泣き虫狼  たとえば、もしおれがいきなりどことも知れんような場所で、話も通じない相手ばかりの世界さ飛ばされたら。  そんなこどを俺が今よりずっと小せえ頃さ、爺さに聞がれたことがあった。  おれは昔がらおっかながりの弱虫だったがら、おっかなぐでどうすたらいいか分がらずに、きっと木の陰どが物陰さ隠れてうずくまるんだろなど答えだ覚えがある。  多分、帰りでぇ、帰りでぇってずっと泣いてるだろうなって。  それを想像してしまって、すでに涙目だったおれに爺さは言った。 「おめぇがそう思うように、人でねぇ者にもおっかねぇって気持ぢがある。おめぇはおっかながりだがら、その気持ぢもわがってけれるべ。んだがら、これはほだな世にね者ども落ぢ着がしぇるだめに使えばええ。」  そう言って爺さはおれにご神体を渡すてぎた。正直に言えばアレさ着けて戦うのはおっかねし痛えんで、嫌で嫌で仕方ねがったげども。  でもおれど同じようにおっかながってるのが本当なら、手差す伸べでやりたいと思った。  それが、おれの原点だったど思う。  ***  都会さ、出てきてはや半年。花の学生生活を夢見たおれの希望は早々に打ち砕かれていた。  学業にサークル活動、アルバイトとやりたいことは山程あったけれど、どうしても打ち解けることが出来ねがったのだ。 「はぁ。おれ、こだなこどでやっていげるのがな。」  スマートフォンどごろが携帯電話すらない田舎暮らしをしてきた。世の中の、ましてや都会の流行なんてなんにも知らん上に、この方言だ。  授業とか頭の中で考えてから話すのならまだなんとかなる。でも普通の雑談やとっさの会話だとこのお国言葉が隠しきれない。何とか都会の話す方さ合わしぇんべど頑張ってはみだが、口がら出るのはこのザマで。笑われるのがおっかなぐで一言二言口さ出すのが精一杯。  いまだに友人どころか挨拶する顔見知りさえろぐにいない始末。我ながら情げなくて泣けてくる。やっぱす村長の言う通り地元の大学の方良いっけかもしれんかった。  一人寂しく食堂でうどんを啜ってると、後ろのテーブルがら女子学生の声がする。情けないことに自分に向げられでるわけでもないんだけども体が固まってしまう。  めんごい女の子とお近づきになりてぇと密かに抱いでだ野望も泡となり消えそうだ。笑われんのが怖くて声が出ないなんて、情けなくて人さ話せるものじゃない。  話せる相手がそもそもいねのだが。 「それでね、自然公園の中を夜一人で歩いてると、道を聞かれるんだって。どこからか声がして、振り返っても誰もいないの。気の所為かなって歩いていくと、また同じ声が道を教えろってさっきより近くからするの。姿は見えないのに、知ってるかって声だけが近づいてきて、もしその声に答えられないと魂を取られるんだって。」 「た、魂って……。」 「そう言えば、この間救急車来てたの私見た……。」 「新聞でも何人か意識不明だってやってたね。」  こわいねーっていう言葉だけ残して女学生たちは席を立ってどこかに行ってしまった。  おれはと言えば、さっきとは別の理由で体が動がねくなっちまっている。心臓がバクバクど脈打っている。  もしかしたらという思いがある。もし、今聞いだ話が事実なら。そしておれの考えでる通りであるなら。    おれは自分の役目を果たさなければならん。  ***  都会のいいところは、ちょっとした情報なら口を開かずに調べられることだ。  スマートフォン。未だに文字を打つのは苦手だが、インターネットがこのスマートフォンでは使えるのだ。  村にも光? とかくればいいのになと思いながら、早速漏れ聞こえてきたキーワードさ打ち込み、出てきた答えを読んでみる。  ”お尋ね様”  ??公園を夜中に一人で歩いていると、どこからともなく道を尋ねる声がする。気味悪く思って無視しようとしても、段々と声が大きく、近づいてくる。  知らないと答えると嘘をつけと怒りだし、不思議な力で公園の外に押し出されてしまう。知っていると答えると案内しろと無理やりどこかへと連れて行かれてしまうという。  先ほど漏れ聞こえてきた話がそのまま載っとる。もしかしたら同じインターネットを読んだのかもしれんな。  日付さ見ると一番古い記事が三か月前になってる。三か月。