・01 デジモンテイマーの青年・シュウは平原の真ん中でユキアグモンに五つのキーホルダーのようなモノを見せて「うぇっへへ」とニヤついていた。 「いち、に、さん、よん、ご…何度確認してもちゃんとタグは全部揃ってるな〜!」 「だろ?いち、に…」 「さーん、よーん、ごー。そうだねー」 「…あの」 シュウは当然の顔で一緒にタグを数えてくる少女の方を見た。 彼女にはアトラーカブテリモンの森からかれこれ2日は一緒につきまとわれている。 少女…厳城幸奈はにへ〜っと少しだらしない笑顔を見せるとシュウが手に持つタグをちょろちょろと触って音を鳴らした。 シュウは手に持つタグをスッと持ち上げると幸奈は手が届かなくなり、むーっと抗議の声を上げる。 そんな様子に呆れてため息をついたシュウはタグをデータ化してデジヴァイス01にしまい込んだ。 「いつまでついてくるんでしょうか…へへへ…」 シュウはごますりしながら無理のある作り笑いと共に物凄く下手に出た態度で幸奈に質問する。 幸奈はそんなシュウの態度も気にせず、のへ〜っとした笑顔で「行く道が同じなんよ〜」と返した。 「ソレは昨日もその昨日も聞いたんだよ…」 付き合ってられないと思い、シュウはそのまま歩き出すがその腕をガッと掴まれる。 シュウは意地を張ってそのままズルズルと幸奈を引きずりながら歩き出し、幸奈も引きずられ出す。 「なぁそっちの幸奈ってのはどんなヤツなんだ〜?」 「えっとねー、やさしいくてかわいいんだ。あとはけっこうしっかりしてるよ」 「シュウとは真逆だな〜。かわいくないし、口うるさい。しかもよくズボンのチャックが開いてる」 「わ、わぁ〜」 二人の意地の張り合いを前にパートナーのユキアグモンとべたたんは談笑に耽っている。 だが、突然ユキアグモンは腹痛に襲われると、立っていられずにばったりと地面に倒れ込んだ。 「どうしたの?だいじょうぶ?」 「ちょ、ちょっと…用事が…」 ユキアグモンは茂みの奥にあるトイレに駆け込んで行った。 不思議な顔をする幸奈とべたたんの前でシュウはデジヴァイス01の画面をスッと後ろに隠した。 その画面には以前ヒマな時に描いたウンコの落書きがデータとして取り込まれており、それをアップリンクされたユキアグモンは抗えない便意に陥ってしまった。 「余計な事言いやがって…」 ─いや、余計な事を言ってしまったのは自分もそうだ。 この子は自分がうっかりと見せてしまった弱みを心配しているのだろう。 それは察している、察しているが自分は大人として子供を巻き込む事はしたくない。 大人は常に責任のある大人のフリをして生きなければならない。 だが、正直そんなモンはまっぴら御免なのでどうにか逃れる術は無いかとこの2日間考えてきた。 そんな自分への自己嫌悪も段々と強くなり、浮かない表情がじわりと漏れ出しかけているシュウを幸奈は心配そうにちらちらと見ている。 その気遣いを素直に受け取る事ができずシュウは思わずそっぽを向いた。 「とにかく、俺と一緒にいるとロクな事にならないよ」 「大丈夫。こう見えて昔大冒険したから足には自信あるんよ〜」 「…あまり簡単に大丈夫とか言わない方がいい」 幸奈はシュウの腕を掴むとハッキリとした口調で「じゃあ、私とべたたんと戦って」と言った。 「シュウくんに酷いことされちゃうくらい私達は弱くないよ」 幸奈はポケットからデジヴァイスを取り出すとシュウに向けた。 予想外の展開な思わず怯むシュウに幸奈は「ね?」と微笑んだ。 「べたたん」 「うん、がんばるよー」 シュウは目を逸らすと少し躊躇いながら額を親指で叩くと、一人と一匹から距離を置いてトイレから戻ってきたユキアグモンに声をかける。 「君は…学生をしていればいいんだ…ユキアグモン」 「ちょ、ちょっと待ってシュウ…まだお尻が痛い…あ」 間抜けに尻を振っていたユキアグモンの目に0と1の光が流れるとこれまでのベタモン・モドキベタモンとの戦闘データがロードされ、表情を変える。 草原に柔らかい風が吹くと同時にユキアグモンは口内の大気を凍結させると連続で氷雪弾を放つもべたたんには当たらない。 