったりしたことや目の前の赤髪の道化の暗躍により完膚なきまでに破壊されたことや、大戦の中心地となったことなどによる余波を受け最早見る影もなくなっていた。 人の気配らしい気配は何もなく、荘厳な装飾が施されていたであろう石造りの豪奢な神殿すら瓦礫の底に沈み切っている。そんな聖夜に似つかわしくない閑散とした土地に、なんの因果かその大戦に関わった両名が集っていた。 質問を質問で返される形になったが、しかし笑顔を(表面的には)崩さずアルベルは返答する。 「僕かい?……まぁちょっとした探し物をね。」 「何その意味深な含み。」 ―絶対ロクなこと考えてないなコイツ。 韜晦の態度を崩さない目の前の胡散臭さの塊に怪訝な目を向けるが、貼り付いた笑みからは「お前に話すことなんて何もないからさっさとどっか行け」と書いてあることしか読み取れない。 「……あ、そう、じゃあ。」 憮然とした顔を隠さず、キットは踵を返す。ややあっさりした対応に拍子抜けしつつも、アルベルは少し崩れた笑みを戻す。そのまま自身の目的地へと歩を進めようとし、 ―巨大なレンチに、胴体ごと引き留められた。 「……なんの真似だい?」 流石に予想外が重なり過ぎたのか、多少の苛立ちを込めて、自明過ぎるレンチの主―キットの方を振り向かずに言葉を投げかける。 踵を返すと見せかけて背の巨大レンチを抜き、不意打ちでの捕縛を見事に成功させるという中々に熟練の技を見せた少女は、そのまま口を開いた。 「じゃあわたしもついてく。」 「え?」 「アンタの用事に付き合ってあげる。」 「は?」 予想外を突き抜けたのか、笑みも苛立ちもどこへやら、あんぐりと口を開け驚くアルベルの面立ちは、見た目相応の少年のようだった。 正直いつもの感じよりこっちの方がいいな、と益体もない思考を片隅に置きつつ、キットはレンチのネジを回し、締め付けを調整していく。 めきめきと音を立てながらレンチは完全にアルベルをホールドし、そのタイミングでようやく我に返ったレンチの中身は身じろぎしながらキットへ振り向いた。 「いや何故そうなる!?その前になんで拘束した!?」 「どうせ探し物っても悪巧みでしょ、ならついてってその探し物ごと叩き潰した方が早いかなって。」 「そう言われて素直に話すとでも!?」 「だからこうして捕まえたんじゃない、ほら正直に話さないとレンチはどんどん締まってくにゃー。」 「それでも技術者かキミは痛だだだだだだだだだだだ」 ―かくして、非常に穏便に、それはもう穏便かつ速やかに臨時捜索隊は結成されたのだった。 「……深淵の獣の鎧?」 「……そうだよ、もしかしたらここにあるかと思ってね。」 観念したアルベルがレンチに挟まれながら憮然とした表情で話したことは、だいたい以下のようなことだった。 ―あの戦いの後力の殆どを失ってしまった。 ―なので散らばった力を取り戻す必要がある。 ―その中で一番心当たりがあるものが深淵の獣アルバロス、そのコアとなった自分自身、ルベリオンの鎧の残骸だった。 なので戦場跡に残されているかも知れない、と思い自ら足を運んだということらしい。 「じゃあ殆どアタリはついてないんじゃん。」 「元はと言えばキミがいきなり妙な機械で突撃して来たからなんだがねぇ!」 「敵同士なんだから仕方ないじゃん、わたし悪くないにゃー。」 「鉄獣戦線の輩はどいつもこいつも…!」 にゃはは、と笑いながらも内心キットは焦りを覚えていた。 深淵の獣の力がこんなところにあるとは完全に想定外だった、いや、それだけならまだいい、よくないがまだ最悪ではない。最悪はさらにその先。 ―自分の探し物がその鎧に会ってしまったらどうなるのか。 「……急に黙ってどうしたんだい、疲れたのならその重いレンチを手放すことをオススメするよ?」 「その手は食わない。」 「やめろ僕の体はそれ以上締め付けられるようにはできていなおぼぼぼぼぼ。」 ―とにかく、一刻も早くこっちの探し物を見つけるか鎧を破壊する、それしか無い。 そうキットは結論づけ、レンチ(アルベル)を伴い捜索を開始した。 