『しばらく音信不通になる。一華、君は穂村拝君と幸せになってくれ。』 そんな短いメッセージを最後に家との定時メールが途絶えた。 わたし、名張一華は今は家族から離れて旅をしている。その目的は、穂村拝くんが家に帰るのを手伝うため。 誰かに帰らされるのではなく、自分で帰らないと意味がない。 そう判断したわたしは、拝くんを無理矢理リアルワールドに連れて行くようなことはせず、彼を守り手伝うことに専念していた。 家との定時メールでだいたいの状況は把握していた。 失ったトラックを取り返したことや、行動の制限がもう無くなっていること。 そしてあのメール。そして音信不通。 これはとうとう準備が整ったということなんだろう。 ……どうしたらいいのかな? パパとママがそうする理由は知っている。そのためにわたしはエンシェントウィッチモンの七代目を『坩堝』にしたから。 どうせなら手伝ってあげたい。でも今のわたしには拝くんを手伝うという大事な仕事がある。 今の家族か、未来の家族か。どっちもわたしの家族だ、選ぶなんて無理だ。 そう思っていると、ゴースモンが話しかけてきた。 いつもの彼女らしくない、申し訳無さそうな顔と声だった。 「あのさ、イチカっちにお願いがあるんだ。」 言われなくても知ってる。わたしとゴースモンは普通のテイマーとデジモンの関係とはちょっと違う。 互いの思考や記憶は半共有状態になっている。 それでも、口に出して頼まずにはいられない、それぐらいに大事なお願いなんだってことだ。 「エンモニっちのこと、助けてやってほしいんだ。あんなんでも、アチシの友達だからさ。」 わたしのやるべきことは決まった。ゴースモン、いや、歴代エンシェントウィッチモン達の友人であるエンシェントモニタモンを助ける。 そのためには、手を尽くさなければならない。 だって相手はパパだ。絶対に真正面からのゴリ押しなんてしない。 最初の作戦プラン、こちらの戦力を隠してこっそり見つからないように探し出して奇襲、はもうやらないはず。 オペレーション・アルカディアで手の内を晒してしまい、わたし抜き、自衛隊抜きで最初のプランにあったのとは違う戦力を用意できるはずがない。 となるとおそらくプランB、できるだけ相手を混乱させて侵入、という可能性が高い。 『ちた』や『つねがみ』も完成してて、そうなると鴇緒お姉ちゃんやみゆきさんも出てくるはず。 ……ううっ、あの人達と戦うのは嫌だなぁ。パパと戦うのは平気だけど。 ママは……ママよりもレナモンと戦うのが辛い。お兄ちゃんはどうでもいいけど、エンジュお姉ちゃんを巻き込むのはちょっと……。 ともかく、鴇緒お姉ちゃんが出てくるなら対策が必要だ。 ロードナイト村に置いてきたデジメンタル製造プラント、あれだけは回収しなくちゃ。 あれをパパに使われたら鴇緒お姉ちゃんの力が無制限に振るわれる。それだけは避けなくちゃ。 まずは知り合い全部に片っ端から連絡しなきゃ。それから……直接行く必要があるわね。 エンシェントモニタモンが数多のスプシモンたちと情報を集めているという『図書館』に。 どんなに恐ろしい暴君だろうとも、ゴースモン……というか、歴代のエンシェントウィッチモンの言葉なら耳を貸すかもしれない。 それでダメなら仕方ない、ゴースモンには悪いけどお友達のことは諦めてもらうしかない。 「ゴースモン、図書館の場所ってわかる?」 デジタルワールドでは数日前からとある怪情報が飛び交っていた。 裏十闘士が一体、エンシェントモニタモンとその眷属スプシモン。 彼らがデジタルワールド・リアルワールドを問わずに収集した情報を集積する施設、通称『図書館』。 そのおおよその所在範囲とされる位置情報が出回っているのだ。 その位置情報にはこんな謳い文句まで添えられている。 「図書館にはすべての情報がある。