しかし、着弾した氷はべたたんが全身から放っていた電撃を防いで砕けた。既に全速力で突撃していたユキアグモンはべたたんの足に食らいつき、歯の先端から冷気が流し込んでいく。 「遠距離攻撃を持つデジモンが戦闘開始時に射撃を行う確率は80%を越える…これまでの戦闘経験(ログ)からベタモンの電気は発生までが短いのを知ってるんだ。じゃあ放電はさせてもっと大きな後の隙を狙おうってワケ」 シュウは言外に幸奈とべたたんへ諦めるように促すが、幸奈はそんなシュウの態度に笑顔で返した。 べたたんの足元から勢いのある間欠泉が吹き出し、思わず飛び退いたユキアグモンからの脱出を成功させた。 そのままべたたんは空中から勢いをつけながら凍結させられた前足をグッと突き出した。 「おかえし」 ユキアグモンは両腕でガードするがダメージを防ぎきれず、そのまま後方へ押し出される。 べたたんは二転三転しながら着地すると顔をぶるぶると振るって水を飛ばした。 シュウはデジヴァイス01に表示されたユキアグモンのステータスから右腕の腫れを認識する。 森の一件で薄々と感じていたがこの少女達は戦い慣れていそうだ。 しかし、それは未来のある子供が命を賭けていい理由にはならない…傷んだ右腕の古傷がそう強く主張してきた。 (俺は…俺がミヨとこの子達も守るんだ…!) 二匹のデジモンは発光すると卵とも繭とも言える球体に自身を閉じ込める。 更なるエネルギーの増幅と共にその球体は破裂し、戦闘形態へ変化した二匹の竜が現れた。 ユキアグモン…いや、ストライクドラモンは小さく唸り声をその闘争心を示す。 エアドラモンへと進化したべたたんは冷静な眼差しでストライクドラモンと対峙する。 互いの隙を伺う緊迫した空気の中、先手を取ることとしたべたたんは飛翔してストライクドラモンに急降下突進を繰り出した。 筋肉質な体を支える二脚に備わる爪が地面を踏み砕くと、ストライクドラモンはソレを正面から受け止めて見せた。 べたたんの強力な突進にストライクドラモンはぐんっと後方に押されかけるが、地面に突き刺した両足の爪で力強く踏ん張る。 「俺はあの時に君達が見せた戦いを元に逆算してある」 力が拮抗したように思えたがストライクドラモンはべたたんの顔面に爪を深く食い込ませてその動きを怯ませると、すぐに手を離してダッキングのような動きで懐に潜り込む。 そのまま後方まで突き抜けると尻尾を掴んで思い切り振り回してから背負い投げをかました。 冷静に空中で回転しながら姿勢を整えたべたたんは距離を取りながら連続で鋭い針型エネルギー弾を放つが、ストライクドラモンはそれらを全て逸らしながら真っ直ぐ突撃する。 一見すると肌の頑強さを生かした防御のように見間違えるが、それは手に装備した僅かな面積の手甲・メタルプレートによる逸らしであった。 凄まじい精度の角度調整は戦闘経験から繰り出す無意識なのだろうか…幸奈は目を見開くと笑顔がわずかに引き吊るのを自覚した。 べたたんはストライクドラモンに距離を詰められないように牽制と本命を織り交ぜた射撃を続ける。 ストライクドラモンは手甲で針を前方へ弾きながら前進すると、目の前に落下してきたタイミングでべたたんに弾き返した。 針はそのままべたたんに突き刺さり、べたたんの動きが鈍った隙を突いてストライクドラモンは一気に距離を潰した。 「悪いな」 【マッハラッシュ2】 シュウが顔を上げると共に互いのデジヴァイスから電子音が鳴り、技の発動を宣言する。 その時、戦場を凄まじい竜巻が襲うと二人と二匹を吹き飛ばしてしまった。 ・02 「いちち…」 「あ、起きた。はぐれちゃったみたいだねー」 ストライクドラモンが目を覚ますとそこは見知らぬ場所で、丁度自分の上に倒れている幸奈も目を覚ました所だった。 辺りを見回した幸奈は先程まで自分達がいた場所からそこまで離れていない事に気付くと、とりあえずは元の場所に行ってみようとストライクドラモンに提案した。 「よっしや、元いた場所に戻ってみよーぜ!」 見たこともない奇妙な枯れ木が生い茂ったそこは明るいようで少々暗くも感じた。 