図書館近傍、防衛側の陣取る一画。上空に何か大きな飛行物体が現れた。 どう見ても人類の船、それも軍艦にしか見えないカラーリング。 ただし船底は平ぺったく、普通の船とは様子が違う。 そこから何かが飛び降りてくるのが、視力に優れた人やデジモンには見えた。 降りてくる影は自由落下して着地の寸前にどういう絡繰か急減速する。 風と埃が舞い上がり視界が一瞬遮られる。さらに旋風が巻き起こりそこには―― 「……レナモン、来ましたね。」芦原ドウモンが一歩前に出る。 「……はい、ドウモン。」五点接地姿勢の名張レナモンが顔を上げる。 「倫太郎、お願いです。ここは……私の力だけで戦わせてください。」 ドウモンはレナモンを見たまま倫太郎に言う。 「わかった。ドウモン、思う存分やって来い!俺の妻として恥ずかしくないようにな!」 「……ありがとうございます。」ドウモンの表情が少し柔らかくなる。 レナモンは立ち上がると一見無表情な顔でドウモンをまっすぐに見る。 「ドウモン……今の私の、私自身の全てを、これからお魅せします。」 そう言うと1枚のカードを取り出し、右手で握りしめる。 「超進化プラグイン!」握った右手から光が放たれる。 「レナモン、超進化!」レナモンの全身が強く光る。 その形が人間に近い形に変化していき、宙空に浮かぶ装甲や服が装着されていく。 光が収まり最後に霧散したその中に現れたのは―― 「サクヤモン、望月聖女モード!」 それはサクヤモン・歩き巫女モードに似ていると言えなくもない。しかし装甲は銀色に、服は明るい灰色に変化している。 二の腕や太腿などの肌色だった部分は青い布地に覆われている。 同時に現れる管狐、こちらは白蛇ではなく管狐のままである。 「ですので、あなたも――」手に持つ苦無の切っ先をドウモンに向ける。 「あなたも!全てを!私に見せてください!」銀灰色の影が跳躍する。 「狐葉苦無!」やや短めの鋸歯苦無が3つ投擲される。 「式神!」即座に大柄の式神を3体展開、苦無を防ぐにはやや大仰すぎる防御だ。 式神一体で一つずつ苦無を防ぐ。式神側に大した損傷は無い。 だがこれはあくまで牽制にすぎない。サクヤモンは空中で四分身する。 いつもの忍者分身はテイマーである茜の力が必要である。これは自身によく似せて作った式神だ。 ドウモンに比べて式神の制御が不得手なサクヤモンはあえて式神の数を減らし、代わりに個々の性能を上げていた。 式神同志で相手をさせるその隙を突いてドウモンに肉薄する! 「変位抜刀・三日月!」腰の短刀を抜きざまに斬りかかる、だが。 「!!」斬撃が受け止められた、細くしなやかな、燃える棒状の何かに。 「その程度は読めています。」ドウモンの姿が変わっていた。 燃えるように真っ赤なスーツに、燃える炎を纏う教鞭。ドウモンの両の瞳に灯る、熱い炎。 「そのような単純な攻撃をするとは、指導が必要ですわね!」 教え導く勇気!炎の女教師・ファイアーティーチドウモン! 「接近戦でなら私に勝てると思いましたか?甘いですわ!」 炎を纏った左拳が突き出され、サクヤモンは首を捻って回避する。 一度距離を取って仕切り直そうとするサクヤモンは背後に熱量を感じた。 「視野が狭い!」叱責するようなドウモンの声。 大柄な式神を目隠しにして展開した呪禁札がうっすらと光る。 「呪禁札!」 「くっ、狐封札・散!」短刀を左手に持ったまま右手で呪符を放つ。 ドウモンの呪禁札にミリ秒差でサクヤモンの呪符が発動する。 わずかに遅れたせいで完全には相殺しきれず、体表が炙られる。 