長峰草太がその定食屋を選んだのは、デジタルワールドの案内人兼移動手段となっているエアドラモンが妙に昼飯にオススメしてきたからだった。 町外れにぽつんと建つその定食屋は、ネオンがギラギラと輝く何とも80年代を思わせる佇まいであった。 店に入るとガランガランとバカでかいベル、いや神社にあるような鈴が入店を知らせる。洋風な見た目にそぐわないインテリアであるが、まあ店主の趣味なのだろう。 案内に現れた店員は当然デジモンである。鬼っぽい姿のわりにどこかチャラい。 「混んでるんで、相席いっすか?」 見れば店内は確かに大入り満員。でしょう?と得意げなエアドラモンに苦笑いを返す。絶対に寂れていると思っていたので。 店員が案内した席は店の奥の座敷だった。壁中に貼られたステッカーは謎のキャラクターや英語のものが目立つが、よく見ると半分が御札である。鈴に座敷と和なのか洋なのかコンセプトのわからない店である。 座敷なので当然靴を脱ぐスペースがある。足拭きようの襤褸切れや、整頓を知らない荒くれどもが脱ぎ散らかした靴の中に、どう見ても人のサイズの靴が綺麗に並べられてある。 店員が先に相席をお願いしていたらしいその机には、丸っこいフォルムのデジモンと、人間の女性が座っていた。 「あ、どうぞどうぞ。」 「っと、ありがとうございます。」 間が空いたのは思わぬ遭遇だったからだ。もんざえモンやエアドラモンからは時々人を見かけると聞いていたが、まさか会うことになるとは思っていなかった草太である。 ただそれは相手も一緒だったらしい。 「すみません、まさか人が来るとは思わなくって。」 「いや、こちらこそ人がいるとは思わなかったので。」 互いに妙な照れくささがある。 そんな2人を尻目にさっさと席についたエアドラモンはメニューを眺めている。 「何がオススメなんだ?エアドラモン。」 腰を下ろして尋ねるとラーメンがうまそぉヨとの声。しかしメニューにエキセントリックな色使いで飾られたラーメンの写真はお世辞にも美味しそうに見えない。返答に詰まると、 「カレーにすべきだ。」 との声。エアドラモンと二人して顔を声の主に向ける。相席のたまご型のデジモンからだった。 「ちょっと、人が選ぶの邪魔しちゃダメでしょ!」 「この店で選ぶべきはカレー以外にないっ!麺類ならなおさらだ!」 チラとデジタマモンの目の前にあるカレーをみる。大きめの具材がごろごろとしていて食べ応えがありそうだ。 「確かにうまそうだな。そうしよう。エアドラモンはどうする?」 「俺もカレーにすんよ。実は初めて入るからサ。おすすめ助かるぅ!」 「お前…店を勧めるなら入ったことのある店にしろよ…。」 「デジタルワールドのラーメンはやばいのがいるからな。おれの意見を聞いて正解だったな。ま、おれの作るカレーほどじゃないがな。」 「こっちのほうがおいしくない?」 「この舌馬鹿め!」 *** 料理が届くまでの間、折角だからとお互いに自己紹介をする。 「八王子蘭です。こっちのデジタマモンとデジタルワールドを旅してます!」 綺麗にカレーを食べ終えたデジタマモンは興味深げに店内を見回している。一つ星がどうだのブツブツと何か呟いている。 「あ、ごめんね。デジタマモンはレストラン開くのが夢でね、今日は敵情視察も兼ねてるみたい。」 あははと快活に笑う蘭と真剣に店を観察しているデジタマモン。 「…長峰草太です。今はエアドラモンと北の街へ向かっている途中です。」 「オレっちはボディガード兼乗り物っつーかんじ。コイツがテイマーってわけじゃないヨ。別に相方いるっていうしね。」 「相方言うな。まあ、一応は契約してるのがいますね。」 「あれだロ?たしか、名前はホーリー「「ホーリー何!??」」 突然蘭とデジタマモンが身を乗り出してくる。目を丸くする二人に、慌てて取り繕う蘭。 「え、あはは、ちょーっとよく聞こえなくって。もう一回聞かせてもらっていい?」 明らかに態度のおかしい二人に、草太も草太で思うことがある。あの極潰しが何か迷惑をかけたのかと。 眉をひそめて答えと質問を投げかける。 「うちのは、ホーリーエンジェモンです。あいつが何か迷惑でもかけましたか?」 エンジェモンの名前に途端に息を吐く二人。どうやら関係がなさそうである。 「えっと、ごめんね。私たち探しているデジモンがいてね、名前が似てるかもって思ったら興奮しちゃって。」 「勘違いもいいところだな。反省しろ。」 「ちょっと!デジタマモンも意気込んでたじゃない!」 喧嘩が始まるかと思えば、蘭が草太たちに向き直って尋ねてくる。蘭の丸く柔らかな目がギラリと光を放つ。 「ところで、2人はこの辺りに詳しいのかな?? さっき言っちゃったけど、私たちとあるデジモンを探しててね。この辺りに珍しいデジモンの話とかあったりしないかな?」 残念ながら旅の道すがらである。エアドラモンもあまり詳しいわけではなく、芳しくない答えにため息が出たところでカレーが運ばれてきた。 「おっと、食事の邪魔しちゃ悪いし、私達はもう行くね。騒がしくしちゃってごめんね!お詫びに良いこと教えてあげる。」 そう言うと草太とエアドラモンをちょいちょいと引き寄せ、ひそかな声で秘密を囁く。 「ここのカレーね、ちょっと胡椒入れると引き立って美味しいよ。でもお店には秘密にね!」 恐らく、いつかデジタマモンが開くレストランにとってこの店はライバルなのだろう。敵に胡椒を、もとい塩を送らないように声を潜めたのだ。 「じゃあね!」 そう言うと颯爽と店を出ていく。快活でテンポの良い二人が相手をしてくれたお陰で待ち時間もあっという間だった。結構な空腹を見事に紛らわせてくれた二人に感謝する。カレーは確かに美味しかったし、胡椒を入れるとなお良かった。 しかし、手もないのにどうやってデジタマモンはカレーを食べていたのか。ガツガツと頭から突っ込んでいるエアドラモンを横目にしばし考える草太であった。 終わり