こんな風にはぐれた事は以前もあった気がする…記憶を辿りながらストライクドラモンがそう思っていると幸奈が口を開く。 「ねー。ストライクドラモンとシュウくんって今まで何やってたのー」 「この2日でデジモンイレイザーってヤツと戦ってる事は話したよな」 「うんー。シュウくんは妹ちゃんを助けたいんだってねー。とっても偉いよね」 「シュウは凄いからな!偉くもある!」 「知ってるよー」 ストライクドラモンは幸奈をつまみあげて肩に乗せると何故か自分が誇らしそうな顔をした。 「リアルワールドにいた時はこっちから迷い混んでくるデジモンを追い返したり、デジモンを利用して悪いコトしようとするヤツらをぶっ飛ばしてたぜ!!」 ストライクドラモンは空いた片手だけでシャドウボクシングを行いながらゆっくりと歩みを進めて行く。 「…そう、なんだ。すごいね」 幸奈の脳裏には自分を心配し、引き留めようとする身近な人達の顔が浮かぶ。 「でもオレ達って勘違いされやすいからケーサツってのに悪いヤツだと思われちゃってるらしいんだ」 「ストライクドラモンはいい子だからきっとわかってくれるよ」 その時、ブブブ…と嫌な羽音を鳴らす無数のフォージビーモンが一人と一匹を包囲していた。 「デジモンイレイザーの命により排除…排除…排除…」 フォージビーモンが突撃してくる中、ストライクドラモンは幸奈を空に投げるとフォージビーモンの突撃を回避した。 そのまま背中から生えている溶接アームを一気に引き抜くと、苦しむ様子を見せているフォージビーモンを蹴り飛ばして横にどかす。 さらにストライクドラモンは後から接近していた別のフォージビーモンに向け、引き抜いた溶接アームを投げつけた。 投げた溶接アームは見事にフォージビーモンに突き刺さり、そのまま顔面を溶解させることに成功した。 「うーわー」 ストライクドラモンはなんだか覇気の無い声と共に落下する幸奈を地面スレスレでキャッチした。 幸奈はストライクドラモンの腕の中でえへへと笑うと、更に数を増すフォージビーモン達を見て少し真面目な表情を浮かべた。 その時、一際大きな突風をたてて現れたのはキュウキモンだった。 鋭い眼差しには禍々しく赤黒い光がぼんやりと輝いており、体に血管のように描かれた模様は少々グロテスクにも思えた。 「ウチは嵐斬(らんざ)のイレイザーベースを任された守護完全体、キュウキモンや!お前の間抜け面、より汚くしたるわ!」 「この子もデジモンイレイザーの部下…」 「ならやるしかねぇな!」 ・03 「38m前方にゴッドトルネード!」 その頃シュウもべたたんと共に複数のフォージビーモンに囲まれており、既に数匹はデリート処理が始まっている。 シュウの指示に答えたべたたんが大きく羽ばたくと、産み出された竜巻は残ったフォージビーモンの全てを空中へ持ち上げた。 「ん〜ちょっと強いな…?いやいい、一匹一匹を地面に叩きつけて砕いてやれ!」 シュウは想定よりもべたたんの竜巻が強いことに目を少し見開くものの、すぐに追撃の指示を送る。 べたたんの尻尾が連続で唸ると上空に浮かんだフォージビーモンは次々に地面に勢いよく叩きつけられ、そのまま砕けた。 「よーっしゃ!勝利のハイタッチ…」 シュウは高度を下げたべたたんの所に駆け寄ると片手を挙げながらはしゃぐが、エアドラモンに手が無いことに気付くと指を鳴らして無言の空気を誤魔化した。 「よしOK、次までに練習しとこう」 「うん」 シュウとべたたんは自分達が倒した敵こそはぐれた原因だと思い、幸奈達が戦闘状況にあるとは思わないまま元々いた場所を目指して気楽に歩きだしていた。 「ゆきな、けがしてないといいけど」 「だろ?べたたんからも幸奈ちゃんに言ってくれ。安全な所にいてってな」 「いってもいいけど…そうするとね、ゆきなもっともっといじになっちゃうよ」 「それは困る」 「うん、こまるね。ゆきなのおじいちゃんもこまってる」 「はは。俺はもうお爺ちゃんか」 俺とは違って愛されているんだな…シュウはべたたんを見上げながらぼそりと呟いた。 