1. 巡らずの霧の地の噂を聞いたことはあるだろうか。 どこかにあると言われる濃霧に包まれた森林、嵐や日照りの影響を受けず常に霧立つ神秘の森。 静寂に包まれ少し肌寒さも覚えるひんやりとした風が流れ込む神秘の森。 そんな静寂を切り裂いた冒険者たちの影と……。 「甘いものがぁっ!!食いてぇ〜〜〜〜んだよォ〜〜〜〜〜っっっ!!!!!!」 冒険者たちの持ち込んだ魔ンドラゴラの放つ冒険者たちの心の叫び。 これ静かにせんかと叫ぶ食材の茎を掴んで窘めるのは 黒い甲冑にライトグリーンの閃光が走る甘党騎士エナドリラー、このパーティのリーダーだ。 彼のパーティメンバーは左目に縦一線の傷を持ち薄青色の髪をした大の甘党のグレイズ・リバル。 ハートにも似た光輪を頭上に掲げる一見幼げな甘いもの好きな魔族の女性ペッシェ・ボンボン。 そして胸元を大胆に露出し名物のあん団子をその手に掲げる甘党を救う魔族の少女アンコール。 彼らの眼前には噂に聞こえた巡らずの霧の地と、その神秘の森へとぴょこぴょこ駆けていく煙のご飯騎士たち。 冷たい霧に炊きたてご飯のふくよかな香りと甘党たちのむせ返るほど甘い匂いが混じる──。 2. そもそもことのきっかけはとあるバーでのことだった。 いつものように彼らがバーでアンコールの振る舞うあんこ菓子を嗜んでいると これもどうぞと言わんばかりにバーの客のテーブルに蒸したてのあん饅頭を配って回るご飯騎士たちに遭遇した。 ちょこまかと店内を駆け回り、鼻孔をくすぐるいい匂いを振りまいていく彼らは いつの頃からか当たり前のようにバーで料理を振る舞って回るようになっていた。 空腹の者たちには自身らの体で調理した出来立てアツアツの料理を 店内で口論がエスカレートしたものたちにはもっとアッツアツの料理を振る舞い胃と心を慰める。 「おい出来立てだぜお前ら、冷めないうちにいただいちまおう。」 目の前に出されたあん饅頭に真っ先に反応したグレイズ・リバルはすでに半分口の中に入れながら同卓の面々に促す。 「あんこで私に挑んでくるなんて……。う、美味しいじゃない。結構やるわね……。」 「キヒヒッ!甘いものはあったかいと格別でありますなぁ。」 地元特産のあんこに自信を持っていたアンコールをも唸らせる菓子に舌鼓を打つペッシェ・ボンボン。 「ん〜〜確かに美味い!柔らかで艶のある皮に、ほのかに優しく囁く餡子!これをエナドリで飲み干、ウッ!!」 カフェインと糖分でいささかヤバいことになりながらエナドリラーも絶賛する。 ただでさえ血走った彼の眼は味覚の興奮で更に充血していく、大丈夫だろうか。 「それにしても不思議な甘さね。色々甘味料は試してみたけどあんこに混ぜてこういう甘みになるものは知らないわ。」 「へぇアンコールでもモゴモゴ。あんこに関して知らないことがモガムグ。」 「グレイズあんた食うか喋るかどっちかにしなさいよ。それにしても気になるわねぇ。 舌に乗る滑らかさと糖の刺激で言うなら魔ンドラゴラ系の植物由来なのは間違いないけれど。」 「アンコールは魔族だろう?あの騎士たちも魔族と伺っているが会話することは叶わぬか?」 エナドリラーの問いかけに静かに首を振るアルコール。 どうやら菓子作りのプライド的に自分から聞きに行くのは若干屈辱的で負けた気がするから嫌だという。 それなら、とエナドリラーはペッシェ・ボンボンにご飯の騎士たちの翻訳を任せる。 「ふんふん、へぇ〜え。そうでありますかぁ。」 ちんまり座り込んだペッシェ・ボンボンになにやら身振り手振りをしながらさらにちんまりしたご飯騎士たちが説明している。 彼女の放つ甘い香りに同族の匂いかなにかを感じたのか、ことの詳細を丁寧に教えてくれた。 「ただいまでありますぅ〜。」 「わかった!?わかったの!?早く教えなさいよ!?」 ペッシェ・ボンボンが全身で先ほどのご飯騎士たちと似たような身振り手振りをしながら教わった内容を話す。 いわく、彼らの故郷のような"巡らずの霧の地"にのみ栽培される特別な植物"青甜菜(ブルービート)"を用いた甘みで しかもそれらは森の奥からしか採取できない貴重な品のため世に出回ることはほぼ無いとのことだった。 