「いい反応速ですわね、褒めてさしあげます。」完全に口調が女教師のそれである。 サクヤモンの側にはその言葉に返す余裕がない。即座にドウモンが詰めてくる。 「燃える愛の!鉄拳指導!!」ドウモンの右拳が飛んでくる。 左手に短刀を握るサクヤモンはそれを咄嗟に右手で受け止める。 「それはバツですわ。」いつの間にか左手に持ち替えた教鞭がサクヤモンの右脇腹を叩く。 「うがっ!」たまらずうめき声を吐き出す。 「右手が徒手であった時点で武器の行方を気にしなさい!」 苦しみながらも右脚で蹴りを入れるサクヤモン。それを左脛をあげてガードするドウモン。 「フゥッ!!」気合一閃、サクヤモンは飛び上がるようにして左の踵をドウモンの腹にねじ込む。 そのまま脚を伸ばしてドロップキック状態になりながら距離を離す。 右手で腹を抑えて踏みとどまるドウモンと、空中で一回転して着地するサクヤモン。 今度こそ、両者仕切り直しの間合いになった。 「……驚きました。貴方が接近戦でここまでできるとは。」 「大変素晴らしい見本がいましたからね、サクヤモン。」 戦意と敬意の撚りあった視線が互いを照らす。 「ですが、そのデジメンタルには遠距離攻撃能力が薄いと見ました。」 サクヤモンの両手に鋸歯苦無が4つずつ握られる。 「塩試合と言われてしまいそうですが、離れた間合いで戦わせてもらいます。狐葉苦無!」 言うな否や投げられる8つの苦無。 「ならば私の答えはこれです!デジメンタルアップ!」 ドウモンの全身が一瞬炎に包まれ、すぐにそれが木の葉へと変わる。 「勇気」のデジメンタルから「誠実」のデジメンタルに切り替えたということだ。つまり―― 「忍び慕う誠実!樟葉(しょうよう)の女忍者、クノドウモン!」 全身の体型を強調するような密着したボディスーツ、しかし各部には防御用と思しき大振りな部分もある。 「フンッ!」ドウモンはその場に踏みとどまって日本刀を振るう。回避しきれないと判断しての迎撃。 苦無の半分は空を切り、半分は地に墜とされた。 「そうです、それでこそです!」攻撃が防がれたサクヤモンは更にテンションが上がっていた。 「もっと魅せてください!あなたの!全てを!曝け出してください!!」 今度は右手に三叉の手裏剣を取り出すサクヤモン。左手には先程と同じ鋸歯苦無。 「狐葉極星!」知らない攻撃、これは受けてはいけない!そう判断したドウモンは式神を動かす。 「受け止めなさい!」ドウモンの前に三体の式神が立ちふさがる。 式神が手裏剣を受け止める音が聞こえ、直後に爆発した。 「!!……命中すると爆発する手裏剣ですか!」 直後、時間差で投げられた苦無が届く。爆発のダメージも合わさり、三体の式神が耐えきれずに消滅する。 「変位抜刀!」残る爆煙の中からサクヤモンが吶喊する。 「それは予測済みです!」ドウモンの刀が燦めく。 「鹿威し!」下段からのフェイントモーションを挟んだ上段斬り。 ドウモンは正面からタイミングと方向をずらしてくるとは思わず対応が遅れ、ギリギリで受け止める。 「っ!その程度で私を!」 「解っています!」吠えるドウモンに対し同じように吠えて返すサクヤモン。 「式神!」三体の、サクヤモンと同じ姿の式神が左右と後方からドウモンに迫る。 「これで……なっ!?」ドウモンは即座に無声で式神三体を顕現させ、それらが盾となって攻撃を食い止める。 「もう一つ!」さらに三体、式神を繰り出すと偽のサクヤモンに殴り掛かる。 サクヤモンの式神一つにドウモンの式神二つが取り付く形となった。 「それは判断が甘いですよドウモン!