「しゅう、おじいちゃん。ふふ」 「というか幸奈ちゃんはなんで俺の事をシュウく〜んなんて呼ぶんだ?一回りも年上だぞ俺は」 「いげんとかないからね」 べたたんの即答にシュウは思わずずっこける。 「でもね、ゆきなはそれくらいだれかのためにがんばりたがってるんだ。わたしはそんなゆきながだいすきなんだ」 「心配されるのは馴れたモンってか…」 「─ならばその心配をする必要など無くしてやろう」 シュウとべたたんの前に現れたのは四肢を機械化した漆黒の獣人だった。 所々から威嚇するかのように廃熱を繰り返しながらサングラスを親指で持ち上げるとシュウをその巨体で見下した。 「オレサマはデジモンイレイザー様の部下にして拳獣(けんじゅう)のイレイザーベースを守護する完全体デジモン…ブラックマッハガオガモン!!」 「ゆきなたちとはなればなれになったのはおまえのせいか」 「同じ単語を何度も並べやがって…何言ってるのか分かりにくいんだよ!」 「デジモンイレイザー様はオレサマを補充用員などと仰られた!あの方はわかってない…貴様を殺してタグを奪い、オレサマの存在価値を証明する!!」 力強く構え、気迫を放つブラックマッハガオカモンは反応が無いままのシュウに「お、おい。どうした」と声をかける。 「あ、もういいのか?」 「ふざけやがって…貴様はここで終りだ!」 ブラックマッハガオガモンが連続で左右に素早くステップを踏むとやがてその姿を消し、その直後にべたたんは地面と衝突してしまう。 「かふっ…!?」 「─早い!」 べたたんは背中から攻撃を受けたと思われるがシュウはブラックマッハガオガモンを視界の隅に捉える事も叶わない。 次々と死角を突く連続攻撃を行うブラックマッハガオガモンはやがてべたたんは地面に叩きつける。 シュウは周囲に視線を向けて警戒態勢をとるが、頭上から迫る敵に対してそれは悪手であった。 「デリートだっ!」 ニヤつきながら高空から速度を上げて迫るブラックマッハガオガモンだったが、突如その片腕は吹き飛ばされていた。 凄まじい激痛に思わず悲鳴をあげながら地面に墜落したブラックマッハガオガモンは背中を激しく打ちながらも顔をシュウの方に向ける。 恨めしそうな視線に気づいたシュウはしたり顔でデジヴァイス01をトントンとつつく。 そこには【正面からの突撃を待ってスピニンクニードル】という指示が入力されていた。 「ま、まさかあえて攻撃を…!」 「ばーか。基本だこれくらい」 それはべたたんが翼を高速で振動させることによって産み出したドリル型の真空刃、スピニングニードルだった。 悪態をつきながらブラックマッハガオガモンは素早く立ち上がると足元に超音波砲・ハウリングキャノンを放って地面を砕き、一瞬の隙にその姿を眩ました。 「…にげちゃったね」 「所詮は予備人員…デジ員か?大した事無かったワケだな」 実の所、この作戦は高水準なイレイザーベース守護デジモンを相手に行うにはストライクドラモンでは難しかったかもしれない。 べたたんのステータスが通常のエアドラモンと比較にならないモノであったが故に成立した無茶な作戦ではあったが、シュウはそれを顔に出すことはしなかった。 ・04 「こいつ…ちょこまかしやがって!」 一方、ストライクドラモン・幸奈の即席コンビとキュウキモンの戦いは続いていた。 カマイタチのような姿をしたこのデジモンは木々を跳び継ぎながら全身の鋭い刃を振り回し、ストライクドラモンを翻弄する。 ストライクドラモンは大柄かつ飛行能力を持たないが故、狭所で三次元的な軌道を行うキュウキモンとの相性は悪かった。 繰り出す拳はキュウキモンにかすりもしないどころか、逆に刃で細かい傷を増やされていく。 「ストライクドラモン、落ち着いて」 幸奈は冷静な声色でストライクドラモンに語りかけるが、キュウキモンの攻撃の鋭さにストライクドラモンも動揺していた。 「あかんなぁ〜!冷静さを欠いたら死ぬで…いやぁもう遅いかぁ〜?」 ストライクドラモンの必死な大振りの攻撃をヒラリとかわすとキュウキモンはさっと身を引きながら刃を静かに構えた。 