自分がこの街さ来たのと同じころだ。  自然とお尋ね様と自分とを重ねてしまう。道を尋ねるっていうことは、行きたいところが、帰りてぇ場所があるんだろう。  でもその答えを知る人はいない。記事になるほどだがら、面白半分で知ってるど嘘ついだものもいるだろう。その結果が救急車なのだとするなら笑えない話だ。    もし、お尋ね様がもし、自分の考えている通りの存在だとすれば、それは酷い仕打ちでもある。  噂が広がれば広がるほど、お尋ね様の元を訪れるものは増えていくだろう。それでは傷つく人が増えるばかりだ。人も──もしかしたらお尋ね様も。  だからそれを確かめなけりゃならん。  ***  大学からほど近い自然公園へと来てみた。普段はこんな遅い時間さ外を出歩くことはしない。村にいたころは出る理由なんてほとんどなかったし、都会の夜は悪い人間がうろうろしているのだと村長は言ってだ。おれのような世間知らずはぺろりと頂かれてしまう鴨葱なんだと。  それに街のいだるどごろが明るくて落ち着かない。むしろ逆に暗がりが多く見えて怖くなる。何がいてもおかしくない。都会の人たちは怖くないのだろうか。    繁華街を出来る限り迂回して歩いてみたが、それだけでなんとなぐ大人になったような気がする。たまには、そう、たまにはこんな風に大人の世界を覗くのもいいかもしれない。  そんな風に強気でいられたのは公園の入り口までの話で。昼間にこの公園にさ来たことはある。  だが、こだなに入り口は暗えっけべが。整備されだ公園だがら、中の遊歩道にもすっかり街灯がついでる。ついでるのだが、妙に暗がりが広い気がする。それはお尋ね様でいう噂による先入観のしぇいだべが。なんぞ暗ぐでおっかねえ。怖え。  なけなしの勇気さ振り絞って公園の遊歩道歩いでいぐ。ざっざど足音一づだげ。普通の人間はこだな危ね噂のある公園さ歩がねだべ。でもでぎれば誰か人間どすれ違いてぇ。心細さに背筋も丸まってしまう。人が少なすぎでおっかね。怖ぇ。誰でもいいがらわらわら終わらしぇでうずに帰りだぇ。  と、なにかが聞ごえだ気がして立ち止まる。気のせい……んね。 「……ロ、…チ…オシ…ロ、ミチヲオシエロ!!」  ぶわっと風にあおられでたたらを踏む。来だ! お化げがそれども。  お化げだったらどうすんべがどすでに泣ぐみだえだ。お化けでないごとを祈る。  視線さ巡らしぇあだりを伺う。視界の隅さ緑の影、何かおる。  そごさいだのは蔦絡み合った腕、仮面で顔を覆い、鎌のような鉈たがぐ人非ざる影。時折1ど0が透げで見える。間違いね。お尋ね様の正体はデジモンだ。  だったらおれのやるごどは決まってる。この世界がら、このデジモンを元の世界さ戻すてけるのだ。  ”アヤタラモン! 完全体、植物型デジモン。ジャングルの奥地で群れをなして暮らしている。必殺技は大木も一瞬で切り倒す、アサルトハチェット!!”  気が立ってるのか、息を荒げでいづでも飛びががれるような姿勢さとっておる。だがおれは声あげんなならん。 「待で! おれは、おめの帰り道さ──」  口さ出すたその瞬間、鋭い風切り音が頬をかすめる。あのデジモンの襟足あたりのざわざわしているところから、鋭い針のような草が飛んできたのが見えだ。  反射神経には自信さあるけども、普通にやって避けられる速度じゃねぇ。思わず頬さ手を当でる。ギリギリ当だっていねがったのは威嚇っていうごど? おっかねぇ。怖すぎる。  早ぐも8割がだ涙さ出そうだ。 「モウイイ。どうせお前も知らないのだろう。嘘をつくのダロウ! どいつもこいつも、ここにいるのは嘘つきばかりだ! こうなれば力づくでも本当のことを言わせてやる!!」 「待って、話聞いでけろ……!」 「うるさい! 問答無用だ!!」  ──名前もしらねぇデジモンは、完全に怒りに我を忘れでる。たぶん、何人も何人も、ひたすら尋ね続げだのだ。彼が家に帰るための道を。  だが知ってる人がいるわげがねぇ。こごは彼のいだ場所どは全ぐ異なる世界なのだから。  デジモンが恐ろしくて声が出ねぇ人も、正直に知らないど言った人だっていだはずだ。きっと噂聞いででだらめな嘘教えられだごどもあるんだべ。  彼が理不尽な状況に怒るのもわがる。だが、それでもここは彼らの世界ではない。