scene1 あるわけないとはもう言わない これは低い可能性の世界のほんの少しの未来の話 「かんぱーい」 そう言って俺、映塚黒白は冬用コートを机にかけた後目の前の女性とコップを軽く当てる 「お疲れ様、こうやって飲むのも久しぶりかしら」 「そうですね、まぁ飲むと言っても俺はこれなんですが」 とコップに入ったヨーグルトソーダを見せる。目の前の女性のコップには瓶から注がれたビールがなみなみと入っている 「いつものことですけど遠慮しなくていいですよ。酒飲まないなりに楽しめるんで」 「そうは言ってもねぇ…」 警察でもあり年上でもある目の前の女性、烏藤すみれさんは逡巡する。彼女は自分を律していたいのだろう、最初はいつもペースが遅い 「まま、遠慮せずどうぞどうぞ」 とまだ大して空いていないコップにビールを注ぐ。とにかく注ぎ役に徹する。酒を飲めない自分が社会に出てから飲まされないように培ったテクニックだ 「それじゃ適当に注文しますねー」 「んーお願いねー」 こうして飲み会と言う名のだらだらとした近況報告会が始まった 「あ、この刺身旨いですよ。食ってみてください」 と言いつつ赤身の…多分鰹?の刺身の皿を彼女の方に持って行く。 脂がのっていてもっちりとした食感と甘味が口の中で風味とともに広がってきっと酒にも合うだろう 「ありがと。こっちのだし巻き玉子も美味しいわよ」 といってだし巻き玉子ののった皿をこっちに寄せてくる 「ども。いただきまーす」 濃厚な玉子のうま味と繊細な出汁の味がかむたびに口の中に広がってくる。さっき頼んだ烏龍茶にも合うな 「お、旨いですねここのだし巻き玉子」 「鰹の刺身もすっごく美味しいわよ。ビールが進んじゃいそう」 あ、やっぱり鰹で合ってたか。それはともかく好評なようで良かった そうやってしばらくは食べたり飲んだりしながら最近見たドラマだの映画だの話題で会話を楽しんだ 「おっと、ビール減ってきてますね。どうぞどうぞ」 そしてまた中身が減ってきたコップにビールを注ぐ 「わたし達だって一生懸命やってるのに税金泥棒とか言われたりしてねー」 「あっはっは。少なくとも俺は立派だと思ってますよすみれ警部殿」 俺は彼女の愚痴に茶化した口調で敬礼を真似事をする。その空気に応対するように彼女も笑うながら空のコップを揺らす 酔い始めてきたようだ。俺は彼女が酔ってる姿を見るのが好きだ。自分が酔えないからそう感じるのかもしれない おっさんが自分が食えない分若者が食ってる姿を見るのが好きってのと似たようなものかもしれない この年でもうおっさんの気持ちがわかるような自分にちょっと笑ってしまう 「んー報われなーい」 「いやあそんなもんですって。俺も女の子一人助けた結果がこれですもん」 服をめくって腹の刺された傷痕を見せる。別に恨んではいないけど当時は色々大変だったなあ… 「……やっぱり脱ぎ癖あるんじゃないの?」 かつてのプールの思い出が蘇る。あの当時は今よりもメンタルをやっていたせいもあるが思い出すと悶える記憶が多すぎる 「うっぐっ…!!まじであの時のことは忘れてくれないですかね…!」 「あの時はわたしも慌てたのよー?」 「ははは…おっとコップが空じゃないですか。さ、どうどぞどうぞ」 誤魔化すように空のコップに新しい瓶ビールを注ぐ 「店員さんすいませーん!お冷やひとつー!」 「そういえば黒白くんは彼女とかいないの?」 ぶっ込んできたなあ。普段なら絶対言わないだろうことを言い出す当たり大分回ってきたようだ。そろそろかな… 「良いんですよそういう相手はまだ若いんだからゆっくり考えます。そっちこそもうい…」 ぞくり、と首筋に刃物が当たっているような感覚が身体を駆け巡る 「いや、何でも無いです何でも」 「良かったわ、セクハラで逮捕するハメにならなくって」 酔っているとは思えない鋭利な口調で返してくる。こっわ。