「がッ!」 刃から放たれた必殺の真空波・ブレイドツイスターはストライクドラモンの腹部を切り裂き、大きな傷をつけていた。 ごぼっと口から血を吐きながら膝を突くストライクドラモンを見下ろしながらキュウキモンはニタニタと笑う。 その笑顔は正に悪辣な妖怪のソレだと幸奈は感じ、その気迫に応じてデジヴァイスが進化の光を発した。 「ひ、必要無い…!」 ストライクドラモンは苦し紛れの声を出すが、キュウキモンは意に介せずにとどめを刺そうとする。 「せめて苦しまないように殺ったるわ…もいちど喰らいな!ブレイドツイスター!!」 ストライクドラモンは左手の端子を光らせると変異種防壁(イリーガルプロテクト)を発生させて鋭い刃を弾く。 それと同時に全身から青炎を放つと必殺の加速突撃─ストライクファングでキュウキモンの背後に高速で回り込んでから強烈な蹴りを放った。 連続で打ち込まれる格闘にキュウキモンの体は大きく吹き飛ばされるが、すぐに体勢を立て直すと腕の刃をクロスさせて突撃を受け止めた。 「捕まえたで…」 「しまっ…!?」 キュウキモンが額から放った光、三連星はストライクドラモンに直撃し、彼を大きく吹き飛ばした。 ストライクドラモンは腹部を庇いながら倒れ、苦しそうに呼吸をしている。 幸奈はシュウとストライクドラモンが完全体の力を制御できずに暴走してしまった事件を思い出していた。 (ストライクドラモンは自信がないんだね…でもどうすれば…) 「やぁ。こんにちわ」 幸奈が次の行動を思案していると綺麗な銀髪をした黒衣の少女が音も無く、瞬間的に姿を現していた。 それは以前森でも遭遇したデジモンイレイザーと呼ばれる存在であった。 「貴女はあの時の」 デジモンイレイザーは右袖にあるボタンか何かをちょろちょろと弄りながら優しく、冷たく微笑んだ。 デジモンイレイザーの存在に気づいたキュウキモンはイレイザーと共に現れたブラックマッハガオガモンと共に膝を折った。 「もうキミ達と少し遊んでみたくてね。ブラックマッハガオガモン…汚名返上だ」 「ありがたき幸せ…!」 デジモンイレイザーはストライクドラモンがなんとか起き上がるのを待つと、袖の中に隠れていた二つのデジヴァイス01を一人と一匹に見せつけた。 やがてデジモンイレイザーがその拳同士を打ち付けた時、キュウキモン・ブラックマッハガオガモンの二匹は0と1の光になって一つの歪んだ渦へと変化する。 その膨大なエネルギーに釣られて雲行きは怪しくなり、やがてその歪みを破裂させると魔王型の究極体デジモン・ムルムクスモンが現れた。 「ふふふ、良い気分だ。この漲る力はオレサマに相応しい!」 巨大な翼を羽ばたかせながる度に空気を振動させ、バチバチとしたプレッシャーを放つムルムクスモンを前にストライクドラモンは立つのがやっとだ。 (究極体…!) ただでさえ不利な状況が更に悪化した事に幸奈は確実な焦りを感じており、どう状況を切り抜けるべきか必死に考えを巡らせていた。 ムルムクスモンが手を伸ばしたその時、真空の刃が放たれてその動きを怯ませた。 「べたた〜ん、シュウく〜ん」 「おまたせゆきな」 「よっ」 それはべたたんの放ったスピニングニードルだった。 シュウは素早くべたたんから飛び降りるとそのままストライクドラモンに駆け寄って回復フロッピーで腹部のデータの破損を修復していく。 「ストライクドラモン、行けるな」 「当然だろ…こんなの屁でもねぇぜ…」 ストライクドラモンは思わず口元が緩ませて拳を握る。とりあえずではあるが傷は埋まった。 「ここは俺達がなんとかする。べたたん、幸奈ちゃんを連れて逃げるんだ」 シュウは幸奈を突き飛ばしてべたたんにぶつけるとデジヴァイス01を操作しながら雄叫びを挙げるムルムクスモンの方にストライクドラモンと共に走り出した。 べたたんは同様した幸奈を咥えると少しずつ後方へ羽ばたいて行く。 ムルムクスモンがその爪から放つ三連衝撃波の間を潜り抜けたストライクドラモンは股下に素早く潜り込むと大きく跳躍した。 