そこはデジモンが暴れ回ったかのように無数の木が折れ、致死量としか思えない古びて黒ずんだ血痕が広がっていた 「ええ…なんだこれ?」 映塚黒白は、何かに導かれるようにソレを見つける 酸化し黒くなった血が一面にこびりつき半壊したデジヴァイスだ そしてそれを手に取ると、バチリ というスパーク音と共に彼の意識は SceneKAIMAKU「Re:Beginning」 「ん?…あれ」 気がつくと彼は見知らぬ草原を歩いていた 何故今自分がこんな所にいるのか どこへ向かおうとしているのか どうして目に映る景色がレンズ越しのように感じるのか 浮かんだ疑問と違和感は夢であるように脳から霧散し、彼はその空白を埋める記憶を与えられた 「おーい、黒白兄ちゃん!」 彼の歩く少し先で快活そうな黒髪の少年が手を振っている。12~13歳くらいだろうか 狐がプリントされたTシャツに紫のパーカー、動きやすそうなGパン、それに腕に付けたデジヴァイスがよく目立つ 少年の名前は東原佑(たすく)。それが彼に与えられた記憶にある名前だ。 いつ知り合ったか、いつから一緒に居るのか 普段の彼ならその記憶が無いことにすぐ気づけただろうが今の彼には気づけない 視線の先に居る少年、横に居るソーラーモン、そしてここがデジタルワールドのどこかである事 その与えられたシチュエーションと記憶を、今の彼は現実として受け入れている 「早く来ないと追いてっちゃうぞー!」 「ええと……そもそもどこ行くんだっけタスクくん」 ゆえに、しばらく同行しているはずの少年に初めて行く先を訪ねると言う自分の発言のおかしさにも気づけない 「何言ってんの、オレが友達と会いに行くのに危ないからって一緒に行くっていったの黒白兄ちゃんじゃん」 「そうなのか…いやそうだったね、ごめんごめん」 違和感を感じる前に情報は補完されていく しかし、彼の好奇心がそれに勝っているのかそれとも無意識に抗っているのか 自分の言葉で少年を知ろうと会話を続ける 「しかし、自分で言うのもなんだけど良く同行を許してくれたよね」 「クロシローは見た目アレだからな」 「確かに黒白兄ちゃんは見た目こう…不審者だもんな!」 「ええ地味にショック…でもじゃあなんで?」 少年は振り向くとニカッと笑いながら答える 「人間見た目で判断しちゃダメって父ちゃん母ちゃん言ってたからな!それに」 「それに?」 目線をソーラーモンに向け少年は答えた 「デジモン好きな奴に悪い奴は居ないからな!」 「腐れ縁みたいなもんかなぁとも思うけどね…。でもデジモン好きな悪人も居るから気をつけた方が良いぞ」 「クロシロー、それは自白か?」 「悪意ある解釈やめてもらえる?」 そう言いながら彼らは楽しげな表情でじゃれ合う。いや、ソーラーモンの表情から感情は読み取れないが 「ほら、やっぱ悪い奴らじゃないじゃん」 少年は釣られるように楽しげな表情で再び笑った それから主観的には数日、彼らは旅を続けた これは誰かが整備したと思わしき道路を歩いている時のこと 「黒白兄ちゃん、そこ。花踏んじゃうぞ」 「おっとあっぶな。ありがと、注意してくれて助かったよ」 「昔似たようなことあったな、クロシロー」 これは崖から落ちそうになっている少年を彼が手を掴んで防いでいる時のこと 「俺も覚えがあるけどダメだって前方不注意は…うおお腕の限界が…」 「く、黒白兄ちゃんいけるいける!頑張れ!」 「ソ、ソーラーモン!」 「下から持ち上げるぞクロシロー」「ありが…あっつ!あっづ!!」 そんな紆余曲折に満ちた虚構の旅路は、定められた最後の夜を迎える 月明かりの下で、森の開けたところで彼は火を焚き、簡単なスープを作った 「さ、食事にしようか。まあたいしたもんじゃないけど」 「そんな事ないよ、まぁまぁ美味いぞ黒白兄ちゃん」 少年はスープを啜りながらそう答える。 焚き火がはぜ独特の静謐な時間が流れていく中、彼は軛が外れたように当然の疑問を口にし始める 「そういや、友達って誰?」 「んーオレのえーっとパートナーデジモンってやつ?」 「どうして今一緒にいないんだい?」 「リアルワールドに戻る時にお別れしたんだよね。そういうもんらしいじゃん?」 