スプシ図書館攻防戦、その首謀者であった名張蔵之助は娘の一華の拳を受けて敗退。 交渉により、調査を続行しつつ防衛側として再参戦することとなった。 その彼が、一華と同時に戦闘に参加していたときのことである。 「なんだあれは……デジモンじゃなくて、アプモン……?」 『図書館』を襲撃し、迎撃に出たデジモンやそのテイマーの複製体を生み出し、けしかけている存在。 スプシモンたちの情報によると、どうやらレプリモンという名前らしい。 「コピー生成能力か……厄介だな。」 「パパ!」不意に一華が大声を出す。 「なんだ一……!!」蔵之助は一瞬言葉を呑んだ。 出現したのは、彼ら親子――すなわち、名張蔵之助と名張一華の複製体だった。 その瞬間、彼らのイドに仕掛けられた本能のスイッチが入った。 『お前達の肉体は兵器だ。故にその遺伝情報は機密事項だ。』 『盗んだ者は許すなかれ。盗まれたものは須らく処理せよ。』 血液が沸騰するような激しい怒りの感情が渦巻いて立ち昇る。 「僕達の……コピー!?あいつだけは絶対に逃がすな!殺せ!ヤタガラモン!」 「合点承知!六型徹甲大筒『捌苦』、斉射ァ!」 蔵之助の指示でヤタガラモン雑賀モードは即発砲、複製体は直撃を食らって消滅する。 「わたしのコピー!?あいつだけは絶対に始末しなきゃ!ネーバルウィッチモン!」 「あいよー、アチシにおまかせ!『ファントムスパロー』!」 ネーバルウィッチモンの放つ大型ホーミングミサイルは複製体に命中、跡形も残らずに消し飛ばした。 「目の前に本人がいるのにそのコピーを繰り出して何を考えてるんだ?」 蔵之助の冷酷な紅い眼差しがレプリモンを射抜く。 見れば、他の複製体たちもオリジナルとぶつかっては撃退・消滅していっている。 「やるんならさぁ、もっと頭を使えよ、頭を。せっかくの能力が勿体ないよ?」 口調こそ誂うようだがその目は全く笑っていない。 「発生源はアイツね。パパ、『不死殺し』を預けるよ、外さないでね!」 一華がポーチを蔵之助の手元に正確に投げ入れる。 「任せろ一華、ここで当てなきゃ父親として立つ瀬がない!」 取り出した弾丸をXP-100に装填し腰に提げる。 「あなた達、大丈夫?」戦闘の様子を見たのか、茜が近寄ってきた。 次は茜の複製体が出てくるのか、と二人は気色ばんだが、何やら様子がおかしい。 やがて出現した複製体を見て、レプリモンが戦法を変えたことにすぐ気づいた。 本人の複製ではすぐ偽物と看破されたから、今度は防衛戦力にとって親しい存在、あるいは敵手たる存在を複製してきたのだ。 そしてその中にいる2体の複製体は、親子三人に驚愕を与え、次にかつてないほどの怒りを齎した。 『……メグルさんの、』「拝くんの、」『偽物!!!』 「貴様らの『性質』はここの情報でよく分かった。」 (コイツ、『図書館』のスプシ情報を参照して……!)蔵之助が睨みつける。 「こいつらがお前達の『主』であろう。これで貴様等は何もできまい!」レプリモンが言い終わるよりも早く。 「マトリクスエヴォリューション!」一華が叫ぶ。ネーバルウィッチモンの全体が光を放ち、ゴースモンの姿に戻る。 「ゴースモン進化!」ゴースモンと一華の姿が重なり、光の輪郭が膨らんでいく。 「コルドロンウィッチモン!」そこに現れたのは、赤い服の筋骨たくましい女性の姿。 両肩に大鍋を盾のようにして装着し、頭にはウィッチモンとしての帽子。 しかしそのマスコットは猫ではなく一華の影響で白蛇へと変貌している。 「拝くんが!ライラモン抜きで!わたしを助けに来る訳ないでしょ!」 そう声を張り上げながら音速の倍近い速度でコルドロンウィッチモンが吶喊する。 「そんなアホをわたしは好きになったんじゃないわ!ふざけんな!」瞬時に零距離となる。 「美愚蛮!煩魑!!」射程わずか1m、しかし必中にしてあらゆる防御を貫く一撃。 一時的な次元固定により敵を拘束し、次元貫通波動を拳に込めて振り抜く。 