「ったく……あのひかるとか言うポニテのガキホンット生意気ッスよ!今回の任務のフキ先輩の仕 事っぷりを語ってやったのに結菜さんの采配の方がスゴいって言って聞かないんスもん!」 「うるせぇ。ただでさえ今回はあのアホ(千束)どもも一緒でたまらなかったのにこれ以上ワタシの 心労を増やすんじゃねぇ」 「酷いッス〜!」 「ははっ。あれだけの任務の後だってのにサクラは元気だねぇ。ね、エリカ」 「…………」 「……エリカ?」 「……えっ、あ!ご、ごめんヒバナ!な、何かな?」 「いや、さっきから心ここにあらずって感じだけど……大丈夫?」 「アハハ……久々の大きい任務だったから多分疲れてるのかも……」 「そっか……。じゃあ少しでも多く疲労を取るために寝ちゃいなよ。本部に着いたら起こしたげるか ら」 「うん……そうさせて貰うね。ありがとう、ヒバナ」 (……たきな) 目を瞑り思い返されるのは、自分を救ってくれた少女の姿。 去年喫茶リコリコへと左遷されてから、彼女は変化していった。 夢中になれる何かを見つけたのだ。 (たきなを変えたのは、多分千束さん。たきなはあの人の為にDAを辞めて、あの人の為に魔法少 女になった) 詳しい事はわからない。 だが、錦木千束の存在により、井ノ上たきなと言うひとりの少女の運命は大きく変化したのだ。 (でも、たきなは言ってた。千束さん以外にも大切な人たちがたくさん出来たって。あの榊遊矢っ て人もきっとそう) (あの人の決闘、凄かったな……たきなも喜んでたし) 大勢の人を楽しませ喜ばせる為の決闘。 千束曰くエンタメデュエルと呼ばれるそれを、あの少年はシンクロ次元の大舞台で見事表現して みせた。 自分達リコリスにとっては殺す為の手段でしかなかった決闘に別の形があることを知り、エリカ自 身大きな衝撃を受けた。 否、エリカ以外のリコリスの中にも衝撃を受けたものは少なくないだろう。 (たきなはずっと、あのデュエルに触れてきたのかな……?それであんなキラキラした顔を?) 確かにあの華やかで明るい決闘を見れば、大概の人は楽しむであろう事は理解出来る。しかし ─── (でも、それだけであんなに喜ぶの……?) エリカが見たたきなの表情には、何か別のものも混じっていた様に見受けられた。 純粋な喜び以外も混じった、あの表情。 そして同時に想起させられたサクラの発言。 『実はアイツ……距離が近いオトコがいるんスよ』 『あの無表情で機械みたいなヤツがそいつの近くにいる時は笑顔を見せるんスよ!』 井ノ上たきなは榊遊矢と言う少年に特別な感情を抱いているのではないか───? そんな確信がエリカの中で生まれ、思考が真っ白になりかけていた。 (結局何も聞けなかったな……) スタンダード次元に帰還の際の挨拶で口を開いて漏れた言葉は、体調に気を付けてと言う当たり 障りないもの。 この半年以上抱え込んだ胸の痞えは、本人の前で解消される事はなかった。 (でも……何も聞かなくてよかったのかもしれない) もしあの時全てを聞いていたら。 そしてたきなのまた知らない新たな一面を目の当たりにしたら。 自分は、正気でいられただろうか? (……寝よう) 今は何も考えたくない。 胸の痛みも、たきなのあの笑顔も、何もかも。 ヒバナの意識が微睡みに沈んでゆく。 その閉じられた目尻からは、一筋の線が光っていた。