王都の貴族ですら滅多に口にすることの出来ない秘宝にも用いられているらしい。 「青い琥珀と〜言うらしいであります。口にすれば徐々に体を癒して体の奥底から力が湧いてくるらしいであります。 いやぁペッシェもそんな宝石食べてみたいでありますなぁ〜。」 「青い琥珀…!青甜菜(ブルービート)!やはり私の舌は間違ってなかったわね。」 「だってよエナドリラーの旦那。こいつぁお出かけと洒落こ……エナドリラーの旦那?」 「「「気絶してる……。」」」 3. バーを飛び出しどこかへ駆けてくご飯騎士たちを追いかけ、甘味一行はいつの間にやら霧の立つ森林に囲まれていた。 「甘いものがぁっ!!食いてぇ〜〜〜〜んだよォ〜〜〜〜〜っっっ!!!!!!」 おやつ代わりに持ってきた魔ンドラゴラの声に緊張がかき消される。 森の奥へ、霧の奥へと駆け抜けてくご飯騎士たちの影と香り立つ湯気を追いかけ一行も先の見えない霧に飛び込む。 白米よりも白い霞に一時視界を奪われるも、次第に森の奥にひっそりと構える村の風景が見えてくる。 木造の小ぢんまりとした建物がまばらに並び、その間を縫うように小さな旗のようなものが少し小高く張り巡らされている。 森の外からは想像もつかないような活気と賑わい、彼ら甘味一行の構成を思わせるように人と魔族が共存していた。 村の者から説明を受ける前にこの地で祭りが控えてるだろうことを察した。 「これは、村か。どうやら我々が追っていたものはこの村にあるらしい。」 「言われなくてもわかるぜ旦那。あのおチビちゃんたちここの村からバーまで出勤してたのかね。」 「スンスン。美味しそうな匂いでありますなぁ。祭りといえば出店でありますよ。」 「と、とにかくあいつら探さないと話にならないじゃないっ!」 祭りを抜けようと動く一行に一人の少女が声をかけに近づく。 深緑色のボブカットヘアー、まるで霧の向こうに居るような錯覚を思わせる不思議な透ける服。 特異な格好から恐らくこの村の巫女か何か祭りの取り仕切り役だろうと察する。 「ようこそみなさん。この辺りではお見かけしないからもしかして外から来た人たちですか?」 「これはご丁寧に。吾輩たちは甘味を求めて旅をしている者。実はこの辺りで探し物をしていて……。」 「あぁやっぱり。騎士ちゃんたちが連れて来たってことはみんなだいたい目的が同じなんです。青い琥珀……。」 「そうよ!青い琥珀!このあたりからしかゲットできないっていうお宝!」 アンコールが興奮して巫女とエナドリラーの会話に割って入る。 あんこに関して一日の長を持っていた彼女は、 同じ魔族のご飯騎士たちにお株を奪われたと思いどうやら冷静さを欠いてしまっているようだった。 「とにかくみなさん、ひとまずお祭りを楽しんでってください。 騎士ちゃん……あ、いや。ご飯騎士様たちが炊き立てのご飯を振る舞ってくれますよ。」 一行が遠くにふと目をやるとご飯騎士たちが大きな釜から山盛りご飯をついでは並んでる群衆に配っている。 ほんのり冷えた空気がふっくら炊き立ての米の匂いをよく乗せ広く漂わせる。 ギュルと聞こえた虫の音が誰のものかを探すこともなく、みなよだれを垂らし一目散に列に加わった。 「うめぇ〜〜っ!米って噛んでるとめちゃくちゃ甘ぇ〜〜っ!」 「グレイズよい噛みっぷりだ。吾輩もこう炊き立てご飯にエナジードリンクでキュッと、キュッ、うっぐ。」 「このメンバー蘇生出来る人居ないでありますよ。」 「まぁ巫女さん居るし大丈夫でしょ、多分……。それにしてもいい米使ってるわね。 こっちはこっちでお団子作ってみたくなるじゃない。」 村の祭りで供される料理に舌鼓を打つ一行に村長とおぼしき老人と先ほどの巫女が話しかけてきた。 どうやら先ほどの会話を巫女が村長に伝え、彼らの処遇を取り計らってもらったようだった。 「事のいきさつはあらかた聞きました。 あなた方が求めるものはこの森の更に深奥、御神体の鎮座する聖域にて得ることが叶います。 ただし条件はふたつ。まずこの巫女を御神体まで連れて行きまた無事に連れ帰って来てくだされ。」 「うむご老体。まずは巫女の安全な送迎承った。