1 うららかな春……と呼ぶには、若干暑い日の昼下がり。コンコンと目の前の扉を叩けば、一拍置いて「どうぞ」と掛かる声。弾かれる様にその扉を開いた。 「や、ルカ!今日のデッキは自信作でさ!早速デュエマ、デュエ、マ……」 「ああ、いらっしゃい……って、もうこんな時間だったの?」 「えっと……なんか、忙しそうだね?」 今日もデュエマデュエマと、意気揚々と入った部屋で、彼女――ルカは、机に向かってなにやら考え事をしていた様だった。机の上には、ネックレスやイヤリングと言った細々としたアクセサリーと、何かのスケッチ。どうやら、彼女がデュエマシティの守護者を勤める傍らに行っている、デザイナーの仕事に関する物らしかった。 「ああ、これは気にしないで頂戴。急ぎでやらなくちゃいけない物でもないし、仕事でもないから」 「ふ〜ん……?」 こちらの視線に気づいたのか、彼女は手早くそれらをまとめて片付け始める。 「……あ、何か落ちたよ、ルカ」 その最中、彼女の手が予期せぬ当たり方をしたのか、あるいは風圧か。濃い赤紫――ワインレッドの布がひらひらと落ちた。拾い上げてみると、それは細く、そして長い。彼女の髪を縛っている姿が、いまいち想像出来ない程に。 「随分細長いリボンだね……?」 「チョーカーに使えないかと思って」 「ふ〜ん……えっ、チョーカーに使うの?これを!?」 「何を驚いているのかしら、貴方……」 「いや、だって、チョーカーってもっとこう……登場時に墓地からドラゴンを回収できるクリーチャーじゃないの!?」 「それは《ディメンジョン・チョーカー》」 「おお、即答。さすがは闇の守護者」 「……からかっているのかしら?」 さらりと放ったおふざけを、同じくさらりと返される。その知識の深さと反応の速さを割と本気で褒めたつもりが、返ってきたのはじとりとした視線と冷たい言葉。慌てて手を振った。 「それはそれとして。俺が知ってるチョーカーって、もっとこう……トゲトゲがついてたりするやつなんだけど……それに使うの、このリボン?」 「トゲトゲ、って……どこのビジュアル系よ……」 呆れたようにため息を一つ。ふるふると首を振った彼女は、いいかしら?と口を開いた。 「『チョーカー』は、首回りに付ける装飾品……つまり、『ネックレス』の一種。主に長さや形状によって『ペンダント』とは呼び分けられるの。首回りにフィットするようなタイプは、概ねチョーカーと呼んでいいわ。貴方が言ったスパイクが付いている物は、勿論こっち。他にも革のバンド状の物や、このリボンみたいに首元に巻く物もチョーカーの一種。分かった?」 「おお、さすがはデザイナー」 「……やっぱりからかっているんでしょう、貴方」 「いやいや、そんな事はないって!本当に知らなかったから!」 「……そう。なら、たまにはデュエマ以外にも目を向ける事ね」 どこか冷ややかな半信半疑の視線を投げつつ、手をこちらに差し出す彼女。その手に細長いリボンを返そうとして――ふと、思った。このワインレッドは、彼女に似合うだろうなぁ、と。着けた姿を見てみたいなぁ、と。 「――着けてみたい」 そう思った次の瞬間には、口をついて言葉が出ていた。……思っていたのとは、若干、違うニュアンスで。 「……えっ。貴方が?それを……?」 「あ、いや、そうじゃなくて!ルカに、着けてみた、い……?ん?あれ?」 引き気味に目を丸くした彼女に慌てて手を振り、訂正する言葉を続ける。 ただ、彼女がそれを着けた姿を見てみたいと、そう思っただけのはずなのに。口から出てきた言葉はほんの少し違って、けれど意味は大きく違っていて。 自分で発した言葉に自分で首を捻っていると、彼女はその手を引っ込めた。そして、くるりと背中を向けて……どうぞ、と言わんばかりに、その美しく長い銀の髪を片側に寄せ、真っ白いうなじを晒していた。 「えっ、と……ルカ……?」 「どうしたの?着けたいんでしょう?」 