爆散!」 サクヤモンの合図で式神が爆発した。それをまともに食らってドウモンの式神6体も大きく損傷する。 「フッ!」ドウモンの口から何かが飛び出す。含み針だ! サクヤモンは全速力で下がって回避しつつ右手で苦無を取り出しながらそのまま連続したモーションで投げる。 「どこに向かっ……ハッ!?」照準が甘いと思われた投擲は傷ついた式神に命中する。 更にもう一投、今度は納刀モーションを利用しての両手での投擲。 自分に飛んできた分は日本刀で弾くが、それ以外が残る式神に命中し、全ての式神が消滅する。 その投擲は次の攻撃のための牽制も兼ねていた。地面を蹴って再度接近、今度は両手の先を背後に隠す。 サクヤモンのテイマー、茜が得意とする予測困難な斬撃、変位抜刀・霞斬りの予備動作だ。 分かっていても回避の難しい攻撃に対し、ドウモンは全速力で後退しつつ呪符をバラ撒く。 それを予測していたのか、サクヤモンはいつの間にか口に含んでいた呪符を前方に向かって吐き出す。 「さっきから一言も喋らないと思ったら……呪禁札!」 「狐封札!」命中し相殺される呪符の攻撃。その向こうに――撒き菱!? ドウモンの口元がニヤリとする。だが撒き菱は投擲用の武器ではない。 一旦止まって回避を、そうサクヤモンが判断し急停止、再加速しようとした瞬間だった。 「呪禁札!」二度目の発動。撒き菱の更にその向こう側に、呪符が投げ込まれていた。 「!!」さっきニヤリとしたのはこちらの油断を誘う演技だと気付いたが、もう遅かった。 爆風に煽られた撒き菱は散弾となってサクヤモンに襲いかかる! 残った呪符も連鎖的に爆発し、爆炎が広がる。 「……やはり決め手にはなりませんか。」爆炎が消え、そこにはさしてダメージを負っていないサクヤモンの姿があった。 「……鬼門遁甲・反転式」本来敵を閉じ込める結界を反転させた、防御結界。 「本当に……成長しましたね、サクヤモン」 「あなたのそのデジメンタル、姫様の作ったものですね?」 二人が交わす言葉は、戦い様相とは似合わないぐらいに優しい響きを含んでいた。 「ええ、一華ちゃんは本当にいいものを作ってくれました。」 「私が育てた娘ですから。」 「ええ、そうですね……そろそろ終わりにしましょうか?」 「そうですね、そうしましょう……参ります!」 「三昧耶曼荼羅!」サクヤモンが短刀を地面に突き立てる。 ドウモンの足元に巨大な曼荼羅図が浮かび上がり、そこから次々と何かが生えてきた。 独鈷杵、三鈷杵、五鈷杵、法剣に羂索に錫杖。武器になる法具が次々と湧いてきた。 「これは……!?」初めて見る大技に対処法を考えあぐね、反応が遅れるドウモン。 「これが今の私の最大の技です!『閃』!!」掛け声とともに無数の法具がドウモンに殺到する。 ドウモンが法具に埋め尽くされようとする瞬間、木の葉が舞うのが見えた。 それはすぐに法具の影に埋もれてしまったが間違いない、ドウモンは次のデジメンタルを使う気だ。 地面に刺した短刀を抜けば三昧耶曼荼羅が解除される。 サクヤモンは曼荼羅図の端のほうにある錫杖を引き抜く。 法具に覆われていてドウモンの姿は直接視認できない。 しかしこの距離まで近づけば、曼荼羅解除と同時に攻撃すれば確実に当てられる。 「曼荼羅解除!ドウモン!これで終わりです!」 法具が散開していく中心に向かって錫杖を突き出し、そして―― 「ああああああっ!」叫び声を上げたのは、サクヤモンの方だった。 サクヤモンの錫杖は、ドウモンの持つ棒状の物体で受け止められていた。 