ストライクドラモンを握り潰そうする手が迫った瞬間にストライクファング発動による加速し、そのまま顎に体当たりをかました。 デジモンイレイザーはニヤりと笑うと再び右袖のアクセサリーを弄り、弾いては音を鳴らしていた。 「ガキがッ─舐めるな!」 ムルムクスモンは怒りに任せて翼を羽ばたかせると、その衝撃で木々がなぎ倒されていく。 ストライクドラモンは空中で突風に押し負けるとそのまま地面へと叩きつけられ、ストライクドラモンは塞がりかけた胸の傷から鮮血を飛び散らせながら勢い良く転がり込んだ。 ムルムクスモンはストライクドラモンを見下すとその瞳に殺気を込めながら必殺技である巨大な炎・ゲヘナフレイムを一気に形成して放った。 デジヴァイス01の響かせる警告音に対し、焦燥感に駆られたシュウはアトラーカブテリモンの森での暴走を思い出していた。 何とかしてストライクドラモンを逃がそうとする術を探すが、最早考える時間は無い。 【完全体:ギガドラモン】 シュウのデジヴァイス01に届いた警告音はムルムクスモンの放つゲヘナフレイムだけに向けたものではなく、べたたんの進化にも反応したモノだった。 ギガドラモンとなったべたたんはストライクドラモンとゲヘナフレイムの間に割り込むと両腕を突き出し、高熱エネルギーでそれを押し返そうとする。 その炎は金色の龍に見間違えるような大きさに膨れ、シュウとストライクドラモンに迫る闇の炎を難なく弾き消した。 シュウはその力に唖然とするものの、目の前に現れた幸奈にばっと目線を向ける。 「なぜ逃げなかった!?」 「戦うよ、私」 「まだそんなことを…!」 ギガドラモンは飛翔するとムルムクスモンの周囲を旋回しながら攻撃を仕掛けだす。 「シュウくんはいつも誰かを助けていて偉いって思ったんよ?」 ちがう。 「私がやりたいこと、ずっとやれてて羨ましい…」 ちがう。 「だから誰かを守るシュウくんを─私に守らせて?」 「ちがう…」 震える声で呟くが、二匹のデジモンによる激しい戦闘でその声はかき消される。 この少女は外面を守る事ため戦っているに自分を羨ましく思い、支えようとしているのだ。 だが、シュウにはその言葉が幸せな子供の繰り出す無意識な上から目線に聞こえてしまう。 勝手に自分を理解したつもりでいる言葉に腹が立ち、気遣わせた自分が情けなくなり、それに怒りを覚える自分が更に情けなくなる。 怒りのまま口を強く噛みながら拳を強く握ると右腕の古傷が痛む気がした。 シュウは幸奈から差し出された手に触れることは無いままストライクドラモンの横に並ぶ。 「バカ野郎だ俺は…おいストライクドラモン、ここまでコケにされたんだ!俺達がなんもやらねぇワケにゃいかんだろ!」 「あぁ、今度はマグレじゃねぇ…本当の進化だぜ!」 ストライクドラモンはシュウがデジヴァイス01からギューンという音と共に放った光を受けとる。 光は紫色に変化しながらストライクドラモン自身を包み、やがて卵のような姿になると10m程に膨れ上がった。 【完全体:メタルグレイモンVi】 ・05 光の卵を破裂させるとストライクドラモンはその姿を半機械化した紫のサイボーグドラゴン・メタルグレイモンへと進化させていた。 メタルグレイモンは咆哮を挙げると、幸奈の柔らかい笑顔に見送られながらその翼を羽ばたかせて舞い上がる。 サイボーグ化された右の鉄爪でムルムクスモンの顔面を狙うが、ムルムクスモンはメタルグレイモンの腕を掴み捻り上げる。 「いくら進化しようと貴様は無力だ!」 ストライクドラモンはその進化によって完全体となったが、それでも究極体の力には及ばない。 ムルムクスモンはメタルグレイモンViの体を殴りつけると、勢いのままに森の彼方へ投げ飛ばしてしまう。 樹木をへし折りながら地面に倒れこむメタルグレイモンViだが、その瞳は確かな覚悟の色を滲ませている。 ムルムクスモンは先程と同じように大きな足から三連衝撃波を放ってくる。 メタルグレイモンViは鉄爪から繰り出すメタルスラッシュでソレを両断すると胸のハッチを開き、熱線・ジガストームを放つ。 その余波は足元のシュウ達をも吹き飛ばしかねない威力であり、思わず顔を覆う。 