首元をつんつんとつついて見せる彼女。 ……確かに、着けたいとは言ったけれど。それは本心ではなくて……いや、思わず口をついて出たなら、それが本心……?だとしても、そう思う理由が分からないし……などと、堂々巡りな自問自答は、肩越しの怪訝そうな視線に貫かれるまで続いたのだった。 2 「じゃあ、着けるよ……?」 「どうぞ?」 結局、答えの出ない問いは無意味だと結論付けた。彼女の首にリボンを結んでさっさと終わらせる事にして、一歩踏み出して、その背中に近づく。 「ちょうちょ結びでいいかな?」 「良いわよ。貴方に複雑で綺麗な結び方は、端から期待していないから」 煽るような軽口に少しムッとしてしまうものの、他の結び方なんて……特に、おしゃれな結び方なんて全然知らないのは事実で、黙るしかなくて。そんな考えを見通したかのように、彼女は愉快そうに笑った。 「キツかったら、言ってね」 「……ええ」 片手は空で、片手にリボンの端を握って、首の両サイドから腕を通す。彼女の胸元でリボンの受け渡しをして、ふと気付いた。 今の格好が、後ろから抱きしめる様なカタチになっている事に。 中途半端なタイミングで気付いてしまったせいで、動きが妙にぎくしゃくしてしまう。意識した途端、彼女の髪からふわりと広がる香りも、なんだかむず痒く感じられて……ふいと顔を逸らしてしまう。 首にリボンを回し終えても何も言わない彼女を見るに、こちらの心中は気付かれていないらしかった。ほっと一息ついて、リボンを結ぶ作業に戻る。 「……貴方の考える事、時々、分からないわ。デュエマをしたい、って気持ちは簡単に分かるのだけれど……」 結びの仕上げの最中、小さく呟く彼女に返す言葉が見当たらない。なにせ今この場においては、自分でも、自分の本心がよく分かっていないのだから。 「……出来たよ」 ぼんやりと考えるうちに、作業は終わっていて。そう告げると、彼女は大きな姿見に向けてすたすたと歩き出す。離れていく香りに、少しだけ名残惜しさを感じた。 「ふふっ……思った通り、不格好ね」 どこか楽しげな、からかう言葉。緊張してなければ、もうちょっとちゃんとした出来栄えに……と言い訳しようとして、ふと思い返す。そう言えば、どうして、いつの間に、緊張していたんだっけ―― 「どう?似合うかしら?」 「……えっ?」 こちらへ向き直った彼女の言葉で考えが霧散する。まさか感想を聞かれるとは思っていなかったので、慌てて言葉を探した。 「あ、っと……ファッションとかあんまり詳しくないから、アテにしないで欲しいんだけど……」 「知ってるわよ、そんな事」 「じゃあ、えっと……似合ってる、んじゃないかな?俺は、好きだよ。その……上手く、言えないけど」 「……ふーん」 あまり参考にならないその感想が、果たしてお気に召したのか、その逆か。そう呟いたきり、彼女は顔を背け、鏡の中の自分と向き合っている様だった。 「まあ……そうね。これも悪くないかしらね。ワインレッドに黒は暗すぎるから……青?緑?とにかく明るめの色に変えて……それと他に一つ、アクセントも必要かしら?青系の色で……」 ぶつぶつと呟きながら、スケッチにペンを走らせる彼女。それを見守っていると、彼女は唐突に振り向き、真っ直ぐにこちらに向かってくる。 「さ、デュエマするわよ」 「え?そっちはいいの?」 「言ったでしょう?別に急ぎじゃない、って。それに、貴方のおかげでいいアイディアが浮かんだもの」 そう言って小さく笑った彼女は、席に着いてデッキを取り出した。 正直、何が何やらという感じではあるけれど……役に立てたならよかったと、笑顔を返す。テーブルを挟んで向かいの席に着いて、デッキを取り出した。 「それで?今日の自信作、見せてくれるのよね?」 挑戦的な笑顔の下では、ワインレッドのリボンが揺れていた。 「もちろん!それじゃあ、早速――」 「「デュエマ・スタート!!」」