まあこんな会話になってる時点で酔ってるんだが その証左に先ほどの怖い姿はなりを潜め頭が船をこぎ始めてる。頃合いだな 「ソーラーモン」 「クロシロー、準備はいいぞ」 実は机に下でおとなしくしていたソーラーモンが俺に徳利を手渡してくる 「まぁそんな話は置いといて、どうぞどうぞ。熱燗が来てましたよ」 そう言って彼女の空のコップを透明な液体で満たし、彼女がそれを飲むのを見届ける 「あらーすっごい美味しい…いいお酒は水見たいって言うけど本当なのね」 ふふふ…そりゃそれはソーラーモンが温めた中身お冷やだから当たり前だよな 「あー、気持ちいい…」 身体が温まったせいか、彼女はぐでっと身体を机につっぷした後寝息を立て始める 「いつもお仕事ご苦労さんです」 と言って彼女にコートをかけた後に愛用のガラケーで電話をかける 「もしもし。あーはいはい、どうもー。いえいえ、こっちが付き合わせてるだけでー」 「はいじゃあお会計お願いします。すみれさん〇〇円いいですか?」 あの後目を覚ましたがまだ頭がしゃっきりせず足下がふらついている彼女に声をかける 彼女は最初のうちは奢ると言っていたが、俺が説得して割り勘でお願いしている。 年下だからと一方的に奢ってもらうのは男として少し悔しいからな…。 じゃあ全部出せって話なんだがそれはそれで彼女のプライドを傷つけかねないから割り勘がちょうどいいんだ 「はいはい〇〇円ね…」 といって彼女が財布を取り出す。その財布にはシードラモンのストラップがついていた 「あ、まだ持ってたんですねそれ」 「そうよーちゃんと大事にしてるわよー」 と彼女は笑いながらストラップを揺らす 「いやー嬉しいですね。ところで今度また動物園でもいきましょ動物園」 自分でもなんじゃこりゃと思うくらいの早口で話題を変えた 「嫌よ、動物はTVでおとなしく見てる方が良いのよ…」 「いやー俺は諦めませんよ。いつかは動物に好かれる方法が見つかるはずですって」 そんな会話をしながら会計を手早く進めつつ、内心で安堵のため息をついた 「黒白くん目の隈もうすっかり薄くなったわね…」 「はいはい皆さんのおかげさまで、最近は偶にしか目が覚めなくなりましたよ」 足下がおぼつかない彼女に肩を貸しながら車道の方に向かう。多分そろそろ来るはず… 「あらーごめんなさいねー」 と声が聞こえたかと思うと真っ赤なオープンカーに乗ったシンドゥーラモンが目の前で停車させる 「いえいえ、毎度こちらこそ申し訳ない。じゃすみれさんはお返ししますんで…」 「あら、これあなたのコートじゃない?」 「いや、大丈夫大丈夫俺にはソーラーモンが居ますから無くてもどうにでもなるんで」 「うー…」 車に乗って安心したのか彼女はほとんど夢うつつの状態だ 「それじゃ俺は歩いて帰るんで後はよろしくお願いします」 「はーいありがとうね。また今度ー」 そうしてシンドゥーラモンは法定速度ギリギリで夜の闇に消えて行った 軽く振っていた手を下げると俺も帰宅するために歩き出した 「クロシロー、少し考えたほうがいいぞ」 「くしゅっ、なんだソーラーモン藪から棒に」 「独身女性 プライベート時間 専有」 「検索のサジェストみたいな事言いだした…まあ言いたいことはわかったけど」 自宅への帰り道、電灯の下でソーラーモンに…これは釘を刺されたと言うべきだろうか? 「まー…このままだと邪魔にしかならないから自分がどうしたいかハッキリしないとダメか」 「クロシロー、無駄にだらだら考えるのもダメだぞ」 「はいはいはいはいわかりました!一晩だけ考えます!」 「今日黙ってた分のメンテもだぞ。油は高級品で」 そんなソーラーモンの声を聞きながら、ふと見上げると綺麗な満月が見えて、楽しげにも自嘲気味にも見える笑みを浮かべた scene2 映塚黒白の昔がたり 俺の昔の話?っていうと過去の冒険の話?違う、親が離婚した後?まあ……××××なら別にいいか あれは…今から36万…いや1万4000年前だったか。