エンモニさん立ち会いのもとで検証したんだ。 あの新人君に視覚機能をカットした状態である記録映像を視聴してもらったんだ。 「このDr.ポタラって人と話してる人、一華さんを覗いてた人と同じ声です。」 「!?」海津君が表情を変えるレベルで反応した。そりゃそうだろうね。 次に、ある配信者の動画を新人君に見てもらった。めもりちゃんね……じゃなくて、ハムお姉さんの動画だ。 「……これ、何か関係があるんですか?」新人君は疑問を口にしながらもちゃんと視聴する。真面目ないい子だ。 最後に、つい先程見た記録映像をもう一回見てもらった。 「おんなじ動画を何回も見る意味なんて……え!?」 「何?どうかしたの?」 「話している人がハムお姉さんになってます!声も!全部変わってる!なんで!?」 「……やっぱりか。」 この映像、僕と一華と海津君で全く違う人物が見えていた。 僕が見た時はロードナイト村の住人・イヴに。 海津君が見た時は先程のハムお姉さんに。 そして一華には……ゴースモンの記憶にあった、イグドラシルの端末に。 「……パッシブ型認識改変。」海津君が呟く。 「これ……巧妙に隠されてるけど、視覚データにかなり高度な認識改変コードが埋め込まれてるわね。」 さすがエンモニさん、すぐにそこまで判るとはね。 「……なるほど、これ、『自分が直接見ていることが事実ではないかもしれない』という疑問を持たないとカウンターすら出来ないようになってるわね。」 「そんなとんでもない認識改変が……!?」 「その反動で、逆に疑いを持ちはじめると簡単に解除できるわね、このコード。」 「そうなのかい?」 「だってもう私には全然効かなくなってるから、それ。ちょっと今までのデータを再スキャンするわね。」 さすが裏十闘士……ヒント一つであっという間に紐解いてしまう。 「ふむふむ……『見ている』ことと『知っている』ことの両方が揃ってはじめて発動するのね……?」 ちょいちょいっと軽く指先を動かすエンモニさん。 「ついでにあなたたちの認識改変も解除しとくわね〜。」ついでにできちゃうんだ……怖いな。 「あっハムお姉さんが元に戻りました!」新人君が声を上げる。 「あっホントだ……えっこの人、じゃなくてこれ人じゃないよパパ!」 「人じゃない?いやこれどう見ても人間……」一華の言葉に海津君が口を挟む。 「いや、一華が言うなら人間じゃないんだろう。」なるほど、認識した後の情報を改変するなら、一華の『目』も誤魔化せる訳か。 そもそもエンモンさんやエンシェントデスモンすら騙してきた偽装だ。そんな芸当が出来るとなると…… 「多分こいつは『あちら側』のイグドラシルじゃないかと思う。どうかなエンモニさん?」 「そうみたいね。」エンモニさんの緑のアホ毛……葉っぱ?が揺れる。 「自分が『イグドラシル』であることを利用して『こちら側』のイグドラシルとして誤認するように誘導、見た者の記憶の中にあるイグドラシルやその端末なんかにすり替えてるわね。」 なるほどやはりそういうことか……。 ということは、コイツに誤認されてたイヴさんやハムお姉さんがイグドラシル関係者ってことになるんだけど…… 「名張さん、それじゃあハムお姉さんってもしかして……」 「海津君、それ以上はやめよう!」なにか危険な匂いがしてきたぞう! 「確かにスペックは優秀みたいだけどホントにやってることが雑ね―……あら?」 エンモニさんが素っ頓狂な声を出す。 「どうかしたのモニタお姉ちゃん?」 「過去に収集されたデータの中からあなた達の世界のものらしいものが出てきたわ……あら結構あるわね。」 「!!」 「そっちのデータにも認識阻害がかかってたのね。……ついでに、他の並行世界のあなた達の観測データも見つかったわよ。」 「他の……並行世界?」どういうことだ? 