彼はその言葉に対して是とも否とも言えない複雑な表情を見せる 「いやあ…俺はそうじゃなかったからなんとも。仲良かったの?」 その言葉に少年の顔に一瞬陰がさしたが彼は気がつかなかった。少年はすぐに表情を明るくして言う 「勿論!仲良かったぞ!戻るとき俺たちメチャクチャ泣いたからな」 「そっかぁ…俺もソーラーモンと一緒に戻れなかったら泣いたのかなぁ」 「クロシロー、当機はマシーン型だから涙は流さないぞ」 そんな彼とソーラーモンの姿に少年は痛みをこらえるような顔をする 「ん?なんか辛そうだけどどうかした?」 「いや…あいつともうすぐ会えるんだなって思ってさ」 「そっか…待ち遠しい?」 「うん…会いたい。ヨウコモンに」 少年の目は強い決意をたたえていた。彼はソレを再会への強い希望と思ってしまった。 その目の意味に気がついていたら、結末はもう少し変わっていたかもしれない そして彼らはついに到達した。彼にとっては初めて来たはずなのに見覚えのある森へ 目の前に広がるまるで鎮守の森のようなある種神聖な空気には強い齟齬を感じていたが 「んん…?ここ、こんなに綺麗だったか…?もっとこう荒れてたような…?」 「クロシロー、ここに来たことあるのか?」 「いや…ないはず…なんだけど。何かがおかしい」 そんな奇妙な会話をしている2人などまったく目に入らず少年はかつての友達に呼びかける 「ヨウコモン!ヨウコモーン!!俺だよ!タスク!居るんだろ!!」 その言葉に反応するように目の前の茂みが揺れたかと思うと巨大な青い狐型のデジモンが現れた 「ヨウコモン!赤く燃え盛る四肢と九つの尾もつ成熟期デジモン!必殺技は尻尾から燃え盛る赤炎の龍を出現させ敵を焼き尽くす『邪炎龍』だ!」 「ソーラーモン…今感動の再会中だからね?」 「ヨウコモン!!」 少年は駆け寄りヨウコモンを抱きしめる 「タスク!タスク!どうしてここに!」 ヨウコモンも少年に頬を寄せる 「ヨウコモン!…久しぶり!!」 ヨウコモンは目に涙を浮かべる。少年はポケットに手を突っ込む 「タスク…会いたかった!会いたかったよ!」 ヨウコモンはしゃがんで頭を少年の高さに合わせる。少年はポケットから注射器を握った手を取り出す 「――オレもだよ。会いたかった」 少年は注射器をヨウコモンに突き立てた 彼の横をヨウコモンに吹き飛ばされた少年が高速で通り過ぎる。ぐしゃり、と嫌な音が後ろから聞こえた 「――は?」 森にヨウコモンの理性無き狂気の叫びが響き渡る 注射を打たれた痕から黒い何かがゆっくりと広がっていく。アレがヨウコモンの正気を奪っているだろう事は容易に見て取れた 「ソーラーモン!!」「ソーラーモン進化ー!!ガードロモン(金)!!」 とっさに彼はソーラーモンを進化させ、ガードロモン(金)は彼の意図を即座に読み取りヨウコモンを押え込む 「ガードロモン(金)!ディストラクショングレネード!黒い部分のみ!」 「ディストラクショングレネード!」 ガードロモン(金)の腕からグレネードミサイルが発射されヨウコモンの黒化した肉体部分を爆発で削り取っていく 爆発音とヨウコモンの叫び、金属が叩かれる音が彼の耳に入ってくる。しかし彼は視線をそちらに向ける必要はない 彼らは互いを知っているからだ。今、彼が目を向けるべきは木の枝が腹部に刺さり血を流している少年であるからだ 「なんで、あんな事を…!!」 身体から抜けないように枝を折り、包帯で固定をする。 枝が抜けてしまえば大量出血が避けられないからだ。以前刺された経験から学んでおいた応急手当の実習が役に立っていた 「だって…デジモンが居るから…帰ったら父ちゃんと母ちゃんが毎日喧嘩するようになったんだろ!」 メチャクチャな理屈にもなっていない言い分だ。はっきり言ってしまえばただの逆恨みにすぎない だが少年の家庭がどうなったかは彼は理解できた。おそらく自分と同じような事が起きたのだろう 「喋っちゃダメだって!誰が吹き込んだそんな事…デジモンが、ましてヨウコモンが悪いわけじゃないことくらい本当はわかってるんだろ?」 主観的に数日の旅でしかなかったが、彼は少年が愚かではない事は理解していた。だが、愚かでなくとも人間は感情の行き場を求めてしまう 怒りや悲しみを向ける相手が居なければいけなかった。