「寒…」 もう11月も終わりが近づいているのだから、それはそう。 いつもの制服の上にコートとマフラーまでしているけど、それでも肌寒さを感じてしまう。 ちら、とスマホの画面を見る。 牧野さんのメッセだと、もう少しで到着する、ということだった。 「もう、クリスマスのシーズン、か…」 私が今立っている星見駅にも、イルミネーションが飾り付けられていた。 道行く人々が立ち止まって写真を撮っているのも、毎年の光景。 それでも、なんとなく暖かい気持ちになってしまうのは、みんなの笑顔が幸せそうだから、かな。 「!」 メッセの通知音がして、私は再度スマホの画面を開いた。 『すまない、遅くなった。いつもの駐車場にいるから』牧野 ああ、今日もまた、牧野さんに会える。 雫『お疲れ様、です。すぐに行きます』 ちょっとそっけなかった、かも? でも、それよりも早く会いたい気持ちの方が強かった。 私は目立たないように立っていた場所から、小走りで移動する。 目当ての場所は、すぐそこ。 「お待たせ、しました」 ふう、と軽く息を吐いて、車の横にいた牧野さんに声をかけた。 「お疲れ様、雫。寒い中待たせてしまって申し訳ない」 「ううん。大丈夫、です」 「仕事に向かう前に、コンビニでも行って暖かい飲み物を買っていこうか」 急いできてくれた上で、こういう気配りもしてくれる。 それが当たり前のようにできるのが、牧野さんのいいところ。 「うん、そうする」 今日は買いたいものもあるから、ちょうどいい。 その話は、現地ですることにしよう。 車に乗り込んでシートベルトを締めたのを確認してから、牧野さんは車を発進させた。 「駅前、もうイルミネーション、されてた」 「ああ、前を通った時にちらっとだけど見えたよ。もうそんな時期なんだなぁ」 クリスマスの仕事の話は入ってきているけど、実際に目にしてみるとやっぱり雰囲気が出てくる。 ありがたいことに、今年も年末は大忙し。ゆっくりお話しできる時間は、貴重。 「お互い頑張らないとな。とはいえ、無理はしないでくれ」 たくさんグループを抱えて、一番頑張っている人が言うことではない…。 難しい注文だけど、心配をかけるわけにはいかない。今年は年始早々に倒れて、心配かけてしまったから。 「善処する…けど、牧野さんも、無理しちゃ、ダメ」 「善処します」 同じ言葉を返されてしまった。みんなで気にしておかないと…。 ----- 「よし、着いたぞ」 星見駅からはちょっと離れて、牧野さんはコンビニの駐車場に車を停めた。 お仕事の現場へ入るまでには、まだ少し時間がある。 「待たせてしまったし、何か奢るよ」 「ん。ありがとう、ございます。でも、それとは別に、私も買いたいもの、ある」 「いい時間だし、小腹でも空いてるのか?」 たしかに、ちょっとお腹に入れてもいいけど…今日のお目当ては、別。 「今日は、これを買う」 私はスマホの画面を操作して、牧野さんに見せた。 「これは…優のもし恋のコラボ缶コーヒーか」 「そう。全10種類。色んなところで探してるけど、なかなか全部揃わない…。  アプリ内のイベントスチルが使われている、レアもの。絶対に全部集めたい…!」 「そ、そうか…でも、雫ってコーヒーも飲めたんだな」 そう、それが問題。 「正直、飲み慣れてなくて、苦戦してる…まだ半分しか揃ってない」 「そうなのか。言ってくれれば協力したのに」 「ありがたい、けど…アイドルオタクとしては、どうしても自力で集めたい気持ちも、ある…」 「そ、そうか…無理はするなよ?」 「ん、どうしても厳しかったら、お願い、します」 そんな話をしながら、店内へ。 ブラックしかない、とかでなければ、なんとかなる…はず。 ホットの飲み物のコーナーは…あった。 「えっと、コラボ缶…コラボ缶…」 陳列されている缶を順番に見て行くと。 「…あった!けど…」 ブラックしか、無い。しかも、まだ持ってないスチル…。 「見つかったか?」 牧野さんも並んでホットのコーナーを見る。その手には、いくつかお菓子を入れたかご。 「ブラックしかない…」 「あ〜…飲めるのか?ブラック」 「砂糖とミルク入ってるのしか、飲んだこと、ない」 どうしよう…。迷うこと、数秒。 「…せっかくまだ持ってないのを見つけたし、行く!」 私は勢いよくブラックコーヒーの缶を掴んだ。 「無理そうだったらもらうよ。念のため、口直しに他のも買っておいた方がいいんじゃないか?」 「う、うん…じゃあ、これ」 ホットココアのペットボトルを、今度はそっとかごの中に置いた。 缶コーヒーの分だけ自分でお金を払って、牧野さんの会計が終わるのを待って一緒に車に戻った。 「…」 缶に描かれている優ちゃんが、かわいい。すごく、かわいい。 それはそれとして、私には覚悟をする時間が必要だった。 ここは、あの魔法をお借りするしか、ない。私は両手でハートを作った。 「おいしくなあれ、おいしくなあれ…」 メイド姿の優ちゃんが、劇中でやっていたように…。心を込めて、魔法の言葉を唱えた。 「それ、ゲームの優がやってたやつか」 テストプレイ済みの牧野さんも、当然知っていた。 たっぷりと念は送った。これで、行ける…はず。 「…いただきます」 缶を開け、一口。 「…ごふっ!」 苦い。お見せできない映像には、ギリギリならないようにこらえた。 「だ、大丈夫か…?」 「…お、オーケー…ゆっくりなら、いける…!」 「そ、そうか…繰り返しになるが、本当に無理はするなよ?」 これも、コンプのため…! 私はもう一度口を付けた。さっきよりは、飲める…。 「な、なんとか、なりそう…」 「そうか…ココアも置いておくから、いつでもこっち飲んでくれ」 「ん、ありがとう、ございます」 目の前のココアに目を引かれつつ、私はコーヒーと格闘する。 現場に着くまで、かわいい優ちゃんを堪能しつつも口に広がる苦味との戦いは続くのでした。 終わり。