それから?」 「森の奥で待たれるお方にその力を示すことですじゃ。 さすれば青い琥珀をあのお方直々に譲り渡してくださることです。」 森の奥に潜むものの正体こそ知らされなかったがいともたやすく条件を教えられる。 まるであのお方とやらの実力を信頼し興味本位で訪れる冒険者を嗤うかのようにあっさりと。 祭りの儀式のため御神体へと供する供物を手にした巫女と、その護衛を任された甘味一行の背中を村長が見送る。 「あの者たちもしや、いややはりそうか……。」 4. この霧の村には巫女の神事がある。 村の守り神とされる霧神さまへの感謝を伝えるために年頃の村の子供たちが持ち回りで御神体の世話を任される。 子供たちは霧を模した薄布の巫女服に身を包み、作物を持って御神体へ向かう。 御神体の鎮座する聖地の掃除をし供物を供え、翌年の豊作や村の平穏を願いまた村へと帰ってくる。 これら一連の流れが巫女の執り行う神事とされている。 巫女を筆頭に神事の場に赴いた一行は邪魔にならないよう軽く掃除の手伝いをする。 流石に聖地といったところだろうか。外の森よりも、村の中よりも、どこより深く濃く霧が立ち込める。 森の枝葉の天蓋に霧のベールに包まれたこの聖地はさながら神の寝床と喩えてもいいぐらいだ。 「ねぇ、流石にこの霧の量おかしくない?」 「魔物の気配も感じるでありますなぁ〜。」 「旦那、警戒したほうがいいぜ。」 「わかっているとも。皆の者、下がって巫女を守るのだ。」 巨大な槍を構えるエナドリラーの眼前には濃霧が次第に集まり、その奥からガチャガチャと音を立てて歩いてくる人影が見える。 白い濃霧を突き破り灰色のベールの下の人物が姿を現しガチャリと歩みを止める。 煙の騎士。煙を外套のごとく纏う正体不明の全身甲冑。 魔王城内でも見たことのあるものは多いが、誰も出自と所属を知らないいわば正真正銘の黒騎士。 煙から現れた黒騎士に相対するエナドリラーもまた黒い甲冑を纏う黒騎士。 白と黒の黒騎士同士の空気をも切り裂かんとするにらみ合いにより巫女も、甘味一行も視線を釘つけにされる。 「なるほどお主が霧神と呼ばれるものか。力を示し青い琥珀を譲り受けたい。手合わせ願おうっ!!」 言い切る前に先に動いたのはエナドリラーだった。 彼の持つ槍がギュイィンと激しいトルク音を上げ空気を切り裂き振り下ろされる。 剣で迎え撃つ煙の騎士も両手で支えなければ回転の勢いとエナドリラーの重量に押され弾き飛ばされてしまうところだった。 剣と槍の間から激しく火花が飛び散り焼けた金属の匂いが漂う。 両の手で自身の剣ごとエナドリラーを押し返す煙の騎士はノックバックの隙を図ってエナドリラーの顔面へと三度四度突きを繰り返す。 とっさに腕で顔を覆い前腕の装甲で煙の騎士の突きを防ぐエナドリラーだが、今度はがら空きの左わき腹に剣の面部分を激しく打ち付けられる。 鎧を貫通し内臓に激しく響く振動で胃液のこみ上げるエナドリラー。しかし相手の好調時こそ気のゆるみが見える。 こみ上げた胃液を煙の剣士の兜へ吹きかけ視界を奪う。 一瞬たじろぐ煙の騎士に今度はエナドリラーが回転のかかった槍の打撃を打ち込む。打ち込む。打ち込む。 いつの間にやら密着状態にある騎士たちはお互い相手の眼前に自身の武器を打ち付け火花散るつばぜり合いへと持ち込んだ。 「いいぞーエナドリラーの旦那ぁがんばれがんばれ。ムシャリ。」 「グレイズあんたいつの間にお菓子なんか。食べるか応援するかどっちかにしなさいよ。」 「いやだって貰ったもんは食わなくっちゃ。アンコールは貰わなかったのか?」 「誰によ。」 「あいつら。」 グレイズの指差すほうを見ると二人の黒騎士たちの足元へ駆け寄るご飯騎士たち。 そして大きく飛び上がると──。 「カコォォ──────────ンっ。」 エナドリラーと煙の騎士の兜を猛烈に叩き、軽い音を響かせながら決闘を中断させる。 煙の騎士とエナドリラーの兜からは煙のような霧のようなものが立ち上ってゆく。 ご飯騎士たちはなにやら激しく身振り手振りを行い訴えかけているようなしぐさをみせる。 「貴様らぁ!!戦争なぞ下らん事せずに飯を食えぇぇっ!!