そういうギャグは要らない?いやまぁほら気恥ずかしいでしょ 特に自分にとっての恥ずかしい過去ってやつはこう茶化しながらでもないとやってられないというか えーっと話を戻そう。デジタルワールドから戻ってきて親が離婚してその後…そうだな、恩人の話でもしようか 当時、両親の離婚があって引っ越しをしたんだけどその頃の俺はまー困った子供でね 家族への負い目とかなんやらで口数も少なくなって可哀想なやつ~みたいな空気まき散らしてた恥ずかしい子供でさ あーいやいや、そういう子が恥ずかしいって話じゃなくて今思えば俺が原因なのに不幸気取るのはなんか違うなってね その日も家にも居づらくて地元の誰も居ない小さな公園で一人ブランコを揺らしてたっけ…話しかけにくいオーラも出てたんじゃないかな? そんな俺に話しかけてくれたのが件の恩人…金髪碧眼で浅黒い肌した外人のお姉さんだったんだ 「ハイ、大丈夫デス、カ?」 「…………」 「モー!聞いてマスか?」 「うわわわわ!!ちょっまっちょっと待って!!」 いやあ本当に驚いたよね。いや無視した俺が悪いのはそうなんだけどいきなり全力でブランコ後ろから加速されたらさ 「はー!はー!お姉さんいきなりなにすんだよマジで…」 「無視はヨクナイデス!それにそんなに暗い顔してたら放っておけマセン!」 「だからって強引すぎるでしょ…放っといてくんないかなぁ」 結構突き放すように言ったと思うんだよねはっきりとは覚えてないけど。自罰感情で視野が狭くなっててさ 俺は明るくしてちゃいけないし、誰かと仲良くしちゃいけないって思い込んでたからさ 「ソンナ心配されるヨウナ顔して構ウナって言っても説得力ナイデス。構ってチャンに見えちゃいマスよ?」 いやード正論はきつかったね。顔が赤くなるのわかったもん、俺 「ちっがうから!構って欲しいアピールしてたわけじゃないから!」 「ジャア、どうしてソンナ顔シテルデス?」 「それは…」 とは言え、中々デリケートな話だからさ。口に出せなくてもごもごしちゃったわけでさ 「ンー、じゃあマズ遊びマショウ!」 「えっ?」 「身体を動かすと心軽くナリマス。ウジウジしてても何も良くなりマセン」 「いや…だからさ…」 「ゴチャゴチャウルサイ!イキマスヨ!」 とまあ強引に手を引っ張られてさ。どっかから道具を借りてきてキャッチボールしたわけよ 「なんで俺こんなことしてんだろ…」 「ホラボールよく見て…アウチ、また落とシチャイマシタネ」 内にこもってる間に運動が全然出来なくなっててさ、もう落とす落とす。キャッチボールに全然なってないの そこで彼女がハッキリ言ってくれちゃうわけ 「…下手クソデスネ」 俺もさー、根本的に意地っ張りだからそう言われたらもう火がついちゃって 「はぁー!?取れるようになっから!続き続き!」 それで夕方くらいまでやってたかなあ、もうお互い汗だっくだく 「親がさ…俺のせいで離婚したんだ。あんなに仲良かったのに…」 疲れて酸素不足になったせいか、あるいはちょっと遊んで心許しちゃったか。まあ最終的に白状しちゃったんだよね 「OH…カナシイけど離婚なんて良くあるコトデス。ソレニきっとキミのせいジャ…」 「良くある事ぉ!?」 今思えば、今思えばその先が大事だったんだろうけど、ほら俺も心に余裕がなくって… 「アッそのチガ…」 「お姉さんは恋人とかいる!?」 「アッハイ、居マスヨ、大好きな…」 「その人と結婚した後離婚したら良くあることで済ませられるのかよぉ!」 いやー、本当にこれは俺が悪い。心配してくれた人に言う言葉じゃなかったよ本当に… 「ワタシ達はそんなコトにならないデス!!」 「良くある事なんだろ!じゃあそっちだってなってもおかしくな…」 「ナラナイモン…」 「……!?」 正気に戻ると同時に冷や汗かいたよね。大の大人…いや年齢はわからないけど涙目になってるんだぜ? それと同時に変に冷静になってさ、大人だから強いわけでもなくて泣いたりもするんだなって 俺の親もそうだったのかな…俺ちゃんとあの時両親ちゃんと見れてたのかな?