警察官が持つような近代的な警棒、その先端から紫電が錫杖へと伝っていた。 見ればドウモンの服装も大きく変わっている。 紺色を基調とした警察官の服装……に似ているが、各部に光るラインが入っている。 要所要所に電子的なデバイスも見え、ヘッドマウントディスプレイの機能を持つバイザーが両目を覆っている。 「眼光閃く友情!電撃の守護者、サイバーポリスドウモン!」 その手に握った電磁警棒の高圧電流は、錫杖を通してサクヤモンへと大ダメージを与えていた。 三昧耶曼荼羅の解除によって錫杖は消え、何も無い地面にサクヤモンは倒れた。 瞬間、光が霧散し、そこには退化したレナモンが横たわっていた。 わずかに胸が上下しており、どうやら意識を失ってはいないようだ。 「……この勝負、貴方の勝ちですね、ドウモン。」 息も絶え絶えにレナモンが言う。 「この勝負、私の勝ちです、レナモン……かろうじて、ですが。」 苦しそうに膝をつくドウモン。即座に進化が解除され、いつもの姿に戻る。 その背中には法具によるものと思しき無数の負傷があった。 ドウモンは大ダメージを喰らいながらも、レナモンがとどめを刺すと予測して、自分の背中を代償に迎撃したのだ。 二人が倒れ伏したその直後、通信デバイスに連絡が入った。 それぞれのデバイスに、それぞれの指揮役からだ。 『ドウモンさん、パパを捕まえたよ!』一華の声がドウモンの耳に響く。 『レナモン、やっぱりうちの宿六負けたわよ。そっちはどう?』茜の声が聞こえる。 「一華ちゃん、こちらも終わりましたよ。」 「主殿、こちらも今終わったところです。」 通信を切るとドウモンは地面にへたり込んだ。レナモンは仰向けになってドウモンを見る。 「予定通り、お館様が負けました。」レナモンの言葉にドウモンが反応する。 「……蔵之助が負けると分かっていたのですか?」その言葉にレナモンは笑顔を見せる。 「当たり前です。だって姫様は私が主殿と一緒に育てた自慢の娘ですよ。」 「……そう、でしたね。」しばし二人は笑い合う、遠くから戦闘の音が響く中。 「さあ、次は何で勝負しましょうか?」レナモンが尋ねる。 「そうですね、料理か、裁縫か……」思案するドウモン。 「育児は……やめておきましょう。あれは競うものではありません。」 「そうですね、では料理で。」 「おいおいお前達、まだ勝負する気なのか?」 いつの間にか、呆れ顔の倫太郎がすぐ近くにいた。 「当然です倫太郎。私とレナモンは終生の友にして生涯のライバルですから。」 「ええそうですよ芦原殿。私とドウモンは互いが生きてる限り、競い合い、磨き合い、認め合うのです。」 「全くデジモンって奴は……いや、そうじゃないな。」 電子タバコを取り出しかけて、レナモンがいることを思い出してポケットに戻す倫太郎。 「……全く、友達ってやつは、いいもんだな。」救護班が三人の方へと駆け寄ってきていた。 解説 サクヤモン・望月聖女モード レナモンがテイマーの茜とマトリクスエボリューションしないで戦うために生み出した新たなる究極体。 歩き巫女モードに比べてやや元のサクヤモンに近い性能になっている。 しかし茜の能力に由来する忍術が使えなくなっており、絶対的な戦闘力は歩き巫女モードには及ばない。 「やはり私一人ではこんなものです。未熟な私にはまだまだ主殿が必要です。」 三昧耶曼荼羅 さまやまんだら。曼荼羅陣から大量の武器化した法具を展開する必殺技。 出した法具はそのまま手に持って武器としても使えるが、これで敵を閉じ込めて攻撃したり、遠距離・広範囲に射出して攻撃することも出来る。