「あなた達に関してはなぜか存在が確認できない並行世界がいくつかあったんだけど、それらのデータも出てきたのよ。そっちにまで認識阻害や認識改変が影響してたのね。」 そこでエンモニさんはずいっと僕の方に身を乗り出してきた。 「興味ある?見たい?」やめてくれよ可愛い見た目で強者のオーラ出しながら近寄ってくるのは! 「いや、後で暇があったら見せてもらうよ。」 「わたしも。今はそれどころじゃないし。っていうか並行世界のわたしって嫌な予感しかしないよ。」 一華が眉をひそめる。そりゃそうだろうね、今の一華の存在が相当なイレギュラーの末にある以上、並行世界の一華はイレギュラーのなかった世界ってことだからね。 ……穂村拝君に出会わずそのまま育った一華か。親の自身が揺らぐようなのはもう勘弁してほしいんだよねえ。 「あともう一つ、コイツ今、図書館の近くにいるわよ。」 「……なんだって?」流石にそれは聞き捨てならないぞ!? 「あなた達がなにかしてたから様子を見に来てたみたいね。どうする?捕まえる?」 僕達にとっては、いろいろな物事の元凶、か……。 「……アイツを『記載』してくれ。」 「いいの?記載したら気づかれて逃げられるわよ?」 「別に恨んでるわけじゃないからね。知ってるだろ、僕は憎悪とか怨恨っていう感情が極端に薄くなるよう『調整』されてるんだ。」 そう、僕がそういった感情を持ってるのはただ一人、『ラボ』に所属してギズモンを生み出したあの―― 「……『記載』されてしまえばアイツは誰にでも認知可能になる。そうすれば今までみたいな好き勝手はできなくなるさ。」 一華を覗き見してたことは気に食わないが、それで怒る役目は穂村拝君に任せよう。 「僕としては、茜や子供達に危害が及ばないかが心配だっただけさ。」 「じゃあそうするわね。ポチッとな。」 ……なんなんだろうねこの裏十闘士とは思えないノリの軽さは!いや一華のゴースモンもかなりそっちよりだけど! もしかしてエンシェントアンドロモンのような支配者気質丸出しって少数派なのかい? こうして僕らは目的を達成できた。 当初の予定とは大きく異なるけど、大した問題じゃない。 ……いや大問題だな!事態が僕の目論見を超えて大きくなってる! しょうがない、自分で蒔いた種は自分で刈らなきゃ。 襲撃勢力を全部追い払って、それから帰るとするか。 これからは、いや、これからも。 平和島にある僕達の家が、『僕達の帰るべき世界』なんだから。 (了) 解説 破星巨砲(ばすたぁらんちゃあ) レイヴモン雑賀モードの本来の必殺技。左側から構える東塔(いーすたんたわー)と右側から構える西棟(うえすたんたわー)、それらを両肩に構える双塔(ついんたわー)がある。 片方だけ撃つ時は精密射撃モードや連射モード、両方撃つ場合は広域殲滅モードとなる。 エネルギー消費が激しく長期戦には不向きなため、蔵之助は自衛隊などの人類の武器を使用していた事情があった。 彼の退官によって人類武器の弾薬補給が不可能になったためにこの必殺技が復帰することになった。 変装 蔵之助が何らかの方法で侵入してくることを予測して一華は自身がエンシェントモニタモンに変装することを提案。 面白い展開になりそうなのでエンシェントモニタモンはこれを快諾。 18歳の姿になるデジメンタルをベースに、足りない胸はゴースモンをパッド代わりに詰め込んで、帽子をヘルメットに偽装した。 帽子のつばが偽装の邪魔になるといけないので前後逆にしてかぶっている。 「うふ、拝くんとおそろい!」 美愚蛮煩魑(びっぐばんぱんち) 忍者が分身に使う次元制御能力を敵の拘束に使用する伝説の忍術奥義。 敵が拘束される代わりに次元障壁で覆われてそのままでは攻撃が通らないため、次元貫通エネルギーを拳に纏わせて殴りつける。 