「これっ、て……。」 「ほう……?」 結論から言えば、捜索は早々に完了した。 「―鎧の、残骸…?」 ―想定していた最悪のケースで、だが。 ルベリオンの鎧、その残骸の、さらに破砕したひとかけら。 かけらひとつで禍々しい力の残滓を放っているそれが、元々の力がどれだけ強大だったかを物語っている。 ―その本体だけが、どこにも見当たらない。 本体が消失した、と楽観視することもできた。しかし、キットはすぐさまその可能性を否定する。 かけらの周りに残された、紫電。 その火花のような輝きは、キットの探していた者のそれに間違いなく。 「無尽機関(アルギロシステム)の火花(スプライト)かい?」 「ッ!?」 いつの間にか、レンチの拘束を抜け出した中身が肩越しにいた。 なぜそれを、と問う暇も無く、アルベルは合点が行った、とばかりに指を鳴らす。 「こんな聖夜にうろつき回るくらいだ、余程緊急性の高い何かだとは思っていたけど…彼らの危険性を危惧してのものだったわけだね。」 「……。」 図星だった、せめてもの抵抗に無言を貫くが、肯定とみなしたアルベルは、更に言葉を紡ぐ。 「彼らの動きをどこからかは知らないが察したキミは厄介ごとが起こる前に回収、または鎮圧を試みた、しかし時既に遅く彼らは僕の鎧に寄生してしまった…そんなところかい?」 「無尽機関が深淵の鎧を依代にしてここから飛び立った…か。どちらも"あちら側"のものだ、どんな化学反応が起こるか…全く興味が尽きないね。」 「……どうするつもり?」 レンチを構え直し、手持ちのガジェットを確認する。 あれは間違いなく大きな力だ、それも、アルベルの目に適うほどの。そんな力を目にしたらどうなるか。 警戒心を最大限に、そう問いかけ 「いや帰るよ?」 「はっ?」 予想を通り越したに、回答今度はキットが気の抜けた声を出した。 その反応に気を良くしたのか、アルベルは更に言葉を紡ぐ。 「流石に無尽機関と深淵の力の複合体に喧嘩を売れるほど戦闘力に自信は無いからね、当てが外れたと思って諦めるさ。」 「……本当に?」 どうにも信じがたい、先の戦いであれだけの大立ち回りを演じた身だ、実は奥の手で一体化できます。と言われても全く驚かない自信がある。 疑いの眼差しに苦笑しつつ、アルベルは踵を返す。 「ちょ、ちょっと。」 「キミが信用しようが信用しまいが僕はもう帰る、折角の聖夜だ、キミだって家族と過ごす時間はあった方がいいんじゃないかい?」 スタスタスタ、と足早に立ち去ろうとするアルベルに咄嗟にレンチを伸ばすが、二度は通じぬと言わんばかりに回避される。 ―本気で帰るつもりだこいつ! どうにかして引き止めないと、でも手持ちのガジェットじゃ足留めにもならない。何かないか何かないか。 なぜこんなにも意地になって引き止めようとしているのかは、もう本人にも分からなくなっている。 (―あ。) ひとつだけ、可能性がありそうなものを見つけた。 「アルベル!」 足早に立ち去ろうとしたところでいきなり名前を呼ばれ、何事かと振り向き、 ―金属質な鳥が、眉間目掛けて吹っ飛んできていた。 「うぉぉ!?」 かろうじて寸前で受け止める。クチバシが眉間に刺さっていれば、さぞや愉快な絵面になっていただろう。 「……なんのつもりだい?」 本日2回目のセリフ。やや呆れが強くなっているように聞こえるのは気のせいか。 「それ、メカモズくん2号。」 メルクーリエだ。とどこかの団長のツッコミが聞こえてきた気がしたが、気にせず続ける。 「通信とか偵察とか、宅配もできる優れもの。」 「……それをなぜ僕に投げつけたんだい?」 やや呆れたような口調ではあるが、自身のその声色に期待が含まれていることに、アルベルは気が付かなかった。 「あげる。」 「は?」 「クリスマスプレゼント、手ぶらで返すのも悪いでしょ。」 「はっ?」 「あ?捨てたらわかるからね?位置情報マーカーつけてるから。」 「首輪つけようとしてるだけだろうそれ!」 「違うにゃー心を込めたクリスマスプレゼントだにゃー。」 