人の世である以上、越えてはならん一線がある。  知らない世界さ戸惑ったどすても、人傷づげられだ以上は黙って見でるわげにはいがねのだ。  どれほど心細かっだとすても、暴力を振るい、加害者になった時点でおれは止めんなならねんだ。それが代々続いてきた逆井の生業であり、村の守護としてご神体さ纏う者どすての義務だ。  本当はおっかねがら戦いだぐはねぇ。喧嘩で傷づげば痛えす、傷づげるのも嫌だ。  みっともねごどにもうすでに涙目になっとる。  でもこれ以上被害広げるわげにはいがねんだ。これ以上、彼に傷づげさせてはいけねぇのだ。  懐がら古びだ木像さ取り出す。村さ代々伝わる光のご神体。それを顔の横まで持ち上げ、御神体に願いをかける。  "力さ貸してけろ"  戦う意志を込めで、胸さ突ぎ立でる。ご神体が光を放ち、辺り一帯を照らす。長ぐ伸びる光の帯がおれの体さ包んでいぎ、光の力が顕現する。  狼を彷彿とさせる兜が頭を覆い、縞のマフラーが風に靡ぐ。白い体を鈍色の鎧がまどうその姿、それがヴォルフモンだ。  おれが変化したことに緑のデジモンも警戒心を高める。  デジモンの戦いはいづだって一瞬だ。やわなけん制など意味がね。一撃で決めなけりゃならねぇ。  一気に集中力を高めたその瞬間、振りがざされだ鉈を光の剣で受げ止めだ。  瞬ぎすら許さないタイミング。もすわずがでも受げるのが遅げれば致命傷だった。  それでも危機は続いている。鉈はぎりぎりど圧力が増すていく。単純な力比べは部が悪い。鍔迫り合いどいえば聞ごえはいいげんども、完全さ押す込まれでいる。 「話ば……聞いでけろ。おれはおめば、家に帰すて、やりだぇんだ。」 「うるさいうるさい!! もう嘘はたくさんだ!!」  叫び声に呼応するように、ぐんっと圧力が増す。   「本…当だ!この、おれ、の力なら、おめば、帰すてけれるんだッ!」  叫び返すとともに全身の力を振り絞り、一気さ相手ば押す返しで、無防備になった腹さ前蹴りを叩ぎづげる。  吹き飛びながらも一切戦意が衰えるごとがない。 「がぁあぁ!! ウソツキは、ずだずだにしてやるッ!」    ろくに言葉が通じないほど、完全に理性が飛んでる。蹴どばすたのはやりすぎだったがもすれね。  怒りの声が轟き、唸り声が響く。俺から見て3歩半の先、緑のデジモンが力を溜めている。次にぐるのは最後の、そんで最大の攻撃だ。  とんでもねぇことに、それに立ぢ向がわんなねのだ、おれが。  本当はおっかなぐでおっかなぐでたまらね。頭抱えでうずぐまって、全部終わるまで目をつぶって耳を塞ぎたい。  でもやめられない理由がある。  ヴォルフモンに変化したおれは、体のいろいろな機能が拡張されでるんだ。  だがら、怒りに満ぢだその瞳が、一瞬だげ映した恐怖を見逃せない。    見知らぬ環境に突然投げ出されて、だれも助げでけるものはおらず、仲間ども家族とも二度ど会えねがもすれねぇ。  得体の知れないおれみだいなやづど戦わねどいげね。そんな状況におびえないはずがねぇ。  怒りを浮かべたその瞳に、その奥に、べったりど張り付いだ孤独ど恐怖が見える。  ──おれは、それをぬぐってやりたいのだ。  そのデジモンは、おれを見て戸惑いをあらわにする。  それも仕方がない。こんな姿で戦っている最中なのに、いきなしおれの両目がら涙など流すてるもんだがら。おっかねがらんね。  でも、おれの鋭い嗅覚、よぐ聞ごえる耳、その全部が彼の孤独を感じ取ってしまう。  家族や仲間を思う気持ちが、どうしようもなく生み出してしまう孤独が、この体の全てに伝わってくるのだ。  悲しくで、可哀そうで、涙が出るのだ。だから、拭いでも拭いでも流れ出る涙さそのままに、名乗りを上げる。 「おれの名はヴォルフモン! おれは、おめば必ず家に帰すてける! それだけを約束する!」  彼が仮面越しに瞳を見開く。怒りから戸惑い、そして未だ変わらぬ恐怖。くるぐるど目の色が変わっていぐ。  だがそれでも戦いさやめる気配はない。それも当然だ。それが事実かも分からんのに受けいれられるわけがねぇ。    今までにもデジモンど戦ってぎだから知っている。彼らは自分より弱えものに従いだぐねのだ。戦いのあとに正気を取り戻すと、分がってでももう止められねがったのだど言ってた。  きっと彼もそうなんだべ。