忍者パワーを持たない者がこの技を使うと命と引き換えになるとも言われている。 実は忍者パワーはデジソウルで代用できる。 認識改変 アナザーイグドラシルを直接間接を問わずに視認し、なおかつイグドラシルあるいはそれに関連する存在を何らかの形で記憶している場合、アナザーイグドラシルへの認識が記憶しているイグドラシル関連の何かに置き換えられます。 これは常時発動のパッシブ型で、「自身の直接見たイグドラシル関連のものが実は別の存在である」という疑いを持つことで打破判定が出来るようになります。 イグドラシルを知らない者にしか認識されなくなり、正体を調べようとするとイグドラシルを知った瞬間に認識誤認を引き起こすというギミックで正体を隠し続けていました。 しかし「見ること」がトリガーであったこと、そして自身のうっかりで録画データではなく録音データを残してしまったことで正体がバレることとなりました。 忍者のいた世界 彼らの世界はテクノロジーの進歩が若干早く、そのためイグドラシルの性格が人間的になり、結果デジタルワールドからデジモンがいなくなった世界です。 メタな視点では、セガのゲーム機開発とたまごっちの発売が早まった結果、セガの勢力が強まる一方でバンダイの経営危機が早期化し合併が実現して「セガバンダイ」が誕生した世界、それによってデジモンアドベンチャーのプロジェクトが液晶玩具だけで終了しアニメのデジモンアドベンチャー放映までに至らなかった世界の裏側です。 この世界のイグドラシル、仮にアナザーイグドラシルと呼称しますが、彼は自身をデジタルワールドの管理者ではなく支配者であるという認識を強く持つようになります。 そして、自身の地位を脅かすデジモンの出現を恐れ、完全体になったデジモンを次々と片っ端からデリートしていきました。 「だって俺より強いヤツが出たら困るじゃん?」 結果、このデジタルワールドには成熟期までのデジモンしか存在せず、競争による進化も半ば意図的に鈍化していくことになります。 当然ながらロイヤルナイツのようなデジタルワールドを守護する存在も生まれません。 その一方でリアルワールド側のテクノロジーは進歩し、調査するために大型の機械を持ち込むための設置型・常時開放型のデジタルゲート施設がいくつも作られました。 忍者の隠れ里の近くにも設置され、そこから数多くの忍者たちがデジタルワールドの探索に出ていきました。 人類側のテクノロジーの進歩はデ・リーパーの出現と進化を促進し、ついに彼らはデジタルワールドへの侵攻を開始します。 意図的に進化を抑制されていたデジモン側に対抗できるはずもなく瞬く間にほとんどのデジモンが制圧・絶滅。 デジタルワールドはデ・リーパーのものとなり、アナザーイグドラシルはデジタルゲートを通って他のデジタルワールドに逃亡します。 管理して発展させることも戦力を育てることも面倒くさがって、安易な支配の維持だけを求めた当然の結果と言えます。 アナザーイグドラシルがいない中、残されたデジモンは必至に抵抗しますが完全に絶滅し、その抵抗でデ・リーパー側も弱体化。 さらに一部のデ・リーパーが倒したデジモンのデータを学習してデジモンの性質を獲得します。 これによりデジモン化したデ・リーパーと、それをデジモンと誤認したデ・リーパーによる争いが発生。 新たにデジタルワールドの支配者となったデ・リーパーもまた衰退し、オーガモンに擬態した一群が残りました。 一方その頃、他のデジタルワールドに逃げ込んだアナザーイグドラシルはこそこそと隠れて過ごす状態に我慢できなくなっていました。 もしこちらのデジタルワールドのイグドラシルに見つかれば、どのような処遇を受けるか分からなかったからです。 最悪、力を奪われたり吸収されたりすることを恐れていた彼はある日、自分の元いたデジタルワールドでデ・リーパーが大きく数を減らしていることに気づきます。 