って言ってるであります。」 「お姉さんご飯騎士様たちの言葉わかるんですか……?」 村の巫女の驚きをよそに同じ魔族のペッシェ・ボンボンがご飯騎士たちの翻訳をしていく。 「なになに?騎士様いくら上司とはいえ与えられた使命は守らせていただきます。 料理の前で争いは許しません、って言ってるであります。 エビルソードと一騎打ちしてた噂もある相手に大胆でありますなぁ。」 頭を叩かれたショックで糖分が脳に回り血糖値スパイクを起こすエナドリラー。 急に気絶した彼に驚きご飯騎士たちがわちゃわちゃと狼狽える。 バツが悪そうに霧の奥へ溶けていく煙の騎士。 黒騎士同士の決闘は白黒つかぬまま打ち切りられた。 一同の間に微妙な雰囲気が漂う中粛々と聖地の掃除が行われ供物を、置く。 ぼんやりとした空気の中無事に神事を終え村長との約束通り無事に巫女を連れ帰って来た。 5. 「やぁ皆さま御無事で戻ってこられましたな。ご苦労様でした。」 出迎える村長と村の若い衆。村長の手には篭の皿いっぱい詰まれた青色の宝石が輝いていた。 巫女を連れ帰った一同はその青い輝きに目を奪われ感嘆の声を上げる。 「皆様方が欲した青い琥珀というのはこのことでしょう。」 ほれと宝石の詰まれた籠を巫女の方に寄せ村長が目くばせをする。 察した巫女は宝石を一つ摘み、おもむろにかぶりついた。 「皆様方から漂う甘ったるい匂いに腰から下げた魔ンドラゴラでわかりました。 お求めの品は青い琥珀ではなく青い琥珀"糖"だったのではないでしょうか。 青い琥珀は騎士様に打ち勝ったものが強さの証に賜るもの、宝石なので食べられませんよ。」 「では吾輩の戦いはいったい。」 困惑する一同の中に一人だけ素知らぬ顔をするものが一人。 「だから最初から青い琥珀糖って言ってたでありますよ。琥珀は食べられないであります。」 バーでの会話を思い出す。 "「青い琥珀と〜言うらしいであります。口にすれば徐々に体を癒して体の奥底から力が湧いてくるらしいであります。 いやぁペッシェもそんな宝石食べてみたいでありますなぁ〜。」" 「お前確かに宝石って言ったよな?」 「琥珀糖はキラキラしてて宝石そのものであります。」 「琥珀と〜というのは吾輩たちが琥珀糖と聞き間違えたということか?」 「あんた話の流れおかしいって気づいてたなら修正しなさいよぉ!!!!」 怒りのあまりペッシェ・ボンボンの服に手を突っ込んで猛烈にくすぐるアンコール、 あまりの容赦のなさに傍から見ているだけでこちょこちょという擬音すら聞こえてきそうな勢いだ。 「ぃやははははは!でもどっちにしろここに来ないと琥珀糖だって……ぎゃはははは!!!やめ、やめるであります!!やめへ!!」 じゃれつくアンコールとペッシェ・ボンボンを横目に村長たちとエナドリラーたちの話が進んでいく。 「確かに琥珀糖も貴重な青甜菜から作られる貴重な品ではありますが 皆様がお約束通りこの巫女の子を送り迎えしてくれましたのでいかがでしょう。 いくつか依頼報酬としてお持ち帰りいただくのは。」 「うむそうして貰えるとありがたい。 もとより我ら菓子を求めて迷い込んだ身、やはり菓子を貰えれば言うことなしである。」 「旦那もバトル頑張ってたしよ。ちょうど滋養強壮にもいいんじゃねーか?」 「あ、じゃあ私青甜菜であんこ作ってみたい!」 お仕置きが終わったのかアンコールも会話に加わってくる。 足元には元々はだけていた服が更にはだけて、靴も脱がされたペッシェ・ボンボンがハァハァと息を荒げて横たわっていた。 涙を浮かべて引きつった頬とめちゃくちゃにかきむしられた足の裏がほんのりと赤らんでいる。 「もうくすぐらないで欲しいでありますぅ……。」 当初の目的通り青い琥珀、もとい青い琥珀糖を求めて彷徨った彼らの冒険は無事目的地へとたどり着いた。 村の祭りに再び参加し帰る頃には青い琥珀糖や青甜菜の糖でこしらえたあんこを土産に巡らずの霧の地を後にする。 さてバーに戻ったら次はどんな甘味に出会おうか。 甘党たちの数奇な冒険はこれからも続いていく────。 「甘いものがぁっ!!食いてぇ〜〜〜〜んだよォ〜〜〜〜〜っっっ!!!!!!」