「今回の仕事は半グレ共の殲滅ですか」 FE社から伽耶へと送られてきた一通のメール。今回の指示はオノゴロ市…よりにもよってFE社のお膝下で商売を始めたクラックチームの排除であった。生け捕りや情報回収は不要、協力者ありで後始末はFE社の専門チームが受け持つとのこと。 野良デジモンのデリートとは違い、人間の処分には手間がかかる。その手間をすべて肩代わりしてくれる上生け捕りなどの余計な手間もないとなれば、十分好条件の仕事といえた。唯一の不安は協力者の腕程度であろう。 「輸送中の襲撃で紛失したスレイヴ型、それも複数ををクラッカーが拾ってそのまま調子に乗って暴れ始めたらしいですね」 「…バカなのか?担当者もそいつらも」 「個人認証プロテクトを掛けてなかったらしいです。当然首になったとか」 それが解雇されたという意味か物理的な意味かを聞く者は、その場にいなかった。 「それで、誰と一緒に行くの?カヤの邪魔にならないなら誰でもいいけど…」 「メールに添付されていますね。ええと…」 ――――― 逃げる、逃げる、逃げる。路地裏を駆け抜け、背後の化け物たちから一歩でも離れようと逃げ出す。髭面の男―クラッカーたちのリーダーは、自らの拠点に背を向け逃げていた。 少女の姿をした化け物に狼の姿をした化け物二匹。いきなり拠点に入ってきた奴らは、そのまま仲間たちを虐殺し始めた。 「クソックソックソッ!」 真っ先に立ち向かった勇敢な仲間は、頑丈なデジモンを連れていたこともあってなぶり殺しにされた。真っ先に逃げ出した奴は、女に背中を撃たれた。 とっておきをぶつけて逃げ出してきたが、それもいつまでもつか。 何が悪かった?偶然手に入れたデジヴァイスに勝手に登録した時?金稼ぎに使った時?それとも拠点をここに決めた時か? 様々な考えが頭の中を廻るが結局のところ、彼が思いつくのは他責思考であった。 とにかく自分さえ無事なら何でもいい。最大戦力は失ったが、まだ手持ちには何体かいるのだ。今度は安全な場所で… そこまで考えたところで、男は足を止めた。逃走経路に、誰かがいる。 それは、年若い女であった。艶やかな長い黒髪に、女性的な魅力あふれる肉体。おっとりした顔立ちは優し気な雰囲気を感じさせる。 街中で出会ったならば思わず凝視してしまうような女であったが、雰囲気の合わぬ路地裏においては不気味さに一役買う要素でしかない。 ましてや襲撃から逃げた先においてのこれである。愚鈍な男も、さすがに目の前の女が先ほどの化け物の仲間であることは察していた。 こうしている間にも、化け物がいつ追いついてくるかわからない。男はスレイヴ型デジヴァイスから残ったデジモンをすべてリアライズさせ、女の排除命令を送ろうとし― 「…ぇ?」 ぐるんと視界が反転し、そのまま闇へと意識を落とした。 ――――― 「おや、もう終わっていましたか」 クラッカーの拠点を壊滅させリーダーの男の痕跡を追ってきた伽耶が見たものは、ファントモンが最後のデジモンにトドメを刺すところであった。 「そっちも仕事が早いわね」 『成熟期と成長期ばっかりだったからね。楽勝だったよ!』 足元に転がっている頭が切り離された男の死体には目もくれず、互いの情報を交換する芽亜里と伽耶。このような状況でなければ世間話のようにも見えるだろう。 「こちらも、完全体が一体だけであとは雑兵でした」 「最初からデジヴァイスに入っていた奴だろうな。あいつらが捕まえられるとは思えん」 「完全体かぁ…大丈夫だった?」 クラッカーたちの切り札はザンメツモン。5本の刀を携えた獣竜型デジモンで、正面から戦えば敗北はなくとも苦戦しうる相手であった。あったのだが… 「狭い部屋だったから窮屈で大変そうだったよ!」 「平地ならもう少してこずっていたかもしれませんね」 何を考えたのか部屋の中で解放したせいで自慢の刀は動かしづらく、四足の健脚も半ば機能不全を起こしていた。 『うわぁ…』 おそらくはロクな抵抗もできず、二匹の狼に食い殺されたのだろう。思わず声が出たファントモンは、哀れな同胞に憐憫の念を抱かずにはいられなかった。 「じきに処理班も到着します。引継ぎを終わらせたら本社に報告に向かいましょう」 「そうね、さっさと終わらせちゃいましょうか。そういえば新作のスイーツが…」 まだ日は高く、穏やかな日差しが降り注いでいる。血の匂いが立ち込める路地裏で、彼女たちは話を弾ませるのであった。