宵闇のオノゴロ市を走る一つの影――完全体のデスメラモンだが、その身にはいくつか通常種と異なる点が見受けられた。 全身から伸びた無理矢理引きちぎったようなケーブル、両腕には大砲が二門ずつ素体への影響を考慮していない無理な方法で接続され、首には番号の刻まれた首輪……そう、彼はFE社から抜け出した脱走実験体だ。 (本当に警備網にも引っ掛からねえ……このままなら!) 突然目の前に降ってきたチャンスに始めは半信半疑だったものの、実際に実験棟から市街の路地裏まで何事もなく進めている現状は、過酷な実験体扱いされていた彼へ希望を灯すのに十分だった。 ナビゲートされた街外れの脱出地点まであと少し――と 「こんばんは、少しよろしいですか?」 角を曲がった正面の少し先にいた二つの影の片方から声をかけられた。 声をかけたのは朽業夭下、彼の脱走してきたFE社の誇る戦闘部門五行の1つ、金行の筆頭。 側に立つのは究極体、クロンデジゾイドを身に纏った竜人型デジモンのウォーグレイモン。 ここまで順調だっただけに突然の出現に面食らう。 「重要性としては構わないのですが、ここのところ各所で脱走が多く示しがつかないので……中止してもらえると助かります」 「そうかい……だったら」 観念したように項垂れていたデスメラモンだが、面を上げると同時に両腕を構えると 「テメェらが作ったコイツの威力、その身で味わいなァ!」 叫ぶと同時に増設された砲門からエネルギー弾を発射、いち早くブレイブシールドを構えていたウォーグレイモンに向け炸裂する。 「デジキャノン改をモチーフに、完全体に究極体レベルの火力を搭載する試作兵装……いい出来ですね、彼も使いこなせている」 砲撃を防ぐパートナーの後方で夭下は自社の研究者と脱走者へ賞賛を送る。通信先の開発担当者は言外に含まれる憶測に震えているが。 「くっ朽業様、アレの弱点は……」 「ああ、構いませんよ……回収は不要と聞いたので」 金行筆頭が慣れた手つきでシルヴァレット――スレイヴ型デジヴァイスを元に改造された専用デバイス――を操作し、 「アクティベート――『インビジブルコネクション』」 発動を宣言した瞬間、デスメラモンの装備していた兵装が光の粒子となって消滅した。 「なっ――!?」 「使用者が少ないとはいえ、コネクションで全破壊されるのは考えものですね……『アンカー』や『意志』が併用できればいいのですが、普通のスレイヴ型ではカード使えませんしね」 驚くデスメラモンを尻目に淡々と評価する夭下。ウォーグレイモンはその隙を逃さず盾を構えたまま突進、チャージバッシュを叩き込む。 大柄な男性ほどの身の丈だが、究極体から放たれた一撃でデスメラモンは壁へと思い切り叩き込まれる。 「ぐ、あ――」 「こうなってしまってはただの完全体、援護は不要ですかね……お任せします」 デスメラモンが炎弾を飛ばすが、ウォーグレイモンは躱しながら疾走し一瞬で距離を詰め、両腕のドラモンキラーを振るう。 鎖で防ごうとするも容易く切り裂かれ、彼我の差を思い知るデスメラモンは内心毒づく。 (あと少しだってのになんでこんな強えヤツが――究極体相手はキツい、なら!) 作戦を変え、手近にあった街灯を爆発させて視界を塞ぐ。 それと同時に自身は鎖を建物にかけて上部へ逃げつつ、 「『へヴィーメタルファイアー』!」 体内で溶かした重金属を、下方で腕を振り煙を払ったウォーグレイモン……ではなく、そのパートナーへ向けて勢いよく吐きかける! (パートナーが傷つくか死ぬかすりゃ多少動揺するだろ!その隙を縫って逃げ切る――!) 狙われた彼女は、迫る熱量を前に焦るでもなく自身のデバイスを操作する。 「アクティベート――『ワクチンプログラムV』」 発動と共にバリアのようなものが展開され、夭下の身を守る。 「な、に――」 「直接攻撃<<バーン>>狙いですか、嫌いでは無いですが……」 怒られますよ?という言葉は怒気を纏った竜戦士に叩き落とされた彼には届かなかった。 