そうで無ければならなかった 「じゃあ…やっぱりオレが悪かったの…?ごぽっ…」 少年の口から黒い血が吐き出される。内臓が損傷したときに出る類いの血だ 彼に少年のすがるような視線が向けられる。意識が薄れてきているのだろう、目の焦点がブレつつある 少年の意識が途切れる前に彼は答えなければならなかった。少なくとも彼はそうせねばならないと思った 「それは…」 彼は言いよどんだ。その先は彼の今までを否定するに等しかったからだ あるいは、自分も少年も誤魔化せる言葉を言う事も出来たかもしれない しかし、彼はそれを選ばなかった。目の前の少年に嘘がつけるほど弱くは、あるいは強くはなかったから 「誰も…何も悪くないんだ…!!ただ、ただ間が悪かった。それだけなんだよ…っ!!」 血を吐くように、絞り出すように彼は彼自身が目を逸らしていた事実を少年に告げた 酷い脱力感が彼を襲う。それと同時に背後から何かが倒れ込む音がした 「…っガードロモン(金)!状況は!」 脱力感を振り払うように力を入れ背後を振り向くと、そこには倒れ伏したヨウコモンとそれを見下ろすガードロモン(金)が居た 激戦だったのだろう。ガードロモン(金)の装甲の焦げ痕と凹みが物語っている 「当機の攻撃でヨウコモンは沈黙したぞ。見える範囲の浸食範囲は消し飛ばした」 「よし、HPバー…ダメ…バイタルドリンク…ダメ…回復フロッピー…ダメ。なんでだ…」 黒い浸食の影響だろうか、回復アイテムがヨウコモンに効かない 「ガードロモン(金)退化!ソーラーモン!シャイニーリングで焼灼!!」 「クロシロー、いいんだな?シャイニーリング!!」 ソーラーモンより発射される高熱の歯車がヨウコモンの傷を焼き塞ぐ デジモンは厳密には生物ではない。だから焼灼に意味があるのか彼にもわかっていない だが彼は今できることを止めることはしない。それしか出来ないと知っているから 状況は最悪と言って良かった。少年は内臓を痛めており、長くは持たないだろう ヨウコモンも浸食が止まっただけで傷は治っていない どちらも彼らの手が出せる範囲を超えてしまっている。治療施設に運びプロに任せるしかない 「くそ…くそ…!!」 彼は強く求めた。少年とヨウコモンを早く、速く運べる力を その欲求に反応し、彼の携帯に仕込まれていたプログラムが稼働する SS式デジモン進化プログラム。理論上パートナーをあらゆるデジモンに進化/退化/スライド可能なプログラムである 稼働したプログラムは現在進化可能なデジモンの中から彼の願うに適うデジモンを検索し選択。ソーラーモンを進化させる 「クロシロー」「くそ…何か手は…ソーラーモンなにかアイデア…が」 彼の目の前にはソーラーモンから進化したジャザリッヒモンが佇んでいた 「クロシロー、当機なら間に合うかもしれない」 「ああ、急ごう」 彼は少年を背負いジャザリッヒモンに乗り、ジャザリッヒモンはヨウコモンを足で掴む そしてジャザリッヒモンは人里を目指し飛翔した それからどれくらいの時間がたっただろうか 彼らは黒い空を飛び続けていた。少年もヨウコモンももう彼らの元には居ない 治療施設に運べた気もするし、いつの間にか消えていた気もする とにかく、何もかも終った。それだけはハッキリと感じていた 「なあ、ジャザリッヒモン。俺は今まで何をしていたんだろうね?」 「クロシロー」 「俺はずっと自分に都合のいい怒りに逃げてただけだったんじゃないかな」 「クロシロー」 「前になんて一歩も進めて無かったんじゃないかなはは、笑える」 「クロシロー、当機は」 「なんかな…凄く、疲れた」 そう言って彼はジャザリッヒモンの背の上で座り込み何も見えない空を仰いだ その時、ふとかすかに清涼感のある匂いが彼の鼻腔をくすぐった 「元気がないぞ、青少年!」両肩をバシンと叩かれる 「えっ?えっ?誰?」 彼は振り向こうとしたが強い力で肩を押さえられ振り向けない。なんとか首だけ回すと肩越しに警察官のものらしき服装がちらりと見えた 「本官の事は気にするな。通りすがりのお巡りさんだと思えばいい」 不審な事この上ないが、何故かバンダナの友人の姿が頭をかすめ疑う気持ちが雲散霧消した 「ええ…お巡りさんがこんな所でなにを…?」 