現在だけでなく過去や未来の情報もある。」 「図書館には並行世界の情報もある。違う可能性から強大な力を得られるかも?」 「君が探しているアイツ、君が倒したいアイツ、その居場所や弱点もそこに行けば見つかる。」 「巨万の富をもたらす財宝、死を克服するテクノロジー、全てを屈服させる武力、それらのヒントだって当然!」 「だけどそんなすごい情報を独り占めしている存在がいる。エンシェントモニタモンだ。」 「かつて悪逆非道を働き、他の裏十闘士たちによって封印されたはずの彼女。」 「そのエンシェントモニタモンがいつの間にか封印から目覚め、今は『図書館』に引き籠もっている。」 「彼女とスプシモンたちは集めた情報を『図書館』に集積し、認識阻害によって隠匿している。」 「ずるいと思わないかい?あくどいって思うだろう?だったらやることはひとつだ!」 「ただ、『図書館』に対して複数の勢力が攻撃を仕掛けるっていう確かな情報がある。」 「君たちもうかうかしてると、美味しいトコ全部かっ攫われちゃうよ?それでもいいの?」 「さあ急げ!君のライバルたちはもう既に黄金の林檎を手にする寸前かもしれない!」 「君のライバルが一方的に強くなって君たちを倒すかもしれない。そんなの嫌だろう?」 「じゃあ迷ってる暇はない。仲間たちと一緒に『図書館』へ出発だ!」 「そして情報を独占する悪辣なエンシェントモニタモンを放逐し、君がデジタルワールドに君臨する力を手にするんだ!」 見る者によって内容が多少異なってはいたが、概ね呼びかけている内容は同じであった。 「『図書館』を攻略しよう!」 ……こんなもんかな。 僕の『オート・コンタミネーション』を応用して組んだ宣伝プログラム。 見る者の検索や行動の履歴、思考や感情の外部観測による分析、それらを組み合わせてそれぞれの求めるものを中心にアピールする自動文章構成プロトコル。 知識を求める者、技術を求める者、闘争を求める者、そして正義を求める者。 そのいずれもを惹きつけ、呼び寄せるための甘いフェロモン。 かなりあちこちにバラ撒いた。デジモンイレイザーの連中や、他の様々な組織が引っかかるはずだ。 中には何かの罠と警戒するものもいるだろう。だがそういう連中も真偽を、そして推移を確かめるために何らかのリアクションを起こす、いや、起こさざるを得まい。 そうなれば状況はより一層混乱する。その混乱こそが僕の目的だ。 僕はデスクの傍らに置いてある空き瓶を見やる。 一華が穂村君と旅に出る前に、僕らのためにと置いていった『死者蘇生ポーション』、その空き瓶だ。 中身はコードの一部を書き換えて、破壊不能オブジェクト貫通弾の一部になっている。 『不死殺しのポーション』の方は.221ファイアボール弾仕様に改造した。こいつをXP-100ピストルに装填して持って行く。 一発限りの、エンシェントモニタモンも殺せる切り札だ。 「……一華。」最近、あちこちの情報から彼女の名前が出てくる。 どうやら僕達の攻略作戦開始を察知して、『図書館』の防衛に動き出してるようだ。 僕達が『図書館』に攻め込む理由も、そのために今までいろいろと準備してきたことも、全部理解してるはずなのに。 「僕には、君が何を考えているのかわからないよ。」もうあの子は、僕の知ってるあの子じゃないのかな? こうなってくると、親としての自信がまた揺らいでくる。 「やっぱり僕は親失格なのかなあ……。」 ……駄目だ駄目だ、こんなことで止まってちゃいけない! 僕にはどうしても確かめなきゃいけないことがあるんだ。そのために頑張ってきたんだ。 だから何としても、エンシェントモニタモンを屈服ないし排除して、『図書館』の全記録を検証する必要があるんだ。 「待ってろよ、『図書館』、そしてエンシェントモニタモン……」