深夜、とある古びた立ち食い蕎麦屋。 「おっちゃん、かけそば。大盛りね。」 「あいよ」 暖簾を掻き分け、カイはいつものように注文した。 麺がテボに投げ込まれ、丼を温めるため湯が注がれる。 「おっちゃん、最近どうよ。」 「厳しいねぇ〜…物価も上がるしよぉ」 「値上げすりゃいいじゃん。」 「そんなことしたら、お客さん来てくんなくなっちゃうよ」 丼の湯が捨てられる。 「そう?俺はもうちょい高くても来るけどなぁ〜」 「そうかい?なら…そば以外も何か頼んでくれると助かるんだけどねぇ」 「じゃ、海老天もつけてよ。」 「あいよ」 茹で上がった麺につゆが注がれ、海老天が載せられる。 「お待ち」 「いただきます…っと」 麺を啜る音。 天ぷらを齧る、サクサクとした音。 汁を一口。また麺を啜る。 会話は一旦途切れ、しばしの間、他の客のいない店内にそれらの音だけが響いた。 「…御馳走様。」 「はいよ、430円ね。」 小銭がチャリンと音を立てる。店主は会計のため、一瞬目の前の客から目を離した。 「…なあおっちゃん。」 「なんだい」 「人間…食っただろ。」 それを聞き、驚いたように顔を上げた店主の前には、蒼い炎を立ち上らせる魔導具があった。 『バレちまったか』 店主の目に紋様が浮かび上がる。 「おっちゃんがどんな陰我を持ってたのかは俺にはわからない。俺にできるのは…それを断ち切ることだけだ。」 魔戒剣が、鞘から解き放たれた。 ───────── 一閃。 決着は素早かった。 「おっちゃんのそば、まだ食いたかったよ。」 剣を鞘に収めながら、カイは呟いた。 ━━━━━━━━━ 「────ってことがあってな。」 まだ俺が管轄を持っていた頃の話だ。 そんな事が何回かあって、管轄を持ってるのがバカらしくなった。 俺は自分の管轄を後輩に押し付け、放浪に出た。 放浪して人と関係を作らなければ、ホラーを斬って後味が悪くなることもない。そう思った。 「饂飩です」 「蕎麦ください」 今でも時々無性に蕎麦が食いたくなる。 「饂飩です」 「蕎麦ください」 「カイ〜もう諦めなって〜」 「饂飩です」 「……そば…はぁ…海老天もくれ」 ただ、デジタルワールドに来て、色々あって、また人と関係を作っても良いんじゃないかと、最近はそう思う。 「海老天饂飩です」 「はいはい、どうも。」 でもまあ、饂飩も悪くないけどやっぱ蕎麦が食いてえな。 お、この海老天、サクサクだ。