メタルグレイモンViはそのエネルギーに押されながらも力強くふんばり、大きく息を吸い込んで気合いを込めた。 胸部が太陽のように輝くとその出力は増し、振り上げられた熱線はムルムクスモンを股下から両断し始める。 べたたんも口から放つ熱線・ギガヒートで続きムルムクスモンを苦しめる。 「あ゙あ゙あ゙ッ゙!?!イレイザー様!イレイザー様ッ!!ゔあ゙あ゙ッ゙!!!!」 ムルムクスモンから救援を乞われたデジモンイレイザーはトントンと眉間を親指で叩きながら少し考えた後、つまらなさそうに黒と白のデジヴァイス01を光らせた。 するとムルムクスモンの中心から空間の歪みが生まれ、二つの熱戦よりも早くそれを両断してしまった。 「はぁ…っ!はぁっ!」 「てめぇ!わっちを殺す気か?おお!?」 「黙れ!オレサマに合わせろ雑魚が…!」 両断されたムルムクスモンの体はジョグレス前のブラックマッハガオガモンとキュウキモンに戻り互いに悪態をつきだす。 無言でデジモンイレイザーが腕を打ち合わせると二匹の完全体デジモンは渦に巻き込まれ、再びムルムクスモンとなった。 「─ムルムクスモンの体力が回復している!?」 「そんな…どうして!?」 「さ、第二試合だよ」 デジヴァイス01の表示に狼狽える二人へデジモンイレイザーはニヤニヤと気取りながら両手を掲げ、ムルムクスモンの回復をアピールした。 ムルムクスモンは雄叫びを上げながら飛び上がると先程よりも大きなネクロインテロゲイションを産み出し、地面を砕くように真下に放つ。 メタルグレイモンViは咄嗟にシュウと幸奈を庇うように真上へ飛びに出るとその巨体でネクロインテロゲイションを受ける。 二人を避けながら墜落すると地面を滑りだすが、ギリギリの所で完全に倒れずに持ちこたえ、そのまま必死に地面を蹴って再度飛行に入った。 「まだだーッ!」 そう叫んだメタルグレイモンViはその勢いのままムルムクスモンに突進する。 攻撃を受け止める姿勢を取るムルムクスモンだが、べたたんのエナジーショットにより姿勢を崩される。 そこに向かってメタルグレイモンViのメガトンパンチが顔面にめり込むと、そのまま振り抜かれた。 さらに胸に鉄爪を突き刺すと傷口に手を突っ込み、内側からムルムクスモンを引き裂き出す。 ムルムクスモンのとてつもない悲鳴を前にシュウは意気揚々とガッツポーズを取る。 「いいぞメタルグレイモン!今度は横にブッ千切って臓物全部引きずり出してやれ!」 「シュウくん、デジモンにはたぶん臓器とかないよ」 「うるさいやい」 シュウの指示に従い全力を出すが、再びムルムクスモンが分離を行うとメタルグレイモンViは姿勢を大きく崩した。 「ウイニングナックル!」 「ブレイドツイスター!」 「ぐっ…!」 即座に二体の完全体デジモンは左右からメタルグレイモンViに攻撃を仕掛けてダメージを与えるとそのまま再度ジョグレスを行った。 「ククク…はーっはっは!」 渦を引き裂いて現れたムルムクスモンは万全なその身を見ては高笑いを上げた。 「シュウくん、またあの技が来るよ!」 「迎撃だ!」 幸奈の警告通りムルムクスモンはネクロインテロゲイションを放つが、今度はメタルグレイモンViもべたたんの二匹は同時に熱線を放ってなんとかそれを相殺する。 シュウは目を細めると額を親指でつつき、考えを巡らせる。 「…メタルグレイモン、追撃だ。べたたんにも頼む」 「どーするの」 「俺の考えが正しければこの戦法には弱点がある」 「わかったよー」 メタルグレイモンとべたたんが同時に格闘戦を仕掛けるものの、それを迎え撃ったムルムクスモンは方腕ずつで二匹の攻撃を受け止める。 しかし、余裕の表情とは裏腹にムルムクスモンの拳はゆっくりと押されて行く。 じわじわと距離を積めたメタルグレイモンは至近距離から火炎弾・オーヴァフレイムを放ってムルムクスモンの顔面を焼いた。 べたたんもギガヒートで続き、攻撃を絶やさずに続けていく。 シュウはデジヴァイス01に転送されてくるステータスを確認しながら指示の入力を進めていき、ムルムクスモンの体力が一定を下回ったと同時に赤外線を発射した。 