インパクトと同時に次元固定を解除、そのエネルギーを拳を通じて敵の中枢に叩き込む。 これら一連のシーケンスを、フィジカル重点な究極体デジモンの膂力で行う。 レプリモンの中枢に致命傷たりうるレベルの衝撃が加わり、その体は宙を舞った。 「ぐわああああ!」絶叫、直後に着地。全身を強打してレプリモンの一瞬意識が混濁する。 気がつけば、倒れてる自分を至近距離で覗き込む蔵之助と茜の姿があった。 「三昧耶曼荼羅!」声のした方向を見れば、サクヤモン望月聖女モードの必殺技射出で複製した2体は消し飛んでいた。 「一華、ここはもういいよ。他のみんなを手伝ってやってくれないか?」 蔵之助の言葉にコルドロンウィッチモン=一華の表情がこわばる。 「……うん、わかった。」そう言うとコルドロンウィッチモンは未だ暴れる複製体の方へと跳んで行った。 (パパ、あいつを生かしておかないつもりなんだ……。) 父親がこれから何をするのか、そしてそれを娘には見せたくないのだというのを彼女は察していた。 自分の子供達には、極力そういうものからは無縁でいてほしいと願っているのだ。 一華が去るのを確認すると、茜がいきなり増えた。四分身である。 デジモンのコスプレした経産婦が突然4人になるのは一見ギャグのような絵面だ。 しかしその4人が無言でレプリモンの両手を切り落とし、同時に両膝を苦無で地面に縫い付けたとなるとギャグでは済まない。 1人はさらに目の部分を千本という手裏剣の一種で貫き、もう一人は鼻と思しき感覚器に突き刺した。 耳らしき外部音響の感覚器を無惨に引き千切られ、腕の残りは鋸歯苦無が大地に縫い留めている。 「やめろっ!お前たゴブォッ!」発声器官に短刀が突き立てられ、声が出せなくなる。 それら一連の行動を、あのおしゃべり好きな茜は一言も発しないまま淡々と行っていた。 その様子を先程から黙って見ていた蔵之助が、ようやく口を開いた。 「ディティールが甘い。情報が古い。一番古いスプシ情報だけで作るな。解釈違いだ。」 あの一瞬でそこまで判別できたのか、とレプリモンは思ったが、 「そもそも本物がどこに居ても常時モニタリングしてる。やるんなら、本物のメグルさんを誘拐してからにするべきだったな。」 もっと酷い事実を聞かされて衝撃を受けた。コイツ、ストーカーじゃないか! 「お前だけは楽には逝かせない。さあ、好きな死に方を選べ。それ以外を全部ぶち込んでやる。」 蔵之助の目が紅く光る。 「まずはお前にこんなことさせたテイマーを教えてもらおうかな?」 (こっちの声を潰しておいて何を言ってるんだ!)そう思ったレプリモンであったが、 「ああ、このままじゃ何言っても聞こえないね。……『オートコンタミネーション』起動。」 聞いたことのない単語だった。少なくともスプシ情報には載っていなかった。 『何だそれは?って思ったかい?図書館にはまだ無い情報だからねえ。』 『何だそれは!ふざけるな!……なっ!?』 耳を潰されてはっきり聞こえなかった蔵之助の声が明確に意識内に響いてきた。 ついでに自分の思ったことがそのまま言葉となって自身の意識内に聞こえてきた。 『世界に対して僕らの存在が再定義・確定したことで使えるように……というか復活したばかりなんだよ。』 『だから図書館には記録されてないと言うのか?ふざけるな!』 『安心しなよ、この戦いが終わったら記録されるさ。……ふうん、テイマーの指示とかじゃないのか。』 いつの間にか蔵之助の髪が黒く変色しているが、目を潰されたレプリモンは知る由もない。 『なっ、お前、俺の心だけじゃなくて記憶まで!?』 『本来は戦術指揮のためのものなんだが、こうやって尋問や精神攻撃にも転用できる。ただし……』 レプリモンは腹部に痛みを感じた。蔵之助が蹴ったのだ。 『相手が物理的に抵抗できないことが条件だけどね、こんなふうに、ねっ!』 