デジタルゲートが開く理由は大きく分けて二つある。デジモンや人間が自力で作り出す場合と、偶発的に開く場合だ。この日街中で開いたゲートは、後者であった。 飛び出してきたのは忍者のような姿をしたサイボーグ型デジモン―フウマモン。本来であれば暗殺業を生業とする冷静なデジモンなのだが、この個体は何かにとりつかれたかのように暴れまわっていた。当然周囲の被害など考えるはずもなく、次々と建物が破壊され多くの人々が巻き込まれていく。 突如現れた災害から逃げ出す民衆、その隙間を縫うように逆走する影が一つ。暴れ続けるフウマモンはその影に気がつくことなく。 ゆえに背後から光刃が、その身体を切り裂いた。 「ぐあぁっ!?」 予想外の方向…背後からの攻撃に思わずひるむフウマモン。反射的に振るった刀はひらりと跳躍一つで躱されるが、距離が離れたことで襲撃者の姿を目視する。 それは、人間のような姿をしたデジモンであった。各所に紫水晶を埋め込んだ、狼を模した白い鎧。両腕には先ほどの攻撃に使用したであろう光の剣を携えている。 「貴様ぁ、何者だ!」 『…ヴォルフモン』 フウマモンとは思えぬ威勢のいい問いかけに言葉少なく返した襲撃者―ヴォルフモンは再び双剣を構え、駆け出した。 敵の双剣に対抗すべくフウマモンは背中に携えたもう片方の忍者刀を抜き放ち、同じく二刀となって迎え撃つ。 二つの光刃と忍者刀が交差する。片側が刃を振るえばもう片側はそれを避け、反撃とばかりに蹴りを入れれば受け流される。 同じ人型、同じ双刀使い、同じ軽戦士。となれば戦い方も必然的に似通ってくる。デジモンの中でも強者に位置するであろう二体の戦いは、剣術と体術を織り交ぜた時代劇のごとき様相へと回帰していた。 常人の目には追う事すらできぬ戦いを繰り広げる二体は、ビルの合間を飛び交いながら激戦を繰り広げる。その跡には竜巻が過ぎ去ったかのような破壊の痕跡が残るのみであった。 高速で飛び交う斬撃と蹴り。両者の実力はほぼ拮抗していたものの、その天秤は徐々にヴォルフモンへと傾き始めている。 両者の差となっているのは、フウマモンの背中に刻まれたヴォルフモンの最初の不意打ち。大きく戦力を落としたわけではないものの、互角の勝負のさなかにおいてわずかに落ちた判断力は、決定的な差となって表れていた。 このままでは敗北は必至。それを感じ取ったフウマモンは尻尾による殴打を不意打ち気味に放つが、当然のごとくヴォルフモンはそれを躱す。 されどそれが、回避によって距離を開けることこそが彼の狙い。再接近される前に籠手に装着された手裏剣を投擲。自在に動くそれの対処に追われている間に、両腰の巻物を取り出す。 「黄泉戻…!」 開いた瞬間、不気味な光を発する巻物。そこから体を引きずるようにして這い出てきたのはアンデッド型のデジモンたちだ。 アンデッドデジモンが囮となっている間の投擲での攻撃、あるいは強引に突破し接近してきた隙をついての撃破。それこそがフウマモンの狙い。 肉壁の対処か無理にでも本体を狙うか。二択を突き付けられたヴォルフモンの選択は、跳躍による敵を飛び越えての強襲。 回避のできない空中から、落下しながらの攻撃。一か八かの賭けとしか思えないその行動に、フウマモンは手裏剣と苦無の投擲で答えた。 威力あれば忍者刀の方が勝るが、接近戦となればこちらも攻撃を食らい相打ちとなる可能性がある。ゆえに遠距離で確実に仕留めにかかった。 回避不可能な態勢に迫る投擲物。絶体絶命の状況を前に、ヴォルフモンは光を放ちその姿を変える。 光のヒューマンスピリットから、光のビーストスピリットへ。 『スライドエボリューション…ガルムモン!』 人型の戦士から獣型のサイボーグへ、大きく姿を変えたことで重心が変化し落下軌道が変化、紙一重で手裏剣たちとすれ違う。 そして予想外の展開に反応が一拍遅れたフウマモンは、繰り出される攻撃に反応することができない。 『スピードスター!』 狼の刃翼が、忍を切り裂いた。 ――――― 人目のつかぬビルの上。監視カメラなどがないことを確認したヴォルフモンはその姿を解除し、少女―西月白亜と、白いレナモンへと戻る。 直後、白亜はせき込みその場にへたり込んだ。 「白亜様!?」 「大丈夫、大丈夫だからっ…」 口元に血をにじませる白亜に、レナモンは自らの毛が汚れることもいとわずに駆け寄る。今日の戦闘はいつもよりもやや時間が長かった。それが白亜の負担となって今表れているのだろう。 まともに攻撃を受けることなく、かつ十分程度の戦闘でこれなのだ。もしまともに攻撃を受ければ…。 「…あ、見てレナモン」 戦いを辞めるべきだと進言しようとするレナモンに、白亜が街頭ビジョンを指さす。そこには、先ほど戦いを取り上げるニュースが流れていた。 暴れまわるデジモンを止めたヒーロー。そう報じられるヴォルフモンの姿を見て、白亜の顔に笑みがこぼれる。 「戦いは楽しいし、みんなに褒めてもらえる。ありがとうレナモン、私、今、とっても幸せ!」 心底うれしそうに笑う主の姿に従者は、出かけた言葉を飲み込むしかなかった。