右腕を切り飛ばす。 左足を踏み潰す。 デスメラモンが痛みに絶叫するが、怒り狂う竜戦士が止まる理由にならない。 (夭下に害なすモノに、手心は不要――) 右目を抉り取る。 左腕を引き千切る。 (――これ以上は耐えきれないか) そこまできて理性が顔を出し、残った最後の四肢を奪おうとしていた動きを止める。 紙一重で生きている、といったデスメラモンに近づきながら夭下が口を開く。 「デリート寸前で止められて偉いわ、ウォーグレイモン……さて、脱走の手引きをしたのは誰かしら?」 「し、知らねえ……!いつもの檻の中に居たら声が聞こえてっ、『自由になりたいなら言う通りにしろ』って檻が開いて……!」 もはや精魂尽き果てたのか、せめて生き残るために従順に答えるデスメラモン。 「相手の性別や年齢、分かります?」 「わ、分からねえ……別に嘘ついてるわけじゃねえ!ノイズがかかってたし人間の感覚なんて知らねえしよ!」 (ここまで入れるとなると相当の腕前……かつ素性を隠す加工をしているなら内部犯、もしくはオノゴロ市内や近辺に居る人間の犯行でしょうか) 思案しつつも犯人を絞るには情報が少ない――足元のコレから会話データを引き抜いても、大した情報は出てこないだろう。 「な、なあっ!攻撃したことも謝る!大人しく実験に協力するよ、だから……!」 「……ああ、その必要はありませんよ」 にこやかに振り返る交渉相手に、何故か背筋が寒くなる。 「回収が不要なのは、貴方もですから」 *** 「作戦は終了です、後処理は頼みますね」 各所へ指示を飛ばしながら、現場に背を向けて歩み出す夭下。 (重要度の低い施設とはいえ、脱走経路ごと確保されるなんて……) 「少し、セキュリティ担当部門とお話しないといけませんね」 通信室の温度が下がる。 セキュリティは別部署とはいえ、脱走者を出したこの研究チームも叱責……いや『粛清』されてもおかしくはない。 少しでも点数を稼ぐために開発主任は言葉を紡ぐ。 「朽業様!試作兵装はいかがだったでしょうか!?」 「ふむ、クロンデジゾイド相手でなければなかなかの火力でしょう。数を揃えれば十分な戦力になると思いますよ」 上部だけを取るならば誉められているが、通信室で聞いていた研究者たちは青ざめながらこっそり改善案を話し合う。 「夭下様は対クロンデジゾイドを想定して火力を上げなければならない、と……」 「やはりデジモンへの負担など度外視してもっと出力を上げなければ……」 「数を揃えなければならないとも仰っていた、作業員を締め上げてでも製造速度を……」 小賢しい点数稼ぎを看破された上で至らない点を示された(と思っている)開発主任は唇まで土気色になりながらも応答を振り絞る。 「ご指摘、ありがとうございます……夭下様もお帰りお気をつけて」 「ええ、これからも頑張ってくださいね」 通信が切れる。 夭下としては何気ない労いの言葉のつもりだったが、『残虐女皇』としての評判と実績を持つ彼女の言葉は異なる印象を与えるには充分だった。 (『もっと努力しろ』、研究の進みが遅い事を咎められている……このままじゃあのデジモンと同じ末路を……これからはどんな手を使ってでも結果を出さなきゃ……!) 「お前ら、ドラモンキラーの錆になりたくはないな!今から!死ぬ気でやるぞ!!」 「「「はい!!!」」」 こうしてまたFE社による被害が拡大していくのだが、夭下は知る由もないのだった。 *** 路地裏を歩き、表通りに差し掛かるあたりで夭下が口を開く。 「さ、帰りにご飯でも食べていきましょうか……コロちゃんはどれがいいですか?」 喋らないパートナーのためにいくつかの候補をスマホから宙に投影する。 2人きりの時にだけ使われる呼び名で呼ばれたウォーグレイモンは少し思案し、中華料理店を指差した。 他愛無い会話をするテイマーと、それに相槌を打つパートナー。 一見和やかなその歩みが血に塗れたものであると知っているのは、表通りで付近を歩く一般人には居ない。