「その胡散臭い猫口調をやめろ!」 にゃはは、と誤魔化すように笑う。 これはラチが明かないな、となんとなくわかって来たアルベルは、そのまま渡されたメカモズを肩に乗せた。何がおかしいのか笑い続けるキットに、やや疲れた目を向ける。 「キミはいつも僕の想像を超えてくるな……。」 「褒めても何も出ないよー。」 一泡吹かせてやった。と嬉しげな顔が、どうにもシャクに障る。 満足したのか完全に帰るモードに入っているキットに、最後の反撃に出ることにした。 「―キット。」 「…えっ?なに?」 初めて名前を呼んだことにやや面食らいながら、足を止め振り向く。 「素敵なプレゼントをありがとう、とても嬉しいよ。」 「え…ああ、うん?どういたしまして?」 いきなり素直な反応を出力されても困惑の方が優る。そう言いたげな顔に構わず言葉を続ける。 「ただ、生憎僕が一番欲しいのはこれじゃあないみたいだ。」 「……じゃあ何。」 ムッとしながら聞き返す。スプライトに持ち去られた鎧が欲しいとか言ったらぶっ飛ばしてやる。レンチを握る手に力を入れ 「―キミだ。」 「……はっ?」 思いっ切りレンチを取り落とした。 「いや…いやいやいや?そうはならないでしょ。」 流石に脈絡が無さすぎる、ギャグにしてもフリオチができていない。軽く笑い飛ばしてアルベルに目を向けるが、アルベルは何も言わず、真剣な顔つきでただキットの目を見つめている。 (え……まさか本気?) 今まで見た中で一番真剣な顔を向けられ、その赤い目と目が合う。 (お…落ち着かない!) 今まで見た顔は嘲笑か驚いた顔かばかりで、そんな真剣な顔をされるといたく調子が狂う。座りの悪い気持ちを抱えながらも、あーだのうーだの意味の無い言葉が漏れる。とにかく何か言わないと、そう思い口を開こうとして 「即席であんな撃鉄竜(リンドブルム)を作れたキミだ、戦力としてこの上無いだろう?」 「え?」 ちょっと想像と違った返しに顔を上げると、そこにはアルベルのいつのもの憎たらしい笑みが浮かんでいた。 ハメられた、そう思う間もなく、「釣れた」ことを確信したアルベルは畳み掛ける。 「……で、キミはどんな想像をしたんだい?」 「〜〜〜ッッッ!」 「うわ危なっ!?」 熱くなる顔を感じながらレンチを振り抜くが、間一髪躱されてしまう。実に憎らしい、ぷいと顔を背け、そのままズンズンと歩き出した。 「サイッテー!ホントサイッテー!」 「おーい返事は」 「ナシに決まってるでしょ!じゃあね!」 「あははははははは。」 「ホント死ね!」 今度こそ話は終わりだと言わんばかりに、どこにしまっていたのやらホバーバイクを取り出し、飛び去っていく。 その後ろ姿に、さらに声をかける。 「おーい。」 「あぁん!?」 さらに下らないことを続けるつもりならこのバイクで轢いてやる。と裂帛の気合を込めてキットが振り向く。 「―メリークリスマス、よいお年を。」 これまでにない優しい声音が、キットの耳朶を打った。 「……ふんっ。」 今度こそ、キットは飛び去っていった。 「くっククククク……。」 飛び去った後、アルベルは一人で笑いを堪えていた。 「あそこまで素直な反応をしてくれるとはねぇ……。」 あそこまで振り回されるのは貴重な経験だったし、少し楽しくもあったが、それはそれとしてああいうタイプをからかうのはやはり楽しい。こっちこそが自分の本分だと実感できる。 そして、兼ねてからの確信を深める。 「やっぱり、彼女が一番面白い。」 運命の落胤アルバス。 仕組まれた聖女エクレシア。 彼ら彼女らのような、物語に関わる因子を持たない、純粋な異分子。 そんな彼女が、最後の最後で戦力を率いて、場を回天させるラストピースになってしまった。 予定調和の劇をひっくり返す存在は、劇にはこの上ないスパイスだ。 「これからは、暇な時は彼女をからかって遊ぶことにしようかな、保護者どもが怖いけど。」 キット、悲劇を覆す大根役者。 ―嗚呼、愛しき異分子(イレギュラー)よ。 空の彼方に消えた影に向かい、再度笑みを向けた。