同時に自身をこの世界のイグドラシルとして認識させるコードの開発に成功。 これを使ってイグドラシルになりすまし、ナイトモン軍団を誘導して自分の元いたデジタルワールドを襲撃します。 といってもデジタルワールドの支配者に返り咲くつもりはありませんでした。 彼は支配者の権利よりも管理者の責務から逃れる方を選びました。 「このデジタルワールドのリソースを使って、あっちのデジタルワールドであっちのイグドラシルのふりして楽しく遊んで過ごせばいいや。」 襲撃は成功し、残っていたオーガモンモドキのデ・リーパーは常時開放型デジタルゲートを通って忍者の里に逃亡。 そこで忍者軍団と遭遇戦になり、最終的に忍者側の里丸ごとの自爆でデ・リーパーも消滅。 忍者も逃亡した二人を除いて全滅しました。 アナザーイグドラシルはナイトモン軍団を生贄にして二つのデジタルワールドの融合を開始。 融合が終了すれば発生した余剰リソースで自身が大幅に強化される、はずでした。 しかし実際には『あちら側』のデジタルワールドに多数存在する常時開放型ゲートによって『あちら側』のリアルワールドも巻き込まれました。 引きずり込まれるように融合するリアルワールドの影響でアナザーイグドラシルの持っていた制御権が喪失。 さらに融合したリアルワールドの整合性を取るために『世界』の側が執った修正作業に余剰リソースが使われました。 何も得るものが無かったアナザーイグドラシルですが当然の報いです。 「でもまあこのまま隠れながらこっちのイグドラシルのフリをしてたらそのうち……」 その甘い目論見を脅かす存在が出てきます。デジタルワールドにいたためにリアルワールド融合の影響を受けなかった忍者カップル(当時)です。 こいつらが切っ掛けで俺の存在がバレたらヤベーじゃん!となったアナザーイグドラシルはリアルワールドにやって来た二人を襲撃。 手持ちのオーガモンモドキを多重融合させ頭が二つあるオーガモンモドキをけしかけますが撃破されます。 しかし力を使い果たし昏倒した彼らに記憶操作を施すことには成功。 リアルワールドで自身の尖兵として利用するためにとりあえず忍者の里に運び込んで普通の忍者として過ごさせようとしました。 「だって生体兵器の忍者が究極体のテイマーなんだよ!ぜってー使えるやつじゃん!」 忍者の里に辿り着いてみるとそこは建物の残骸と多くの忍者の腐乱死体が。 「うわっ臭っ!汚っ!これ処分しといてよ!」 二人と二体を運んだ最後のオーガモンモドキに死体を処理させ、そのまま彼らをそこに放置させました。 しかしながらアナザーイグドラシルの記憶操作技術が稚拙で、なおかつ自身に従わせるためのシナリオが破綻していたために記憶操作は不完全なものに。 結果忍者カップルはアナザーイグドラシルの尖兵とはならず、故郷を滅ぼしたオーガモンを探す復讐者となりました。 「なんでこうなるんだよ!俺の何が悪いんだよ!」主に性格と頭と根性ですね。 自身の記憶操作技術を完全なものにするために、彼はその技術を持つ者に接触します。 Dr.ポタラに記憶操作技術を教えた所、彼はそれを見事にレベルアップさせました。 更にアナザーイグドラシルは彼から教わった記憶消去技術を彼に施し、自身のことを忘れさせました。 もっともこの記憶消去は処置が不完全で後に思い出されてしまいます。 更にDr.ポタラはこの記憶転写技術を手土産にファイブエレメンツ社に入社、人事部長の地位を手に入れます。 そこで記憶操作技術は更に向上するのですが待てなかったアナザーイグドラシルはその事に気づいていません。 そして大した力も振るえないまま、アナザーイグドラシルはあちこち覗き見しながら、今日も『こちら側』のイグドラシルの振りして隠れ潜むのでした。