もしかしたらって希望にあっさり飛びつぐには、この世界で傷ついた気持ちは軽くないはずだ。  だからおれはおれの強さを示すて、話聞いでもらわねどならね。    ただ、それでも伝わったものはあるらしい。おれの名乗りに返ってくる言葉がある。 「俺は、アヤタラモン。俺はお前に勝って、帰り道を、聞かせてもらう!」  おれも戦いの構えを取る。  左足を前に、半身になって二振りの剣を突ぎ出すように構える。  腰を落とし、膝をたわませる。呼吸はほそぐ、そすて長ぐ。  おれの剣は一瞬の速さに強みがある。だからその時を待づ。    風がやんだ、その瞬間に飛び出す。おれも、アヤタラモンもだ。  駒落ぢすたがのようにアヤタラモンどの距離がなぐなる。    先手はアヤタラモン。長え腕さ鞭のようにしならせ、横一文字に鉈が薙ぎ払わってくる。でもそれを受げるごどはすねぇ。それはおれの戦い方でねぇからだ。  低ぐ、四づ足の獣のごどく、低ぐ伏せるように足さ踏み出して、鉈の一撃をかわす。  涙にぬれだ目であっても、獣の眼光が鈍るごどはない。  もうこの目には、光の剣──リヒト・シュベーアト──を振るうべぎ軌跡が見えでる。  速度を落とすことなく、重心を踏み出した足へ移し、すべでの力込めで体を持ち上げる。その勢いのまま、浮上するほどに加速していく光剣を振るう。  アヤタラモンの鉈を吹ぎ飛ばし、腕、胴体、頭を順に光剣が打ぢ据える。  刹那の4連撃がアヤタラモンの戦闘能力のことごとくを奪い去る。  再び風が吹いだどぎには戦いは終わっていた。  崩れ落ちるように膝さついて、苦し気な息を荒げるアヤタラモン。おれはその正面さ膝つぎ、肩さ手かげる。   「おれは約束さ守る。必ずおめば元の世界さ帰すてける。んだがら、もう一度だげ、おれに道を聞いでけろ。」 「……ああ、信じよう。ヴォルフモン。だから……俺に、俺の帰り道を教えてくれないか。」 「ああ、まかしてくれ。」  ヴォルフモンの鼻は、この世だらざるものの匂いかぎ分げるごどが出来る。鼻をスンスンど鳴らすながら公園を歩ぐ。後ろにはアヤタラモンが続く。泣いだり鼻鳴らすたりど変な姿ばり見しぇですまってる。元の世界さアヤタラモンが帰った時、おれのことはなんて言われるんだべなぁ。ちょっとブルーになる。が、無事にその場所さ見づげるごどが出来だ。 「ここは、初めてここに来た時の……。」 「少す下がってでぐれ。」  そう言ってがら、光の剣を抜ぐ。ヴォルフモンの目には、こぢらの世界どあぢらの世界さ繋いだっけひずみが見えでる。不安定に揺れるそのひずみへ剣を振るう。  なんもね空間に、切り傷のような跡が残る。そしてその傷に両手を差す込む。こごがらが一番疲れるどごろだ。全力でその切れめを押し広げてく。ぐぐぐど少しずづ、切れ目が広がっていぐ。そすて、拳ほどの隙間が開ぐど、あどは自然に切れ目が開いでいぎ、二づの世界さ繋ぐゲートが開いだ。 「さあ、アヤタラモン。おめが通ってぎだゲートだ。逆さ進めば元の場所さ戻れる。これがおめの帰り道だ。」 「帰れる……ようやく帰ることができるのだな……! ヴォルフモン、ありがとう!」 「よかさ。じゃ、元気でな。」  その声を聴いでだのがどうか。勢いよぐアヤタラモンはゲートへど飛び込んでいった。そうしてアヤタラモンは自分の仲間の元に帰っていった。  おれはといえば、後始末として開いだゲートを同じように力ずぐで閉じていぐ。ゲートの端っこがら少すずづ閉ずでいぐのだが、うっかりゲートさ引ぎずり込まれねように気付げでけっからすこだま疲れるす、おっかね作業だ。  んで、最後さ閉ずだゆがみをポンポンど叩いでならす。これでもうこごさゲートが開ぐごどはない。  それが、お尋ね様の噂の終わりだった。  ***  すがすがしい朝日を浴びながら、大学の門をくぐる。今日は1限がらで、グループワークをやる予定になってる。つまり友達作る最大のチャンスだ。  友達ど贅沢言わずども、クラスメイトどすて話ぐれはでぎるようになりてぇ……!  コミュニケーションの基本は挨拶だど物の本にも書いである。教室の扉前さ、息整える。元気よぐ挨拶! いざ! 「ぉはよぅござぃっ…す。」  なんと情けない声か。ああ、おれも村さ帰りてぇな。  終わり。