って思い至って… それどころじゃない事に気がついたね 「ごめん、本当にごめんなさい!!」 そりゃもうその場で全力で土下座よ。自分のことなんか頭から吹っ飛んだわ 「コッチこそゴメンナサイデス…言い方間違えマシタ。立ってクダサイ」 「お姉さんは悪くないよ。慰めてくれようとしてたのに俺が八つ当たりしちゃっただけで」 自分のことが吹っ飛ぶと逆に相手がよく見えるようになって、自分が何をしたか、相手がどう思っていたか そう言うことが考えられるようになって… 要するに自分の世界に籠もってて何も見えなくなっていたことにやっと気がついたって感じかな? 「えっと、そもそも最初から嫌な態度とっちゃってごめんなさい…一つ聞いてもいいかな?」 「ハイ?」 「どうして知りもしないし態度の悪いガキの俺にこんなに構ってくれたんだ…です?」 「ソレは…ワタシもセンパイに沢山タスケテもらったカラ…年上が年下を助けるのはペイフォワード、なんデス」 「ペイフォワード…?」 「エッと…誰かにタスケテもらったら、その人じゃなくても誰かをタスケル。そう言う善意のツナガリの事カナ?」 この言葉は、今でも俺の行動の基本方針になってるね。実際には助けられることの方が多いのはまあ忘れて? 「だから、キミもいつか誰かをタスケテあげてネ?」 「うん…わかった」 「キミのソーラーモンもきっとタスケテくれるヨ。ほら、さっきより安心した顔シテル」 「ソーラーモン?いや俺のパートナーはハグルモン…」 ってそばに居たソーラーモン見たらソーラーモンなんだよ。何言ってるかわからないと思うけど俺は愕然としたね パートナーがハグルモンからソーラーモンになってる事に気が付かなかったんだぜ?どんだけ周り見えてなかったんだよ いや別デジモンじゃないのはさすがに間違えないよパートナーだよ?なんでソーラーモンになったかはさっぱりなんだけど… 「クロシロー、やっと気がついたか」 「ええ…なんで…?いや俺が悪いのか…そうか…?」 「フフ、仲よさそうダネ。二人ナラきっとデキルヨ!」 「クロシロー、頑張るんだぞ」 他人事みたいにいいやがってさ…。いやソーラーモンのこの距離感には助けられてるんだけどさ、気が楽で 「わかった、わかりましたー」 「じゃあ、ワタシはそろそろ行くネ」 って言うが早いかもうさっさと公園から出て行こうとするもんだから 「あっお姉さん名前は!?」 名前を聞くのが精々で 「シンシア!シンシア・シラトゥ、デス!」 そのまま行っちゃって、俺もその後すぐまた引っ越したから二度と会えなかったよ その後?まあ彼女に会った日の夜に俺も今後の身の振り方?みたいなものをめっちゃ考えたよ 考えた結果…俺のせいだなって気持ちはやっぱ消えねーやってなってさ… 意外?いやそんな1日の出会いですぐ気持ちが変わるなら誰も苦労しないって まあそれで、でもこのままじゃ良くないって事は痛いほどわかったから、いっそ自分への感情を見ないことにしようって決めたわけさ ゆがんでる?いや、それは…そうなんですが…それで前に進めるならウジウジ周囲に不幸オーラまき散らすよりマシじゃない? それに前に進んでれば何か変わるかも知れない、前に進んでるんだからさ 1日で気持ちが変わることはなかったとしても、気持ちの受入れ方を少し変えることができた。それだけで彼女は十分俺にとって恩人なんだよね 探したりしなかったのか?うーん…彼氏がいたみたいだしその彼氏さんと結婚したなら名字も変わってるだろうから そうなると見つけるのも大変だしね、積極的に探す気はないかな。でも… もし、偶然会える日が来たらあの日のお礼は言えたらいいかな。ま、もうちょっとメンタル治らないとまた心配されちゃうかな? どう?まぁ期待した話じゃなかったかもしれないけど楽しめたかな?そう、なら良かった