再度の蹴り。つま先がめり込む。 言葉にならないレプリモンの絶叫が、蔵之助の意識に大きく響いて苛む。 『……なるほど、神アプモンになるために、か。』言いながらXP-100を抜く。 その銃口をレプリモンに突きつける。 『それで、好きな死に方は決まったかい?』 『……いやだ!俺は神アプモンになるんだ!こんなところで死にたくない!』 その叫びを聞いて蔵之助がニヤリと笑う。 『へぇ、言えたじゃないか?』そして発砲した。 不死殺しのポーションを改造した弾丸はレプリモンの体内に入り込み、その中枢に浸透する。 ステータスを『死亡』に上書きされた領域が広がり、更なる苦痛がレプリモンの生命を蝕む。 本来なら即座に死亡するはずの『不死殺し』だが、弾丸に変性させた影響で発動にタイムラグがでているようだ。 苦痛に飲まれながらも、レプリモンは呪詛の言葉を紡ぎ続ける。 それから逃げるように、蔵之助は『オートコンタミネーション』を停止させた。 あんなものは聞きたくないし、誰かに聞かせるわけにもいかない。 レプリモン、そして複製体達の悪あがきはしばらく続いた。 しかし彼我の戦力差、そして何よりデジモンとそのテイマーたちとの戦闘経験の差は明白だった。 大きな窮地に陥ることもなく、それらは全て鎮圧された。 死んでいくレプリモンを見て、蔵之助と茜は苦々しい顔をしていた。 二人にとって聖域とも言える人物に手を出されたような気分、そしてデジモンを殺したことによる不快感故である。 かつて戦闘狂で加虐趣味の忍者、正確には忍者の元となった生体兵器が時の権力者に提供された。 チンゼイハチロウ、ハンガンクロウと呼ばれたそれらは非常に高い戦意と圧倒的な戦果を齎した。 しかし後にその性格設定が原因で暴走して『主』に叛逆、多大な被害を出すこととなった。 それ以降、忍者は戦闘や殺害に対して不快感を抱くように調整された。 不快感と言っても忍務に支障が出ないように、素足でゴキブリを踏み潰した程度のものにされている。 まれにそういった制限が動作不良を起こした個体が出ており、茜はそういった個体を相当数処分してきた。 「……やっぱり嫌なもんだな、誰かがやらなきゃいけないとは言え。」 いつの間にか白髪に戻った蔵之助は吐き捨てるように言った。 「そうね……。」茜はようやくそれだけの言葉を発した。 「戦友……気ィ抜いたらあかんで。しっかりせえ。」ヤタガラモンが蔵之助に注意を促す。 「そうですよ主殿も。まだ戦いは終わってません。」サクヤモンが茜の傍に寄る。 この後、彼らは『斡旋屋』を名乗る乱入者、そして闘争を求めるあまりに同じ防衛戦力であるにも関わらず自分たちに牙を剥いた傭兵との諍いに巻き込まれる。 二人にとって嫌悪する他者、そしてそれ以上に嫌悪している自身との戦いは続く。 (了) 設定上の解説:オートコンタミネーション 『自身の存在するべき世界』についての真相を得た蔵之助が、認識改変から解放されたことで『取り戻した』能力。 忍者固有の次元干渉能力を通信伝達へと転用した、本来は指揮通信用の能力。 しかし実際には敵を抵抗できなくしてからの尋問・精神的な苦痛を与える拷問に多用されることが多かった。 また使う側・使われる側の双方の自意識に深刻な相互汚染を及ぼす事例も過去に確認されており、この名称が付けられている。 設定ではない解説 かつて全キャラクターの憑依型化の際に、蔵之助は勝手にこちらの意識下に現れて精神的に攻撃してきました。 しかし脳内でのキャラクターは思考と発言しかしない点を逆手に取り、これらの精神攻撃を『能力である』と定義づけてました。 『能力』である行動は脳内では実行できないため、彼からの精神攻撃はほぼ封印されました。 これに対して脳内の蔵之助は「卑怯者!」と罵ってきましたが渋々これを受け入れました。 憑依型キャラクターの扱いにはこれからも慎重に進めていきたいです。