「なに、困ってる青少年を助けるのは本官の仕事だからね」 「いや別に困っては……いったぁ!」 背中を強く、強く叩かれた 「ここで休むにはまだまだ早い。生きて、頑張れ」 その言葉と共に、遠くから光が生まれ近づいてくる。きっとあれが出口だろう。それと同時に背後の気配が遠ざかっていく 振り向くと顔はよく見えないがラフな格好をしたお巡りさんとちょんまげ頭のデジモンが手を振っているように見えた 「あの…!」 「クロシロー、行くぞ」 何か言おうとして、そのまま光の中に突入し、彼の意識はそこで途切れた 「――郎。叩くとき少し私怨がなかったか?」 「……いや?そんなことないよ?」 「んん……?んん!?」 目が覚めると視界から青空がぐんぐん遠ざかっていた。要は高高度から自由落下しているのだ 「クロシロー、目が覚めたか」 彼は何故自分がスカイダイビングしているのかまるで理解できなかった しかし、目の前のジャザリッヒモンがソーラーモンが進化したものである事は何故かすぐに理解した 「なんでお前もダイビングしてるの!?」 「クロシロー、それは当機も今覚醒したからだが?」 「それを聞いたんじゃないんだよなあ…と、とにかく着陸しよう着陸!」 そして慌ててジャザリッヒモンにしがみつき、ジャザリッヒモンは落下しただろう地点にゆっくりと着地した そこは、デジモンが暴れ回でもしたのか何本かの木が折れ、多量の古びて黒ずんだ血痕が広がっていた そう、あのデジヴァイスを拾った場所だ。そう確信したとき彼は拾った後からスカイダイブまでの記憶が無い事に気がついた 「ジャザリッヒモン、なんで空に居たか覚えてる?」 「いやクロシローが何か拾った後から先ほどまでの記憶は当機には無いな」 そんな話をしながら無意識に握られていた手を開くと完全に壊れ砕けたデジヴァイスがそこにあった 「これは…ん?」 ふと違和感を感じ、胸ポケットを探るといざという時のために持っていたデジアサガオが役目を終えたかのように枯れていた そして風が吹き、デジヴァイスも、デジアサガオもその手から風に飛ばされ、空の中に溶けて消えた 「さて…いつまでもここに居てもしょうがないか。そろそろ行こ…あれ?雨降ってきたか?」 彼は空を見上げるが快晴で雨の降る気配など全くない 「クロシロー、なんで泣いてる?」 その言葉に彼は自分の頬を撫でるとなるほど、確かに自分は泣いているらしいと気がついた 「ええ…なんで…?」 疑問と同時に彼の胸には悲しさとも虚しさとも後悔とも判別しがたい感情が溢れてくる 「いや…本当になんだこれ…」 ただ分かることは、あれほど消えなかった己への怒りが明確に薄れていた 「悪い…ちょっと落ち着くまでむこう向いててくれないかな…ちょっとハズいわ…」 「オーケー、当機は待機している」 ジャザリッヒモンに感謝しつつ、彼は理解しがたい自分の心情を推し量り冷静になろうとする だが、何故か推し量る前から決して後ろ向きなだけではない何かが残されている事を確信していた ――これからのち彼、映塚黒白は今まで目を逸らしていたモノから否応なく対峙することになる 自分を焼き、しかし守ってくれていた怒りの炎は今はもうその役割を果たさないのだから 無自覚の逃避を失った彼とソーラーモンがどこへ向かうのか、今は誰にもわからなかった                                       終わり …… ……… ………… …………… その日、彼はいつもの両親が言い争う夢を見なかった どこかの縁日だろうか、祭の喧噪の中見知らぬ夫婦が自分に笑いかけている 「タスク、かき氷は美味いか?」「相変わらずレモン味が好きねえ」 「冷たくて美味しい!あっ花火が始まったよ!」 「あらあら、転ばないように気をつけなさい」「ははは、楽しいか?タスク」 「うん!父ちゃん母ちゃん、大好き!」 場面が切り替る。デジタルワールドの夜空の下、ヨウコモンが必死に自分を慰めようとしている 「う…ぐすっ…父ちゃん…母ちゃん…」 「タスク~。ほ、ほらレモン食べるか?」「うぅ…酸っぱいよぉ…」 「あわわ…え、えーっと…ほ、焔玉!!ど、どうだ花火みたいだろ」 「……わぁ。すっげぇ…」 「タスク、もう大丈夫か?」 「ヨウコモン、大好き!」