メタルグレイモンViはムルムクスモンから手を離すと後方に向かってジガストームとオーヴァフレイムの一斉射を放つ。 そこにはムルムクスモンから分離したブラックマッハガオガモンがおり、既に自身に触れていた火炎弾と熱線に悲鳴も絶望も上げる暇のないままデリートされた。 「ふふ…この戦法の弱点を見破っていたかい」 「本来、進化・退化にはデジモンのステータスを回復させる効果がある。融合(ジョグレス)時の回復は通常の進化よりも大きく回復するが、分離(パーティション)の時に利子をつけて回復が返済されちまうんだ」 「分離時には逆に体力を消耗する…ってことなのね」 シュウはデジヴァイス01からキュウキモン・ブラックマッハガオガモン・ムルムクスモンそれぞれの融合分離直後の数値を比較したモノを表示した。 「あぁ。そしてジョグレスは二匹のデジモンの中心に結果を発生させ、パーティションはその逆だ─ソレを理解すればあとは自分から瀕死になってくれてるアホがいるって寸法さ」 「ねーそれ結局ただ突っ込んで倒すってだけなんじゃ」 「おいおい。経験と理論に基づいた作戦と言ってくれ」 シュウが渾身のしたり顔で指を鳴らすと幸奈は呆れながらも微笑んだ。 キュウキモンは既に戦う力もなく、息をするのがやっとという感じだ。 「そこの銀髪の子、あとは瀕死のキュウキモンだけなんね。降参したほうがいいんよ」 幸奈はいまだに余裕の笑みを浮かべるデジモンイレイザーにデジヴァイスを向けるが、有利な筈のシュウは驚きを隠せない表情でいた。 「…デジモンイレイザーは黒髪だろ?」 「なに言ってんだシュウ。アイツの髪はずっと黒いぜ」 「変な攻撃を受けていたりしない?」 シュウの唐突な発言に二匹のデジモンは困ったような顔で返事をする。 何かを察したシュウは額から汗を流し、死を連想させるような顔色になりながらなんとか震えた声を出す。 「ミヨ…か…?」 「流石だね。そうだ」 デジモンイレイザーはあっさりと自分こそがシュウの探していた妹・ミヨであることを認めた。 「右袖を触る癖。中指に力を入れながら歩く癖。額を親指で触りながら考えごとをする癖…コレは悪ふざけで俺を真似したやつなんだ」 ブツブツと自分がその考えに至った理由を誰に言う訳でもなく語るシュウを前にデジモンイレイザーは愉快そうな笑みを浮かべた。 メタルグレイモンVi・べたたん・幸奈はこの状況に混乱するばかりで何もできずにいる。 デジモンイレイザーがゴーグルを触るとシュウから見たデジモンイレイザーの姿形がミヨのモノになる。 「君にだけはボクの姿が少し変わって見えるようにしてたのさ」 わざとらしく銀髪をかきあげると自分の前髪をつまみ、空いた右手で空間を触ると無理矢理デジタルゲートを作り出した。 その先にはシュウ達の慣れ親しんだ日本…のどこが写っていた。 「リアルワールドに帰るつもりだったんだろう?ボクは優しいよね…さ、どうぞ」 デジモンイレイザーは笑みを浮かべると手をゲートの方へ向けて潜るように促す。 「誰が…誰が行くかよッ!お前も連れてくッ!」 シュウは全速力で駆け出すが、目の前に赤黒い突風と共に現れたブラックセラフィモンにより尻餅をついてしまう。 「─ッ!メタルグレイモン゙!!!」 鬼気迫るシュウの叫びに戸惑いながらもメタルグレイモンViはオーヴァフレイムとジガストームの一斉射を行うが、それはブラックセラフィモンに容易く弾き返される。 それはメタルグレイモンViの体を貫くと幼年期・ヒヤリモンまで一気に退化させてしまう。 「お帰りは彼方です」 ブラックセラフィモンが恭しく頭を下げるとゲートはシュウとヒヤリモンの体を浮かすほどの吸引力を発生させた。 「ミヨッ!ミヨーーーッ!!」 一人と一匹はゲートの奥…リアルワールドに姿を消した。 幸奈は僅かに迷ったもののべたたんに掴まると後を追い、少し後にデジタルゲートは閉じた。 デジモンイレイザーの中でシュウが自身を呼ぶ声が強く響き続け、呆けたような顔になっていた。 「お兄…ちゃん…?」 おわり